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勇者たちは、その朝に――

 先日ご報告いたしましたBOOK☆WALKER様の新作ラノベ総選挙2019で今作「ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで」が文庫部門で9位となりました。ノミネートされただけでも光栄ですと書きましたが、トップ10にまで入れたと聞いてとても驚きました。また、大変ありがたく思いました。ご投票くださった方々にこの場を借りてお礼申し上げます(投票一つするのも、なかなかの手間だと思います……)。本当にありがとうございました。


 また、コミカライズの2話もコミックガルド様にて掲載されました。決めのシーンが構図、作画ともに実にかっこよく描かれております。こちらも是非、ご覧になってくださいませ。


 そして、このところは別作業以外にも色々ありまして更新が遅くなってしまい大変申し訳ございませんでした。内容的にも、少し書くのに苦心しておりました。ただ、ひとまず書き上がりましたので……(おっかなびっくりではありますが)楽しんでいただけましたら嬉しく存じます。










 ◇【十河綾香】◇



 早朝。

 外には濃い朝靄が立ちこめている。

 勇者たちは城を発つ準備を整えていた。

 他国の軍も出立へ向けて少しずつ動き始めている。

 いち早く準備を終えた十河綾香が部屋を出ると、


「綾香ちゃん」


 南野萌絵がいた。

 後ろには綾香グループの面々もいる。


「みんな、準備はもうできたのね」

「あの、綾香ちゃん」


 言い出しづらそうな萌絵。

 綾香は優しく促す。


「遠慮なく言って? 私はクラス委員なんだから、なんでも聞かないとね」

「綾香ちゃんがB級にされちゃうのって、わたしたちのせいだよね?」

「え?」

「わたしたちが綾香ちゃんの成長の邪魔になってたから……それで、せめてみんなで謝ろうって話になって」


 泣きそうな萌絵。

 綾香は微笑を浮かべ、首を振った。


「みんなのせいじゃないわ。それに……私一人だったら、ここまでがんばれていないと思うの」


(気持ちの面で、きっと耐えられていない)


 異世界召喚によって突然に奪われた日常。

 不安だった。

 が、自分には役割があった。

 クラス委員として、みんなを守るという役割が。


「みんなを守りたいと思ったから……みんなの存在があったから、私はここまでやってこられた。だから、南野さんが謝る必要なんかないのよ」

「……綾香ちゃんはずっと、優しいんだね」


 周防カヤ子が、萌絵の肩に手を置く。


「この戦いでちゃんと生き残ることが、十河さんのためになる」

「うん……わたし、せめて綾香ちゃんの足手まといだけにはならないようにがんばる……がんばるんだ」


 萌絵は涙を拭い、決意の表情を浮かべた。







「ぃギぇェぃェぇエえエぃィぃィんェぇェえエえエえエろロろロろロぃヒぃィぃィぃイいイいイいィぇィえエえエえエぃギぇェぃェぇエえエぃィぃィんェぇェえエえエえエろロろロろロぃヒぃィぃィぃイいイいイいィぇィえエえエえエ―――――――っ!」







 悲鳴にも似た奇怪な音が、辺り一面に、響き渡った。


「……え? 何?」


 魔群帯の方から――ではない。


(今の、城壁内の方から聞こえた気がしたけど……)


 身を縮めた萌絵が窓の方を見る。


「バクオスの人たちの、黒竜かな……?」


 カヤ子が綾香に聞く。


「まさか、大魔帝軍が攻めてきた?」

「敵の南侵軍はまだシナドの近くにすら到達していないって話だったから、それはないと思うけど……それに、もしそっちに何か大きな動きがあれば、白狼王さんたちのいる王都の方から何か情報が送られてくるんじゃないかしら……」


 とはいえ断言もできない。

 当然、綾香も敵のすべてを知っているわけではないのだ。

 何かすごい魔法で大軍勢をワープさせる方法でもあるのかもしれない。

 綾香と萌絵が、目を見合わせる。


「あ、綾香ちゃん……これ……」


(地震?)


