CAUSE
魔群帯を進む中、確定的になってきた事実。
「――深部に近づくほど魔物が強くなってる、か」
奥へ進むほど魔物が強さを増している。
強さのバラつきの幅も減ってきている。
セラスやイヴがまだ処理できるレベルではあるが……。
状態異常スキルは魔群帯において今のところ百発百中を維持。
ただ、人面種とはいまだ未遭遇。
一つ一つ飛び石を踏んでいき、俺は向こう岸へ到着する。
最後はイヴが手を取って引き上げてくれた。
イヴは最初に対岸へ辿り着き、他の仲間を待っていた。
礼を言って、背負っていた荷物を地面に置く。
今、俺たちは川を渡っていた。
川の水はやや濁っている。
今朝がたの通り雨のせいか川は増水気味。
橋はかかっていない。
ただ、足場になりそうな石がいくつかある。
その石を辿っていけば向こう岸へ渡れそうだった。
軽く調べた感じ、回り道をすると大分時間を要する。
なので、ここで渡ってしまうことにした。
「次は、リズだな」
対岸のリズが足もとの川面へ視線を落とす。
俺は注意を呼びかける。
「場所によっては石が滑るから、気をつけろよ」
「は、はいトーカ様」
恐る恐る飛び石へ足をのばすリズ。
イヴが唸った。
「うぅむ……やはり、我が背負って渡るべきか」
「本人がやりたがってるんだ。自発性は、尊重すべきだろ」
「しかしトーカよ、万が一にも足を滑らせたら――」
「だ、大丈夫だよおねえちゃんっ」
リズが次の足場へ跳ぶ。
「わたしもおねえちゃんに頼ってばかりじゃ、だめだと思――」
ズルッ
「あ!」
リズが、濡れた岩の表面で足を滑らせた。
「ピギーッ!」
パシッ!
ピギ丸が縄状にのびてリズの身体をつかまえる。
リズは落下せず、足場の上にとどまった。
「あ――ありがとう、ピギ丸ちゃん……」
「ピニ〜♪」
「……それと、手間をかけさせてごめんね」
「ピニニ〜」
突起の先が左右に揺れる。
首を振る動作と似ていた。
”気にしないで〜”
そんな意思表示をしているようだ。
最近は色でなく動作で意思を示すことも増えた。
「ふぅ」
傍らのイヴが息をつき、跳び出す一歩手前の姿勢を解く。
彼女は、視線だけで俺を見上げた。
「最初から安全策を取っていたのだな」
「まあな」
あらかじめピギ丸には指示を出しておいた。
リズが危険そうならすぐ助けてやってほしい、と。
あの子くらいの体重なら、ピギ丸の力でも引っ張り上げられる。
「リズが自分でやりたいと意思表示したら、できるだけ叶えてやりたいんだよ」
イヴは何か言いたげな様子である。
「俺がリズにそこまで気を回すのが、やっぱり不思議か?」
「うむ、思わなくもない。そなたは、子どもが好きなのか?」
「……リズは、昔の俺と似てるところがある」
命綱化したピギ丸に補助されながら、リズが岸へ近づいてくる。
イヴがピンときた顔をした。
「今、白足亭に踏み入った時のことを改めて思い出していたのだが……トーカ、そなたはつまり――」
「ま、そういうことだ。おまえが思う以上に、俺の自己満足の面はでかい」
難しい顔になるイヴ。
「うーむ。存外、そなたも過酷な日々を送ってきたのだな」
「俺はある時点で救われたけどな。といっても、救われる前の過去は綺麗さっぱり消えるわけじゃない」
手を取ってリズを引き上げる。
俺たちの様子の変化を感じ取ったのだろうか?
