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最も厄介な相手


「まあな」

「まあな、って……」

「俺が勝てた理屈も、立てられるには立てられる」


 廃棄遺跡の魔物たちのナメ切った態度。

 あそこの魔物は廃棄者を完全にあなどっていた。

 人間を、遊び道具として認識しているほどだった。

 そして実際、魔物たちは廃棄者を凌駕する力を持っていた。


「魂喰いがその最たる例だったんだろう。廃棄遺跡の生還率がゼロってことは、負けたことがないってことだ」


「慢心が生まれてたって言いたいの?」


「十分考えられる。そういう意味じゃ、俺は過去の廃棄者の積み重ねてきた敗北に救われたとも言える」


 だからこそ隙を作ることができた。

 艶やかなその唇を、エリカが指先で優美に撫でた。


「理屈としては、通ってるけど……」


 俺が魂喰いを殺したのがまだ信じがたいらしい。

 エリカが近寄ってきて顔を近づけてきた。

 彼女は俺より背が低い。

 見上げられる形になる。

 

「あの魂喰いを、きみがねぇ……」


 紫紺の瞳に俺の顔が映り込んでいた。

 瞳に映る今の”俺”はとても邪悪には見えない。

 つまり魂喰いを殺すほど強く見えないのだろう。

 我ながら拍手を送りたくなる擬態。

 エリカの訝しがり方が、それを証明している。


「ところであんた、魂喰いの存在を知ってるんだな」

「ん? まーね」


 顔を離し、腰に手をやるエリカ。


「一時期、ヴィシスの近くにいたこともあるし」


 なるほど。

 魂喰いのことは、その時に知ったわけか。


「アライオンにいたのか?」

「そ、色々あってしばらく滞在してた時期があるの。ま、深みにハマる前に逃げたけど」

「優秀なダークエルフとなると、あの女神なら味方に引き入れようとしたんじゃないか?」

「ええ、きみの予想通り誘われたわよ? でも、断った。それからしばらく放浪してたけど……追手を撒くのも面倒になってきたから、ここに引きこもったの」


 あの女神の放った追手だ。

 簡単に逃げられる相手ではあるまい。

 しかもこの魔群帯の奥地まで到達している……。

 やはりエリカ自身にそれなりの戦闘能力はあると見ていいか。


「ま、元々ついの棲み家はここにしようと思ってたからその時期が早まったってだけね」


 エリカが胸を反らし、


「――ん」


 身体をのばした。


「話が逸れたわね……で、廃棄遺跡を出たあとは?」


 俺は次に、黒竜騎士団の件を話した。




「…………は? じゃあ”人類最強”をったのって、きみだったの? 噂になってた呪術師集団じゃなくて?」




「その呪術師集団のことも、ついでに話しておく」


 俺は次にアシントの件を話した。

 エリカは、ふんふん、と相槌を打っている。


「なるほど、それでアシントが忽然と消えたって話になるわけね……」


 エリカが前屈みになった。

 そして上目遣い気味に、下から俺を指差してきた。


「氷漬けにした死体砕きの話だけど、きみ、なかなか面白いこと考えるわね。エリカ、そういう発想は好き」


 エリカの目には感心があった。

 が、感心したのは俺も同じ。

 使い魔の情報収集能力が思った以上に高い。

 さながらニュースサイトや新聞である。

 世界のトピックが定期的に入ってくる感じ、だろうか?

 

「――とまあ、そんな経緯があって、俺たちはこの魔群帯に足を踏み入れたわけだ」


 そこまで話し終えた俺はハーブ水を口に含んだ。

 話の途中でゴーレムが運んできたものである。

 ……ここでも一応毒味をしてしまうあたり、つくづく自分が疑り深いタチだと感じる。


「そうして魔群帯の魔物を跳ね除けて、きみたちはエリカのところへ辿り着いた……」


 れろっ


 エリカが、人さし指に跳ねた水滴を舐め取った。


「よくもまあ……その状態異常スキルとやらだけで、これまで生き残れたものね」


「この世界の既存の状態異常付与の力と比べると、俺のスキルは枠外と言っていい性能らしい」


「魔術式や詠唱呪文、それに勇者の力(スキル)は、大まかに五つの系統に分類されるわけだけど……」


 ポフッ


 エリカがベッドに腰をおろす。

 座り方が、あぐらだった。


「その中で必ず最下位に位置するのが、状態異常付与系統の力よ」


 おさらいでもするみたいに指を立てるエリカ。


「一応エリカも可能性を探った時期があったけど、成功率、持続力、効力のすべてにおいてやっぱり役立たずと言わざるをえなかった――つまり、ハズレの代表格」


 それがこの世界における共通認識ね、と彼女は言い添える。


「だから、ヴィシスがきみを役立たず認定したのも理屈に合わない話じゃない。ましてや等級も最底辺で、女神の加護の数値もひどかったんでしょ? なら、生贄になるのも頷ける」


