表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

127/438

魔群帯の魔物たち


 茂みの中から勢いよく躍り出たのは、一匹の魔物。


 ウロコ状の肌を持つ二足歩行。


 トカゲ人間――いわゆる”リザードマン”を連想させる。


 特徴的なのは二本の尻尾、だろうか。

 尾の先端には刃めいた部位が確認できた。

 禍々しいフォルムの廃棄遺跡のヤツとはまた違うが……。

 ただ、何にも増して奇妙さを醸すのはその頭部だろう。

 トカゲっぽい頭部は存在していない。


 海藻。


 今はそうとしか表現できない。

 海藻めいたものが首の上でユラユラ揺れている。

 まるで、水中でたなびいているみたいに。

 ん?

 海藻?


「…………」


 記憶の糸を手繰り寄せる。


 あれって……”藻頭もとうトカゲ”か?


 イヴが剣を握る手に力を込めた。


「こやつも、金眼か」


 海藻の先端についている玉が金色……。

 なるほど、あれが眼か。

 奇抜なフォルム。

 が、奇怪な外見の魔物は廃棄遺跡でたくさん目にしてきた。

 だからあの程度で慄きはしない。

 イヴも恐々としている様子はない。

 やはり肝は据わっている。

 魔物が首を巡らせた。


「あギゅゥ〜ん゛、ィ゛、い゛」


 首の向きでわかる。

 魔物がイヴを捉え、認識した。


「オぎョぉオ〜、ぉ、ォ……」


 イヴを観察しているようだ。

 ヤツらは豹人族をどう認識するのか?

 俺自身、魔物と豹人族の違いをいまだによくわかっていないのだが……。


 先んじて動いたのは、イヴ。


 魔物が反応し、地を蹴った。


「ぎギよォおオ〜! ぇ、ェ、え゛、エ゛っ!」


 奇声を発しながらイヴに躍りかかる魔物。


 ギュォンッ!


 異常発達した魔物の爪が空を切る。


 身を低くしたイヴの頭上を、空ぶった巨爪きょそうが通過した。


 通過した直後――尾の双刃そうじんが、槍のごとくイヴを襲撃する。


 が、イヴは巧みな剣捌きで双刃を素早く弾いた。

 危なげない動き。

 最強の血闘士の名に恥じない動きといえる。


「…………」


 よし。


「【パラライズ】」


 ピシッ、

 ピキッ――


 魔物の動きが、急停止。


「ェ――ぇ……エっ!? ぇ゛、エ……?」

「ここの魔物にもしっかり効いたか」


 腕を突き出したまま、俺は草むらから身を露わにする。


「【ポイズン】」

「い゛ヌ、ぅ……ッ!? 」


 魔物に近づき、イヴの肩に手を置く。


「ご苦労」

「目的は果たせたか、トーカ?」

「ああ、まず第一条件はクリアだ」


 麻痺と毒は効果アリ。

 当然、現段階では魔群帯の魔物すべてに効くかは不明だ。

 が、滑り出しは上々。


「【スリープ】」

「ず、ゥぅ……、…………」


 続いて眠りも効果アリなのを確認。

 魔物が前のめりに倒れ込んだ。


 ドサッ


 このまま暴性付与で早く片付ける手もあるが――


「【ポイズン】でどのくらいもつかを、試す」


 まずは、こちらを確認するとしよう。

 魔物を見おろすイヴ。


「この程度なら我一人でもやれそうだが、そなたから見て強さはどうだ?」


 俺は先ほどすぐ【パラライズ】を使わなかった。

 イヴと魔物の交戦させるためである。

 なぜか?

 戦いを観察して、廃棄遺跡の魔物と比較するためだ。

 あの遺跡の魔物たちとどのくらい差があるのか?

 それを見極めたかった。

 地に這いつくばる魔物を見つつ、イヴの問いに答える。


「落ちるな」

「む?」

「俺が殺し合いをしてきた魔物と比べると――コイツの強さは、かなり落ちる」


 スピード。

 威圧感。

 戦闘センス。


 どれもあの遺跡の魔物の方が遥かに上回っている。


 変わらないのは、迸る殺意と狂暴性。


 イヴを獲物と判断した瞬間、問答無用で襲いかかってきた。

 攻撃性の強さは同じみたいだ。

 とはいえ、サンプルはまだこの藻頭トカゲ一体のみ。

 今後、他の魔物にも同じ流れを適用して観測していきたい。

 ただまあ――


「魔群帯の魔物が総じてバカ強いってことは、ひとまずなさそうか」


 しばらく待つと、魔物は毒で力尽きた。

 腰の短剣を抜く。

 刃を、魔物の身体に振り降ろす。


 ザクッ!


