「そうか」
▽
「――――――――」
意識が、覚醒する。
傍らの懐中時計を確認。
……ほとんど、寝てないか。
意識が落ちてから10分経ったかどうか、という程度だ。
セラスは、
「…………」
背を向けて横になっている。
起きてはいるみたいだが――
「……、……?」
違和感。
今の俺の上半身は巻かれた包帯のみ。
肌の露出した胸元を中心として”それ”はあった。
不思議な余韻。
他より少し、高い温度……。
違和感はもう一つ。
口元に手をやる。
唇。
……あたたかな湿り気。
妙な具合に、濡れている。
俺は無言でセラスの背中を見やった。
恥じらい、
緊張、
驚愕、
後悔、
罪悪感、
……自覚。
入り乱れ合う感情が、読み取れた。
「…………」
くしゃり、と。
上体を起こし、俺は自分の前髪に触れた。
声を、かける。
「……まだ、眠れないか?」
セラスの丸い肩がピクッと反応する。
彼女は深く、息を吸った。
「申し訳、ありません」
果たしてそれは、何に対しての謝罪だったのか。
「なんで謝るんだよ」
「す、すみません……」
「…………」
ここは、気づいてないフリをすべきだろう。
「スキルで眠らせてもいいか?」
今のセラスにとっても多分それがいい。
身体をかすかにキュッと縮めると、セラスは答えた。
「お願い、します」
「――【スリープ】――」
ほどなくして、規則的な寝息が聞こえ始めた。
セラスが寝返りを打ち、仰向けになる。
横目で様子をうかがう。
……完全に熟睡しているようだ。
「………………………」
息を、つく。
薄々勘付いてはいた。
シビト戦以降、セラスは俺と適度に距離を置いていた。
そう――意識的に。
おそらく俺に気を遣っていたのだろう。
そういう感情が、復讐の旅の邪魔にならないように。
にしても、
「思ったより、大胆なやり方できたな……」
少し驚いた。
いや、
「でもまあ……そう、なるのか」
効果が覿面すぎた。
心身共に疲弊し切った孤独な逃亡の旅路。
その路の途中でようやく気を許せそうな相手と出会い、
あの追い詰められた局面で、
あんな風に、助けられてしまったら。
もし、俺が逆の立場だったら。
セラスにそうやって、助けられていたら。
「惚れちまってもおかしくはない……ただ――」
意識が落ちる前。
俺はセラスが寝た後で寝るつもりだった。
なのに――意識が、落ちた。
セラスの膝の上で、完全に意識が落ちた。
完全に。
「そうか」
規則正しく胸を上下させているセラスを、眺める。
「俺も」
いつの間にか、
「おまえにそこまで気を許すように、なってたのか」
▽
▽
▽
休息を終えた俺たちは洞穴を離れ、一路先を急いだ。
出立直後、まだ辺りは暗かった。
が、ほどなくして空は薄闇から朝焼けへと移り変わっていった。
この日の朝の魔群帯はいやに静まり返っていた。
清冽に澄み渡った空気が、心地よく肺を満たした。
さしたる障害には遭遇しなかった。
先日の殺し合いで近辺の魔物が減ったせいだろうか?
あるいはこの辺りが魔物たちから危険地帯と認識されたか。
とにかく、
「トーカ」
イヴが、俺の隣に立つ。
「ああ」
地図を確認。
ここから先はいよいよ魔女の棲む領域に入る。
俺たちを示す光点と、魔女の位置を示す光点。
二つの光点の端と端が重なり合っている。
「もう引き返せないぞ、イヴ」
口端を歪める。
「ま……今さら引き返す気なんざ、ないだろうけどな」
うむ、と。
夢見た血闘士が、頷く。
「無論だ」
そして――俺たちは魔女の領域へと、足を踏み入れた。