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孵化


 張りつめた空気の中、それは姿を現した。



「――パンピィ――」



 キュルっとした鳴き声。


 割れた卵からでた”それ”は――



「…………う、馬?」



 馬に、見える。


 総称して小柄な馬をポニーと呼ぶのだったか?

 いや……。

 ネットで見たポニーよりさらに小さい印象だ。

 毛並みは白。


 瞳は、金眼ではない。


 まずこれが警戒を薄める大事な材料だった。

 目は茶黒。

 外見がいささかマスコットチックな気もする。

 ぬいぐるみ、というか……。

 ただそれ以外は”馬”と呼んでいいだろう。

 にしても、と口もとへ手をやる。


 あのサイズの身体が、卵の中に収まっていたのか?


 サイズからして収まっていたとは考え難い。

 たとえ、身体を折り曲げていたとしても。

 というか、


「イヴ」

「うむ」

「孵化したあと、身体のサイズが微妙にでかくなった気がしたんだが」

「ふむ、そなたも同じように感じたか。ああ……生まれ出でたあと、我もこの馬が少し大きくなった気がした」


 イヴも同様の感覚を抱いていたか。

 なら、目の錯覚ではなさそうだ。


 馬らしき”それ”が足をガクガクさせ、バランスを取り始める。


 着実にバランスは取れ始めていた。


「そもそも、馬ってのは卵から孵化する生き物じゃないよな?」

「我の知る限りでは、な」


 イヴが同意した。

 こっちの世界でも馬の出産形態は同じようだ。

 が、この仔馬は卵から生まれた。

 セラスに尋ねる。


「つまりこいつは魔物の一種か?」

「分類上は、そうなるかと」

「この魔物の詳細に心当たりは?」

「馬系統の魔物は、いくつか知っていますが……」

「反応からして、該当する既知の魔物は――」

「ええ、私の知識の中にはありませんね。いえ、成長すれば私の知る馬型の魔物の形へ進化するのかもしれませんが……」


 赤黒い色をした不気味な卵。

 あの色味からは想像もつかない愛らしさ。

 なんだろう。

 ちぐはぐな感覚がある。

 仔馬はジッと俺を見つめている。

 無垢な丸い瞳。

 俺はローブ内のピギ丸の様子を確認した。


「プニュ〜」


 敵対反応は示していない。

 判断は俺に委ねている感じだ。

 確かに仔馬から敵意はうかがえない。

 当然、殺意も発していない。

 それらは確信をもって言える。

 いや、むしろ――


「パンピィ? キュゥゥ〜ン……」


 仔馬が俺の方へ歩み寄ってきた。

 判断を仰ぐ意思を発しながら、セラスが身構える。


「トーカ殿……ッ」

「大丈夫だ、こいつに敵意はない……それと、もう少し様子を観察したい。こいつが確実に危険だと判断した時だけ、行動に出てくれ」


 手前までくると、仔馬は立ち止まった。

 首を伸ばして仔馬が鼻をヒクつかせる。


 クンクン、クン


「…………」


 俺のニオイを確認しているのか?

 仔馬が俺を見上げる。


「パキュルゥ〜ン♪」


 ものすごく瞳を、キラキラさせていた。

 そして傍で見ていたリズも、なぜか目をキラキラさせていた。


「お馬ちゃん……」


 愛苦しさを覚えているのだろうか?

 次に仔馬は足もとへ寄ってきた。

 ももに顔を擦りつけてくる。


「キュィ〜ン……キュィィ〜♪」


 馬の鳴き声というのは、こんな感じだっただろうか?

 寡聞にして仔馬の鳴き声には詳しくないのだが……。


 イヴが考え込む。


「魔群帯に馬を連れて入っても、緊張や動揺が続くせいでいずれ気がやられる。ゆえに馬は置いてきたわけだが――」


 回答を求める視線を飛ばしてくるイヴ。


「どうする、トーカ?」

「……引っかかる」

「む? 何がだ?」

「発見時、あの卵は不可思議な布に包まれていた。卵の色や硬さも普通とは言い難かった。生まれ方にしても、だ」


 何かある。

 ただの馬ではないはずだ。

 俺は、仔馬の頬を撫でてみた。


「パキュゥ〜♪」


 続いてイヴが仔馬へ手を伸ばす。


「では、我も触って調べ――」

「パキュ〜ン……、ブルルル……」


 仔馬が身を引いた。

 臀部を上げ、頭を低くしている。

 イヴに対し身構えているのだ。

 が、敵意は発されていない。

 どちらかといえば怯えに近い。

 おそらく人見知り的なものだろうと思われる。


 ただ、俺も孵化後にこの仔馬と長い時間を共にしたわけではない。


 刷り込みってやつか?

