魔女の棲む家
階段をのぼり切り、屋内に入る。
広い部屋。
燭台型のランプが確認できる。
あの光り方……。
魔素をエネルギーにしているのだろう。
部屋の中央には木製のローテーブル。
家具や調度品の大半は基礎が木製のようである。
形は北欧系のお洒落なアンティークっぽい感じ。
魔女はというと、傍らのサイドテーブルに杖を立てかけ、ソファに深く身を沈めていた。
「少し待ってて」
待っていると、部屋の奥からゴーレムが現れた。
両手に椅子を四つ抱えている。
ゴーレムが、椅子を手早く等間隔に置いていく。
「どうぞ? 座って?」
促されて俺たちは椅子に座る。
魔女は、ソファ横のテーブルの銀杯を手にした。
「きみたちも何か飲む?」
セラスが視線で問うてくる。
”どうしますか?”
俺は、
「なら、もらおう」
と答えた。
多分、セラスが危惧したのは眠り薬等の混入だろう。
が、ここでは表向き魔女を信頼している姿勢を示したい。
もちろん何か怪しいと感じれば、対処はするつもりだが。
ゴーレムが、今度は盆に銀杯を載せて運んできた。
……給仕もできるのか。
器用なものだ。
出されたのはハーブ水。
口に杯を近づけつつさりげなくニオイを嗅ぐ。
知っているニオイだ。
モンロイで口にしたハーブ水と同じニオイ……。
同じ種類のハーブか。
杯を呷る仕草をしながら、舌先で少しだけ舐め取ってみる。
この角度なら対面の魔女に口もとが見えないはずだ。
なので、毒味をしているとは思われまい。
「…………」
味に違和感はない。
大丈夫そう、か。
「毒なんて入ってないわよ? ま、でも警戒するのは当然ね」
艶やかな黒髪を手櫛で梳き、手で促す魔女。
「気分を害したりしないからどうぞ? 気の済むまで毒味して?」
その視線はセラスに注がれていた。
「ぁ――その、これは失礼を……っ」
杯を両手で包み込み身を縮めるセラス。
魔女に気取られる身振りで毒味していたらしい。
片や、イヴとリズは警戒せず飲んでいた。
頬杖をついた魔女の視線が鋭くセラスを射抜く。
「きみ……セラス・アシュレインよね?」
「私を、知っているのですか?」
これまで俺が入手してきた情報から考えれば、だ。
魔女は少なくとも十年は外界から隔絶した生活を送っているはず。
もし十年前としてもセラスは当時9才。
仮に当時のセラスを知っていたとしても……。
成長した姿を見てすぐさま同一人物とわかるものだろうか?
「…………」
俺はそこで一つの仮説を思いつく。
魔女のあの口ぶり……。
外界と長らく隔絶している感じじゃない。
要するに、
「あんたは何か魔群帯の外の様子を知る手段を持ってるのか?」
質問とも断定ともつかない曖昧な調子で問いを投げてみる。
と、魔女はしなやかに足を組みかえた。
「そうよ」
そして、あっさり認めた。
魔女はそれから視線をなぜかスレイに向けた。
「まあ、遥か昔に失われた古代の力なんだけど――」
「使い魔、とか?」
魔女の片眉がピクッと動く。
「使い魔を知ってるとは驚きね」
「……確信はなかったんだが、なんとなくな」
というか実際、当てずっぽうだった。
単にポンッとファンタジー系の創作物から浮かんできたイメージである。
俺の元いた世界だと、色んな創作物に出てきてたし……。
「…………」
一つつけ加えるなら、魔女は直前にスレイを見た。
魔物のスレイを見たのは、
”魔物を使役するなんらかの力を、彼女が頭の中で思い浮かべたから”
だと読んだ。
パチンッ
エリカが、指を鳴らした。
「きみの言う通り、妾は使い魔を通して魔群帯の外の情報を得ているわ。関わり合いにはなりたくないけど、外が面白いのも事実だしね。だから定期的に情報を得ているの。ところで――」
魔女の視線が俺の顔からローブへと落ちた。
「ローブの中にいるその魔物は、きみの使い魔?」
やはり気づいていたか。
「……相棒のスライムだ。使い魔ってのがどういうものか知らないから、使い魔と呼んでいいかはわからないが」
「なるほど……明確な定義や使役方法までは知らない、と」
ついでとばかりに、こちらの知識量を探られたようだ。
喰えない魔女である。
「ま、いっか。特別に教えてあげるけど……使い魔っていうのは、魔術的な契約を結んだ動物や魔物のこと。それなりの命令は聞かせられるし、目にしている光景をこっちに送ることもできるわ。使い魔を通して、その場にいる者と会話もできるにはできるけど……それは、寿命が削れるんじゃないかと思えるくらい、妾も使い魔もかなり疲れるの」
肩を竦める魔女。
「だからまあ、できるだけ使いたくはないわね。数日ずっと眠っちゃうくらい、疲れるのよ?」
……ならピギ丸は使い魔の範疇には入らない、か。
「その魔術的な契約ってのはしていない。ま、使い魔っていうよりは――ピギ丸は俺の大事な相棒で、大切な仲間だしな」
ローブの中から、
「ピニュ〜♪」
と、嬉しそうな鳴き声がした。
「ふーん。じゃあ、媒介水晶のついたそっちの馬は?」
媒介水晶?
