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この己すべてを賭けた死線


 鳥頭の身体が気がした。

 直後――鳥頭の全身が変色。

 紫色になった。


 ポコポコ……、

 ポコォ……


 鳥頭の皮膚から半透明な紫の泡が浮き上がってくる。


 ポワワ……、

 ポワ、ポワ……


 小さいシャボン玉みたいだ。

 中空へ上がっていく泡。

 途中で泡は、空気に溶けた。

 そう見えた。


「多分、これが」


 毒付与状態。


 かかった。

 成功、した……。

 三森灯河の状態異常スキル。

 今のところ成功率、百パーセント。

 ただし、クソ女神を除いてだが。

 麻痺しているためか、鳥頭は中腰で立ったままの姿勢。

 いささか不気味な姿でもある。

 まだ【パラライズ】の黄ゲージは残ったまま。

 毒ゲージのたぐいは見当たらない。

 紫のゲージとかが出てくるかとも思ったが。


「…………」


 今回の【ポイズン】使用には一つ、ある懸念があった。

 毒を付与したら上書きで麻痺効果が消える可能性だ。


 だが、毒と麻痺は重ねがけ可能。


 コンボ、完成。

 麻痺と毒の合わせ技。

 いける。

 小脇で控えめのガッツポーズ。

 よし……。

 湧き上がる。

 歓喜が。

 あとは、待つだけ。

 祈るように、待つだけ。

 こいつがこのまま毒で死ねば、

 倒せれば、


 レベルが上がるかもしれない。


 一方で不安要素もある。

 仮にダメージの概念があるとして、死まで追いやれるだろうか?

 毒だと最後にHPが1だけ残る。

 ゼロにならない。

 とどめを刺すには直接のダメージが必要。

 このパターンを元の世界のゲームでけっこう見た。

 それと……毒のダメージは固定値か?

 それとも、相手の強さによって変動するタイプか?

 固定値か。

 割合か。

 どちらかで有用性が、かなり変わってくるが……。


「ぴ、ゴ、ぽ。ポ、ぴ、コ……こェぇ……」


 声が少し、弱々しくなっている?

 弱ってきているのだ。

 おそらく。

 しかし固定値なのか割合ダメージなのかはわからない。

 案外、固定ダメージが物凄く高い可能性もある。


「だがいずれにせよ、弱ってきている」


 自然と口端がニヤける。

 俺は今、奇妙な笑みを浮かべているだろう。

 顔面を汗まみれにしながら、喜悦と祈りの混在した笑みを。


「殺せる、かもしれない」


 この、廃棄遺跡の、魔物どもを。



     ▽



 俺はゲージを眺めつづけていた。

 魔物の死を、待っていた。

 鳥頭の前で胡坐をかきながら。

 継続して鳥頭は麻痺&毒状態。

 このまま注視し続けなければならない。

 黄ゲージがなくなったら、おそらく麻痺が切れる……。


 ゲージが切れる前に【パラライズ】を、重ねがけ……。

 ゲージが切れる前に【パラライズ】を、重ねがけ……。

 ゲージが切れる前に【パラライズ】を、重ねがけ……。


 自己暗示のようにブツブツつぶやく。


「そういえば」


 重ねがけの成功で失念していたが……。

 MPの方はどうなんだ?

 ステータスを表示。


 MP+0/33


 補正値分はもう切れていた。

 この状態で状態異常スキルを使い続けたらどうなる?

 考えられるのはめまいなどの意識への影響。

 で、最後は気絶……。

 いわゆる漫画とかで精神力を使い果たすパターン。

 気絶だけは避けなければならない。

 こんな場所で気絶したら、イコールで死は確定だろう。

 鳥頭のギョロ目。

 視線が合う。


「なんだよ、おまえだって俺を殺そうとしてるだろ――伝わってんだよ、その刺すような殺意は……だから、お互いさまだろ……」


 おまえも俺を殺そうとする。

 俺もおまえを殺そうとする。

 生き残るために。


 オ互イサマダロ。


 死ね。

 死ね。

 死ね。


 暗闇の中にいると変になってくる。

 おかしくなりそうだ。

 剥がれ落ちて行くのがわかる。

 思いやりとか。

 倫理性とか。

 殺しはいけないことだ。

 確かに、いけないかもしれない。

 でも、それだと死ぬ。

 殺さないと、死ぬ。


 ここでは、殺さないといけない。


 無意味な殺しは確かに唾棄すべきものだと思う。

 しかしここでの命奪めいだつには明確な意味がある。


 生存競争。

 生きるために、殺す。


 はて?

