Move
▽
「では行くか、スレイ」
乗馬したイヴが手綱を握る。
もう片方の手には弓を握りしめている。
その背には矢筒。
「我も弓の腕にはそこそこ自信がある。セラスには遠く及ばぬがな」
一応、剣も鞘ごとスレイの横腹に下げてある。
ちなみに手綱などの馬具はセラスの手製である。
エルフの国にいた頃から作れたそうだ。
セラスは、
『あくまで間に合わせの簡易的なものですが』
などと謙遜していたが、俺からすると十分な出来に視える。
俺は、第三形態の巨大な黒馬と化したスレイの横腹を撫でた。
「頼んだぞ」
スレイが静かに頷く。
次に、イヴに言う。
「あいつに”攻撃の意思がある”と判断させられれば、目的は確かに果たせる。ただ――」
弓を持つ手をイヴが突き出す。
まるで、制止するみたいに。
「それ以上は言わずともよい。危険は承知の上だ」
セラスが少し前へ出た。
「わずかばかりですが、私も風の精霊で速度を補助します。多少の追い風のようなもの、ですが」
「うむ、ありがたい」
「俺の方はさっき話した通りだ――準備はいいな、ピギ丸?」
「ピ!」
こちらの準備は、もう整っている。
あとは、
「…………」
あいつが”喰いつく”か、どうか。
△
魔群帯の移動中は空き時間も多い。
その空き時間を使ってしたいことも多い。
たとえばスキル【フリーズ】の検証。
セラスやイヴに戦闘技術を教わる、などなど。
しかし俺は、別のことに時間を費やしていた。
ピギ丸との合体技。
費やしたのはそのさらなる検証と実験である。
黒竜騎士団戦。
アシント戦。
状態異常スキルには射程外の敵というネックがある。
それを埋めてくれるのがピギ丸との合体技だ。
この技をもっと活かすすべがないか?
休憩などの魔群帯での空き時間に、俺はその検証と実験に時間を費やしていた。
▽
――ギュルッ、キュルッ――
俺の背から広がる何本ものピギ丸の触手を、一つにまとめあげる。
検証と実験で得たのは、触手を束ね一本にすることによって起こる効果だった。
操りやすさは格段に上がる。
何より向上するのは、速度だった。
攻撃対象が一つならこれの方がいい。
ただしあの人面種との勝負を決めるには、一拍ほど足りない。
が、もしその一拍の隙さえ作れれば――
「あいつに、届く」
ドカッ!
勢いよく地を蹴り、スレイが跳んだ。
いななきと共に遺跡の斜面へと飛び出していく。
あのいななきは人面種の注意を引きつけるためだろう。
物凄い速度で斜面を駆けおりていくスレイ。
その馬上ではイヴが弓を構えていた。
イヴの戦意は十分。
というか、タイミングがあえばイヴは矢で攻撃するつもりだろう。
「…………」
しかし、あのアンバランスな状態でよく構えを崩さないもんだ。
というか、
「――速い」
セラスのその声には、畏怖すら宿っている。
しかし今の俺はもはやスレイを見てはいなかった。
耳から届く馬蹄の音で、その速さや走駆する姿を想像するくらしかできない。
今、目を離すわけにはいかない。
その一瞬を、見逃さないために。
と、
「ム!? む! ム! むムむ゛ーッ! むゥ〜〜〜〜〜〜ん゛!」
動いた。
スレイとイヴの方角めがけ、人面種が、動いた。
生じた。
空隙。
当然、俺はそれを見逃さない。
――ギュルッ、ヒュッ――
ほとんど反射的に、色味の濃くなったピギ丸の触手を飛ばす。
「――ア゛! あ゛ァ゛ーっ!? ひィ゛ぃ゛ィ゛ーっ!」
人面種がこちらの動きに気づいた。
気づ、かれた。
人面種が急停止し、縫い面が一斉に、超速で大量の触手を吐き出す。
さながら爆発のごとき、人面種による触手展開。
が、
もう遅い。
捉えた――、――届く。
射程、圏内。
「――――【パラライズ】――――」
――ピシッ、ピキッ――
「ム゛……む、ム゛、むギぃぃ゛……ッ、い゛ィーっ……ィ……」
ポタッ、と。
汗が一筋、あごを伝う。
ふぅぅ、と。
止まっていた呼吸が、戻ってくる。
「ギリギリ……届いた、か……どうにか……」
目算通りに、運んだらしい。
□
この攻撃には一つ重要な点があった。
攻略のカギはあの人面種の”ある性質”にあった。
二本目の矢を放った直後にセラスが覚えたある違和感の正体。
その時、俺が見つけたもの。
一本目は正面から放って叩き落とされた。
そして、二本目は射程距離外ギリギリを狙って叩き落とされた。
”ズルッ――バシュッ!”
この時、人面種は移動した。
移動してから、触手を吐き出して攻撃した。
そう、
移動しながら、ではない。
移動してから、である。
要するに、あの人面種は”移動を終えたあと”でなければ、触手を吐き出しての攻撃ができないのである。
つまりその”移動中”にこそ、隙が生じる。
そこがあいつのつけいる隙だったのだ。
そして一つにまとめあげて速度を上げたピギ丸の触手でも、その一瞬ほどの隙の分がなければ、あいつを【パラライズ】の射程内に収めることは不可能だった。
だからまずあいつをあの場から移動させる必要があった。
もっと言えば”移動後の攻撃”を引き出す必要があった。
しかしあいつは、移動に誘い込もうとした三本目の矢に反応しなかった。
フェイクだと勘づかれてしまったのだ。
結果、スレイとイヴに囮役を頼むことになってしまった。
が、
▽
「スレイとイヴが無事のまま、麻痺させることができた……」
一段一段、俺は、階段を降りていく。
「今回は……俺一人でやれたかと言われると、厳しかっただろうな」
人面種の前まで来ると、俺は、一転して青ざめたその苦悶の表情をよく見ながら言った。
笑い面なのに、青ざめている。
まったく。
笑えない。
手を突き出す。
「【バーサク】」
麻痺付与と暴性付与。
性質上、これも必殺の組み合わせとなる。
「む、ム゛ぉ――」
ブッ、シュゥゥゥゥゥゥゥァァァアアア――――ッ!
巨大な間欠泉のごとく、青い血が盛大に空へと舞った。
「まだ一匹だからもちろん、完全ってわけじゃないが……とにかくこれで――」
青の雨を背後に、セラス、イヴ、スレイたちの方へ向き直る。
そして、言った。
「金棲魔群帯の人面種、攻略完了だ」
【レベルが上がりました】
【LV1797→LV1903】




