勇者たちと、力
「なに、あれ……?」
鹿島小鳩は、目を瞠った。
木々をなぎ倒して現れた巨大な魔物。
ナメクジっぽい見た目。
しかし相も変わらず、連想した元の姿とは一致しない。
奇怪な姿であるのはこの魔物も例に漏れぬようだ。
頭頂部の両側に金眼が確認できる。
瞳はトンボの眼に似ていた。
象の鼻めいた器官。
触手、だろうか?
それが背中に複数本生えている。
浅葱グループの茅ヶ崎篤子が、青ざめた。
「てか、なんか人間の腕っぽいのが身体の両脇から生えてんだけどぉ……うわ〜気持ち悪っ……つーか、見た目グロすぎっしょ……」
しかも、あとに何匹か続いているようだ。
一匹ではない。
後方へ下がった勇者たちの大半は気圧されていた。
グロテスクな見た目ゆえもあるだろう。
ただそれ以上に、彼らはその魔物の強さを感じ取っていた。
凶悪に強い。
ひと目その姿を見ただけでわかった。
これまで魔群帯で遭遇した魔物とはケタが違う。
あの四恭聖が早々に下がれと指示したのも、頷ける。
「…………」
スッ
ニャンタンが、上体を前へ倒した。
しなやかで流麗な動作。
臀部より上半身が地面に近い姿勢。
腰の後ろからのびる蛇腹刃。
刃が発光し、天へ向かって直立する。
猫が威嚇する時のポーズに似ていた。
ニャンタンが、アギトへ呼びかける。
「先頭の一匹は、こちらで処理します」
「いけそうかい?」
「ええ、いけます」
「じゃあ後続の二匹目は僕が処理しよう。アビスも、参加してくれる?」
「おーよ」
前衛の三人には十分な余裕がうかがえる。
小鳩は唾をのんだ。
(あの魔物を前にしても、あんな風に落ち着いていられるなんて……)
「ぬ゛ゥぅゥん!」
粘性のある肌に枝葉を付着させたナメクジもどきが、触手を広げた。
前傾姿勢のままニャンタンが駆け出す。
彼女めがけて、触手が襲いかかる。
(見えない……ッ)
音速の鞭のごとく暴れ回る触手を小鳩は目で追い切れない。
せいぜい空を切る音が耳に届くくらいだ。
しかし、すばしっこい猫さながらにニャンタンは触手を避け続ける。
触手は彼女を捕らえることができない。
次の瞬間――触手の先から、刃めいたものが頭を出した。
死神の鎌。
あれの刃を連想させる形状。
乱舞する曲刃。
カマイタチが狂喜し、中空で躍っているかのようだ。
が、ニャンタンの刃はそれ以上の目にも止まらぬ速さでもって、襲い来る曲刃を悉く弾き飛ばしていく。
いや――どころか、魔物の刃を寸断していく。
切れ味や強度の質が違う。
と、魔物の身体の前部にぽっかりと穴が空いた。
金眼の位置と照らし合わせると、まるでそれは口みたいに見え――
「オ゛ぉゲろロろォぉォ゛――――っ!」
ゴッシャァァアアアアッ!
吐瀉物。
魔物から吐き出された液体が地面へと降り注ぐ。
すると、地面がシュワシュワと音を立てた。
鼻をさすニオイ。
触手で移動先を操り、誘導した先へ強酸性の液体を放つ。
もし触手で捕縛できずとも、酸を吐きかけて溶かす。
二段構えの攻撃。
あれがあの魔物の必勝パターンなのだろうか。
けれど、
吐きかけられた酸の先から、すでにニャンタンは姿を消している。
(あっ――)
小鳩の目が、ようやくニャンタンの姿を捉える。
「オ〜ろロろロ〜んっ!?」
いつの間にそこへ移動していたのか。
ニャンタンは魔物の背後に回っていた。
ようやく獲物を認識した魔物の触手が、中空の彼女めがけ一斉に襲いかかる。
蛇腹刃が、ニャンタンを中心として螺旋状に展開。
刃の全長は、襲いくる触手より遥かに長く――
ヒュッ
風切り音の直後、同時に何本もの触手が、滑らかにスライスされた。
ニャンタンの操る刃。
不思議とその切れ味も増しているように思える。
荒れ狂う蛇がごとき凄まじさで、彼女の刃は触手を切断していく。
魔物の柔い肉が血を引きずりながら、次々と地面へ落下していく。
刹那、激しく刃が発光した。
刃がさらに長大になっていく。
「オろゥあァぁアあア゛あ゛ッ!?」
スタッ
地に膝をつき、ニャンタンが着地。
彼女の背後では、魔物を取り囲む蛇なる刃が、暴風がごとく荒れ狂っている。
魔物が巨大な腕で刃を払いのけようとする。
しかしその振り回す腕も、なすすべなく切断されていく。
ほんの数秒間の出来事だった。
魔物は、バラバラに寸断された。
(す、すごい……)
あの不思議な剣(?)の力だけではない。
ニャンタンの動き自体が、とてつもなく洗練されているのだ。
小鳩でもわかるほどに。
その戦いには、思わず見惚れてしまうほどだった。
(あれがヴィシスの徒の力……わ、わたしたち勇者なんかより、あの人の方が大魔帝討伐に向いてるんじゃ……)
涼しい顔でスッと立ち上がるニャンタン。
その傍らを颯爽と駆け抜けるのは――
四恭聖、アギト・アングーン。
「さすが、ヴィシスの徒の中でも最強と謳われるニャンタン・キキーパット」