 俺にとって”ここ”とはどこなのか?

 この廃棄遺跡?

 異世界そのもの?

 …………。

 知るか。

 今はただ、見届ける。

 目の前の魔物の死を。


「…………」


 生物の死を望みながら観察する。

 長々と。

 気がどうにかなりそうだった。

 立ち上がる。

 尖った石で、鳥頭の眼球を潰そうとしてみた。

 無理だった。

 眼球は、薄く硬い透明な膜に覆われていた。

 時間が経過する。

 ゲージが残り少なくなっていた。

 もうすぐ【パラライズ】の効果が切れる……。

 重ねがけ、開始。


「【パラライズ】」


【同スキルの重複付与は認められません】


「……え?」


 重ねがけ、できない?

 ああ、なるほど。

 効果が切れてからじゃないとだめなのかも。

 つまり切れた瞬間を狙って【パラライズ】を付与するわけか。

 反射神経が鍵だな……。

 切れた瞬間に鳥頭が襲ってくるかもしれない。

 腕を上げる。

 切れる……。

 そろそろ。

 …………。

 ゲージ、消失。


「コ゛、こッ、ぇ、ェ、ぇ――パぴグぇギョえ゛エ゛ぇ!」

「【パラライズ】!」


 鳥頭が四本の腕を、グルグル回している……。

 動くかを確認しているようだ。

 ていうか、


「効いて、ない……?」


 まさか、


「そん、な」


 MP、切れ?


【同対象への同スキル連続付与は認められていません】


 違う!

 MP切れじゃない!

 使えないのか!

 同じ対象には!

 効果が切れたあとでも、同スキルの連続付与は不可能。

 俺は一歩、後ずさる。

 地面を踏みしめる鳥頭。


 ズシッ……


 毒効果のおかげか。

 身体が重そうだ。

 弱っているのだろう。

 確実に効いているのだ、毒が。

 しかし、現状は危機的。

 もう【パラライズ】を使っても意味がない。

 どうする?

 いや、待て。

 落ち着け。

 そうだ。

 もう一つ、あるだろ――



「す――【スリープ(眠性付与)】!」



 フヨヨヨ〜、

 ポワァ〜ン


 鳥頭の瞼が、下がりはじめる。


「ぽッ? こォぉ……ォ?」


 ぐらぁっ


 ふらつく、黒肌の巨体。


 ドシーンッ!


 鳥頭の身体が前のめりに倒れた。


「効い、た……?」


 同じスキルじゃない【スリープ】だったからか?

 表示されているのは――青ゲージ。


「ふ――ふっ、ふっ……ふぅぅぅ……」


 震える唇で息を吐き出す。

 汗が、ドッと噴き出す。


 ――いける。


 麻痺と眠りの交互付与。

 これならMPの続く限り、無限コンボが成立する。

 そうだな……。

 次は【スリープ】のゲージがなくなる前に確認してみるか。

 ここに【パラライズ】が重ねがけできるのかどうかを。


 ポワワ……、

 ポワ、ポワ……


 よし。

 毒の効果も切れていない。

 効果が持続していることから【ポイズン】は三スキルの中で別系統の扱いだと推測できる。

 状態異常スキルの中にも系統があるわけだ。

 しかし、汗の量が増えた……。

 額の汗を拭う。


「あ、そうか」


 この汗。

 自己MP消費の影響かも……。


「けど――」


 鳥頭を見おろす。

 もう大分弱っているだろう。

 前と比べてなんというか、生命が希薄な感じがする。


 ポコ……、

 ポコポコォ……、

 コポォ……


 【パラライズ】、

 【ポイズン】、

 【スリープ】。


 この三スキルで、生き残る。


 荒い息。


「…………え?」


 

 俺のじゃ、ないぞ……?

 振り向く。


「あ――」

「ブるルぅゥっ!」

「ミノ、タウロス……ッ」


 効果が切れたのだ。

 最初の【パラライズ】の。

 で、俺を捜しにきた。

 多分キレてる。

 怒り心頭って感じだ。

 動いた。

 ミノタウロスが。

 一足で、俺の方へ。

 同スキルの連続付与は不可。

 だから、


「す――【スリープ】ッ!」

「ぶ、グ、ぉ? オぅゥ〜……」


 ドッシーン!


「ぐゴぉー……」


 ミノタウロスが倒れる。

 青ゲージ、出現。


「はぁっ! はぁっ! ぅ、ぁ――」


 あ、やばい。

 今、少しフラッときた。

 自己MP使用の影響か……。

 さて、どうする?

