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勇者たちは、泥の上で



 ◇【鹿島小鳩】◇



 イヴと名乗った豹人の女性。


 彼女と別れたあと、鹿島小鳩は薄暗い森を歩いていた。


 日が落ちかけている……。

 薄闇の森。

 心細さしかない風景。

 が、不安感は希薄だった。

 小鳩の前後を歩く高雄姉妹。

 この心強さは、彼女たちのおかげだろう。

 小鳩は、


「あの」


 そう前置き、礼を述べた。


「改めてありがとう――ございます、高雄さん」

「うぉぉ、すげぇあらたまってんのなー鹿島って。名前呼びでいいぜ? アタシら二人とも高雄だし。あと、その敬語って癖? 同学年なんだし、いらねーよ?」


 樹が軽い調子で声をかけてくれる。

 気を遣ってくれているのだ。

 声の感じでわかる。


「……樹さんたちは、すごいね。こんなところでも、前の世界にいた頃と立ち振る舞いがぜんぜん変わらなくて」

「人間なんて、異世界でなくとも変わる生き物よ」


 後ろを歩く聖が、言った。


「きっかけにはなるかもしれないけれど、結局どちらの世界にいても変わる人間は変わるし、変わらない人間は変わらないわ」

「ひ、聖さんもやっぱりすごいよね……」


 小鳩は肩を落とした。

 ただ”すごい”としか言えない。

 自分の語彙力の乏しさが、嫌になる。


(あれだけ小説を読んでても、いざ生の会話となるとさっぱり言葉が出てこない……)


 脳内で巧みな会話を組み上げようとはする。

 が、すぐバラバラになってしまう。

 やはり生のコミュニケーションは苦手だ。

 自分も変わろうとがんばっているつもりではある。

 けれど、深く根を張った部分は変えられないのかもしれない。


「ところで鹿島さ」

「あ、うん」

「アタシ、ちょっと聞いてみたかったんだけど」


 あの高雄樹が自分に聞きたいこと……。

 なんだろうか?


「何、かな?」

「なんで浅葱のグループにいんの?」

「え?」

「どう見ても鹿島って、イインチョ寄りじゃん」

「それ、は――」


 小鳩は、アライオンの王城にいた頃のことを思い出した。



     △



 最初の試練。

 達成条件は魔物を殺すこと。

 しかし小鳩は殺せなかった。

 できなかった。

 そんな時だった。

 浅葱が、


「ビビリなポッポちゃんのために、頼りになる浅葱さんが力を貸してあげちゃうぞい」


 そう、囁いた。

 結果を言えば――殺さずに達成できた。

 前方には、魔物の死体が横たわっていた。


「ポッポやるじゃ〜ん! ビクついてテンパった末のラッキーヒットぽかったけど、結果的に試練突破じゃ〜ん! これにて一件落着♪」


 浅葱のその宣言は露骨に声が大きかった。

 周りに聞こえるようわざと大きくしたのだろう。

 浅葱が近づいてくる。

 斜め後ろから、肩に肘を乗せてきた。


「うむ! おムネは足り過ぎだが頭の方が足りぬポッポにもわかるよう、説明してしんぜよう」


 優しい、語り口。


「人類は手を取り合って生き残ってきたんだニャ。でも、ちゃんと手を取り合って協力し合わないと次は潰し合いが始まるんだワン。だからあたしらも、協力し合わなきゃだめコケ〜」


 自分の足は、小刻みに震えていた。

 まるで蛇に身体を絡め取られているみたいだった。

 この時、戦場浅葱を”怖い”と思った。

 返事ができない。

 言葉が、出ない。


「小鳩サン」


 背後から、浅葱の手が左胸へと伸びてくる。


?」



     ▽



 怖い。


 戦場浅葱が、怖い。


 小鳩は言った。


「わたしは、このまま……浅葱さんのグループにいる」


 樹が腕を頭の後ろで組んで、飄々と言う。


「個人的に浅葱は、なーんかヤバい気がするんだけどなー……」


 いつの間にか身体がじっとり濡れている。

 雨の水分ではない。

 嫌なこの感じ……。

 よく知っている汗。

 小鳩は、言った。


「うん、知ってる」


 無邪気な表情で首を傾げる樹。


「ん? 鹿島もヤバいと思ってんのか? ……浅葱に弱みでも握られてんの?」


 小鳩はかぶりを振る。


「ううん、ちがうよ」



     □



『ポッポさぁ〜ほんとは綾香んトコいきたいんだよね?』

『うん……最初は、そうだったんだけど』

『ほー?』

『今は、ほら……浅葱さんには試練での恩があるから……』

『うお〜! よい心がけじゃ〜! 浅葱さん、感動』



     ▽



 浅葱グループから、逃げない。

 それが、




「それがいつか十河さんを、救うかもしれないから」




 