 地面が微弱に振動している。

 時をほぼ同じくして、城内が急に慌ただしくなってきた。

 綾香たちは窓から身を乗り出し、外の様子をうかがう。

 南の城壁に兵士が集まっていた。

 ちなみに朝靄はもう薄くなっていて、視界は良好である。


(魔群帯の方角だ)


「私たちも、行ってみよう」


 綾香たちは一応戦えるように準備を整えてから城外を目指した。

 城内を行く間も怒号が飛び交っている。

 外へ出ても、兵士たちの浮き足だった様子は変わらなかった。

 萌絵が、不安げに表情を弱らせる。


「お城の中の人たちがなんだか魔群帯の魔物がどうこうって……もうずっと長い間、魔物はこの近くに来てないんだよね? だ、大丈夫だよね?」


 綾香は曖昧な表情で応えた。


(さっきの悲鳴みたいな大きな音……)


 あれがもし、魔群帯の魔物を呼び寄せたとしたら?

 綾香がそんな懸念を胸中に抱いた時、


「ソゴウさん」

「あ……ブラウンさん」


 ブラウン・アングーン。

 四恭聖の次男である。

 眼鏡をかけた長身の青年で、どこか神父様みたいな印象がある。

 上二人の陰に隠れて目立たないが、下二人も相当強いそうだ。

 二対一ならアビスにも勝てると聞いた。

 綾香はアギトの姿を捜す。

 すると、ブラウンの隣に立つ次女のホワイト・アングーンが微笑んだ。


「兄さまたちはまだ城内におります。ギーラさまやポラリーさまと、状況の把握に努めているようです」


 次女は優しげな印象の女性で、いつもニコニコしている。

 ただ、綾香は下二人に何か表面的なものを感じていた。

 何か上っ面というか……。

 つまり――上二人と同じく、やはり尋常ならざる者なのだろう。

 下二人は、この騒動のさなかでも落ち着いている。

 今の城の雰囲気からすると、逆にひどく浮いて見えるほどに。


「おや?」


 ブラウンが振り返って空を見上げた。

 飛翔する複数の黒い影。

 朝の澄んだ空気を鋭く震わせたのは――竜声。


「黒竜騎士団だ!」


 城壁に集まっていた兵士の一人が、頭上を指で示した。

 数匹の黒竜が南の城壁の外へ向かっていく。

 見ると、槍を手にした黒鎧の騎士が騎乗していた。


「ネーアの件のせいか、今のバクオスはとにかく手柄を立てる機会が欲しいようですねぇ」

「あの……ブラウンさん、何が起きているんでしょうか? もしかして……」

「魔物が集まってきているようです。先ほどの奇妙な大きな音が、魔物を引き寄せたのでしょう」


 そう、微弱な振動は魔物の移動音だったのだ。

 振動はまだ続いている……。


「ああいうのって、よくあることなんでしょうか?」

「さあ、ワタシは寡聞にして存じ上げませんが……」

「まったく! 朝っぱらから何事だというのだ!」


 城主のギーラが兵士を引き連れてやって来た。

 兵士たちは長槍とクロスボウの隊に分かれている。

 ほどなくして、他の勇者たちも集まってきた。


「んだよー? 大魔帝の軍が攻めてきたんか? けど、あっちは魔群帯の方角じゃね? つーかおっさんよ、ここは魔群帯の魔物が避けて通る危険な城だったんじゃねーのかよ? これじゃマジで詐欺じゃん! 嘘つかれるとマジ冷えるピー! 寒すぎピー!」


