限界の、その先へ
このたび書籍版1巻にまた重版がかかったとのご連絡を担当さまからいただきました。改めまして、ご購入くださった皆さまにお礼申し上げます。店頭では品薄になっていたとのことで……ご購入を考えてくださっている方でお店に見当たらないという方は、重版分が並ぶまで今しばらくお待ちいただけましたら幸いでございます。
それから、ここ数話分の更新近くにレビューを新しく2件いただきました。ありがとうございます。また、ここ数話分でご感想、ブックマーク、ご評価をくださった方々にも心よりお礼申し上げます。皆さまの応援にこたえられるよう、これからもがんばってまいりたいと思います。
それでは、トーカ視点に戻っての次話となります。
【レベルが上がりました】
戦いはもはや、純然たる殺し合いの領域へと入りつつあった。
魔物を殺し続けて経験値を取得し続ける。
小刻みにレベルアップを繰り返す。
レベルが上がるたびに回復するMP。
これによりピギ丸との融合状態を維持。
戦闘を、継続。
我ながらつくづく無茶な戦法である。
が、ここはその無茶を通すしかない。
でなければ、生き残れない。
「このまま斜めに突っ切れ、スレイ! ――【バーサク】ッ!」
空から殴りつける強雨。
空へと噴き上がる血泉。
両者が混在しシャワーのように降り注ぐ。
【スキルレベルが上がりました】
ぬかるみを突き破る蹄が、地を踏む激音を絶え間なく響かせる。
「【パ――」
迫る魔物のスピード。
五文字スキルだと間に合わない。
即座に、
「――【ダーク】ッ」
切り替える。
ズッチャァァアアア゛ア゛!
視界を失った大型の魔物がスリップし、転倒。
横転した魔物が泥を撒き散らしながら転がっていく。
改めてそいつに【パラライズ】を放つ。
続く【バーサク】とのコンボで噴殺。
その時、俺の頭上へ巨大な魔物が跳躍してきた。
巨体のわりに驚嘆すべき跳躍力。
「スレイ、少しだけ速度を落とせ……ピギ丸!」
「ピッギィィィイイイ!」
触手を上空へ射出する。
「【スリープ】」
眠った中空の魔物が無防備に落下していく。
巨大なその魔物は俺の背後で地面と衝突。
泥水が噴水のごとく跳ね上がる。
首を巡らせて振り返り【バーサク】を付与。
麻痺&毒のお株を奪った定番コンボで処理する。
とはいえ【ポイズン】も出番がなくはない。
中〜遠距離の周囲には夥しい数の魔物がのたうちまわっている。
苦鳴の大合唱。
今そいつらは毒状態にある。
まだ【バーサク】は範囲付与ができない。
動きを阻害しつつ複数へ継続ダメージを通せる【ポイズン】。
まだまだ、イイ働きをしてくれる。
「ぎィ、ぇェ……」
魔物たちの呻きを横目に、進む。
激戦を経たこちらも無傷ではない。
特にピギ丸の疲労が深刻そうだ。
接続状態にあるせいかピギ丸の疲労がより伝わってくる。
しかしそれでも、がんばってくれている。
スレイも傷を負っていた。
八本の脚のうち一、二本はまともに使えそうにない。
小回りの精度も低下している。
俺も腿や腕に傷を負っていた。
ただし出血はない。
実は少し前にそこそこ深い切り傷を受けた。
痛みはある。
が、出血はほとんどしなかった。
見ればもうカサブタができ始めている。
その理由の仮説は立てた。
ステータスのHP補正値。
表示を見るとこの数値が減っている。
HP補正値の効果によって出血を抑えられる……。
不意に魂喰いのビームで指先をやられた時のことを思い出す。
あの時はすぐ指先を布で縛った。
しかし思い返すと、意識しなくていい程度には出血しなかった。
傷みもそこまで意識しなくてよかった。
……そうか。
HP補正値の役割。
痛覚を和らげたり、出血を軽減したりしてくれる。
今まであまり負傷はしなかった。
だからHP補正は、
”生命力が強くなる”
程度にしか考えていなかった。
「…………」
が、しかし。
補正値が0になった時を考えると、少し怖い。
本来の出血。
本来の痛み。