リズが、俺とイヴを交互に見比べた。
「ど、どうかしたんですか?」
「なんでもないさ――と、こういう時にそう答えるヤツには注意した方がいい。大抵、何か聞かれたくない話をしてる時だからな」
俺の忠告を聞いたリズが、イヴに視線を送る。
「おねえちゃん、そうなの……? その……わたしが、渡るのを失敗したから……」
「違う。我らは断じて、そんな話はしておらぬ」
断定調でイヴが否定する。
彼女はバカ正直な印象が強い。
が、こういう時の機転はきく。
それがイヴ・スピードだ。
「エルフと人間の混血の話はあまり聞かぬが……ハイエルフと人間の混血となると、我はさらに寡聞にして知らぬ。もしトーカとセラスの子が生まれるならどんな子が生まれるのだろうと、そんな話をしていたのだ。ただこれは、リズにはまだ早い話で――ん?」
ズルッ
最後に川を渡っていたセラスが、石の上で足を踏み外した。
バシャァンッ!
リズが振り向いて、身を乗り出す。
「セラス様!?」
▽
「……乾かさないまま移動して大丈夫か?」
セラスに乾いた布を手渡す。
彼女がそれを受け取って、髪を拭き始める。
「申し訳ございません。気が抜けていたというか……油断がありましたね。お恥ずかしい限りです」
少し恥じらって面を伏せるセラス。
ま、実際は俺と自分の子が云々の話が急に飛び出したから動揺でもしたのだろう。
で、その動揺のせいで足を踏み外した。
俺も”突然イヴは脈絡なく何を言い出したんだ?”とは思ったが。
ごまかすにしても、もう少し何かあっただろう……。
が、イヴ当人は何もわかっていない様子。
鈍感なのか鋭いのか、よくわからない豹人である。
「まあ、俺もイヴもおまえは問題なく渡れると思ってたからな。安心し切ってたから、つい反応が遅れた」
ピギ丸も、まさかあのセラスがという反応をしていた。
ただ、川に落ちたセラスはすぐに救い出せた。
服は濡れそぼってしまったが。
「くしゅっ」
セラスが、くしゃみをする。
「冷えると悪い。一応、羽織っておけ」
大賢者のローブを脱いで渡す。
「いえいえ、大丈夫です」
俺は強引に押しつけた。
目や声の感じからして嫌がってはいない。
遠慮が透けて見えた。
セラスはこれくらい押さないと、だめなタイプだからな……。
「では……すみません、お借りします」
鼻のあたりまでセラスがすっぽりローブにおさまる。
「…………」
彼女は身を縮めると、ローブに鼻を埋めた。
ニオイでも確認してるのだろうか?
俺は一つの危惧を口にした。
「……におったら悪い」
「あ――いえ、問題ありません」
「ふーん……それって、俺のニオイだったら悪くないってことか?」
「ですね」
「……そうか」
冗談のつもりだったのだが。
普通に素っぽく返されてしまった。
ま、好意的に解釈させてもらうとしよう。
今は最前列にイヴ。
その後ろにリズがついている。
セラスと並んで歩きながら、俺は辺りの風景を見渡した。
さっき確認した際、時刻は午後二時くらいだった。
普通ならまだ外は明るい時間帯だ。
が、森が深くなっているためか暗く感じる。
進むにつれ、視界を遮る巨樹もやたら増えてきた。
巨樹は葉も大きく、枝も太い。
それらが日光を広く遮っているのだろう。
とはいえ、風景の変化は先へ進めている証拠でもある。
「なあ、セラス」
「はい? なんでしょう?」
「魔物について聞きたいんだが……以前、俺は双頭の豹人と出会ったことがある。で、そいつは金眼の魔物だった」
「つまり――」
セラスがイヴを見る。
「その魔物とイヴは何が違うのか……あなたは、それをお聞きしたいのですね?」
「……ああ」
相変わらずこういう点の察しのよさには恐れ入る。
「金眼の魔物は、根源なる邪悪によって生み出された魔物と言われています。根源なる邪悪の持つ邪王素が強く関係している、とする説が強いですね」
