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チセイの世界


 足早に歩を進めつつ通知を眺める。

 使用頻度の最も高い【パラライズ】の上位スキル。

 しかし名前からして上位互換のイメージがない。

 どころか一見、下位スキルのような――


「いや、違う」


 俺の状態異常スキルは定番イメージだけで測るのは早計だ。

 ぱっと見は使えなさそうに映る。

 が、使い方次第で化ける。

 他のスキルも先入観を越えた力を持っていた。

 幾度となく俺を救ってきたハズレ枠の状態異常スキル。

 使いどころは、必ずある。


「適当なタイミングで、試用してみるか」


 しかし今はあいつらの状態確認が先決だ。

 俺はピギ丸とスレイの元へと急いだ。



     ▽



 ピギ丸もスレイもちゃんと生きていた。

 ただしスレイは変身が解けていて、かなり消耗している。

 変身を解除しても右の後ろ足には傷が残っていた。

 布切れで傷口を縛り、俺はスレイを担ぎ上げる。

 第一形態のサイズなら担げる。

 思ったより軽く担げたのはステータス補正のおかげだろうか?

 影響している補正値が【攻撃】か【体力】かはわからない。

 ……ま、数値も同じだしな。

 いずれにせよ、補正値さまさまである。



     ▽



「パ……キュ〜……」

「いいから、力を抜いて休んでろ」


 泥水の溜まった地面。

 ぬかるんだ地を一歩、踏みしめる。

 俺はスレイを担いで林の中を歩いていた。

 ピギ丸は俺の腰のあたりに巻きついて休憩中。

 消耗しているせいだろうか。

 巻きつく力も弱々しい。


「無理させて悪かったな、二人とも」


 あれほど暴力的だった雨は、もう止んでいた。


 あの殺し合いの終わりと、まるでその引き際を合わせたかのように。


 曇天だった空は澄んだ茜色に染まり始めていた。

 いずれ完全に日が落ちる。

 セラスたちは今もあの洞穴で待機しているだろうか?