「すみません。息の根を止めてしまいました。勇者の経験値を考えれば、かろうじて生かしておくべきでしたが」
「この魔物相手では仕方ないさ。気を抜くと、ヴィシスの徒でも怪我をしかねない」
アギトが剣を抜く。
彼の前方には、スライドするようにして姿を現したナメクジもどき。
魔物は地面に腕をついてブレーキをかけようとしたようだが、勢いを殺し切れていなかった。
勢いを止めきれない魔物が、その先にあった太い木を吹き飛ばす。
と、魔物が吹き飛びかけた木を腕で掴んだ。
小鳩は、思わず声を上げた。
「あっ!」
魔物が、掴んだ木をアギトへ投げつけたのだ。
うなりを上げ、豪速で四恭聖の長男に迫る木槌。
投擲された木を危なげなく躱したアギトの剣が、白い光を帯びる。
光は強さを増しながら剣の刃を覆っていく。
身体と剣を低く構えたまま、疾駆するアギト。
(全部、避けてる……)
刃化した触手による乱れ撃ち。
アギトはそのすべてを躱していた。
剣で、弾くことすらせずに。
小鳩の目にはもはや、アギトが消えたり出現したりしているようにしか映らない。
「な゛ァぁア゛あ゛アあァぁァあアあアあ゛ア゛――――っ!」
苛立つように吠え猛るナメクジもどき。
雄叫びを上げながら、魔物が口から酸を撒き散らす。
が、一滴とてアギトに命中しない。
衣服の端を溶かすことすら、叶わなかった。
光の刃を帯びた剣。
刃の長さは元の剣の何倍にもなっている。
逆袈裟で、アギトが剣を振り上げた。
わずかに抉り取られた地面の先では、魔物が真っ二つになっている。
最後にアギトは、金眼を真っ二つに裂き割った。
ズバッ!
「あと、六匹……、――――ん?」
アギトが振り返る。
彼は、長女のアビスに呼びかけた。
「アビス、一部の魔物が方向を変えた。後ろの勇者たちに狙いを変えたようだ」
「おー、そうか。任せろ」
「頼んだよ」
「ああ」
腕をぐるぐる回しながら、アビスが後方へ戻っていく。
ニャンタンも彼女のあとに続いた。
前へ向き直るアギト。
彼の前方からもまだもう一匹、魔物が迫っていた。
「さて、まず僕はこいつを片づけて――」
「あの程度の魔物で、おまえはこのオレに下がれと言ったのか?」
アギトの横に立っていたのは、桐原。
「キリハラ」
「正しさを、見せてやる。つまるところ正しさってのは――」
桐原が、両手を前へ突き出す。
「力だ」
三匹目のナメクジもどきが、姿を現す。
「――――【金色、龍鳴波】――――」
桐原の両手から、金色のエネルギーが射出された。
魔物が猛り、狙いを定める。
その金眼は――アギトを捉えた風に見えた。
桐原が腕を振る。
すると彼の腕の動きに連動するようにして、射出された龍鳴波が曲がった。
ドシュッ!
龍鳴波が防御へ回った触手を突き破る。
そしてさらに、その先の魔物の身体を貫通する。
悲鳴を上げる魔物。
空を自由に飛び回る龍がごとく、龍鳴波は魔物の身体を何度も突き破っていく。
やがて、魔物は穴だらけとなった。
各部位の穴から血が大量に流れ出ている。
桐原が後方の勇者たちの方を振り返った。
「オレの固有スキルのレベルはいまや4に達している。目に焼きつけたか? これが――」
アギトに一瞥をくれたあと、彼は、誇示するように両手を広げた。
「未来の王の力だ」
ボゥッ!
刹那――虫の息だった魔物が、燃え上がった。
魔物を包み込んだのは黒き炎。
すぐに魔物は消し炭と化した。
「まさかとどめをささずに背を向けるとは……油断がすぎると思わないか? 危ないところだったな、桐原」
「……………………安」
桐原は顔に暗い影を落とすと、ゴミを眺める目つきで、前方の安智弘を見据えた。
◇【高雄樹】◇
数人の男の死体が地面に転がっている。
死体を見おろしているのは、高雄聖。
「向こうで何かあったみたいね」
高雄樹は膝をついたまま、来た方角を振り返った。
「そろそろ戻った方がよさそうかもなー」
二人は、機を見て勇者たちから一時的に離れていた。
ニャンタンの隙を見つけるのはなかなか大変だった。
彼女は二人を探すべく近づいてきていたようだが、何かあったらしく、引き返していった。
「樹」
「ん?」
倒れている男たちは、樹たちが殺したのではない。
彼らは自ら命を絶った。
しなやかに腕を組む聖。
「…………」
姉の立ち振る舞いは、小さな普段の動作一つとっても、樹には魅力的に映る。
「彼ら……なんだと思う? 私たちに見つかったあと、逃げられないとわかるなり自決したわけだけれど……さながら、己の全存在を主に捧げたスパイといったところかしら」
「んー、他の国が放った監視役ってカンジか?」
「さて、どうかしらね」
聖は死体を見ても表情一つ変えない。
姉は普段通り平然としている。
どんな場所にいても、この姉といると樹は”いつも通り”でいられる。
聖が、私見を述べた。
「女神ヴィシスが私たち2−Cに何か仕掛けるべく放った者たち――私は、そう見ているのだけれど」