 刺さった。

 硬度もあの遺跡の魔物とは比較にならない。

 酸性の液体も噴き出していない。

 流れる血に強い酸性も、認められない。


「この程度なら、まだ――」


 生気を失った金眼を見る。


「敵じゃない」



     ▽



 セラスが近寄ってきた。


「トーカ殿」

「ん?」


 俺たちはまだ藻頭トカゲと遭遇した位置から移動していなかった。


「何をしているのですか?」


 セラスが両手を腰の後ろへ回し、やや前かがみの姿勢になった。

 控えめな笑みと、遠慮がちな視線。

 今、声をかけて邪魔にならないだろうか?

 セラスのそんな心情が推し量れた。

 気配りというか、遠慮というか。

 俺に対して一線引く態度を常に忘れない。

 今の彼女には、そういうところがある。


「この魔物に、見覚えがある気がしてな」

「この魔物との遭遇は初めてではないのですか……?」


 手元の本の表紙を見せる。


「遭遇したのは初めてさ。ただ、この本のどこかで目にした気がして……」


 俺は『禁術大全』のページをめくった。

 と、セラスがページの右下を指さす。


「これでは?」


 指先の箇所に簡易的な魔物の絵が描かれていた。

 頭部が藻。

 身体がトカゲ人間。 


「ああ、これだな」


 見つけた。

 確かに遭遇自体は初めてだった。

 が、似たフォルムを以前目にした気がしたのだ。

 チラッと名称も見た記憶があった。

 なので、脳内に藻頭トカゲの名称がすぐ浮かんだらしい。


「この藻っぽい部分が、禁術製アイテムの材料になるんだ」

「蠅のマスクの変声石のような、ですか?」

「そうだ」


 横に書き添えた字が細かいせいだろうか。

 紙面に顔を近づけるセラス。

 俺の顔の真下に、ちょうどエルフの長耳がある……。


「ん? 棲息地は、バクオスの遺跡と記載されていますね?」

「著者は、魔群帯で藻頭トカゲに遭遇しなかったんだろう」


 本来の棲息地は大陸の南東に位置するバクオスの遺跡らしい。

 大賢者も魔群帯のすべてを知り尽くしてはいない。

 事実、別ページにはこんな注釈がある。 



『大遺跡帯(以下、魔群帯)の棲息分布は変化が激しいと推測される。月に一度は調査を行い情報を更新せねば、正しい棲息分布の情報は得られないだろう。たとえば、各国に点在する遺跡ではある程度棲息種が決まっている印象がある。しかしこと魔群帯においては、雑多な種が共存しているらしい。全体の棲息数は想像もつかない。ただしこれは逆に言えば、魔群帯ですべての禁術製アイテムの素材収集を行える可能性も示唆している』



 特筆すべきは最後の一文。

 経験値の取得も魔群帯での主な目的の一つだ。

 が、他にも禁術製アイテムの素材が手に入るかもしれない。

 禁忌の魔女。

 経験値。

 素材。

 運がよければ、この魔群帯入りは一石三鳥となる。


 俺はセラスに注釈の話をした。


「過去、魔群帯に近接する城や砦についてこんな噂を聞いたことがあります。城や砦の者たちは、魔群帯の魔物から領土を守っているだけではなく、外縁部の魔物を殺してその部位素材を売り、国の資金にしていると」