 最初に目にした相手を、親と認識するという……。

 ひよこの例くらいしか聞いたことはないが。


「む……むぅ? 我はそなたと違って警戒されているようだ。この豹の顔が威圧的に見えるのだろうか?」

「理由はわからないが、時間が経てば慣れてくだろうさ」


 仔馬の背後へ回り込む。

 撫でる手をそのままに、横っ腹から背中へと手を移していく。

 手が毛並みの上を滑る。

 心地よい感触がてのひらを満たした。

 フワフワで、滑らかだ。


「ん?」


 仔馬の首の後ろに何かある……。

 半円形の透明な球体。

 半分が首に埋まっているようだ。

 …………。

 ピンときた、気もするが。

 まずは物知りエルフに確認を取ってみる。


「セラス、この透明な半球に心当たりはあるか?」


 探り探りの仕草でコソコソ近づいてくるセラス。

 仔馬をびっくりさせないよう配慮しているのだろう。


「パキュ〜ン?」


 ん?

 セラスに対してはイヴほど警戒していない?

 発見時からセラスはずっと卵の傍にいた。

 卵の時に傍にいた時間の長さなんかも、関係してるのだろうか?


「……失礼します」


 腰の後ろで手を組み、上体を前方へ斜めに倒すセラス。

 首をのばすと、彼女は半球体を観察し始めた。


「これは、魔素吸収のための器官かもしれません……」

「魔素を取り込む器官?」

「似た器官を持つ魔物が存在するんです。魔獣や魔法生物によく見られる特徴のようですが……こういった器官を有する魔物は、大容量の魔素を体内へ一気に取り込むのが容易になるとか」


 大量のデータを一度にまとめて送られてもパンクしないサーバー、みたいな感じだろうか?


「さすがだな。おまえの知識量は、つくづく頼りになる」


 胸に手をあて、長いまつ毛を伏せるセラス。


「頼りにしていただけるのは、とても光栄です」

「これからも頼りにさせてもらう」

「はい」


 さて……魔素を取り込む器官、か。

 孵化直後、仔馬のサイズが大きくなった気がした。


 仔馬は、周囲の魔素を吸収してでかくなった?