「なら、ピギ丸みたいな普通の魔物が金眼化することはないのか?」
「ありえないとまでは断定できませんが、既棲の魔物が金眼化する瞬間を目撃した者はいないとされています」
つまり、金眼の魔物は元から金眼なのか……。
元から大陸に棲息しているのが、既棲の魔物。
根源なる邪悪が生み出したのが、金眼の魔物。
こう分類されているようだ。
「その既棲の魔物ってのには、あまり遭遇した記憶がないんだよな……」
見かけたことはある。
が、片手で数えられるくらいだった。
むしろ、金眼よりも既棲の魔物の方がレアな印象だ。
「金眼でない魔物は、今はその多くがヒト族を避けて隠れ潜んでいます。原因は、かつて既棲の魔物が金眼化する危険性を説いた異界の勇者がいたためです。その際、既棲の魔物の一掃作戦が行われました。その影響で、既棲の魔物の多くは身を隠してしまったのです」
ふむ。
「根源なる邪悪が倒されたあと、そいつの支配下にあった金眼の魔物は消滅しないのか?」
「しないようです。狂暴化している金眼の魔物は、指示を与えていた主を失って混乱が極まった果ての姿とも言われていますが――っと、イヴの話でしたね。すみません、話が逸れました」
切り換え、説明を続けるセラス。
「人語を解し、かつ、会話の可能な種族をヒト族の側は”亜人”と定めています。彼らとしては”ヒト族と魔物の中間”という認識のようです」
となると……。
イヴは言語を扱えるから、魔物扱いではないのか。
で、廃棄遺跡の双頭豹は魔物扱いと。
「ただ、亜人もその大半はヒト族の目を避けて隠れ住んでいます」
「エルフはどういう分類になるんだ?」
「ヒト族の決まりでは、私たちも亜人の範疇に分類されています。人目を避けて生活しているのは、エルフ族やダークエルフ族も同じです。といってもエルフやダークエルフは、他の亜人と比べてヒト族と友好な関係を築いている部族も多いです」
なるほど。
この世界の豹人族の扱いはなんとなくわかってきた。
亜人をほとんど見かけない理由も、わかった。
確かにモンロイでも亜人をほとんど見かけなかった。
目にしたのは、俺の前を歩いている二人のみ。
豹人の血闘士イヴ・スピード。
白足亭で働くダークエルフの少女リズべット。
モンロイにおける二人の扱いを思い出す。
ヒト族の社会において、多くの亜人はあまりよい扱いを受けていない。
これは想像に難くない。
「ん?」
先頭のイヴが立ち止まった。
何かあったようだ。
空気からして、それは明白だった。
イヴの放つ空気がヒリついている。
「――引き返せ、リズ」
「え?」
「見つかった」
「お、おねえちゃん……?」
「トーカ」
イヴが俺の名を呼んだ。
俺はセラスの肩を叩き、目で合図を送った。
リズを頼む、と。
セラスがリズに手招きする。
俺はそのまま、剣を抜いたイヴの方へ駆け出した。
「どうした?」
「ヤツらだ」
「……知ってる魔物なのか?」
「ああ」
イヴの呼吸が、荒さを増す。
「すまぬ」
謝罪を口にするイヴ。
「我では、ヤツらには勝てぬ」
断じた。
存在を感知した時点で、イヴは、先んじて敗北を口にした。
戦いもせずに。
「…………」
いや、違う。
戦ったからこそ、か。
「なるほど、察しはついた」
闇の奥を凝視しながら、イヴが歯を食いしばる。
「アレらは、そなたのあの力に頼るしかない」
凄まじい速度で”それ”が近づいてくるのがわかった。
木々のなぎ倒される音が、どんどん距離を詰めてくる。
こちらへ一直線に――向かっている。
音の感じで、わかった。
巨大な魔物。
かつてイヴとリズは魔群帯へ入ったという。
そして二人は、途中で引き返したと言っていた。
おそらくは、
「おまえとリズが、魔群帯から逃げざるをえなくなった原因となった魔物」
イヴの隣に移動し、強張ったその肩に手を置く。
「そうだな?」
こくり、と。
イヴは小さく、うなづいた。