これらが同時に押し寄せてくるのかもしれない。
また、これが【防御力】の効果である可能性もなくはないが――
「ま、今はそんなことを呑気に考えてる状況じゃねぇよな……」
スレイをゆっくり前進させる。
少しずつ――速度を、上げる。
左右斜め前方へ両の腕を突き出す。
「魔群帯のヤツらでもやっぱり、命は惜しいらしい」
いよいよ理解し始めたやつらも出てきたようだ。
”相手が悪い”
小〜中型の魔物ほどその傾向は強そうだ。
廃棄遺跡の魔物でも似た傾向は確認している。
分が悪いと見るや、命を優先して逃走する。
「ぐ……ギぎィぃィ……」
後ずさりする金眼の群れ。
「フン」
呼吸を整えつつ、笑みを歪める。
「殺意を向けるなら……自分が殺される側に回るパターンも、想像しておけって話だ……」
腐っても金眼の魔物。
エサの価値はある。
蹂躙してしまいたいところだが、
「いよいよ、くるか」
俺の行動を観察するためだろう。
ある群れの一つが、適度な距離を取りつつずっとついてきていた。
気配からするとけっこうな数が揃っている。
厄介なのはこういう手合いである。
慎重で、残酷。
漁夫の利狙い。
獲物が疲弊し切ったところをおいしくいただく、小賢しさ。
「……ふぅ」
だらりと腕を垂らす。
呼吸による肩の動きを小さくしていく。
息を、整える。
「はぁっ……はぁ、はぁ……」
俺の疲労度合いを見て取った一匹。
ついにきた好機とばかりに木々をなぎ倒し、そいつは姿を現した。
「ニ゛ょィぃンぃビぃィぇェえエえエえエぎョろロろォ〜ん!」
瞬間、脱力していた腕に力を込める。
腕を上げて左斜め後ろへ突き出す。
間抜けが。
俺が”疲れ切って動けない”ように見えたのなら――
テメェの、負けだ。
「【パラライズ】」
すかさず【バーサク】を放つ。
「ニ゛ょィーっ!? ぃ゛ッ――ぶヒョぇ゛ッ!?」
死へと至る血のしぶき。
【レベルが上がりました】
【LV1997→LV2000】
MP全回復。
及び、LV2000到達。
呼気を荒く吐きながら絶命した魔物を眺める。
……ったく、あっさり引っ掛かりやがって。
「今まで俺のどこを観察してやがったんだよ、テメェは……、……で?」
攻勢に出る機をジッとうかがっている最後の群れ。
そちらへと、首を巡らす。
「同類を一匹犠牲にして、何か収穫はあったか?」
息を、大きく吐き出す。
「”おいしくいただく”?」
馬鹿が。
「喰われるのは、テメェらの方だろうが……」
▽
最後の群れとの殺し合いは、さして時を待たず、すぐに現実の光景と化した。
俺は状態異常スキルを乱発していく。
さなか、わずかな隙間を見つけステータス表示を切り替える。
先ほどの【バーサク】の追加能力を確認するためだ。
目端で表示をサッと読み込む。
【バーサク/LV2/消費MP10/対象指定】
追加されたのは【複数対象指定】ではなかった。
複数表記が外れたただの【対象指定】……?
――ああ、そうか。
襲わせる対象を指定できるってことか?
が、この乱戦での使用は難しいか。
今は対象指定にまで意識を割けない。
とにかく今は【バーサク】を、麻痺状態の魔物を一秒でも早く仕留めるのに使用する。
「――【バーサク】ッ!」
さっき整えた呼吸……。
乱れるスパンが短くなってきている。
時おり、身体にも力が入らなくなってきていた。
レベルアップもステータス補正も、疲労を完全に取り去ってはくれない。
「…………」
いい感じだ。
こういう時ほど、俺は感覚や思考が冴えてくる。
と――この世界に来たばかりの頃の光景が鮮烈に甦ってきた。
そして、あの遺跡の廃棄者たちの死骸がフラッシュバックする。
……そうだ。
「こんなとこで止まってたら、いつまで経ってもクソ女神に復讐を果たせねぇだろうが」
スレイを思い切り転回させる。
馬蹄が泥の上を滑りスライドしていく。
直前まで俺がいた場所に、人面種の放った攻撃エネルギーの雨が降り注ぐ。
あの魂喰いのレーザーみたいなヤツだ。
ジュウッ!