 悪態をつく小山田に、ギーラがぐぬぬと青筋を立てた。


「あ? 何? え? なんなんすか? もしかして、キレそうなんすか? ぎゃはは! それ、ちょっと沸点低すぎねーか!?」


 あくびをしながら、安が寝ぼけ眼で城壁を見る。


「この僕が出るほどの幕ならよいが、最強の領域に入ったゆえか最近は僕にふさわしい魔物が少なくて困っている。敵無し――ゆえに、。やれやれ。ゲームでもよく感じることだが、強くなりすぎるというのもやはり困りものであるなぁ。つまらぬつまらぬ……」


 二人のA級勇者の態度に眉を顰めつつも、ギーラは連れてきたクロスボウ隊に号令を飛ばした。


「城壁の上から、魔物どもに矢の雨を浴びせてやれ!」


 すでに駆けつけていた他の兵士は、今まさに物見塔や城壁の上から矢を放っている。


「城壁や門が破られることなどありえないが、身の程知らずの魔物どもを放っておくわけにもいかん! さあ、遠慮なく殲滅してやるのだ! そら、黒竜騎士団に遅れを取るな! マグナル兵の力を見せつけてやれ!」


 げきを飛ばすギーラ。


「そこそこ数が多かろうと、北門の城壁外にいる他国軍の力を借りるまでもないわ! 勇者殿たちも、この城の力をとくとご覧あれ!」


 ギーラの部下が提案する。


「ギーラ様! 南門から打って出てはいかがでしょうか!? 騎兵連中が、日頃から出番がなく鬱憤を溜めております!」

「おぉそうか! ふふん! よし、ならば騎兵隊を――」


 城壁の上で、悲鳴が連鎖した。

 少し前から城壁の上が特に騒がしくなっていた。

 そうして、地鳴りがその大きさを増して――





 城壁の一部が、巨大な破壊音と共に、吹き飛んだ。




「――え?」


 立ちすくむギーラの真横に、吹き飛んだ城壁の一部が落下してくる。

 傍に控えていた彼の部下が、石の塊に押しつぶされた。

 地面に四散する血と肉片。

 ややあって綾香グループの女子が青ざめ、


「ぃやぁああぁぁああああ!」


 悲鳴を、上げた。


「お、おい……」


 兵士が一歩、後ずさる。

 彼の視線は、城壁にできた巨大な裂け目に固定されていた。


 割れた城壁の奥から、巨大な腕が現れた。


 節くれ立ったその手が、城壁の割れ目を掴む。

 頭部が、ずいっ、と姿を見せた。


(トン、ボ……?)


