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そこへ、近づきつつあるもの


 人面種を倒した俺たちは、遺跡を離れて先へ進んでいた。


 なぎ倒された木々を横目に歩を進める。

 今は俺が先頭、イヴが最後尾を務めている。

 俺の後ろにはセラス。

 セラスの後ろにリズ、スレイといった並びだ。

 スレイは第一形態に戻っている。

 変身のせいで少し疲れたみたいだ。

 第三形態は特に疲労が溜まるらしい。

 ピギ丸は普段通り俺のローブ内でぬくぬくしている。


「ピフ〜……」


 こちらも、合体技で疲れたらしい。


「思ったより静かですね」


 セラスが言った。

 最後尾のイヴが答える。


「人面種が通ったこの跡を辿って他の魔物が押し寄せてきていてもよさそうだが……移動する人面種を目撃した魔物は、いくらでもいるはずだ」


 俺は口を挟んだ。


「逆、かもな」

「逆?」

「人面種を避けて、他の魔物は遠ざかったのかもしれない」


 廃棄遺跡でも人面種のいたエリアに他の魔物の姿はなかった。

 人面種は他の魔物から避けられている……。

 あるいは、獲物を譲る風習でもあるのかもしれない。


「ふむ……我らが思うほど連中も魔群帯で上手く共存できているわけではないのかもしれぬな」

「印象だと群れてる魔物は意外と少ない感じだ」

「となると、ここの魔物に縄張り意識があるとも考えられるか」

「…………」

「む? どうした、トーカ?」

「いや、なんでもない」


 言いつつ、実はイヴの様子を観察していた。

 少し前まで彼女は人面種戦の勝利を引きずっていた。


 ”たった数人であの人面種を仕留めた”


 イヴにとってはよほどそれが衝撃だったらしい。

 遺跡を発つ時は、


『まだ現実感がない。そなたの例の力があったとはいえ、あの人面種が死ぬところをこの目で見たのだからな……今は、奇妙な気分だ。高揚感のような、戸惑いのような……』


 わずかな動揺を滲ませてそんな風に言っていた。

 ただ、今はもういつものイヴに戻っている。


 人面種。


 決して気は抜けないが、絶望するほどの相手ではない。

 完全無欠の化物――とまでは、いかない。

 これまで二匹の人面種と戦ってそう感じた。

 策の打ち方次第で十分戦える。

 ……まあ、状態異常スキルの力が大きいのは否定できないが。


「人面種、か」


 思考を走らせながら、呟く。

 不気味さはもちろんだが、謎にも満ちた生物だ。

 博識なセラスでも詳しいことは知らないと言っていた。

 

 凶暴的で、強暴的。

 嗜虐的で、残虐的。


 どのようにして生まれるのか?

 なんのために、生まれたのか?