 目をぱちくりさせる樹。


「へ?」


 微笑を作ろうとする。

 だけど、無理だった。


「浅葱さんはわたしのこと、馬鹿だと思ってるから……あと多分、あんまり本音を漏らせる相手がいないんだと思う……」


 浅葱は大抵の女子と仲がいい。

 友だちだって多い。

 だけど親友の影がない。

 そう、ずっと。

 ずっとだ。


「浅葱さんは頭がいいから、本音を漏らす相手はすごく選んでると思う。それで、わたしが浅葱さんを怖がってるのを、浅葱さんもきっと知ってて……だから、その……わたしは浅葱さんに絶対逆らえないと思ってるはずなんだ……」


(実際、わたしと話してる時の内容は他の子と違うことが多い……)


 表面的でなく本質的、とでも言おうか。

 小鳩は読書好きだ。

 そのおかげか、そういう機微がわかる……気がする。

 なんとなく、だが。


「本音を隠し続けて生きるのは、本人が思うよりストレスになるものよ」


 聖が口を挟んだ。


「偽りの仮面だけで人生をずっとやり過ごせるほど人間は強くできていない。それに普通は頭の切れる人間ほど、どこかで自己顕示欲が鎌首をもたげてくる。自分の優位性を確認――主張したくなるのね」


 樹の眉間に皺が寄った。

 目がバッテンになっている。


「んん〜? 姉貴……つまり、どーゆーことだ?」

「頭がいい人は、自分の頭のよさを誰かに自慢したくなるってことよ」

「あーなるほど。あれ? 姉貴も頭いいけど……そーなん?」

「こうして喋っている以上、ないとも言い切れないでしょうね」

「姉貴でも、か」

「まあね、人間だもの」


 聖は薄く微笑む。


「まあ……人間だと、もはや自己顕示欲とは別次元でものを考えていたりもするけれど」

「んー自慢相手かぁ……あ、あのさ……アタシって、ちゃんと自慢して意味がある相手になってるか……?」

「自慢の妹なのは間違いないわね」

「ふへへー♪」


(今の聖さんの返答……多分樹さんの質問の答えになってないよ、樹さん……)


 しかし、言葉には出せない小鳩であった。

 気をよくした樹が今度は小鳩に質問を振る。


「けど鹿島さー? 浅葱がおまえに本音を話すのが、なんでイインチョのためになるんだよ?」


「話すよ」


「ん? 話す……? 何を?」




「浅葱さんは絶対どこかで自分の大事な計画を、




 少なくともヒントは、口にするはず。


「もし十河さんの身が危なくなる何かを浅葱さんが仕掛けようとしたら……彼女の一番に近くにいるわたしが――」



 胸に手をあてる。

 心臓を、落ち着かせるようにして。




「いち早く十河さんに、それを伝えにいけるはずだから」




 樹の足が止まる。



「鹿島、おまえ――」

「大丈夫だよ」


 ごくっ


 渇いた喉へ、唾を送り込む。


「”ビビリで馬鹿なポッポ”がこんなこと考えてるなんて……浅葱さんは、思いもしないはずだから」


 仮に思いついても、実行できる度胸なんてない。

 戦場浅葱ならそう思うはず。

 正解だ。

 実際そんな度胸など、小鳩にはない。

 そう、


 


(…………だから、強くならなきゃ)


 と、


「鹿島さんを捜しに来たのは、正しかったようね」


 聖がそう言った。

 小鳩はそこで、ずっと抱えていた疑問を思い出す。


「そ、そういえば……聖さんたちはどうしてわたしなんかを助けに来てくれたの?」

「今の十河さんには生きた鹿島さんが必要だから、かしら」

「わ、わたしが?」

「つまらないもの」

「え?」


 聖が、鞘に納まった剣の柄に触れる。


「女神は今回、私たちに内緒でこの遠征に別働隊を送り込んでいた。誰も口を割らなかったから、推測の域は出ないけれど……目的はおそらく十河さんのグループの女子を暗殺すること」


