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 セラスが時間を確認する。


「そろそろ、交代の時間ですね」


 ……もうそんな時間か。

 セラスを連れて洞穴の方へ向かう。

 俺は【スリープ】を解除し、イヴを起こした。

 目覚めたイヴが傍らへ視線をやる。


「リズはこのまま寝かせてやってよいか?」

「ああ、今は寝かせておいてやろう」


 この洞穴は狭い。

 身を縮めて眠るリズ。

 身を伏せて眠るスレイ。

 省スペースなピギ丸。

 奥の方はその三名で埋まってしまう。

 残るスペースは人間サイズ二人分。

 一人は外へ出ざるをえない。


「俺が起きたらすぐ出発する」

「承知した」


 できれば魔女のところへすぐ向かいたい。

 が、傷や疲労を考えると厳しい。

 先は未知の領域。

 休息を挟み、余力は確保しておくべきだろう。

 イヴが外へ出ていく。

 あいつなら安心して歩哨役を任せられる……。

 さて、


「寝るか」

「ええ、そうしましょう」


 衣服の裾を整えながら、セラスが敷き布の上に膝をつく。

 隣の敷き布の上に、俺も横になる。

 布にはまだイヴの温度が残っていた。

 腕を枕にし、目を閉じる。


「…………」


 目が冴えて眠れない。

 自分に【スリープ】をかけると解除ができない。

 これはさすがにリスクが高い。

 急な脅威にも対処できなくなる。


「――眠れませんか?」

「神経が昂ぶって眠れないみたいだ。ま、横になれるだけでもマシだろ……」

「では」


 ポンポン、と。

 セラスが自分の両膝を叩いた。


「これで気の昂ぶりが鎮まるかどうか、わかりませんが」

「……この前のお返しか?」


 前は俺が膝枕する側だった。


「あの時とは違い、冗談のつもりではありませんよ?」

「寝ろ」

「その……実は私も、気が昂ぶって眠れそうになく」


 なるほど。

 今のは建前か。

 声の調子でわかった。

 どうやら、したいらしい。


「…………じゃ、遠慮なく」


 身体の位置をずらし、セラスの膝に頭を乗せる。

 一般的な枕とは違う感触。

 体温があるから、温度の有無も違う。


「膝枕なんて、ずっと昔叔母さんにしてもらったくらいだ」

「……………………」

「……セラス?」


 見上げると、胸元越しにセラスの顔が確認できる。

 ジッと俺を見おろしている……。

 その青い瞳は、ぼうっとしていた。


「セラス」

「……え?」

「今日は疲れたか?」

「――ぁ、……そうですね、さすがに今日は疲れたかもしれません」

「膝枕も適当に切り上げて、おまえも休め」

「はい――あの、トーカ殿」


 ごくっ


 セラスが、唾を呑んだ。



「意識的に、ですよね?」



 ん?

 意識的?

 身体を起こそうとした俺は、動作を中断する。


「なんの話だ」

「あなたの私への接し方は、少しずつ変化していきました」


 そうか。


「気づいてたか」

「はい、私なりに」


 たとえば、だ。

 呼びかける時少しずつ”あんた”から”おまえ”に変えていった。

 他の距離感も意識して”作って”いった。

 自然に感じられるよう移行していったつもりだった。

 ……が、完璧とはいかなかったか。


「今は指示を出す立場だしな……そういう”上からの態度”を作っていかないと、所々歯切れが悪くなるのを感じてた」


 これはイヴに対しても同じである。

 実際イヴの方も少しやりづらそうだった。

 が、変えて以後は指示と動きが絶妙に噛み合い始めた。

 見おろすセラスと、目を合わせる。


「不快か?」

「いいえ。ただ……」


 セラスが俺の頭の両側面に手を添えた。

 まるで、包み込むように。


「お独りで、抱え込まないでください」

「……そんなにしんどそうに見えてたか?」

「先日魔物が一斉に襲ってきた時も、トーカ殿は十分対処できるという態度を取っていました。イヴやリズはその態度を見て、心強く感じたようですが」


 セラスの細い指が俺の前髪を優しく梳く。

 ……そうか。

 俺は、気づいた。


「所々、嘘があったか」

「――はい」


 精霊の力で俺の”虚勢”を看破した、と。


「あの数を相手取るなら、状態異常スキルとピギ丸との合体技を持つ俺しかいない……その俺が少しでも不安を覗かせたら、イヴたちも不安になる。特にイヴはあの性格だろ? 罪悪感が強くなれば、自己犠牲の行動をとりかねない」


 だから、安心させる必要があった。


 トーカなら大丈夫。

 トーカなら必ず生き残る。

 トーカなら、あの魔物たちに勝てる。


 態度や表情も駆使し、そう思わせる必要があった。

 まあ、結局イヴはのちにこの洞穴を飛び出してしまうわけだが。


「……たまに怖くなるのです。自らに重荷を課しすぎたトーカ殿がある日……ふっと、壊れてしまうのではないかと。それが、心配で」

「…………」




 事実、このセラスの懸念はのちに最悪の結果として現実のものとなる――









「――とかなるのが……ま、お約束のパターンなのかもしれないけどな」


 ククッ、と嗤い飛ばす。


「トーカ、殿……?」


 ”最悪”