 魔物の角や皮は加工品になるんだったか。


「種類が豊富だとすると、浅い領域なら意外とイイ狩場なのかもな」


 俺の首の横では、突起物が一緒に本を覗き込んでいる。

 先ほどからピギ丸もクネクネしながらページを見ていた。


「ピニュ〜」


 文字を理解している感じではない。

 俺たちの真似をしているだけなのだろう。

 突起の先端を撫でる。


「とりあえず優先すべきは、おまえの強化剤の材料だな」

「プニ〜ッ」


 セラスが唸る。


「この『禁術大全』、やはり興味深いです……」


 古い文献を漁るのが好きなんだったか。

 前から興味を持っている感じはあった。


「興味あるなら、貸してやろうか?」


 セラスが首を捻って、おもてを俺の方へ向けた。

 期待の入りまじった真剣な面持ち。


「よいのですか?」

「セラスなら問題ない。今や叔父さんたちの次に信頼してる相手だしな」


 再びセラスは面を下に向けた。

 桜色になった長耳をクニクニ弄っている。


「…………ありがとうございます」


 特別扱いは誰でも嬉しいものだ。

 ま、ウソでもない。


 意識して会話を組み立てないと、セラスにはウソを見破られるし。


 素材を剥ごうと、俺は短剣に手をかけた。

 が、


「あ、私がやりますっ」


 セラスが申し出た。


 膝をつくと、彼女は剣の刃で器用に藻頭もとうを剥ぎ取る。


「器用なもんだ」

「ふふ、お褒めに与り光栄です」


 藻をサッと布でくるむセラス。


「じゃあ、こいつも持っててくれ」


 俺は『禁術大全』を差し出した。

 セラスは両手で受け取ると、胸もとで本を丁寧に抱いた。


「ありがとうございます、トーカ殿」




     ▽



 しばらく先へ進んでみた。


 途中、何匹か初見の魔物と遭遇した。

 どれも攻撃的な金眼の魔物だった。

 俺たちを認識するなり、魔物はすぐさま襲いかかってきた。


「…………」


 ピギ丸みたいな無害な魔物は、やはりここにはいないのだろうか?


 魔物の脅威度はまだ問題なさそうだ。

 襲ってきたヤツらも、藻頭トカゲとほぼ同じ流れで迎撃できた。

 状態異常スキルもすべて効果を発揮している。

 それと、禁術製アイテムの素材をまた一つ入手した。

 作成用の器具は持ってきている。

 しかし、手持ちの素材だとまだ何も作れそうにない。

 作成にはいくつかの素材が必要となる。

 時間も必要だ。

 長時間いても安全な場所が欲しい。

 が、まだそんな場所は見つかっていない。

 拠点化できる寝床はいずれ確保したいところだ。


 しばらく進むと、程よく死角を潰せそうな岩場を見つけた。


 そこで暫し休憩を取ることにした。

 椅子代わりの岩を見つけて腰をおろす。

 頭上を仰ぐ。

 ここは上の視界がけっこう開けている。

 なので、空がよく見える。

 空はまだ明るい。

 天候に変化は見られない。


「雨の心配は、まだなさそうか」


 懐中時計を確認。

 時刻は午後2時過ぎ……。

 視線を戻す。

 セラスが『禁術大全』をめくっているのが見えた。

 保存食を口にしながら、見入っている。

 にしても、セラスのひと口はやっぱり小さい。

 なんだかリスみたいだ。


「ん?」


 突然、セラスが眉間にシワを寄せた。

 彼女が勢いよくページをめくっていく。

 ページをめくる彼女の手が、ピタッと止まった。

 その口もとが微妙にアワアワしている。

 なんだ?

 青ざめてる、のか……?

 イヴとリズも何ごとかと注視している。

 小刻みに肩を震わせ、セラスが俺を見た。

 胸もとまで『禁術大全』を持ってくる。

 そこで、アッと思った。


「あの、トーカ殿……? こ、これはなんなのでしょうか……?」


 かすかに震える声で、セラスが尋ねた。

 俺は額に手をやった。

 しまった……。

 アレについて、何も説明してなかったな。



 大賢者が魂喰いへの警告を記したあの血文字のあるページ。



「心配するな」


 俺は言った。


「もうそれは、終わった話だ」


 …………。


 が、終わったのはあくまで”魂喰い”に限った話である。


 魔群帯における懸念材料。


 魂喰いと同種と思われる魔物。



 人面種じんめんしゅ



 多分そいつらと出遭ってからが、本番といえるだろう。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] んー即読むやったら……………………………………………
[一言] 初期に出てきたときは、変声
[一言] 叔父さん達の他に(そこそこ以上に)信頼してる相手もいないってことか...
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