 ミノのやつにも自己MPを使って、毒を付与するか?


「そうだな……」


 うつ伏せに倒れ伏す牛頭を見おろす。

 心は虚ろ。

 ただ、敵を殺す。

 慈悲などない。

 不要。

 そうだ。

 どうせなら、

 こいつも――


「……?」


 なんだ?

 この気配。

 足音。


 ベチャッ、

 シュワシュワ……


 地面が、溶ける音……。


「冗談、だろ――」


 前後の闇の向こうに蠢き光るいくつもの金色。

 金色の凶眼。

 闇から薄っすら現れる、何本もの橙線。


「ふざ、けんな……」


 そうか。


「ぱピこ、ポぴコりン、ぷチこロっコー」

「クぇクぇコっコぉ、コろロみッるくー!」

「ぽルぴコ、ぷチ、ぷチこロこロっコ」


「ブるルぎア゛あ゛ァー! ぶルぁ! ブるォおオぁァあアあア!」

「ブふンぶフん! ブるルー!」

「おガぁァあアあア――――ッ!」


 鳥頭とミノタウロスの鳴き声の大合唱。

 引き寄せられてきたのだ。

 やつらの、仲間が。


「勘弁、してくれ――」


 一匹ずつじゃなかった。


「何体いるんだよ、こいつら」


 ポタ、ポタ、ポタ、ポタ……


 伝い落ちる汗。

 乾いた笑みが浮かぶ。

 あるいはそれは、現実逃避だったのか。

 どうでもいい思考が意識を覆う。


 地面、酸で溶けすぎだろ。

 地肌、ボッコボコになるだろ。

 あ、そっか。

 もしかして酸で地面に凹凸を作るのって……。

 逃亡者が躓いて転びやすいように、とか?


 前門の鳥頭。

 後門の牛頭。


 絶対絶命とは、まさにこのこと。

 数値の見える安全域のMPはとうに尽きている。

 ステータスの低さは、いわずもがな。

 天井を仰ぐ。


「――――」


 よく、がんばった方か。


 つーか。

 普通ならここらで誰か助けにくるのがセオリーじゃねぇのか?

 この遺跡でずっと生き延びてた凄腕の廃棄勇者とか。

 異世界だし……すごいエルフがここに住んでて、助けてくれるとか。

 ま……ねぇよな。


「…………」


 できる手は全部打っただろ、俺。

 ほんと、よくやったよ。

 こんな地獄みたいなとこでさ。

 もしこれが漫画とかなら序盤で死ぬ定めのモブ役。

 空気。

 E級。

 廃棄勇者。



『せいぜい無様にお死になさいませ、トーカ・ミモリ』



 クソ、メガミ。


 岩肌の壁を背にする。

 俺は、


「ざけ、んな――」


 両のこぶしを、握り込んだ。

 都合よく誰かが助けに来るわけないだろ。

 俺は、

 ヒーローでも、

 ヒロインでもない。


 空気モブ。


 誰も助けになんて、こないんだよ。

 だから、助けてやらないとだめなんだ。



 



 誰かに頼るな。

 縋るな。

 期待するな。

 期待の中にいる幻想の”誰か”じゃない。




 ――――




 すべてを。


 空気?

 E級?

 底辺?

 ああ、上等だよ。


「過酷な環境でも、悪あがきして生き残る……それが、雑草の生き様だろうが……」


 わかったよ。

 賭けてやる。

 俺自身、すべてを。

 俺のMPが尽きるのが先か。

 おまえらが一匹残らず状態異常にかかるのが先か。

 左右を、確認。

 腕を上げ、左右へ突き出す。

 群れの先頭の魔物目がけ、放つ。




「【パラライズ】」




 ビシッ――、

 ビキッ、

 ピキ、リ


「ぴ、コ、ろ?」

「ぶ、グ、ぉ?」


 先頭に並んでいた鳥頭とミノタウロスが、停止。

 麻痺性付与――成功。

 めまい。

 が、踏みとどまる。


 ポタッ、

 ポタタッ


 止まらない。

 汗が。



「ク……カ、カカカッ! さあ――」



 目を剥き、嗤う。



「始めようか」






 生存競争を。






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― 新着の感想 ―
[一言] 斜め読みしないでちゃんと読みなよ。MPはあくまで補正値って言ってんじゃん。
[一言] まずコカトリスにパラライズとポイズンを使った後にMP0/33になってますよね? そのあと描写としては数分くらいしか経っていないように思えますがミノタウロスもどきにスリープを使ったときにとっく…
[気になる点] 描写が病的にくどすぎる
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