 幼い頃に置かれていた環境。

 そこが俺にとってはもはや”最悪”の極致だった。


 狭いアパート。


『腕ぇ折るぞ、ガキ』

『頭ぁ下げろ、ガキ』

『ぶちぃ殺すぞ、ガキ』

『ほらトーカぁ今日は少し薄めてやったぞ! 洗剤ジュース! 飲めぇ!』

『なんだその目わぁトーカぁ……おい壊すぞ? ぶっ壊すぞ?』

『あたしなんでこいつ産んでんの……なんで、流してねぇの!? 気ぃ遣って、せめて腹ン中で壊れとけよトーカぁ!』


 狭すぎた、地獄。


 あの時。


 殺意と共に、強くこう思った。




 ――壊せるもんなら、壊してみろよ――




「他のヤツはどうか知らねぇが……どーも俺は、そう簡単に壊れるようにはできてないらしい」


 俺は多分すでに自分の思う”最悪”を通り過ぎている。

 きっと俺にとって、あれ以上の”最悪”はない。


「…………」


 女神に中指を突き立てたあの時。

 のちの廃棄遺跡。

 それらを経て、俺はあの頃”トーカ”を取り戻していった。


 時間と共に。


 作り上げた”普通”が自分の中から消えていくのがわかった。

 もし”普通”のままだったら、この世界で早々に壊れていたのかもしれない。


「ですがそれは、もしかするとトーカ殿がそう思い込んでいるだけで――」

「セラス」


 右手を上げる。

 セラスの滑らかな頬に、手を添える。

 彼女は身じろぎ一つせず、視線も逸らさなかった。


「はい」

「どうしても俺のことが心配なら、そうならないよう――」


 このやり方(演出)で、いい。


「俺を、全力で支えろ」

「――――はい」


 凛と澄んだ答え。

 セラスがそっと、俺の右手に指を絡ませてきた。


「どうかこの私にお任せください、トーカ殿」


 俺は手を戻そうとする。

 と、セラスの手も自然と離れた。


「あの……ですが、お辛い時は遠慮せずなんでもおっしゃってください。私にできることでしたら、どんなことでもお応えしますので」

「相変わらず過保護な副長だよな」


 くすっ、と微笑むセラス。


「せめて、献身的と表現して欲しいのですが」

「姉が」

「え?」

「姉がいたら、こんな感じなのかもな」

「…………」

「…………」

「そういえばトーカ殿、おいくつなのですか?」


 ん?

 話してなかったか?

 俺は年齢を口にした。

 と、セラスが目をぱちくりさせた。


「え? トーカ殿……、年下なのですか!?」

「いや、ハイエルフってやっぱり長寿なんだろ? そりゃそうだろうとしか……」


 だからこそ、命令口調に慣れるのに苦労してた面もあるわけで。


 自分を指差すセラス。


「19です」


 え?


「おまえの年齢?」


 こく、と首肯するセラス。

 …………。

 思った以上に、若かった。

 いや……読書量も知識も、すごいし。


「100年とか生きてると、勝手に思い込んでたんだが……」


 戸惑いつつ説明を始める知識人セラス。


「その、ですね……一生の内で肉体の状態が最も活発な時期を私たちは”活体期かったいき”と呼んでいるのですが……エルフ族は他の種族と比べて、その活体期が長いとされています」


 健康寿命が長いみたいな感じだろうか?

 プラス、アンチエイジング要素――そんな感じか。


「とはいえ外見と年齢の一致度が人間とそう変わらぬ者もいます。者によっては活体期が短く、中には死を迎えるまで人間の寿命とほぼ変わらぬ寿命の者もいます」


 で、ハイエルフはその活体期が特に長くなりやすい種族だそうだ。

 若く活発な時期が100年とか200年続く。

 中にはそんなハイエルフもいる、と。

 ただセラスはまだ生まれて19年しか経っていない。

 なのでまだ活体期を測れる年齢には達していないそうだ。

 そうか……セラスは比較的、若いハイエルフなのか。


「19、か」


 ん?


「――って、待て。そもそも俺をいくつだと思ってた?」

「20代前半から、中盤くらいかと……その……あなたはあまりにも落ち着きがありすぎると、言いますか」

「……なるほど」


 俺は、少し冗談めかして言った。


「で、これから俺は弟みたいな扱いになったりするのか?」

「い、いいえ――あなたはこの”蠅王ノ戦団”の王です。年下であろうと、忠誠を誓った王への態度を今さら変える気はありません。どうか、ご安心を」

「……蠅王、か」


 蠅の王。


「といっても蠅王のマスクは、顔を隠すために着けてるだけだしな……ま、気に入ってはいるんだが。ただ、さすがに俺は王様の器じゃないだろ」

「いいえ、トーカ殿」


 セラスが顔を近づけてくる。


「あなたは今や、私の――」


 彼女の艶やかな金髪が、その白い頬にサラリと垂れた。


「かけがえのない、たった一人の王です」



     □



 気づけば、意識は薄れていた。


 眠気がやってきたらしい。


 意識は、深い闇へと落ち込んでいく。


「……ーカ……の……ぉ……に……っ……か?」


 セラスが何か言っている……ようだ。


 しかし、何を言っているのかわからない。


 違和感。


 奇妙なぬくもり。


 どこか心地よさを覚える感触だけが、俺の意識の水面を、たゆたうように撫でている。


 意識は、そこで落――







 前回更新後6件もレビューをいただきました。お寄せいただいたご感想の多くも、楽しんで読んでくださっているのが伝わってきて嬉しく思っております。ご感想、レビュー共に作者自身が気づいていなかった視点があったりもして、興味深く拝読させていただいております。また、ご評価の方も前回更新後から増えておりまして……ご評価くださった皆さま、ありがとうございました。


 このところ毎更新ごとに書いている気がしますが、こうしたお礼はまえがきやあとがきなどでなるべく返していけたらと思っております。今後の物語がご期待に応えられる展開となるかはわかりませんが、更新はなるべく定期的に行っていけたらと考えています。


 次話は21:00頃の更新を予定しております。次話は個人的に更新を分けたいと考えていたので、短めではありますが、お楽しみにいただければ幸いでございます。


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