地を穿ったレーザーが水分を蒸発させる。
横滑りの中、
「――ピギ丸」
「ピ、ギィィ……ッ!」
触手を広範に再展開。
麻痺
暴、
闇
眠、
毒、
付与。
凍結以外のスキルを総動員し、本格的な命奪戦へと突入する。
殺し、
殺して、
殺し、
殺す。
【レベルが上がりました】
【レベルが上がりました】
【レベルが上がりました】
【レベルが上がりました】
【レベルが上がりました】
【レベルが上がりました】
▽
襲いくる魔物どもも必死だった。
”――いい加減このニンゲンはコロす――”
死にもの狂い。
魔物たちはそんな表現の似合う形相をしている。
「……、――――ッ!」
近接で三匹を同時に相手取った時、それは起こった。
回避が、間に合わない。
ドガッ!
横手の死角から攻撃を受けた。
攻撃はスレイの横っ腹に直撃。
細い悲鳴を上げるスレイ。
「スレ――」
が、黒馬は即座に闘志を奮い立たせる。
甲高い、いななき。
「ヒヒィィィン! ブルルルッ――グルルルルルァアア゛!」
白い馬息と共に発された黒馬の咆哮。
もはや、普通の馬のそれではない。
そしてまだしっかり動く六本の脚で見事、着地に成功する。
スレイは一動作にて、姿勢を立て直した。
「ブルルルル……グゥゥゥゥ……ッ、グルルァア゛!」
ビリビリ、と。
空気が振動した。
それは雨すらも震えたように、感じられるほどで。
逆襲の威圧。
数匹の魔物が数瞬ばかり臆したのがわかった。
俺は、
「【パラライズ】」
その隙を、見逃さない。
近場の数匹を、麻痺させた直後――
「ブもぉおォぉォおオおオ、ぉ、ォ、ぉ、ォろ〜! お゛ニく、オにグ!」
隆起した角を身体に複数生やした巨象が飛び出してきた。
普通の象のイメージと違って俊敏だ。
しかし、この距離ならギリギリこちらの――
「ピギ丸」
「ビッ――、……ギッ……ィ゛!?」
触手が、動かない。
MPの貯蔵はまだある。
けれどもピギ丸の方が、
「限界か」
いや、
「ピギ丸」
そっと、肩口の細い突起に触れる。
「よく、やってくれた」
本当にここまでよくがんばってくれた。
十分だ。
十分すぎるほど、おまえには力を貸してもらった。
ピギ丸との接続を、解除。
「ピ、ィッ……ニュ、ィ、ィ〜……!」
「いいから無理するな……もう休め。あとは、任せろ」
「ブルルルルルッ!」
闘志をみなぎらせるスレイ。
”ここからは自分に任せて、ピギ丸!”
とでも言いたげな気勢。
「…………」
おまえもとうに、限界を越えているだろうに。
ポンポンッ、と。
スレイの首の横を優しく撫でる。
「本当に限界だと感じたら隠さず意思表示をしろ……そこからは、俺一人で片をつける。別れたあとは――セラスたちを、任せたぞ」
おまえにはまだ守るべき相手がいる。
少し、ずるい言い方だったかもしれない。
「……ブルル」
”……うん”
少し迷ったあと、スレイはそう言って頷いたように見えた。
▽
生存を賭けた殺し合いが続く。
実際は、感覚より短い時間だったと思う。
しかし俺にはとてつもなく長い時間として感じられた。
マスクを脱ぎ、
「……ぶっ!」
口内の血だまりを吐き出す。
血のついた口元を、破れたローブの袖で拭う。
――――――――残り、3匹。
「ばギぃェがルうェんガりバるェるアるァぁ゛アえ゛ア――――っ!」
凄まじい勢いで一匹の魔物が接近してくる。
おそらく、人面種。
なぜ”おそらく”なのか?
外見を目視できないためだ。
「……なるほど」
野郎。
他の魔物の死体を、盾にしやがったか。
状態異常スキルは対象を視界に捉えていないと付与できない。
その性質を見抜きやがった。
が、終わりは見えてきている。
あと、少し。
「スレイ」
傷から血を流すスレイに声をかける。
「ブルルルッ」
「最終局面だ」