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そして、いずれの側に立つ者か


 禁忌の魔女。


 ダークエルフは自らをそう名乗った。

 ついに、果たした。

 直接の対面を。

 が――



 



 リズはともかくセラスやイヴにも安堵が見て取れる。

 しかしまだゴールではない。

 ただ……緊張が緩くなるのも無理はない。

 金棲魔群帯の奥地への到達。

 それは不可能の代名詞の一つだった。

 が、辿り着いた。

 道中は決して楽な道のりではなかった。

 神経をすり減らす過酷な道のりだったと言えるだろう。

 皆、もはや心身共に疲れ切っている。

 だから、もうゴールと思って安堵しても誰も責められはしまい。


 だが、現実はまだ中間点でしかない。


 魔女が俺たちを受け入れるか否か。

 そこもはっきりさせる必要がある。

 そして、結果はきっとここからの交渉次第――


「それで」


 魔女が、捻った腰にゆるく手をあてた。

 腰を捻った際、長い黒髪が揺れる。


「あの魔物どもの大騒ぎは、きみたちの仕業?」


 ほわぁぁ、と。

 あくびをする魔女。


「起こされたんだけど?」


 ああ、と俺は首肯する。


傭兵団の仕業で、間違いない」


 あえて”俺の”を強調した。

 この集団の代表が俺だと示すために。


、ね」


 魔女は俺に視線を留めると、双眸を細めた。


「あれほどの大騒ぎとなると……不用意にも”口寄せ”を殺してしまったんでしょうね。違う?」


 大口お化けみたいなあの魔物。

 魔女は”口寄せ”と呼んでいるようだ。

 ……どこぞの忍術みたいな名前だな。


「あいにく、あんたほど魔群帯には詳しくないんでな。魔群帯に入ってからは何もかもが手さぐりだった。当然、その口寄せの性質も知らなかった」


 片眉を上げる魔女。


「あまり言い訳がましくない口ぶりね? 悲壮感がないのは、途中で仲間を一人も失わなかったからかしら」

「ああ、一人も欠けていない」

「それは大したものね――それ以上、動かないで」


 俺は、すり足をとめた。


「……その綺麗な顔がよく見えなかったんでな」

「笑止――心にもないことは、不用意に口にしないこと」

「事実だとは思うが」

「重ねて、笑止」

「…………」


 どこまで把握しているかは不明なものの……。

 魔女は俺の”射程距離”をある程度見抜いているようだ。

 シビト戦のようにはいかない、か。

 まあ、いずれにせよスキルを使うつもりはなかった。

 今のところは。


 射程内への接近を狙ったのは、保険のつもりだった。

 ただ、今のは少し軽率だったかもしれない。

 それと……。

 容姿を不意打ち気味に褒めてみたが、照れたりはしなかった。

 男に対する免疫がないタイプでもなさそうだ。

 そっち方面からの崩しは難しい、か。

 なので、そういうアプローチは選択肢から外していいだろう。


「ところで、聞いていい?」

「ああ、なんでも聞いてくれ」

「結界の外の様子はまだ確認していないんだけど……本当に静かなのよね。つまり、魔物の波は引いている……人面種を含む相当な数の魔物が押し寄せたはずだけど、どうやってやり過ごしたの?」

「がむしゃらに殺し回ってたら、いつの間にか魔物の数が減ってた。つまり……数が減ったから静かになったんだろう。ま、途中で尻尾を巻いて逃げてった連中もいたしな」


 眉根を寄せる魔女。


「なんですって? 殺し……回った? 人面種も?」

「ああ、人面種も」

「エリカお手製のゴーレムの動きを束縛した、あの奇怪な魔術を用いて倒したっていうの?」

「魔術でも呪文でもなく、あれは異界の勇者の力だ」


 魔女がやや意外そうな顔をした。

 が、すぐ顔に得心を浮かべる。


「……異界の勇者か。なるほど、それなら納得に値するわね。きみが異界の勇者なら、奇怪な力を備えていても不思議はない」


 切っていいカードはどんどん切っていく。

 ここで異界の勇者だと明かすのは問題ない。

 魔女は賢そうだ。

 どうせいずれ答えに辿り着く。

 なら、信頼を得るためにこちらから明かしていく。

 俺はセラスに目配せした。

 視線が戻ってくる。

 ……よし、大丈夫だ。

 セラスは俺の視線の意図を理解している。

 魔女の言葉――その真偽判定。

 嘘をつくか、否か。

 あるいは、どういう時に嘘をつくタイプの相手か。

 重要な真偽判定でなくとも、相手の気質を知ることができる。


「なるほど、きみたちがあの地帯を抜けられた理由は理解したわ。して――」


 タンッ


 杖底で床を打つ魔女。


「このエリカのもとへ来た目的は、なに?」


 真を問う紫氷しひょうの瞳。

 静かながらも、燃えるような圧がある。

 俺は問いに対し、


「俺からも、一ついいか?」


 問いを返した。

 ジッと見おろしてくる魔女。

 暫し黙したのち、


「ま、こっちばかり質問するのも不平等よね。どうぞ?」


 ……けっこう話は通じるな。


「あんたは異界の勇者と聞いてもそれほど警戒した反応をしなかった。なぜだ? 俺たちは、よからぬ命を受けた女神の手先かもしれないぜ?」


 首筋の髪を大仰に跳ね除ける魔女。


「異界の勇者だからって、必ずしも女神に従順なやつばかりじゃなかったみたいだけど?」


 魔女が杖の先を俺の方へ突き出した。


「召喚された者が複数だった場合、それなりに外れ者が出る事例もある。ま……女神の意に沿わぬ外れ者のほとんどは例の廃棄遺跡で朽ち果てたんでしょうけど。きみはそこへは送られなかったみたいだから、それだけでまず幸運と言えるんじゃない?」


 廃棄遺跡の存在は知ってる、と。


「いえ、あるいはきみの言葉通り……」


 魔女の杖の先が光った。

 杖の先に帯状の術式が浮かび上がる。

 ……魔術か。


「きみたちは、よからぬ女神の手先なわけ?」


 ここは、本音でいった方がいいか。

 腹の探り合いはさじ加減を間違えると危険だ。

 探り合いをすればするほど開いてしまう”距離”もある。



「むしろ俺は、女神にあだなす側の人間だ」



 イヴとリズが背後で反応したのがわかった。

 声こそ発さなかったものの驚きがうかがえる。

 二人には、俺が女神の敵対者とまでは伝えていない。


「で――あんたは”どっち側”だ?」






 






 ここの魔女の反応を、見逃すな。


 万が一魔女がなら、選択肢は一つ。


 魔女を下して、ここをのっとるしかない。


 俺は答えを待った。


 正解は、嘘を見抜くセラスが教えてくれる……。



「はぁ?」



 魔女がきつく鼻頭にシワを寄せた。

 彼女は腰に手をあて、不快感を露わにする。


「アライオンの女神は――妾を危険視した挙句、禁忌の名まで刻みつけてくれやがった邪神よ? このエリカがあのクソ女神に好意を持つ理由が、一体全体、どこにあるっていうの? …………何? きみ、今ちょっとだけ笑ったわよね? ねぇ? ちょっと、どういうわけ?」


 魔女がやや強く感情を出してきた。

 女神に対し、ひとかたならぬ思いがあるらしい。

 そして……俺の方も一瞬、平静さを思わず忘れてしまった。


「いや、悪い」


 へぇ……。


 意外と口の悪い面もあるんだな。


 でもまあ、そうか、




 






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2020/08/05 06:53 退会済み
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