 頭部はトンボに見える。

 が、首から下は人型。

 さながら”巨大なトンボ人間”という感じだ。

 わずかに体毛らしきものも生えていた。

 肌部分はトンボっぽい模様で彩られている。

 顔が不気味に、カクカク動いていた。


「よチ……ょ、チ、よチ……よチ、よチちチち!」


 不気味な鳴き声が高まると同時に、それは起こった。


 トンボ巨人の尖った十本の指先が、のだ。


 城壁の上にいた兵士に、凶器さながらの指先が襲いかかる。


「ぎゃ!」

「ぐぇ!?」

「ひぃぃ! た、助け――ごふっ!」


 十の断末魔の悲鳴が立て続けに上がった。

 針のような指先は兵士を無残に貫くと、また巨人の手に戻っていった。

 糸のようなもので、あの針のような指先と手が繋がっているらしい。


「ばっ……」


 ギーラが脱力し、両膝をつく。


「馬鹿、な……魔防の白城の誇る、対金棲魔群帯城壁が……」

「ギーラさん」


 振り向いたギーラの目が捉えたのは――四恭聖の長男長女と、竜殺しだった。


「あ、アギト殿……竜殺し殿……我が城壁が……魔物、が……」

「急ぎ、城内の兵に指示を」


 アギトはそう言ってから、剣先を破壊された城壁の”裂け目”に向けた。



 彼の宣言の直後、破壊された裂け目から猛った魔物が次々となだれ込んできた。


 裂け目の近くにいた兵士たちが次々と惨殺されていく。

 物見塔の扉が破壊され、そこにも魔物が殺到し始めた。


「ブラウン、ホワイト」


 アギトが言うと、四恭聖の下二人は裂け目の方へ駆け出す。

 二人は襲い来る魔物を蹴散らしながら、物見塔へ向かっていく。


「なんで!? な、なんであんなに魔物ぉ!? 急に、どうして!?」

「ギーラさん、この襲撃はひょっとすると大魔帝軍の仕業かもしれません……先ほど、城壁内にてオーガ兵を目撃したという情報が入ってきたそうです」

「ば、馬鹿な!? オーガ兵だと!? どこから侵入したのだ!?」

「昨夜から今朝にかけて、城の主な警備は疲労の抜けていないバクオス兵が担当していました。しかも、今朝方にかけてこの一帯には濃い朝靄が出ち込めていてかなり視界が悪かった……侵入を許すのも、仕方なかったかもしれません」


「んな細けぇ話、どーでもいーわ! 要するに敵なんだろ!?」


 小山田が右腕を回しながら、前進していく。


「見ろや? あんなに経験値が溢れてんだぜ? こんなんボーナスステージっつーか、ぶっちゃけ手柄の取り合いレベルじゃん? 勇者たちは本当に戦えるのですかな? とかクソ舐めたこと抜かしてた現地人どもに、マジの活躍見してやるチャンスだわ」


「黒き炎よ、我が呼びかけに応えよ……【剣眼ノ黒炎(レーヴァテイン)】」


 安の腕から、黒い炎が巻き起こる。


「この黒炎の勇者に値する魔物がいればよいのだがな。まずは……あのでかいトンボ巨人を、焼き尽くすとしようか」

「ゆ、勇者殿……」


 一時錯乱していたギーラに、理性の色がまじる。


「そ、そうだ……ここには異界の勇者もいる! 背後には――三国の軍も控えているのだ! 城壁を破られようと、負ける道理などない! このギーラ・ハイト、何を悲観していたのだ……ぬぉぉおおおお! 遅れを取るなマグナル兵よ! 邪王素を失った旧世代の金眼どもなど、恐るるに足らん! あのデカブツも我々が討ち取る! 魔術師部隊を呼べぇぇえええ!」


