世界に名を馳せしバケモノたち2
「さて、どうしたもんかな……」
俺は岩の崖を見上げた。
ここへ来る途中から気になっていた岩山。
高い崖が左右に広がっている。
まるで、立ち塞がる壁のごとく。
「空でも飛べない限り、あの高さを越えるのは無理か」
ピギ丸をロープ状にしても無理なのは一目瞭然。
イヴが、てのひらを岩肌の壁に置く。
「まさかここで壁にぶち当たるとはな」
左右を確認する。
崖はずっと続いている。
どこまで続いているかはわからない。
視線を動かすと、壁にぽっかりと空いた穴が見える。
人が一人通れるくらいの穴。
ただ、さっき確認したら中は行き止まりだった。
雨よけや休息になら使えるだろうが……。
「都合よくこの岩山を真っ直ぐ抜けられる通路、とはいかなかったか」
イヴの地図は”現在位置”と”距離”を示すだけだ。
地形までは教えてくれない。
当然、こんな岩山が壁のごとく立ち塞がっていることも。
三人の精神的疲労を考えると、できるだけ早く魔女のところへ着きたい。
大幅な遠回りは避けたいところだ。
「一度、俺がスレイと崖沿いの先の様子を見てくる」
ルート探索なら人数は少ない方がいい。
人面種との遭遇もなくはない。
その場合、最も対処に適したのはやはり状態異常スキルだろう。
いざとなればスレイを変身させて逃げる手も取れる。
三人を休憩がてらその場に待機させると、俺は辺りを探ってみることにした。
東西にのびる崖のうち、まず西側から行ってみた。
西側は崖の壁が連綿と続いている感じだった。
あれを辿って行くと、途切れるまで何日かかるか想像もつかない。
が、幸いにも東側は意外と早く途切れていた。
印象では、上手いこと回り込んで目的地の方へ進めそうな感じだった。
俺は戻って三人にそれを伝えた。
皆、どこか安堵した様子だった。
こうして出立の準備を終えた俺たちは東側のルートを進むことにした。
周囲を注視していた先頭のイヴが警戒を緩める。
「まだ魔物の気配はないようだ」
その隣のセラスも、同じく警戒を緩めた。
「この魔物の少なさ……禁忌の魔女が近いのと関係しているのでしょうか」
「もしくは、中心部より周縁部に魔物の生息地が偏っているのかもしれぬな」
「なるほど、ありえますね」
「…………」
道中、遺跡群がいくつもあった。
魔物が避難したと言われる地下遺跡の存在はありうる。
そこに大量に隠れてるケースもありそうだが……。
そう考えると気は抜けない。
俺は今、最後尾にいた。
先頭から一度離れたのは、リズに話しかけるためだ。
ここは金棲魔群帯。
ましてや、人面種とまで遭遇したのだ。
リズはまだ子ども。
精神的に参っていてもおかしくはない。
「…………」
いかんせん、我慢強い子だからな。
「大丈夫か?」
「あ、はい」
「?」
いや……普通に大丈夫そうだ。
無理をしている感じはない。
感情を隠して俺を欺いているとすれば、相当な演技力だが。
「人面種は怖くなかったか?」
リズは、胸の前でそっと指を絡め合わせた。
「怖くなかったわけではないですけど……大丈夫でした」
「モンロイで生き続けるよりイヴと一緒にここで死ぬ方がマシ、なんてつまらないこと言うなよ?」
「な、なくもありませんけど……」
苦笑するリズ。
「でも、死ぬとは思っていません。その……ここに来てから、セラス様と何度かお話ししたんです」