「……えっ!?」


「十河さんの大切な仲間を死なせて、心的負荷を与えるつもりだったんでしょうね」


 小鳩はショックを受けた。


「な、なんでそんなひどいことっ……召喚したのは、女神さまなのにっ……みんな元の世界に戻るために……女神さまのために、大魔帝を倒そうとがんばってるのに……っ!」


「女神は従順な駒としての十河さんが欲しいのよ。それはつまり、S級勇者がそれほどの価値を持つという証左だけれど……ただしそのためには、まず心を破壊しないといけない――洗脳し、再構築するために」


 聖の瞳が小鳩をひたと捉える。


「そして鹿島さんの死も、おそらく十河さんには大きな悪影響がある。見ていればわかるわ」


(そ、そうなんだ……聖さんにそう言われると、ちょっと嬉しいような気も……)


「つまらないわ」


 闇の中、言葉を編む聖。


「今の十河さんの心が壊れれば、その後の展開は容易に想像がつく」


 雨水で濡れそぼった姿。

 水分で肌にぴったり張りついた布地。

 そのせいで聖の肢体のラインは強調されていた。

 細身だが弱々しさはない。

 薄闇の中、泰然と佇む凛としたその立ち姿。

 小鳩は、言い知れぬ凄みを覚えた。


「鹿島さんはさっき、みんなが元の世界へ戻るためにがんばっていると言ったわね?」


「え? う、うん……」


 口もとに貼りついた濡れた数本の髪。

 聖はそれを細い指先で撫で、優雅にほどいた。


「帰還条件である大魔帝打倒。もし、果たしたとしても――」


 高雄聖。


 玲瓏れいろうで、

 怜悧で、

 冷厳で。


(……聖、さん)