 士気が息を吹き返し、兵士たちが素早く陣形を整える。

 流入して膨れ上がる魔物たちが、ついにこちらをターゲットに捉えた。

 綾香は一つ深呼吸をし、槍を構えて指示を飛ばす。


「みんな、いい!? ベインさんの教えの通りに戦えば大丈夫! 武器を構えながら……スキルの準備を!」


 綾香グループが陣形を取る。


「う、うん!」

「やるぞ……」

「戦うんだ! みんなで生き残って、元の世界に帰るんだ!」

「きたぞ!」


 魔物の群れが迫ってくる。

 先頭の群れは、腕先が鎌状になったカエル人間みたいな魔物だった。

 体躯は2メートルはある。

 綾香は地を蹴った。

 一足で群れの先頭に急接近し、勢いそのままに地を滑る。

 地を滑りながら、


「ゲ、こォ――ごブェぇ!」


 魔物の顎の下から脳天までを、槍で貫く。

 刃を引き抜き、そのまま低い位置で槍を振って他の魔物を転倒させた。


「グぇェ!」


 転んだ魔物をすかさず突き刺し、息の根を止める。

 他の魔物たちが綾香を取り囲みかけるも、


「グぎャぁ!」


 振り下ろされた大剣が、魔物の脳天をかち割った。

 大剣はそのまま暴れ回る旋風と化し、周囲の魔物をことごとく斬り飛ばしていく。

 赤髪の男が大剣を軽々と振り、刃の血を払い飛ばした。


「ベインさん!」

「悪い、少し遅れた」

「ちっ! 詐欺イインチョに獲物盗られてたまっかよぁぁあああ゛あ゛! おらおらおらおらおらぁ! 」


 小山田が他の群れに突っ込んでいく。


「【赤の拳弾(バレット)――連弾形態(ガトリングモード)】ぉ!」


 赤い攻撃エネルギーの塊が、連続で小山田の拳から撃ち出される。

 拳弾が前方の魔物たちをまとめて吹き飛ばし、粉々にした。

 が、後続の魔物はひるまず小山田に殺到してくる。


「こいつら活きよすぎてマジ笑えるわ! 飛んで火に入る夏の虫すぎんだよおらぁ! 【赤の拳弾(バレット)――要塞形態(フォートレスモード)】ぉお!」


 打ち出された拳弾が、収束するように、小山田の身体に集まっていく。

 刹那、集まっていた拳弾が弾けて殺到してきた魔物を吹き飛ばした。

 小山田の周りに、魔物の死体の山が築かれていく。


「おらおら! てめーらも、このボーナスタイムに殺しまくれや!」


 瀕死の魔物を靴底で弄びながら、小山田が桐原グループを煽る。


「この程度の魔物だと無双感あって最っ高に気持ちいいわー! つーか殺せば殺すほど褒められるとかマジ最高じゃね!? 倫理観マジぶっ壊れるぅぅ! ピー!」


 小山田の近くで、魔物が破裂した。


「あーあー……殺し程度を楽しんでるようじゃ、まだまだ格下感は抜けねぇよなー?」


 拳一つで魔物を粉々の肉片に変えたのは、四恭聖のアビス。

 彼女は迫る魔物を掴まえては、淡々とねじり殺している。


「るっせぇぞ凶悪デカパイ女! 桐原が言ってた通りてめーら現地人はもう頭打ちなんだよ! けど、おれらは殺せば殺すほど強くなる! あー? 殺しまくって何が悪ぃんだ!? 説明責任果たしてみろや!? あぁ!?」


「まー、今は――殺せ」


「あ?」


 目にもとまらぬ速さで、アビスが、魔物の首をねじ切っていく。


「楽しんでもいいから、存分に殺せ。殺せ、殺せ、殺せ――今は殺して殺して、殺しまくれ。。アタシが、許す」


「ちっ! なんの許可だてめー!? 死ねや!」


 殺す数を競うように、小山田とアビスは次々と魔物を粉砕していく。

 片や、


「お、おい! 誰か先に行けよ!」

「じゃあ、おまえが行けばいいだろ!?」

「わぁぁ来たぞぉおお!?」

「うわぁぁあああ! 助けてくれぇぇ安ぅうう!」


 安グループが、魔物を前にして混乱していた。

 誰が一番先に魔物に攻撃を仕掛けるかで揉めているようだ。

 綾香が助けに向かおうとするが、


「あっちは、おれが行く」


 ベインウルフが名乗り出た。

 安は、安グループと少し離れたところに黒炎をまとって立っていた。


「む、無視すんなよ安!? おい! 助けろって!」

「やれやれ……まだ”安”などと抜かすのか。まさかだが、貴様ら……自分たちがまだこの僕と同格以上の存在だと勘違いしているのか? 愚かなり……愚か愚か愚か……」


「た、頼むよ! あ、いや――お願いします、! 助けてください!」


「”様”までいくと逆に嘘っぽくなってしまうからな……仕方あるまい、妥協してやろう。しかし力を持たぬ者とは実に哀れなものよな。強者に頼るしか生きるすべを知らぬ……くきき! 哀れ哀れ哀れ、哀れの極み! 極まってるな、貴様ら!」


 今まさに安グループに襲いかかろうとしていた魔物を、安が焼き払った。

 彼の黒炎は以前と比べて勢いと範囲を増していた。

 スキルのレベルが上がったからだろう。

 安は顔に手を当て、決まったとばかりにポーズを取った。


「しかし満たぬ……あの程度の輩から頼られても、もはや我は満たされぬ高みへときてしまったか」


 チラッ


 安が、綾香の方を見た。


「格下とはいえ、もう少し予想外の方向から助けを乞われなくてはな。やはり大魔帝くらいの敵でなくては、僕の真価は発揮できぬのかもしれぬ。桐原め……どうにか、あやつが大魔帝に破れてくれればよいのだが……」