リズが前方を歩くセラスを見る。
「セラス様はこうおっしゃっていました。『トーカ殿が命を落とさない限り、私たちは無事に目的地につけるはずです』と」
俺もセラスの背に視線をやる。
セラスは、
”諦めない限りは”
とは言わなかったようだ。
俺が諦めたフリをして相手を騙し討ちする人間なのを、知っているからだろう。
「あいつの信頼は少し、度を越えてるけどな」
ふふ、と可憐に微笑むリズ。
「ですがそのおかげで、わたしもトーカ様が生きておられる限りはあまり怖くないと感じられるようになりました。人面種がいた時も、策を練って戦うトーカ様の邪魔にだけはならないようにと……ただ、それだけを考えていましたから」
リズが隣をトコトコ歩くスレイの背を撫でる。
「頼りになるスーちゃんも、います」
「パキュ〜ン」
今の俺は一応この集団で指揮官のような立場にある。
セラスやイヴも俺も指示を待つことが多い。
俺の指示に従うのが最善だと考えているのだ。
そしてリズも俺に全面の信頼を置いている。
重責。
発生するのは、重圧。
普通ならその重圧に負けてしまいそうになるかもしれない。
「…………」
問題ない。
俺は、やり切る。
その信頼を、幻想にするつもりはない。
▽
話した感じリズは大丈夫そうだった。
なので、俺は先頭へ戻ってセラスと交代した。
先頭に着き、耳を澄ますイヴに声をかける。
「どうだ?」
「まだ魔物の気配は感じぬ……セラスの言う通り、魔女の棲家が近いのと関係しているのかもしれん」
イヴがあごを撫でた。
「しかしトーカよ、セラスには驚いたぞ」
「ん? ミミズが苦手だったことか?」
「む、まあそれも意外ではあったが――我が言っているのは、戦士としての才気の話だ」
魔群帯を進む中、イヴはセラスと早朝によく訓練をしていた。
訓練は互いに自分用の剣を使用。
が、打ち合う音を立てると魔物に気づかれる危険がある。
二人は刃同士を触れさせないよう訓練していた。
いわゆる寸止め空手みたいな感じなのだろう。
何度か見たその光景を、俺は脳裏に蘇らせる。
「言われてみれば、そうかもな……」
セラスの動きのキレが増している気がした。
見違えた、というか。
ウルザの王都に入った辺りからだろうか。
セラスは目に見えて変わってきていた。
いや――正確には”戻ってきていた”なのか。
ミルズ遺跡。
あそこで俺の護衛として戦っていた頃……。
あの頃のセラスは100%ではなかったらしい。
蓄積した逃亡生活の疲労のせいで万全ではなかった。
黒竜騎士団戦でも、真の実力は出せていなかったのではないか?
「長い眠りが取れるようになって、本来の力が出せるようになってきたわけか……けど、モンロイで最強と呼ばれたイヴ・スピードが舌を巻くほどなのか?」
「うむ。ネーアにいた頃も、ただ美しさだけのお飾りとして聖騎士団長をしていたわけではなさそうだ。セラスの戦士としての実力は、相当なものだぞ」
よくよく思い返せば……。
あのシビトが”戦いたかった”と口にするくらいの人物だしな。
「ちなみに、イヴより強いのか?」
「腕力では我に分がある。速度や技もまだ我の方が勝っている。しかし、才気はセラスの方が上と見ている」
「それほどか」
ていうか、そういうのわかるもんなのか。
強者だからこそわかる、ってやつなのか?
