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次なる強化剤


 魔女の棲み家には開かずの扉がある。

 家主から開けるなと言い渡されている扉だ。

 俺は今、エリカに連れられてその扉の前に来ていた。


「入っていいのか?」

「ま、そのくらいには妾の信頼を得たってことかしら」

「だとさ、ピギ丸」

「ピニュー」


 ピギ丸もついてきている。


「さ、行くわよ」


 扉の向こうは下へ続くトンネルになっていた。

 さらに地下へとのびているようだ。

 俺たちは梯子で下へ向かった。

 下に辿り着くと、エリカが軽やかに地を踏む。

 俺も、梯子から降りた。

 これは――


「魔女の研究室、ってとこか……」


 エリカの仕事場みたいなものだろう。

 広さは――学校の理科室くらいはあるか。

 いかにも実験に使いそうな器具類が机や棚に並んでいる。

 コポコポ泡を立ててる定番の謎の液体も見えた。

 ……室温が上と比べて高い。

 耐えられないほどではないが、じんわり汗が滲んでくる。


 他の部屋へ続くとおぼしき扉がいくつか確認できた。

 と、エリカが部屋の右手側にあるドアを指差す。


「こっちよ」


 ドアを開けるエリカ。

 部屋に入ると、棚がズラリと並んでいた。

 お手製の棚だと思われる。

 各段にはビンが並んでいた。

 魔物のものと思われる部位がビン詰めになっている。

 いわゆるホルマリン漬けを連想させるが……。


「けっこう手間をかけて保存してるみたいだな」

「この部屋のせいでちょっと室温が高いけどね」

「普通、保存ってのは室温を低くするイメージだが」

「この部屋のはそれなりの高さを保たないといけないのよ。ふぅ……あっつ」


 エリカがあごを拭う。

 涼しげな衣装だが、その褐色肌は汗ばんでいた。

 なるほど。

 暑い部屋で作業するからあの格好、って理由もあるのかもな。


「プユリ〜……」


 ピギ丸もちょっとバテそうになっている。

 気の抜けたお餅みたいになっていた。


「ちょっと待っててねー……」


 つま先立ちで背伸びをしながら、順々に棚を確認していくエリカ。

 どこに何があるかすべて把握しているわけではないらしい。


「ここまで手間をかけて保存してるってことは、貴重な部位なんじゃないのか?」

「当然でしょ」

「で、提供する条件は?」

「別に? ないわよ?」

「……無条件でくれるっていうのか」

「ういすきぃに、お礼言っときなさい」

「…………」


 あれのおかげだったのか。

 想像以上の効果を生んでくれたようだ。

 ……いやまあ、元から無条件で譲ってくれる気だったのかもしれないが。

 と、エリカが一つの棚の前で立ち止まった。

 そして、周囲をきょろきょろ見回し始める。

 何かをさがしているようだ。

 と、


「ふぅ……」


 ため息をつき、エリカが腕を組んだ。

 棚の上をジッと見つめている。

 やがて、


「トーカ」

「ん?」

「肩、貸して」


 肩車を要請されたので、要求通り従う。


「これでいいか」

「ありがと」


 さっきのきょろきょろは梯子か台でも探していたのだろう。


「…………」


 思ったより、軽い。


「汗ばんでて悪いけど、そこはお互いさまだから我慢して」

「我慢は、慣れてるよ」


 エリカが棚の縁に手をかけて、覗き込む。


「ま、我慢はしすぎはよくないけどね……適度な抜きどころは自分で用意しておきなさい――っと、あったあった」


 目的のものを見つけたらしい。

 膝をつき、エリカを降ろす。

 彼女の手には、人間の頭ほどのサイズのビンが収まっていた。


「はい、これでしょ?」


 エリカの差し出したビンの中身を確認する。


「ああ……これで、間違いない」



     ▽



「せっかくだから、ここで作っちゃえば? 器具類なら貸してあげるわよ? その強化剤は、エリカも興味あるし」


 エリカのそんなひと言もあって、そのまま強化剤の作成に移ることにした。

 ここなら器具類も充実してるしな……。

 俺は、一度部屋へ戻って他の素材を取ってきた。


「じゃあ、始めるか」


 エリカも手伝ってくれたので、強化剤作りはすぐ終わった。

 と、エリカが親指で一つのドアを指し示す。


「強化剤をピギ丸に投与するなら、あっちの部屋を使いましょ? ここ、ちょっと暑いし」


 エリカによると、広くて壁も頑丈な部屋だそうだ。

 主に威力のある魔導具の効果を検証するのに使うらしい。

 断る理由もない。

 俺はその部屋に、足を踏み入れた。


「…………」


 涼しい。

 暑い日にクーラーの効いた店に入った時の、あの感覚に似ている……。


「さて、やるか。……準備はいいか、ピギ丸?」

「ピニュ〜ッ! ピギッ! ピギッ! ピギッ!」


 突起を左右交互に出たり引っ込めたりするピギ丸。

 なんだか、正拳突きでもやってるみたいだな……。

 ピギ丸なりに気合を入れているのかもしれない。


 今回も、手順に従って魔物強化剤を使用した。

 この実験がスライムに及ぼした効果……。

 素材と一緒に持ってきた『禁術大全』によれば――


「ピギ……? ピ……ピピ?」


 ピギ丸が淡く発光し始める。




 そのままピギ丸は、を増していく。




「ピギギ……ッ!? ピッギィィイイイイ――――ッ!」




 ドンッ!




 エリカが、天井近くまで膨れ上がった”それ”を見上げる。


「とんでもないものを開発したわね、大賢者……」


 そう、ピギ丸は――




 巨大化、していた。



 この部屋の天井はけっこう高い。

 それでも天井近くまで届いている……。

 かなり巨大化したと言えるだろう。


「ピギ丸」

「ピッ!」


 巨大化しても、鳴き声は愛らしいままだった。


「元の大きさに戻ってみてくれ」

「ピム? ……ピッ! ピムムム……ピユ〜……」


 風船が萎むみたいに、みるみるサイズが縮んでいく。

 最後は、何事もなかったかのように元のサイズに戻った。

 そう、単純に言えば今回の強化剤の効果は”巨大化”だ。


 ただし――


「ふぅん」


 感心顔のエリカ。


「巨大化させることで密度を高める、って発想か……」

「個人的には、今回の強化でけっこうな戦力の底上げができたと踏んでる。強化の内容自体は、シンプルと言えばシンプルなんだがな」


 しかしシンプルな分、活かし方に幅が出せる。

 エリカが見透かしたような目で俺を見た。


「この力をどう使うかは……すでに、頭の中で組み上がってるみたいね?」


 屈んで、ピギ丸に手を添える。


「ピ?」

「思い通りにいくかは、今後の検証次第だけどな……」


 いくつかの要素についてはまだ検証が必要だろう。

 すべてのデータが『禁術大全』に記されているわけではない。

 何ができて、何ができないのか。

 どこまで、やれるのか。

 まずそれを確かめなくてはならない。

 しかしまあ、とりあえず――



「これで、戦い方の幅が広がるのは間違いない」





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― 新着の感想 ―
[一言] 肩、貸して…からの肩車って、そんな素敵な日本語は日本には存在しない! あ、異世界かw
[一言] デカァァァい!説明不要!!
[気になる点] 巨大化した時のサイズ感が分からない 「高い天井に届くほど」と書いてあるが、その天井が5メートルなのか10メートルなのかどちらにしても高い天井という表現ができるからそこはしっかり書いてほ…
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