 ベインウルフが、足を止めた。


「……向こうは、大丈夫そうか。いや……ある意味、大丈夫とは言えないのかもしれねぇが――」


 弱ったような顔で言い、ベインウルフは下から上へ大剣を振るった。

 飛びかかってきた魔物が切り上げで真っ二つになり、地面に落ちる。


「各地の遺跡なんかの金眼に比べれりゃ強めだが、一般的な兵士でも対処できないほどじゃない」


 壁を破壊したトンボ巨人には、三竜士のバッハ率いる黒竜がハゲタカのように群がっていた。


「ふははは! 我が黒竜の前では地を這うしかない金眼の魔物など敵ではない! 見よ! これぞ、黒竜騎士団の力である!」


 針指はりゆびの射程距離外から魔術で攻撃している。

 頭部を集中的に狙われているため、トンボ巨人の頭部は次第に無残な状態になってきていた。


「ょチ……よチ、ち……ョ……ち……」


 魔物をなで斬りにしながら、壊れた城壁の方を見るベインウルフ。


「あのでかい魔物、足もとが覚束なくなってきやがったな……倒れるのも、時間の問題か」


 少し離れたところでは、ギーラがアギトと共に魔物を押し返していた。


「わっはっはっは! 城壁が壊された時は驚きましたが、ここには各国より集まりし精鋭たちが揃っておるのを失念しておりましたよ!」


 アギトが神速の剣技で魔物を切り刻みながら、ゆったり微笑む。


「元々この軍はヴィシス本人が率いる神聖連合の精鋭部隊のようなものでしたからね。まあ、それに……旧世代の金眼は邪王素を持たないので、僕たちも弱化の影響は受けない。むしろ本番は、邪王素を持つ南侵軍との一戦でしょう」

「む? そういえばアギト殿、ポラリー公やカトレア姫はいかがなされた?」

「彼らは城壁外の宿営地へ向かいましたよ。バッハさん以外の三竜士も、同じく自国の宿営地の方へ」

「ふむ……確かにこの騒ぎでは、統率する者がいないと混乱が生じますからな」

「指揮系統を失った軍は、悪いと総崩れになりかねませんから」

「ですな……おぉ! ようやく騎兵隊が来たな! おいこっちだ、急げ! 魔物どもに目にもの見せてやるのだ!」


 ギーラはすっかり気勢を取り戻していた。

 到着した騎兵隊も続々戦闘に加わっていく。

 綾香のグループも、セオリーを守って堅実に魔物を処理していた。

 魔物はまだ次から次へと押し寄せてくる。

 が、こちらの戦力が魔物側を遙かに上回って見えた。


(女神さまと桐原君はいなくなったけど、ここにいる南軍は本当に強い人が揃っているんだわ……)


 綾香は特殊スキル【刃備え(ブレードセット)】を使用し、槍の先に魔素製の刃を出現させる。


 これで槍がいわゆるハルバードに似た形になった。

 敵の数が多いから、幅広の刃があった方が一度にたくさん倒せる。

 綾香が槍を横薙ぎに一振りすると、五匹の魔物がまとめて寸断された。


(いえ、むしろこれはチャンスなのかもしれない。ここで魔物を倒してみんなが経験値を稼げれば、あとに控えている南侵軍との決戦の前にレベルを上げられる……)


 最初は、予想外の危機かと肝を冷やした。

 が、いざ蓋を開けてみれば逆にレベルアップの機会を得たとも言える。


 ギーラが号令を飛ばす。


「よーし、この辺りはもうよい! 我々も城壁の方へ行くぞ! ほれ、勇者殿たちも今こそ突撃をかけるのです! 皆の者、ゆけぇー!」


 気づけば、綾香たちの周囲の魔物はあらかた片付いていた。


「…………」


(ただ、大魔帝軍の兵士がいたって話……やっぱりこの襲撃は、何者かに意図されたものなの……?)


