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ファーストコンタクト


 俺たちは、金棲魔群帯に入っていた。


 外から見ると魔群帯は巨大な森林地帯といった感じだった。

 中に入っても周りは今のところ樹木だらけ。

 早朝のためか、肌を撫でる風はひんやりとしていた。

 空気には瑞々しさがある。

 ムワっとくる草木の強いニオイもあった。

 時おり遠くで何かの鳴き声がした。

 魔物のものだろうか?


 手でひさしを作り頭上を仰ぐ。

 枝葉の間から空が確認できた。

 魔群帯に侵入してまだ間もない。

 ここらはまだ深部とは言えまい。

 現状、まだ心地よい森林浴といった感じだ。

 先頭を行くイヴが、周りを警戒しながら言った。


「今のところ、まだ魔物の気配は感じられぬな」


 そう、まだ近くに魔物の気配はない。

 ゼロではないが気配は遠い。

 隊列は先頭がイヴ。

 次が俺、ピギ丸。

 その後ろがリズで、最後尾がセラスだった。


「イヴたちは以前、魔群帯に来てるんだったな?」

「うむ……大してもたずに、逃げ帰ったがな」


 短期間とはいえ、魔群帯で過ごした経験がある。

 これは大きな強みだ。


「我らが到達した場所までの知識しかないが、飲み水を入手できる水場は存在していた。大遺跡帯と呼ばれるだけあって、身を隠せそうな古い建造物も点在している」


「食料は?」


「金眼の魔物の肉は毒素を含んでいる場合もある。しかも、種類ではなく各個体ごとに毒素の有無が違うのだ。ここが厄介でな……食べて体内に取り込むまで毒素の有無がわからないのが、大半と言われている」


 知識のある者なら毒キノコは一見してわかる。

 が、金眼の魔物は違うらしい。

 食べてみるまでわからない。

 ニオイによる判別もできないそうだ。

 とすると、よほどの飢餓状態でもない限り手は出せない。

 あの廃棄遺跡の魔物は、酸の時点ですでに無理だったが……。


「とはいえ、安全に食せる木の実やキノコもなくはない。それが深部にもあるかはわからぬが」

「ま、食料問題はどうにかなるだろ」


 俺たちには例の皮袋がある。

 まず皮袋は持ち運びに苦労しない。

 基本、保存面も気にしなくていい。

 食えるか否かの安全面もクリアできている。

 こういった場所では、あるとないとでは大きな差の出るアイテムだ。


「となると、イヴたちが魔群帯から逃げた最大の要因は――」

「当然、魔物だ」


 最大のネックは、やはりそこか。

 が、逆に言えば――


 魔物さえ倒せれば、当面は問題なく深部を目指せる。


 俺は後ろを振り返った。


「大丈夫か、リズ?」


 リズは大きな背負い袋を担いで歩いている。

 彼女は四人の中で最も多く荷物を持っていた。


「大丈夫です、トーカ様っ」

「疲れたら遠慮せず言えよ?」

「はいっ」


 荷物はできるだけ自分が持ちたい。

 魔群帯に入る前、リズは自らそう申し出た。

 申し出た時、


『我はリズの意思を尊重してやりたいのだが』


 イヴのそのひと言が、俺とセラスの言葉を封じた。


『トーカ様たちの持つ荷物が減れば減るほど、わたしが生き残る確率も上がるはずなんです。わたしは戦いだとお役に立てません。ですから、トーカ様たちが身軽な状態ですぐ動けた方が……わたしも結果的に安全になります』


 論理としては、間違っていない。


「リズ」

「はい」

「もうおまえも立派に、この傭兵団の一員だな」

「ぁ――」


 リズの表情が輝いた。


「は、はい!」


 魔群帯に馬を連れて入るのは厳しい。

 経験者のイヴもそう言っていた。

 魔物に察知されやすくなる。

 場所が場所なせいか、馬もストレスで落ち着かなくなるそうだ。

 となると荷物は自力で持たねばならない。


「ここは怖くないか?」

「だ、大丈夫です。お気遣いくださり、ありがとうございます」

「…………」


 かすかな緊張は見られる。

 が、極度の怯えとまではいかない。

 一度イヴと魔群帯に来たことがあるおかげだろうか?

 あるいは……。

 俯き気味にリズが口を開いた。


「へ、変な話なんですけど……おねえちゃんとこの魔群帯にいた時より、あの白足亭にいた時の方が……もっと、怖かったです」


 リズの目もとが和らぐ。


「おねえちゃんと一緒にいられるなら……どこにいても、わたしは幸せです……」


「すまぬ、リズ」


 背中越しにイヴが謝った。


「我が愚鈍なばかりに」

「ああいう連中はな、外にはバレねーようにやるんだよ」


 リズの場合、外傷は見られなかった。

 着替えを手伝ったセラスにも確認した。

 精神面だけで追い詰めていたのだ。

 リズ自身、我慢するタイプだ。 

 イヴと会う時は明るく振る舞っていたのだろう。

 だから、リズの持つ優しさが悲劇を生んだとも言える。


「…………」


 クソだ。


 優しさが悲劇を生むなんて、胸クソが悪い。


 よかった。


 苦しみを与えた上であの女主人を始末できてよかった。


 リズの心を深く傷つけた女主人。


 間違ったやり方だと、非難されたとしても。

 身勝手でしかないと、罵倒されたとしても。 


 モンロイを発ったあともあの女が素知らぬ顔で平然と生き続けていたとすれば、まず俺の感情が納得できない。


 だから――先に地獄へ送ったことに、後悔はない。


「あんまり気にし過ぎるのも毒だぞ、イヴ」


「む……」


「何よりおまえは存在自体がリズの救いになってる。モンロイから逃げる選択をしたからこそ、今がある。おまえはその判断ができた。今はそれで、充分だろ」


 イヴが、やれやれと息を吐いた。


「トーカにはかなわぬな」



     ▽



 一度、俺たちは立ち止まった。

 イヴの腕に魔素を流し込む。

 例の地図が出てきた。

 二つの光点の距離は、以前より縮まっていた。


「目的地に、近づいてはいるみたいだな」


 隣のセラスがさらに身を寄せて覗き込んできた。


「ただ、このまま直線的に行けるかはわかりませんね……」

「地図といっても、詳細な地形まで表示されてるわけじゃないからな」


 密着していたセラスの肩から離れ、俺は森の向こうを見た。


「地形次第では、遠回りもありうるか……」


 セラスが何か言いかける。

 が、俺はすぐさまセラスの口を塞いだ。


「ん、ぅ……っ?」


 セラスが疑問符を浮かべる。


 俺はイヴと視線を合わせた。


 イヴは黙して頷くと、腰の剣を抜いた。

 やはりイヴは気づいていたか。

 俺は、アイコンタクトで伝えた。


 ”戦術通りに”


 再び、頷くイヴ。

 彼女は剣を構えて、茂みの奥を注視した。

 セラスとリズも何が起きたか気づいたようだ。

 二人は、姿勢を低くした。


「――――――」


 魔物の気配。


 気配の方へ腕を突き出す。


 どうやら魔群帯での初遭遇となりそうだ。


 自然と口の端が歪む。


 魔群帯の魔物が、どんなものか。


「…………」




 さあ、来いよ。




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