「私にはあの女神が素直に私たちを元の世界へ還すとは、どうも思えないのよ」






     ▽



「おーポッポ戻ってきたじゃーん! 心配したぞよ〜」


 帰還した小鳩たちを2−Cの面々が出迎えた。

 いの一番に抱きついてきたのは、戦場浅葱。


「んでー? なんで高雄ズと一緒だったん?」

「途中でたまたま会って、助けてもらって……」


 高雄姉妹へ視線をやる浅葱。


「フーン、高雄ズもなかなか人情派っすなぁ…………へぇ……」


 と、小走りに駆け寄ってくる女子の姿が目に入った。


「鹿島さん……っ」

「ぁ……十河、さんっ」


 駆け寄ってきたのは十河綾香。

 綾香が、小鳩の両肩に手を添える。


「無事だった? 怪我はない?」


 心から心配してくれていたのが伝わってくる。

 小鳩は思わず、嬉しさで頬を緩ませた。


「うん、高雄さんたちのおかげで……」


 あえて”聖さん”や”樹さん”とは呼ばなかった。

 今は親密になったと思われない方がいい気がしたからだ。

 特に浅葱に対しては。

 綾香が、高雄姉妹に感謝の視線を送った。


「そう、高雄さんたちが……」


 帰還直後、高雄姉妹はニャンタンに軽い報告をしただけだった。

 他の生徒と絡む様子はない。



 と、思われたのだが――



「勝手に消えてこのオレの貴重な時間を浪費させた自覚は、っておけ……」



 なんとあの桐原拓斗が、双子に話しかけた。

 今までクラスで、ずっと存在しないものとして扱ってきたのに。


「へー……どうしたんだよ桐原? あんたがアタシらに絡んでくるなんて、珍しいじゃん」


 ふてぶてしく応じる樹。

 彼女は聖と桐原の間に身体を差し込んでいた。

 姉を、庇うかのように。


「十河が、脱落候補に入った」


「……は? なんの話だ? いきなり意味わかんねーぞ」


「残るまともなS級は高雄聖だけかもなって話をしている……このオレがな」


「いやだから、意味わかんねーって」


「姉妹共々オレの下につくか、脱落者の側に回るか……おまえらはいずれ決めざるをえない」


 樹の目が据わっていく。


「頭にウジでも湧いてんのか、桐原」


「高雄樹、おまえにキリハラ(王の器)の言葉は過ぎた賜物たまもの……姉のオマケが、今日もよく吠えやがる……」


「姉貴のオマケってのは否定しねーけどよ……今までアタシらをスルーしてた裸の王様が、急にどーしたよ?」


 深くため息をつく桐原。


「ようやくキリハラ(王の器)の自覚が出てきただけだ……何度も言わせるな。いわゆる”成績が良くても頭が悪い”ってのは、まさにおまえのことか……」


「期末テストの総合点で何度かアタシに負けてるあんたに、言われたくねーよ」


 コキッ


 桐原が首を鳴らす。


「オレはゼネラリスト志向だからな……」

「ぜ、ぜね……何?」

「にしても……」


 桐原が、聖の腕に手を伸ばした。


「聖……妹の躾けが、なってねーぞ」


 ぐいっ


 姉へ到達しかけた桐原の手を樹が阻む。


「何勝手に、姉貴に触ろうとしてんだ」


 聖は表情一つ変えず黙している。

 彼女の瞳は、桐原を観察しているようでもあった。


「オレの中だと……今のところは慈悲の心で手加減する手はずになってるが……」


 息をつき、髪を後ろへ撫でつける桐原。


「格差を見せつけるから、無事には済まねーぞ……」




 沈黙。


 一瞬、まるで時間が停止したような間があった。


 そして、



「【金色龍(ドラゴニック)――」


 ――ゴォォオオオ……――



「【 雷 (ライトニング)ここに巡る者(シフター)――】」


 ――バチッ、バチチッ――





「うぉらーそこまでだー、ガキんちょどもーっ!」





 実はニャンタンも止めに入ろうと動き出しかけていた。

 だが止めに入ったのは――四恭聖の長女、アビス。


「これ以上メンドクサイ空気にするならなー!? 礼儀知らずのアホのオヤマダみたいに、ぶん殴っておとなしくさせちまうぜー!? おらぁ、どーする!?」


 見ると、頬にアザを作った小山田翔吾がアビスの後ろに立っていた。

 憎悪のまなざしでアビスを睨みつけている。

 多分、何かしでかしてぶん殴られたのだろう。

 彼が桐原の近くにいなかったのは、アビスといたからのようだ。


 小鳩は息を呑んだ。


(なんの緊張感もなくあの二人の間に入り込めるなんて……やっぱり、四恭聖の人ってすごい……)


 先に手を引いたのは、桐原。


「どいつもこいつも、命拾いしすぎる……」


 桐原が、首を揉みつつ憂いのため息をつく。


「半端スペックの善人づらが出しゃばるせいで、勘違いしたままイキり倒す低スペがポコポコ増産されていきやがる……理解力に乏しい低能貧者どもが強者の足を引っ張るのは、異世界でも変わんねーか。これが、王の孤独…………ちっ、ヤベーな……」


 樹も下がる。


「……異世界にきてタガが外れ始めやがったか、桐原」

「樹」


 聖が、ようやく口を開いた。


「助かったわ、ありがとう」

「ふん……あんなやつ、姉貴が相手するまでもねーからな」

「おや、全員揃ったみたいだね?」


 次にやって来たのは四恭聖の長男アギトだった。

 彼はなぜか魔群帯の奥側とは逆方向から現れた。

 しかも今は、騎乗している。


「悪いんだけど、日が昇る前に出発になったよ」


 アギトがニャンタンに視線を送った。

 小さく頷くニャンタン。

 その背後では一部の女子陣から、


「「「きゃー、アギトさーんっ♪」」」


 黄色い合唱が巻き起こっている。


「ちょっと!? なんか馬乗ってるんだけど!? しかも白馬とか!」

「ヤバいヤバい! 本気でヤバいんだけど!」

「実在した! 白馬の王子様! まさかの、実在……ッ!」

「アリ! あれは逆にアリ! 王子系、アリ!」

「あの見目麗しきお姿をSNSにアップして共有できぬ、この悲劇よ……ッ!」


 アギトが苦笑し、アライオンの方角を見やる。


「なんというかね……あの魔物たちの異変がなくとも、どの道今日でアライオンへ戻ることになってたみたいだよ」


 アギトの方を見ず桐原が聞く。


「何があった?」


「魔群帯の境界線付近に置いていた野営地に、アライオンから早馬はやうまが来てね」


 馬上から、アギトは告げた。




「このところ動きがなかった大魔帝の軍勢が、ついに大規模な南進を始めたんだってさ」






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― 新着の感想 ―
桐原いつかミームになりそう
桐原が一周回って可哀想に思えてきた
厨二が全開すぎて、内容が頭に入らねー!笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑 作者よ!これネタか?ネタだよな!?笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑
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