 ずけずけ言う魔女だ。

 悪くない。


「今となっては、あのクソ女神にいいように使われず済んでよかったと思ってるけどな……」

「で、きみは……勝手に役立たず認定して廃棄遺跡に落としたヴィシスに復讐したいってこと?」

「そうだ」


 過去の廃棄者たちのことも、あるにはある。


 だが、この黒い感情のみなもとを辿れば結局は――



「完全なる私怨だ」



 そう。


 大義名分も何もない。


 あのクソ女神は気に入らない。


 だから、何倍にもしてやり返す。


 叩き潰す。


 それだけだ。


「……ふーん、面白いわね。今まで女神打倒を口にしてきた連中はみんな、ご大層な大義名分を掲げるか、もしくは、できもしないのをわかっていながらその場で虚勢を張る程度だったけど……きみからは、現実のものとして復讐を果たす意志が感じられる。そしてきみは高い身体能力、戦闘経験を埋めるほどの機転や精神力、強力な状態異常スキルを備えている……」


 エリカの目つきが変わった。

 彼女の瞳には、暗雲を示す色。


「だけど、ヴィシスには――」




「【女神の解呪(ディスペルバブル)】がある」




 エリカより先に、俺はその忌々しい名を口にした。

 状態異常スキルを完全無効化する女神の力。


 俺が初めて【パラライズ】を放った時のこと。


 あの瞬間は、忘れない。


「ああ、きみはもう知ってるのね。そう、あいつにきみの状態異常スキルは効かない」


 アレがある限り女神攻略は難しい。

 女神を倒すためには他の手段がいる。

 たとえば、


「だからこそ、俺は――」

「禁呪を習得すべく妾のもとへ足を運んだ」

「ああ、そういうことだ」

「……だけど、まさかまだ現存する呪文書があったとは驚いたわ。禁呪の呪文書は、ヴィシスがすべて焼き払ったと思ってたから。しかも、三つひと揃いで残ってるなんてね……」


 大賢者が廃棄遺跡に持ち込んだ禁呪の呪文書。

 下手をすると現存する最後の呪文書なのかもしれない。

 にしても、クソ女神が執念深く処分しているとなると……。


 禁呪はやはり、女神の天敵である可能性が高い。


 つまりあの【女神の解呪(ディスペルバブル)】をもってしても、防げない力。


「…………」


 この状況は悪くない。

 女神は呪文書がこの世にもう存在しないと思っている。

 だったら――こっちは今後、動きやすくなる。


 片膝を立てたエリカがその膝に肘をのせた。


「神族がおしなべてそうなのかは知らないけど、ヴィシスは個体としての戦闘能力も桁外れに高いわ。ごくまれに人里へ人面種が出てくるそうだけど、あの女は傷一つなくすべてくだしているらしいし」


 召喚されたばかりの頃。


 金眼のオオカミを焼き殺した火球。

 十河を気絶させた時のあの動き……。


 女神自身の戦闘能力も高いと予測はしていた。

 が、それほどか。

 となると……。

 セラスやイヴでもやはり対女神の戦力としては厳しいか。

 舌打ちするエリカ。


「魂喰いを”洗脳”したなんて話もあるんだから……ちょっと異常よ、あの女神は」

「人面種を……洗脳?」


 上体を折り、エリカが寝そべった。

 やけに無防備な体勢。

 俺の位置からだと、かろうじて表情がうかがえる。

 両手で腕枕をしたまま、エリカは独り言のように呟いた。


「人面種が生まれる理由が妾の理論通りなら、絶対不可能とまでは言えないわ」


 謎に包まれた人面種の出生。


「…………」


 実は、魔群帯に入る前から俺も頭の隅で考えてはいた。


「エリカの予測だと、人面種の正体は――」


 たとえば、



「金眼の魔物が突然変異した姿、か?」



 エリカの言を継ぐようにそう言うと、


 バッ!


 跳ねるように、エリカが上体を起こした。


「……驚いたわね。きみ、召喚されてまだ日が浅いのにその考えに辿り着いたわけ?」

「今まで遭遇した人面種には”揃った個体”がなかった」


 金眼の魔物は同じヤツを何匹か確認できた。

 が、人面種は一匹として同じヤツがいない。

 同種族と思しきヤツが一匹もいないのだ。

 となると、まず生殖能力がない可能性が高い。

 なら、人面種は他の方法で生まれてくる……。


 俺は尋ねた。


「もし知ってたら、教えて欲しいんだが……過去、根源なる邪悪の軍勢に人面種はどのくらいいた? いたとしても――かなり少なかったんじゃないか?」


 エリカが俺を指差す。


「そう、その通り! エリカはむしろ、最北地で生み落とされた魔物の中に、人面種は一匹もいないんじゃないかと思ってるの」


 エリカが言っているのはこういうことだ。


 ”根源なる邪悪は人面種を産み落とさない”


 とすれば、である。


「人面種に突然変異するための条件は――」


 エリカの紫紺の瞳と俺の視線が、ぴたりと合う。

 




「人間を喰らった、金眼の魔物」





 互いの声も、綺麗に重なった。

 再びベッドに寝そべるエリカ。

 今度は、かなり勢いよく倒れ込んだ。


 ボフッ!


