この世界で、いちばんの
女神潰し。
そのすべてを禁呪に委ねる気はない。
他の戦力も底上げしておくべきだ。
策は――二重三重に。
常に、相手の上を行くことを考えなくてはならない。
ゴクッ
背後から唾をのむ音。
音を出した本人も、音の大きさに戸惑った感じがあった。
「トーカ殿」
「ん?」
背後を振り向く。
セラスが髪をかき上げ気味に視線を逸らした。
「そ――そろそろ、就寝いたしましょうか」
「素材を片づけてから行く。先に入っててくれ」
「あ、私の方も少し……」
セラスが自分の荷物のところに行って屈み込んだ。
何かゴソゴソと探っている。
彼女が取り出したのは薄手の上着。
セラスが今の薄衣にそれを被せて着る。
さすがに薄着すぎると感じたのだろう。
素材をしまい終えた俺も、寝る準備をしてベッドに入った。
魔素ランプのスイッチを切る。
俺はベッド横に備えつけてある燭台に視線をやった。
「セラス、そっちも消してもらっていいか?」
「あ、はい――、……フッ」
セラスが息を吹きかけると、ロウソクの火が消える。
薄暗さが増した。
この部屋には大きな窓がついている。
窓からは月明かりが差しこんでいた。
ここは地下のはずである。
なのに外の空はちゃんと暗くなっている。
原理は不明だが、月まで用意されていた。
なんというか――SF映画みたいだ。
ピギ丸はベッドの下に潜り込んでいる。
スレイは、伏せをしたまま眠っていた。
俺とセラスは並んで横たわった。
三人ギリギリいけそうな広さのベッド。
意識していれば、互いの肌の触れ合いにまでは至らない。
「…………」
セラスは背を向けていた。
呼吸の感じからして、まだ寝入ってはいないようだが。
「トーカ殿……まだ起きていますか?」
「ああ」
「いよいよ禁呪の秘密に、迫れそうですね」
廃棄遺跡。
黒竜騎士団。
アシント。
金棲魔群帯。
禁忌の魔女。
長かったような、あっという間だったような。
「ここまで辿り着けたのは、おまえの存在も大きいな」
「光栄です」
天井に視線をやる。
「何か、俺に聞きたいことがあるんじゃないか?」
「――――ッ」
俺はセラスの次の言葉を待った。
ほどなくして、彼女は緊張した声で尋ねた。
「……復讐の旅を終えたら、どうなさるのですか?」
「復讐を終えたら、か。そういや、あまり考えたことはなかったな……手段があるなら、元いた世界に一回戻りたいところなんだが」
「例の叔父さまと叔母さまに、お会いしたいのですね?」
「ああ」
ひと言でもいい。
お礼を言いたい。
これまで受けた、すべての恩に対して。
「そう言うセラスこそどうなんだ? 今は、セラス・アシュレインは世間じゃ死んだことになってるみたいだが」
「そうですね……私もあまり考えていませんでした。ある意味、世間の認識通り私は一度死んだようなものですし……」
「例の姫さまにまた会いたいとか、ないのか?」
ネーア聖国の姫から渡されたという首飾り。
セラスはそれをずっと換金せず大事に持っていた。
「……トーカ殿と違い、ちゃんと別れは済ませましたので」
「セラスにとってその姫さまは、俺にとっての叔父さんたちみたいな存在なのかもな」
ふふ、と。
薄く微笑むセラス。
「ええ、そうかもしれません……」
「一人で逃亡生活をしてた頃は、確かヨナトって国から船で別の大陸に渡る予定だったんだよな?」
「はい。ただ、今は……」
俺の方へ身体を向けるセラス。
「あなたという王のいる場所が、私の居場所ですから」
真っ直ぐに俺を見て、セラスは言った。
「この身はもう、あなたに捧げました」
セラスの眼差しに熱っぽいものがあった。
彼女にはまだ湯浴みの火照りが残っていた。
薄らと桜色の滲む瑞々しい白肌。
上質な絹めいた金髪が、ベッドの上で波打っている。
特徴的なその長い耳は、少し色味が変わっていた。
「ぁ……、――申し訳ありません、つい……」
再び俺に背を向ける。
緊張と興奮が伝わってくる。
「【スリープ】をかけるけど……いいか?」
てのひらを、彼女の背に近づける。
と、
ギュッ
セラスの手が、俺の手を絡み取った。
まるで、拒否の意思を示すかのように。
「そ、の――今日は【スリープ】なしで……お願い、できませんか」
「眠れるのか?」
「……わかりません」
「わかった……ひとまず、したいようにさせてやるよ」
俺たちはそうして、また仰向けになって並んだ。
十分くらい経った頃、
「……父以外の異性とこんな風に寝床を共にしたのは、生まれて初めてでして」
「俺も、初めてだ」
「その割には、落ち着いていらっしゃいます……」
セラスが表情がかすかに曇っていた。
珍しくちょっと膨れている。
何を思っているかは、わかる。
俺の反応が薄すぎるのだ。
「セラスは好感を持てる人格の持ち主だし、綺麗だし、異性としても魅力的だ。そこは自信を持っていい」
俺は、正直に言った。
「俺がこの世界でいちばん好きな異性は、セラスだと思う」
「――――――――ッ、…………」
セラスが息を呑んだのが、わかった。
彼女が身体の向きを変えた。
横たわったまま、顔を俺の方へ向けている。
「嘘じゃないのは、わかるだろ」
「その、はい」
「あと、なんていうかな……異性とこういう状況になっても冷静さを保てるのは、多分セラス相手に限った話じゃない。エリカも言ってただろ。俺は年頃の男の割には反応が薄い、って」
「あ、そういえば……はい……」
「原因に心当たりはあるんだ。だから……いずれ、その時がきたら話すよ」
……クソ親どもの話はあまりしたくはないが。
セラスになら、話していいかもしれない。
「ぁ……」
セラスが目もとを緩ませた。
「はい……お待ち、しています。あの、トーカ殿……」
「ん?」
「私もいずれ、お話ししたいことがあります」
あの洞窟でのことだろうか?