「そこへ例の精式霊装の力が加われば、大抵の戦士は歯が立つまい」
セラスはコンディションと相手に恵まれていなかったのだろう。
おそらく、俺と出会って以降は。
聖なる番人。
大陸最強を誇る黒竜騎士団。
これらを相手にした時は精霊への対価もあって極度の疲弊状態にあった。
巨躯のスケルトンキング。
金棲魔群帯の巨大な魔物。
人面種。
これらはサイズ差でまともに戦うのが難しい。
活躍の機会がなかった、と言える。
「ふーん……一国の強者として名が出るってことは、やっぱりそれなりの理由があるんだな」
「強者の名は嫌でも自然と広まってしまうものだ。バクオスのシビト・ガートランドは、中でも飛び抜けて格が違ったようだが」
腕を組み、俺を一瞥するイヴ。
「しかしそのシビトを倒した男がここにいる……奇妙なものだ」
「俺のやり方は正々堂々じゃないからな。自分の土俵に引きずり込んで、罠に嵌めて騙し討っただけさ」
今の”土俵”という単語は、イヴにはピンとこなかったみたいだ。
が、ニュアンスは伝わっているようだった。
「シビトほどじゃないにしても、他の国にも強者代表みたいなヤツはいるんだろ? 保有してる騎士団やら戦団やらの名前は知ってるんだが……」
「ふふふ、そなたもやはり男だな。強者に興味がある、か」
「……まあ」
以前は必要のない情報だと捨て置いていた。
クソ女神さえ叩き潰せればいいと思っていたからだ。
しかし、セラスやシビトと関わる中で必要性を感じてきた。
セラスが闇色の森に逃げ込んだ時に”黒竜騎士団”の名でピンときたのも知識として知っていたからだ。
だからすぐ、
”ヤバい連中にセラスが追われている”
そう理解できた。
知識は持っておくに越したことはない。
どこで役に立つかわからないのだから。
男の子気質で知りたがっていると勘違いしたイヴが、語り出す。
「まず北西のヨナト公国には”ヨナトの聖女”と呼ばれる女傑がいる。名はキュリア・ギルステイン。現在、殲滅聖勢を率いるその者がヨナト最強と言われている。そして、将来その聖女の座を奪うのではないかと噂されているのが”四恭聖”と呼ばれる四きょうだいだ。特に長男と長女は相当な実力者と聞く」
「ふーん」
「南西のミラ帝国における最強は、やはり狂美帝であろう」
あの名前がクソ長いヤツか。
「そいつって、つまり皇帝なんだよな? 国の中で皇帝が最も強いのか?」
「戦う姿を実際目にした者が極少数らしく、強さの真偽は定かでないとされているようだが……あの若さで他の皇位継承者を押しのけ皇帝となった男だ。しかもかつて皇位の座を争った第一皇子と第二皇子は現在、弟である狂美帝の両腕として仕えているそうだ。タダ者でないのは確かだろう」
「へぇ……で、ウルザ最強はやっぱイヴ・スピードか?」
「いや、魔戦騎士団の”竜殺し”がいるのでな。例の噂が本当なら、我では太刀打ちできぬと思われる」
イヴより強いかもしれない、か。
いやまあ、これはイヴの謙遜もありそうだが。
「で……故ネーア聖国はセラス・アシュレインで、バクオス帝国はシビト・ガートランドか。北のマグナル王国は?」
「マグナルは、白狼騎士団の団長を務めるソギュード・シグムスを置いて他におるまい」
白狼騎士団の団長……。
ああ、シビトが”いずれ戦いたい”と言ってた相手か。
「団長任命時から一度として”王弟だからその座につけた”といったたぐいの皮肉を言われたことがない、という語り草があるほどだ。団長の座につく前から、その実力は国内外に知れ渡っていたそうだ」
噂の大誓壁陥落時、その団長はそこにいなかったのだろうか?
ま、それはひとまず置いておこう。
ここからが本題だ。
「――アライオンは? 異界の勇者以外にも、強いヤツはいるのか?」
最も戦力を知っておきたい国。
アライオンはいわば、クソ女神の手駒が揃っている国だ。
「”アライオン十三騎兵隊”の中でも無類の強さを誇る第六騎兵隊は有名だが……個人となると――ああ、ニャンタン・キキーパットという者の名をよく耳にするな。今はわからぬが、確かウルザに派遣されていたと聞いた」
アライオン十三騎兵隊の第六騎兵隊。
ニャンタン・キキーパット。
そいつらの名は、特に覚えておくとするか。
「他に国に所属せぬ者たちで名が売れていると言えば、傭兵団の剣虎団は有名であるな」
会ってる。
「他には聖なる番人という四人組の傭兵もいる」
殺してる。
「それ以外だと”勇の剣”と呼ばれる者がいる。勇血の一族で、その者も傭兵をやっているらしい。我もよくは知らぬが」
そいつは知らない。
「なるほど、勉強になったよ」
大体は把握できた。
将来的にそいつらが関わってくるのか。
関わったら、俺の障害となりうるのか。
もしくは利用価値のある駒になるのか。
それはわからない。
だが、もし危機を及ぼす敵となるなら――
すべて、蹂躙するだけだ。