 背負い袋から三重にした麻袋を取り出す。

 微妙にまだ中身が生暖かい。

 歩きながら袋を開く。

 セラスがススッと覗きこんできた。


「これが、禁術の材料として使用されるのですか」


 袋の中にはさっき倒した人面種の身体の一部が入っている。

 まだ一部がウネウネ動いていた。


「『禁術大全』には人面種から採取できる素材とは書かれてなかったんだが……添えてあったイラストと似てる気がしたんだ。もしかしたら、代用できないかと思ってな」


 斜め下から見上げてくるセラス。


「167ページ、ですね?」


 さすがの俺もページ数までは覚えていない。

 が、セラスは覚えているらしい。


「なんの材料になるんだったかは忘れたが――」


 セラスがちょっと嬉しそうに、白い人差し指を立てる。


「”拡声石かくせいせき”です」

「ああ、そうだった」


 まいったな、と後頭部を掻く。


「熟読してるだけあって、今じゃ俺よりセラスの方が『禁術大全』に詳しくなってるかもな」


 時間を見つけては熟読する姿を何度も目撃している。

 セラスが背筋を伸ばす。

 彼女は前を向き、金髪を緩くかき上げた。


「最初は興味本位もありましたが、こういう面でもトーカ殿のお役に立てればと思いまして」


「俺も暇を見つけて精読するつもりだが、あの本の内容についてセラスに頼ることも多くなるかもしれない。その時は頼っていいか?」


 胸に手を当て、恭しく頷くセラス。


「お任せを」

「悪いな」

「謝罪など……私が読みたいから読んでいる部分も大きいですから」

「だとしても、助かる」

「――はい」


 少し、弾んだ調子の返事だった。


「…………」


 本好きのセラス・アシュレイン。

 あの『禁術大全』に興味を持つのも時間の問題だとは思っていた。

 魔群帯入りしてから俺の読書時間は減っている。

 一時的に内容の把握をセラスへ任せるのも悪くないだろう。


「誘導したみたいなところもあるから、微妙に気は引けるけどな……」

「気が引ける、ですか?」

「多少、な」

「?」


 廃棄遺跡を出ても独り言の癖がなかなか抜けない。

 と、セラスが前のめり気味に俺の手もとの袋を覗き込む。


「ところでトーカ殿、他にも私の得た知識が何か役に立つ禁術素材が――ぃ、ぃゃあぁぁああああぁぁああ――――――――っ!」


 反射的に、俺は少し身を引いた。


「は?」


 急に悲鳴(?)を上げたセラスが後ろに倒れ込み、尻餅をつく。

 顔から血の気が引いている

 どうしたんだ?

 さすがに今の悲鳴は俺もびっくりした……。

 なんかその……本気の悲鳴だったぞ?

 人面種の採取部位が気持ち悪かったのか?

 いや……。

 さっき覗き込んだ時は普通にしていたはずだ。

 時間経過でなんらかの変化でも?

 手元の袋を、覗き込む。


「ん?」


 何か色の違うウネウネしたものがまじっていた。

 つまんで持ち上げる。


「ミミズ……? ああ、素材を回収する時に紛れ込んだんだな」

「と、トーカ殿……それは、なかなか厳しいと言いますか……難しいと、言いますか……危険……」


 何が厳しくて、何が難しいんだろうか。


「わかったから、まず脚を閉じた方がいいぞ」

「あ――し、失礼を」


 俺は近くの草むらにミミズを放り捨てる。


「苦手なのか?」

「……端的に言えば」

「ピギ丸の触手とか人面種のウネウネは大丈夫なのに?」

「どうも、ミミズだけが苦手でして」


 ぱんぱんっ


 スッと立ち上がって、臀部の土を払うセラス。

 表情がなんだか凛々しくなっていた。

 取り乱したのを取り繕っている感じだ。

 おほん、とセラスが厳粛に咳払いする。


「ですが……誇り高き騎士としてはあるまじきつまらぬ欠点です。この程度の嫌悪感で取り乱していては、元ネーアの聖騎士団長としての名折れ――」


「意外だな。そなたはこんなものが弱点なのか、セラス」


「――ぃやぁぁああああトーカ殿が遠ざけてくれたソレをまたわざわざ持ってこないでくださいイヴ! 正気なんですか!?」


「……す、すまぬ」


 リズに小言で諌められながら、イヴがトボトボ最後尾へ戻っていく。


 あのセラスもあんな風に取り乱すんだな。

 言い方はアレかもしれないが……。

 思わぬひと幕でなかなか興味深い一面を垣間見られた。

 ま、仲間の苦手なものを知っておくのも大事だろう。


 それに意外と空気が和んでいる。

 魔群帯にいると気を張る時間が長い。

 今は辺りに魔物の気配もない。

 たまにああして騒ぐのも、悪くはないだろう。

 後ろの三人をチラッと見る。


「…………」


 実際、俺以外の三人は神経が疲弊している。

 ジリジリと摩耗していっている。

 無理もない。

 敵は遭遇した魔物だけではない。

 ここはおそらく安息の地なき金棲魔群帯。


 きっと唯一の安息の地と思える場所は、この魔群帯においてただ一つ……。


 俺たちは、さらに先へと進んだ。



     ▽



「風が湿ってきましたね」


 微風になびく髪をおさえ、セラスが言った。

 頭上を仰ぐイヴ。


「これは、ひと雨くるかもしれんな」


 周囲の景色にも変化が出てきた。

 なんというか――木の幹や葉の色が暗い。

 いよいよ深部へ入ってきた証拠なのだろうか。


「……けっこう前から目に入ってるアレも、気になるが」


 連なる木々の向こうに切り立った岩肌。

 小さな岩の山脈、と表現してもいいだろうか。

 壁のごとく広がっている。

 ただ……。

 イヴに言って地図を確認させてもらう。

 俺は、視線をイヴと互いに投げ合った。


「トーカ」

「ああ」


 そろそろかもとは思っていたが。

 そうか。

 ここまで、来たか。


「位置的に――進む速度を上げれば、明日か明後日には到着できそうだ」



 禁忌の魔女が棲むとされる場所は、もう近い。





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[一言] トボトボ最後尾に戻るイヴかわいい笑
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