 寝そべった姿勢のまま、エリカが片膝を立てる。


「証拠はない――ないんだけど……それが最も納得のいく理論なのよ。それと、人面種になる確率はおそらく……」

「喰った人間の量が多いほどなりやすい、か?」

「エリカも、同見」

「ただ、人面種の絶対数は他の金眼の魔物と比べて少ない印象がある。となると、変異する確率はかなり低いとみてよさそうだが……」


 エリカが寝そべったまま頭だけ持ち上げた。

 俺を見据え、すらりと長い脚を組み替える。


「きみ……それ、何かで読んだの?」

「仮説だ。今まで遭遇した人面種から得た情報をもとにした、な」

「トーカ」


 エリカが起き上がり、ベッドの上でまたあぐらをかいた。


「妾、きみけっこう好き」

「そいつは光栄だが……まだ聞きたいことが残ってる。さっきあんたが言ってた、人面種の洗脳が絶対に不可能とは言えないってのは、一体どういう――」


 そこで、ハッとした。


 まさか。


 まさ、か。


 パチンッ


 エリカが片目をつむり、鳴らした指で俺を差す。


「きみの察しのよさにはほんと驚くわ。ええ、その通り」

「あの、クソ女神は――」


 つまり、




?」




 洗脳して忠誠を誓わせた人間。

 変異が起こるまでそれらを、食わせ続けた。


「ウッ」


 セラスが口もとをおさえた。

 女神のやり方におぞましさを覚えたのだろう。

 そう、吐き気を催すほどの。


「だから魂喰いは、ヴィシスの言うことだけは聞いたんだと思う」


 だからこそ、あんなベストな場所に……。

 廃棄遺跡の出口に、配置できたわけか。


「……個体数は?」

「ん?」

「同じ方法で作った魂喰い級の隠し玉を、あのクソ女神は他に持ってると思うか?」

「どうかしら……おそらく魂喰いに至るまでに無数の失敗作が生まれてると思う。多分、唯一成功したのが魂喰いだったんじゃないかしら? もし他に作れてるんだったら、過去の根源なる邪悪との戦いで持ち出してるはず」


 一理ある。

 つまり、


「それほどまでに、突然変異の確率は低い」


 命令を聞く人面種と化す確率も。


「多分ね。魂喰いは奇跡の産物だったんだと思う。エリカは、そう読んでる」


 鼻を鳴らす。


「神のくせに、奇跡に頼るしかねぇのか……神様っつっても大したことねぇな」

「神族についてはわかってないことも多いわ。ヴィシスも自分に関する情報は極力潰す方針みたいだし……ま、古代文献に出てくる神のように全知全能じゃないのは救いね。さて――」


 エリカが、話を切り上げる空気を出した。


「妾はこれから食事の準備をするわ。きみたちはここの掃除をするなり、休むなり、しばらくは好きにしてちょうだい」


 セラスが反応する。


「あ、お手伝いしましょうか?」

「けっこうよ。ゴーレムたちに手伝わせるから」


 エリカの経歴の一部。

 人面種の正体(これは仮説段階だが)。

 クソ女神に関する情報。


 収穫はあった。

 エリカに不快と取られる発言もほぼなかったはず……。


 ベッドから腰を浮かせ、エリカが俺に歩み寄った。


「にしても……トーカって相手から情報を引き出すのが上手いのね。軽く絞り取ってあげようと思ったけど、きみにペースを握られると、逆に絞り取られそう。それと……話しながら色々と際どい仕草をしたりもしたけど、照れたり、動揺したり、よこしまな感情を抱いた気配もなかった。年頃の男の子のわりには、なかなかの自制心だけど……さすがにちょっと、反応が薄すぎるわ」


「……あんたの仕草に関しては、意図的なのがわかってたからな」


 向こうは向こうで、会話しながら俺を試していたようだ。

 まあ、視線の動きで狙いはすぐわかった。

 エリカが生地越しに、俺の左肩を指先でなぞった。


「滞在中に妾の厚い信頼を得られるかは、きみ次第かもね。その左肩の傷が治るまでは、時間をあげる」


 疲労だけではなかった。

 左肩の傷のことも、きっちり見抜いているらしい。


「けど、アレね……もしかするとヴィシスは――」


 通りすぎざま、エリカは言った。




「敵に回したら最も厄介な相手を、廃棄してしまったのかもしれないわね」






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― 新着の感想 ―
2025年の今読むと、この主人公はキツイ 別ベクトルで桐原化してるわ なんで陰キャ童帝君がこんな対人(女性)スキル高いんだろ?
さすなろ続くとキツイ お腹いっぱい
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