 ……俺一人なら夜通し歩くのもやぶさかではない。

 闇にも慣れている。

 が、今のスレイの状態を考えると無茶はできない。


 葉から垂れる雫の音。

 複雑な迷路めいた樹海を、夕日が染め上げていく……。


 ぽたり、と。

 髪先から足のつま先へ雫が落ちた。

 そのつま先を、前へ進める。

 視界には絶え間なく殺戮の爪痕が飛び込んできた。

 ささくれめいて断裂した木々。

 爪痕が殺し合いの激しさを無言で物語っている。

 辺りは魔物の死体で溢れ返っていた。

 時おり、うめき声がどこからともなく聞こえてくる。

 毒状態の魔物がまだ残っているのだろう。


「さて」


 先に続く荒れた道。

 道の先を、見据える。


「頭の中の地図と現在地が、どのくらい合致してるかだが……」


 さすがに現在地を常時意識しながら戦える状況じゃなかった。


「ま、この惨状を辿っていけばいずれは戻れるだろ」

「パキュ……ゥ……」


 と、スレイが尻尾を振り始めた。


「ん? どうした?」


 尻尾は一定方向へ振り上げ続けられてる。


「そっちへ行けって?」

「……パキュ」

「おまえ……まさかこの状況でセラスたちのニオイがわかるのか?」

「……キュン」


 肯定的な細い声。


「――わかった」


 俺はスレイの指示に従い、さらに先へ進んだ。

 途中、ピギ丸が俺を心配してきた。

 大丈夫だ、と答える。


「こちとら、LV2000越えの勇者さまだぜ」


 廃棄されたが。


 セラスがいなくてよかった。

 いたら今の”大丈夫だ”は嘘認定されていただろう。


「さすがにあの数を相手取って、無傷で済むとは思っちゃいなかったさ……ただ――」


 あの命の奪い合いで生き残れた理由。

 人面種の強さの格差も、大きかった。

 そう――魂喰い級のヤツが、いなかったのだ。

 先日早朝に遺跡前で出くわしたあの笑い面。

 あいつ級もいなかった。

 もしここで遭遇した人面種の平均値が魂喰いなら、終わっていただろう。


「アレは百戦錬磨の廃棄者たちを地上へ出さないよう蓋の役目をしていたわけだからな……そりゃあ、格別なヤツを置いておくか」


 とはいえ今日戦った中には頭が回る魔物もいた。

 身をもって味わった。

 ただ、あの叫び声に引き寄せられた魔物たち……。


「とびきり凶悪で賢いヤツは、あれで引き寄せられてないのかもしれない」


 魔群帯に点在する地下遺跡群。

 格の違う人面種は今もそこででジッと息を潜めている。

 その可能性は、捨てきれない。


「魂喰いが人面種の最上位と思い込むのも、危険かもな……」


 しばらく無心で、俺は足を動かし続けた。



     ▽



 息を、つく。


「……………………だよな」


 弱ってる獲物を見つければ、当然そうなる。

 見逃す理由などない。


 魔物が、集まってきていた。


 ただしこれはポジティブな捉え方もできる。

 脱落した魔物がのんびりうろついているエリア。


 そこまで、戻ってきた。


「…………」


 魔物の強さはそこそこ、か。

 今はスレイを担いでいる。

 俺もそろそろ疲弊の色が濃い。

 数で押され続けると厳しいが――


「ま、この数と質ならどうとでもなる。だったら……ステータス、オープン」


 新スキルの試用。

 消費MPは【5000】。

 他のスキルは【10】だった。

 ……一気に跳ね上がったな。

 とはいえMP残量は60000以上ある。

 一発くらい試しても問題ないだろう。

 効果がどうあれ、だめなら他の定番スキルで処理すればいいだけだ。


 猛りの魔声が、夕闇を震わせた。


 魔物が四方から一斉に襲いかかってくる。

 スレイとピギ丸がアクションを起こそうとした。

 任せろ、と制止する。



「 【スロウ(遅性付与)】 」



 さて、どんなものか――


「……、――――ッ!?」


 目を、瞠る。

 視線をまず釘づけにしたのは、ステータス表示。

 MP項目。

 物凄い速さで減っていく。


「なんだ……このスキル? これじゃあピギ丸と接続してる時くらいの……いや、下手すりゃそれ以上の――」


 はたと、気づく。


 予想以上のMP減少速度。

 それに意識を奪われている間に――


 左右から矢と槍が、放たれていた。


 が、思った通り大した腕ではない。

 特に槍は完全に的を外している。

 俺は腰の短剣を抜き放った。

 セラスと比べれば弓の腕も雲泥の差。

 あの程度の矢ならこれで落とせる。

 判断を一瞬で済ませ、俺が動き出そうとしたその時だった。


「…………あ?」




 遅、い?




 槍も、

 矢も、

 魔物の動きすらも。

 枝葉から落ちる珠雫すら、遅く。

 そう、何もかもが微妙に――


 



 けれど俺だけが。



 俺だけが、普通に動ける。


 自分の動きには変化も違和感もなかった。

 ゆえに【スロウ】の変化に気づくのが、遅れたか。


「それに……」


 ”スローモーション”と呼べるほどには遅くなっていない。


 ピギ丸やスレイは?

 声をかけると、


「ピィ」

「パキュ〜」


 普通に返事がきた。

 鳴き声が遅くなったりはしていない。

 これは俺と密着してるからか?

 でなければ……。

 半径何メートルまでなら影響を受けない、とか?

 あるいは、両方……?


「……少し手を離すぞ、スレイ」


 腕を、突き出す。

 この魔物の接近速度……。

 俺の側には十分な余裕がある。

 状況的に危機に陥る心配もなさそうだ。

 だったら――サクッと、検証しておくか。



「【パラライズ】」



【重複使用はできません】



 上位スキルとの併用は不可か。

 お次は、


「【ダーク】、【バーサク】、【ポイズン】」


【重複使用はできません】


 どのスキルも併用できない。


「単体でご使用ください、と。ま……」


 短剣を逆手に持ち替え、早足で魔物との距離を詰める。


「やり方次第で、色々使えそうだ」


 歩きながら構えを取る。

 減速している槍の横を、通り過ぎる。

 世界はまだ遅さを保ったまま。

 俺は、槍を投げた魔物の手前まで来た。

 魔物は困惑している。

 無理もない。


「あと、これも確認しておくか」


 空いている方の左手。

 それを前方へ突き出した姿勢で前進。

 すると、ある距離まで近づいたところで――


「グ、る……? ガぅッ――」


 魔物の遅性が、消失した。

 が、普通に動き出したのを見て俺はすぐ手を引っ込める。


 魔物は再び、遅性ちせいの世界へと引き戻された。


 つまり、


「範囲、か?」


 俺の半径1メートルに入ると遅性が消える……。

 だからピギ丸とスレイは影響を受けない?


「なら……」


 一足にて素早く魔物へ肉薄。


 ヒュッ


 刃で、魔物の喉を掻っ切る。


 ブシュゥッ!