 孵化前はあの卵に収まるサイズだった。

 で、孵化後に周囲の魔素を取り込んで大きくなった。


「…………」


 以上のことを踏まえた上で、一つ試してみたいことがある。


「ピギ丸以外、俺とこいつから少し離れててもらえるか? それとイヴは周囲への警戒を頼む」


 指示を出すと、イヴが質問を投げてきた。


「何をするのだ、トーカ?」

「今からこいつに魔素を注入してみる」


 イヴが疑問符を浮かべる。


「魔素を?」


 俺は仮説を話した。


「ふむ……魔素を取り込んで変化する魔物、か。確かに、それならば生まれた直後に身体が突然大きくなった理由にも納得ができる」


 半球体に手を添える。

 振り向くようにして、仔馬が俺を仰ぎ見た。


「パキュン?」

「嫌か?」

「パキュ〜ン♪」


 否定や嫌悪の反応ではない。

 どころか、肯定的だ。

 昔から動物が好きだったからなのか。

 はたまた廃棄遺跡での経験のおかげか。

 あるいは、その両方か。

 やはりなんとなく魔物の意思を汲み取れている気がする。


「ステータス、オープン」


 MP残量を表示。

 このステータス表示はMP量の把握に役立つ。


「さて」


 どのくらいのMPで、何が起こるのか。


 魔素注入――開始。


 球体が、どんどん魔素を吸収していく。

 黒へと変色していく球体。

 皮袋の宝石。

 遺跡にあった扉の宝石。

 アレらとほとんど同じ原理だと思われる。

 ゲージめいて色が満ちていく。

 そして球体は、黒で満たされた。



「パキュゥゥウウウ〜!」



 闇色の光、とでも言えばいいのか。 


 仔馬が、迸る暗黒に包まれた。


 シルエットが変化していく。


 イヴが声を発する。


「あれは――」


「ブルルルルルル……ッ」



 黒馬こくば



 こちらは一般的にイメージされる”馬”の外見といえる。

 変身前のマスコットめいた愛らしさは薄まっていた。

 体格は魔群帯前で別れた馬と同じくらいか。

 鳴き声もどことなく凛々しさを帯びている。

 まあ、つぶらな瞳はそのままだが。


「ピニュゥ〜」


 関心と驚きを示すピギ丸。


「お馬さん、すごい……」


 リズも同様の反応だった。

 セラスが、小さなあごへ興味深げに手をやる。


「なるほど、そういう性質だったのですね」


 馬、か。


 今の状態なら荷物を任せられるかもしれない。

 ただしやはり懸念は残る。

 魔群帯の魔物と遭遇しても怯えないかどうか。

 まず、これをクリアする必要があるだろう

 ステータス表示を、一瞥。


「変身に必要なMP消費量は1000、か」


 俺は黒馬の頬へ手をのばした。


「パキュゥ〜♪」


 黒馬は、頬を擦りつけてきた。

 よし。

 ちゃんと俺を”俺”と認識している。

 意識はそのままのようだ。

 正気を失ったりもしていない。

 自分の変貌に困惑する様子もない。


「ブルルルルッ〜」

「ん?」


 何か俺にアピールしている?

 ……背中?

 ああ――アピールしてるのは、この球体か?

 今は、黒に染まっているが。


「……待て。おまえ、ひょっとして――」

「パキュ〜ン」 


 伏せに近いポーズを取る黒馬。

 これはおそらく、



 



「要するに――」


 黒馬に確認する。


「魔素を、もっと注いでみろってか?」

「パキュリ」


 黒馬が深く頷いた――ように見えた。

 言語を理解しているのだろうか?


「……わかった」


 とりあえず。


 こいつにまだ何か隠された力があるのなら、確認できる余裕があるうちに確認しておきたい。


 結果によっては強力な手札が増えるかもしれない。


 ま、単に魔素を注がれる時の感覚がお気に召しただけという線も捨てきれないが……。


 球体に再び手を添える。


「いくぞ」


 魔素を、注入していく。


 色味がまた違う感じへと変化してきた


 蜘蛛の巣めいた赤が、薄っすらと、球体の表面に浮かび上がってくる。


 赤光せっこうの描く紋様は動脈にも似ていた。


「……まだ、必要か」


 ステータスを確認。

 MPの値がぐんぐん減っていく。

 さっきの変身で消費したMPは1000。

 が、今回はすでに5000近いMPを注ぎ込んでいる。

 黒馬にまだ変化はない。

 MPの半分を割るのは、さすがに避けたいが……。


「―――――――」




 消費MPが10000へ至った時、変化が起こった。




 さながら、深紅の雷光。



 不意に身体を起こした黒馬のその周囲で、爆ぜるがごとく、赤い雷撃めいたモノが躍った。


 次の瞬間――



 黒馬の身体が、赤と黒の光に包まれた。



 光が、収束していく。



「バルルルルルルル……ブルルルルルルゥ……ッ」



 霧散した光の中から立ちでた、その姿。


 愛らしさなど、もはや失せている。



 巨躯なる赤眼せきがんの黒馬。



 直前のサイズより体躯はひと回り大きい。


 本来なら馬には存在しえない悪魔めいた二本の角。


 血管の力強く浮き出た強靭な肉体。


 生まれでたばかりの仔馬だったモノが持つとは思えぬ風格。


 漆黒のたてがみが、ゆらゆらとたなびいていた。


 何より目を引くのは、かくと地を踏みしめる、その――




 




 八本脚の黒馬。




 黒馬の目つきは刺すがごとく鋭い。



 が、確かな理性が宿っていた。



 狂性はない。



 むしろ俺を見つめるその瞳に宿る光は”あるじ”へのそれといえる。



 忠誠が、込められている。



 魔獣。



 神々しき威容。



 禍々しき威風。



「ああ、そうか」



 不思議としっくりきている理由がわかった。



 色合いが、(ハエ)と似ているのか。



「なるほど」



 俺は口もとを、



「これがおまえの、真の姿ってわけか。こいつは――」




 喜悦で歪ませずには、いられなかった。




「思わぬところで、面白い仲間が加わったのかもしれないな」






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― 新着の感想 ―
[一言] お馬さんすごい成長速度! これからの活躍が楽しみ♪
[一言] ´д` ;つまねえ
[一言] 伏線回収っていうか忘れてたから馬にしようみたいな だんだん話が雑になってくるからこの辺でどうでもよくなってくる ヒロインが凄いです係になったり主人公に作者の自慰的な描写が見えてくると一気に気…
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