「?」


 綾香は、立ち止まった。


 何か、おかしい。


 綾香は、壊れた城壁の方を見た。

 ひと際異彩を放っているのは城壁の上の空気だった。

 黒竜たちの動きも何か、おかしくなっている。

 やがて――



 大きな質量を伴った足音が、大地を、轟かせた。



 皆、足音のした方角へ意識を奪われる。


「な――」


 安グループの一人が武器を取り落とし、棒立ちになった。


「おい……なんだよ、あれ……」


 たくさんの人型の上半身が、球体状の身体にくっついている。

 球体型の黒い体躯を、太い二本脚が支えているような感じだった。

 トンボ巨人よりも、サイズが大きい。


「ミょーン゛……ミょーン゛……ミょーン゛……」


 電気信号みたいな妙な鳴き声。


 所狭しとひっついている上半身の顔を見ると、どうも眼窩は空洞になっているように映る。


 そして――球体の全面に一つだけ、。 


 泣いている顔、に見える。


 と、球体を覆う上半身の一つがゴムのように伸びた。

 その動きは速く、しかも、自由自在に動いている。

 黒竜よりも遙かに、自在に宙を舞っていた。


「ギェ!?」


 空を舞う黒竜の一つが、上半身の手に捕まる。

 三竜士バッハの黒竜だった。


「なんだ!? 何をする!? よ、よせ! 貴様――」


 ブチィッ!


 バッハの黒竜が、真っ二つに、ねじ切られた。

 黒竜から投げ出されたバッハを、上半身が無表情に右手で捕縛する。


「う!? ぐ、ぐおぉぉ……!?」

「バッハ様を救え!」


 他の黒竜がバッハ救出に向かうも、次々と襲い来る他の上半身に彼らも捕縛されていく……。


 バッハは、巨大な手の中でもがいた。

 

「は、放せ! この化け物めがぁぁああああ! 放さんか、貴――」

「アんガぁアあ! バりバりィ!」


 喰わ、れた。


 バッハの頭部が、化け物、に――


「ぎゃぁぁああああ!?」


 他の黒竜騎士たちも、なすすべなく黒い上半身たちに捕食されていく。

 一部の”食べ残し”がこぼれ落ち、ボトボトと地面に転がっていった。

 と、


「おンばバぁァあアあア!」


 巨大な人面ライオンが、城壁を突き破って現れた。


 人面ライオンは勢い余ってひっくり返ったのち、バタバタもがいてから、雄叫びを上げながら態勢を整えた。


「バぁァあアあアぃィいイ゛い゛――――ッ!」


 桐原グループの室田絵里衣が青ざめる。


「な、何あれぇ……気持ち悪っ……ッ!」


 人面ライオンは、なぜか恐怖で引きつった表情をしていた。


 しかも体躯に比べて頭部だけが異様なほど大きいため、より不気味さが増長されている。


 普通に考えれば、首が折れているであろうアンバランスさである。


「ぉバぁアあアぃ!」


 吠え猛る人面ライオン。

 綾香は、乾いた喉に唾を送り込んだ。


(あれって、まさか……)


「悪い予測ほど当たるってのは、あながち嘘じゃないのかもなぁ……」


 ベインウルフが城壁の惨劇を睨み据えた。


「来やがったな、人面種……」




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― 新着の感想 ―
人面種って女神が作ったモンスターだよな? つーことはヴィシスが絡んでるのか
[良い点] とても面白いです [気になる点] 準備を整えるではなく、調えるが正しいですよ。
[一言] 乱暴な口調の所々に入る『説明責任』なんて単語が笑える
2021/12/13 17:27 退会済み
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