 遅性が消える範囲は理解した。

 そしてこの【スロウ】状態……。


「相手が防御へ移る動作が、かなり遅れる」


 つまり俺が先んじて攻撃をあてやすくなる。

 これなら急所も狙いやすそうだ。

 相手からすれば恐怖だろう。

 目の前に攻撃が迫っている。

 なのに、防御を取るための動作が遅れる。


 俺は踵を返した。

 他の魔物を処理するために。

 残る三匹の魔物。

 三者三様、その表情は当惑と恐怖に染まっている。


「……、――待てよ?」


 発動時……。

 俺は四匹すべてを視界に捉えていなかった。

 前後左右から一斉に襲撃を受けた。


 そう、魔物は”四方”から襲ってきたのだ。


 今までの状態異常スキルの性質はこうだった。


 ”視界に捉えていないと発動条件を満たせない”


 しかしこの新スキルは、


「視界に対象を捉えてなくても、範囲内なら対象すべてに効果を及ぼせる……」


 なるほど――”上位”スキルか。


 思考を走らせる。


 たとえば、である。

 どうしても奇襲や不意打ちを受けたくない局面。

 そういう時、真価が発揮できる気がする。

 あるいは相手の攻撃範囲からなんとか逃れたい時。

 上手く使えば、回避や防の面でも活躍が期待できそうだ。


「効果を及ぼす最大範囲もあとで検証すべきだな。あとは……」


 触れ合っている対象が影響を受けずに動けるのかどうか。

 ブンブン振られているスレイの尻尾。

 時おり半径1メートルを越えている――気がする。

 が、尻尾の動きは遅くなっていない。

 つまり……俺と触れ合っていれば、その相手も動ける?


「ん? なんだ、この数値……?」


 俺は、MP表示横の追加表示に気づいた。


 残:1359/5000

 残:1313/5000


 数値がどんどん減少していっている。

 ……ああ、そうか。


「使用時の消費MP5000が0になるまでが、効果持続時間ってことか」


 と、そこで一つのある予測が組み上がる。


「……一々これが表示されるってことは、もしかすると」


 思考を巡らせつつ、俺は急いで残る3匹を処理した。

 やがて1313あった数値が、0になる。


 世界の速度が、戻る。


「俺自身のMP残量はまだまだ余裕がある……そして――」


 さらなる魔物の気配。


「これも、試してみるか」


 少し進み魔物の方に近づく。

 検証、開始。



「【スロウ】」



【クールタイム中です】



「とまあ、そうなるわけか」


 この新スキル。


 1回ごとに”MP5000ぶん”という区切りが設けてある。


 何を意味するのか?


 ”1回の使用でMPをすべて投入できない”


 つまりMP全消費で長時間ぶっ続けの使用はできない。

 MP5000消費で一回分。

 ひと区切り。

 5000を使い切ると、さっきみたいに自動解除される。


「発動と解除を小刻みに繰り返す戦法は取れない、と」



 ”クールタイム(連続使用不可)



 便利な力には何かしら制限がつく。

 世の中そんなものだ。

 いや……。

 手持ちの状態異常スキルはそれでも便利すぎるが。

 振り返り、歩を進める。


「ともかくこれで【スロウ】の性質は――ある程度、把握した」


 あとはいつも通り処理すればいい。


「て、わけで……、――ッ?」


 がくっ、と。

 膝が折れかけた。

 が、踏ん張って持ち直す。

 ……そこそこ足に来てるな。

 短剣を納める。

 クールタイム中なので今【スロウ】は使えない。

 だが問題ない。

 身体に力を込め直し、いつも通り腕を突き出す。


「今の状態でこの数とるのは少々きついが……おなじみのスキルで、相手をしてやる」


 と、


「パ、パキュッ!」


 唐突にスレイが、興奮し出した。


「……わかってる」


 妙なヤツが一匹まじってる。

 今の俺の状態だと少し厄介そうだ。

 凄まじい速度で、こちらへ迫ってくる。

 …………。

 できればこいつを先に片づけたい。

 そいつの方へ手を向ける。

 他の魔物も迫っているが、いち早く片づけるべきはこいつ――



 ズバンッ!



 断裂する魔物の身体。


 宙に引かれる、弧の血糸ちいと


「グルル……ガルルルルルゥゥゥ……ッ」


 俺は、腕を下げた。


「そうか」


 スレイが興奮していたのは、そういうことか。

 ……一応、この目が出るのは想定していたが。






「ようやく見つけたぞ、我が主(トーカ)








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2020/08/04 05:56 退会済み
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