首の後ろのアレのことか……?
「スレイについて何か知ってるのか? ミルズの遺跡内でたまたま見つけた卵が、この魔群帯に入ったあとで孵ったんだが……」
そう、元々スレイの話も聞こうと思っていた。
ついでだから聞いてしまおう。
「神獣か魔獣かわからないけど、その子は妾も知らない魔物ね。……ね、あとでちょっと調べさせてもらっていい?」
「……スレイが嫌がらず、危険もないなら」
と、魔女の機嫌が少しよくなった。
彼女は、再び足を組みかえた。
「ありがと」
……機嫌はよさそうだが、やはり笑わない。
「あら?」
魔女の視線が滑る。
視線の移動先は、リズ。
「ああ……悪かったわね」
そう謝罪を口にしたのは、魔女。
「南方とはいえ、魔群帯を抜けてきたんだもの。心身共に疲れてるわよね」
不安げに身を縮めるリズ。
目尻に薄ら涙が滲んでいた。
なるほど。
魔女は、リズがあくびを噛み殺したのに気づいたのか。
「ぁ――あ、あの……」
「謝らなくていいぞ、リズ」
俺は、リズの言葉を遮った。
「あくびも噛み殺してるわけだしな。失礼にあたるってほどじゃないだろ。あとはまあ……その謝り癖も、治していかないとな」
ふんぞり返って、魔女が頷く。
「その通りね。かわいそうに……その子、過敏なほど人の顔色をうかがう性格になってるわ」
両手をつき、魔女はソファから腰を浮かせた。
「自尊心やら自己肯定感も相当やられてる。……どう扱われてきたか想像がつくだけに、胸糞ね」
「だからこそ、時間をかけてここで癒してやってほしい」
中腰を維持したまま、魔女が半眼で俺をジーッと見る。
「なんだか……きみと話してると、いつの間にかエリカの思考を誘導されてる気がするんだけど……」
「気がする、だろ? なら単に気のせいって可能性はある」
唇を尖らせる魔女。
「……聞いていい? きみ、いくつ?」
正直に答えると、魔女は眉を曇らせた。
ちなみに彼女はまだ中腰で停止したままである。
「……冗談でしょ?」
「そういうあんたはいくつなんだ?」
「妾はきみの何倍も生きてるわ」
「じゃあ、大先輩には敬意を払うべきか? もし、敬語で話して欲しいなら――」
「笑止、まったく必要ないわ。あのねトーカ? 長く生きても、無駄に年数を重ねただけじゃ偉くもなんともないのよ?」
そういう考えの持ち主か。
フン、と鼻を鳴らす。
「あんたの考えが一つわかってよかったよ。さて……さっきの流れだと、とりあえず寝床を用意してもらえると考えていいのか?」
「そうね、いいわよ。きみたちも、ちょっと休んだ方がいいだろうし」
魔女がようやく中腰から直立へと移行する。
それから彼女は、ゴーレムを呼んで何か指示を出した。
「あ、言っておくけど、四人それぞれに個室は用意できないからね? 客室は一つしかないの。もう一組は、エリカが昔使ってた部屋を掃除して使ってもらうから」
「十分だ」
「それから――」
魔女が人さし指を立てる。
「どっちの部屋も寝具が一つしかないから、一緒に寝るなり、片方が床で寝るなりはそっちで決めて」
やはりイヴとリズは一緒の方がいいか。
となると、
「…………」
セラスに視線を飛ばす。
コク、コク
二度、セラスは頷いた。
……了承と見ていいだろう。
「なら、俺とセラスがあんたの昔の部屋を二人で使わせてもらう」