「わかった。いずれ、な」
「はい、いずれ……」
「…………」
「…………」
セラスが俺の胸の辺りに顔を寄せた。
彼女の身体も、寄り添うようにして距離を縮めてくる。
心臓の鼓動が聞こえてきそうな……とでも言えばいいのか。
薄暗がりでも、セラスの顔が過度に紅潮しているのがわかった。
小さな肩に触れると、強張っていた。
「すみませんっ……」
セラスが謝った。
吐息まじりの、消え入りそうな声で。
「つい、勢いでっ……」
「勢い?」
さすがの俺も今の発言には少し面食らった。
勢いで、か。
行動した後で自覚が押し寄せてきたのだろう。
この前の洞窟での件といい……。
こういう時、勢いで行動に移してしまう傾向があるようだ。
普段は冷静なんだが。
「と、トーカ殿っ……もう、耐えられそうにありませんっ……あのっ――【スリープ】を、お願いできませんかっ……?」
セラスの目がぐるぐるマークになっていた。
眉の形も、困ったようにヘタっている。
まるで混乱の状態異常にでもかかってるみたいだ。
息をつく。
「わかった」
てのひらをかざし【スリープ】をかける。
「――――、すぅ……」
セラスは、スッと眠りについた。
まるで寝つきのいい子どもみたいに。
俺は、セラスの体位を少し変えてやった。
敷布もかけ直してやる。
まだ、かすかに上気してはいるが……。
先ほどは打って変わって穏やかな寝顔だった。
頬杖をつき、セラスの寝顔を眺めながら、俺は言った。
少し、語りかけるような調子で。
「……変なヤツだよな、おまえ」
それから寝る位置を直し、俺は再び仰向けになった。
効果が切れるまでもうセラスは起きない。
何を言っても。
何をしても。
「ピギ丸」
俺はベッド下のピギ丸に声をかけた。
「ピ?」
「これから俺も寝る。何か奇妙なことがあれば、知らせてくれ」
「ピギ……ッ!」
”了解であります!”
みたいな鳴き声だった。
気遣ってなのか、声量もすごく落としていた。
「……おまえは、ほんと器用なヤツだよ」
苦笑気味にそう言って、俺は静かに目を閉じた。
おかげさまで『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで』の3巻が5/25(土)に発売となります(ご購入の報告もいただいているので、もう店頭に並んでいるところもあるようなのですが)。
今回もまず全体にチェックを入れて、細かな加筆や修正等を行っております。余分な作業なのかな、と思いつつやはり全チェックはやってしまいますね……。そして、追加の書き下ろしコンテンツもいくつか入っております。内容は主にセラスとトーカのシーンが3点、洞窟の奥に着替えに行ったセラスとリズのシーン、綾香とニャンタンのシーン、更衣室での綾香&浅葱のシーンなどですね。Web版のモンロイであまり描けなかったトーカとセラスのコメディっぽいシーンを書くことができたので、トーカとセラスのいちゃいちゃ(?)するシーンがお好きな方は、是非!という感じでしょうか。
また、洗濯絡みのシーンや、セラスとリズの着替えシーンはKWKM様にカラーイラストも描いていただきました。挿絵もセラス成分が多めで、あとがきにも書きましたが……着々と書籍版の「セラス本計画」(?)が進行している感じです。どのイラストも素晴らしいですが、個人的に3巻では表紙イラストがいちばんのお気に入りですね(1~3巻を並べると、これがまたとてもよい感じです……)。
皆さまのおかげで3巻をお届けすることができました。このたびも、この場を借りてお礼申し上げます。7月にはコミカライズもスタートいたします。Web版、書籍版、コミカライズそれぞれで『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで』の世界を楽しみ、また、浸かっていただけましたら嬉しく思います。
次話は(久々の?)女神サイドの予定となっております。