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THE EVE


「トーカ様、こ、これはなんなのでしょうか……こんな……」


 リズが両手で口をおさえた。

 瞳が、小刻みに揺れている

 イヴが唸った。


「むぅ……信じられぬ……」


 ピギ丸も固まっている。


「ピ……プ、ユ……」


 リズの表情が緩み、両手を頬にやる。


「とても……おいしい、です……」

「そうか」


 皮袋から転送した菓子。

 さっきそれを配った。

 結果、大好評だった。

 先日、試しに皮袋の転送をしてみた。

 出たのは菓子類。

 ホワイトチョコの下にクッキー生地がついた菓子だ。


 歯でチョコとクッキー生地を噛み切る。

 絶妙な二層の歯ごたえ。

 硬いチョコがクニクニと溶けていく。

 クッキー生地がホロホロ砕ける。

 ふんわり広がるホワイトチョコの甘さ。

 甘すぎないクッキー生地。

 ほんのりとだが、塩気も感じる。

 それらが融合して一つの極上の甘みを産み出す。

 このチョコとクッキー生地、ほんとよく合うんだよな……。

 味のバランス感覚が本当に素晴らしい。


「これも、好きだったなぁ」


 これまでのご褒美代わりにと、俺はそれをみんなに配った。


「開かぬ」


 包装紙を開けるのにイヴが苦労していた。


「貸せ」


 ピリッ


 包装紙を開けて中身を渡す。


「いやに簡単に開けるものだな」

「誰でも簡単に開けられるように、そうなってるんだが……」


 双眸を細めるイヴ。

 真剣な面持ち。


「これも信じられん。この甘く白い部分に施されている彫刻……なんなのだ、この高い彫刻技術は……」


 チョコ部分に彫られた絵。

 イヴはそれに驚いていた。


「菓子を包んでいた袋もわからぬ。このツルツルは一体なんなのだ……生地は何を使っている?」


 包装紙も物珍しいみたいだ。


「ん〜……っ」


 リズも包装紙に苦労していた。

 てか二人ともギザギザを避けてるからか。

 危険な場所だと思ってるのか?

 リズのも開けてやった。


「ほら」

「あ、トーカ様……お、お手間をおかけしてしまい――」

「いいから食えよ」

「は、はい」


 ハムスターみたいにポリポリ食べるリズ。

 自制心を働かせようと努力はしていた。

 が、夢中にはなっているようだ。


「おいしいね、ピギ丸ちゃん」

「ピ〜♪」

「トーカ様……こんなおいしいもの、初めて食べました……」

「たまにはこういうサプライズもいいだろ」

「トーカよ」


 イヴが話しかけてきた。


「そなたの住んでいた異界とは、すごい場所なのだな」


 異界の勇者だとイヴたちには話してある。

 隠す意味もない。

 渡した菓子も俺の世界のものだと話した。

 異界の勇者はこの世界で認知されている。

 異界のアレコレへの驚きはある。

 しかし異界に対する認識は完全なる未知ではない。

 なので、存在自体が理解不能とまではいかない。

 この点は楽でいい。


「俺たちからすれば、こっちの世界の方がすごいけどな……」


 セラスがチーズタルトを食べた時もこんな感じだった。

 互いに相手の世界がすごく見える。

 やはりそんなものかもしれない。

 ところで。

 セラスが、いやにおとなしいが……。


「どうした、セラス?」

「……好き」

「どうした」

「あ、いえ……なんでもありません。とてもおいしいですね、この焼き菓子……」


 前にチーズタルトを食べた時と反応が似ている。

 上品に食べてはいるが……。

 これも大分お気に召したようだ。

 あの時は感動のあまりか、のしかかられた。

 が、今はイヴたちの手前おとなしくしている。

 副長として、クールさは保ちたいのかもしれない。


「…………」


 感動を伝えたいのだろうか。

 俺を見る目が、いやに輝いていた。



     ▽



「イヴとリズはもう寝たか」

「はい。二人とも、ぐっすりです」


 今は俺が見張り番の時間だった。

 もうローテーションも定着してきている。

 俺は懐をゴソゴソした。


「セラス」

「はい」

「ほら」

「トーカ殿、これは……」

「やるよ」


 先ほどの菓子の自分の分の残り。

 俺が食べたのはひと袋だけだった。


「よいの、ですか?」

「好きなんだろ?」

「ですが……」

「俺は前の世界でたくさん食べてる」


 セラスの表情はなかなか崩れない。

 が、元いた世界の菓子が絡んだ時は貴重な顔を見せてくれる。


「ほ、本当によいのですか?」

「気にするな。餌付けみたいなものだ」

「え、餌付け……」

「……冗談だ。副長のがんばりに対する褒美ってやつだよ」


 視線を『禁術大全』へ戻す。


「いつもそれを読んでいますね」

「文字通り”知は力なり”になる書物だからな。暇を見つけて、再読もまじえて読んでる」


 ピギ丸の次の強化。

 魔物の強化剤。

 魔群帯で手に入ると嬉しい。

 一度の強化で戦力は跳ね上がったといえる。

 黒竜騎士団戦。

 アシント戦。

 強化したピギ丸の能力は共に大活躍だった。

 次の強化への道筋も念頭に置いて行動したい。


「トーカ殿」

「ん?」


 セラスが包装紙を器用に開ける。


 ペキッ


 彼女が菓子を二つに折った。

 片割れを俺の口もとに差し出してくる。

 セラスは演技っぽく微笑んだ。


「私も、餌付けをします」

「……小生意気な副長もいたもんだな」

「さ、どうぞ?」

「ん」


 口に含んで菓子を噛み砕く。

 ……しかし細い指だ。

 あれで剣を握っているわけだ。


「いよいよ明日には、金棲魔群帯ですね」

「……ああ」


 ようやく、辿り着いた。


「不思議な気分です。あの魔群帯に足を踏み入れるのに、あまり恐怖を感じていないのです」

「魔群帯の魔物にも俺の力が問題なく通用すれば、もっと気を楽にできるだろうな」


 状態異常スキルが通用するか否か。

 人面種にも通用するか否か。

 魂喰い級のヤツがどれだけいるか。

 いずれにせよ、近い将来ハッキリする。


「ふふ、頼りにしておりますね? もちろん、私も頼りにしていただけるようがんばりますので」

「ああ、俺も頼りにしてるさ」

「はい。ところで、トーカ殿」


 はむっ


 片割れを口に含むセラス。


「話は変わるのですが……実は、傭兵団の名称を考えていたのです」


「傭兵団の名称を?」


「ええ。魔群帯を出たあと、どこかで名乗る必要が出てくるかもしれません」


 そんな先のことも考えていたか。


「なるほど、言われてみればそうかもな……」


 ミルズでの募集の件を思い出す。

 傭兵団としてどこかで何かに参加するケースはありうる。


「そこで一つ提案なのですが”蠅王はえおう戦団せんだん”というのはいかがでしょうか?」


「その名前には、何か由来でも?」


「蠅王が率いていた軍団が伝説の中でそう呼ばれているのです。名称自体は知れ渡っていますが、そう名乗っている傭兵団は聞いたことがありません」


「……蠅王ノ戦団、か」


 顔を隠すために俺は蠅王の被り物をしている。

 悪くないかもな。


「わかった」


 傍らに置いてある蠅王のマスクに手を置く。


「それでいこう」



     ▽



 セラスを眠らせたあと、俺は読んでいた『禁術大全』を置いた。


 誰にともなく呟く。


「にしても、まるで薄まる気配がねぇ」


 きっと時が、癒してくれる。


 きっと時が、忘れさせてくれる。


 きっと時が、すべてを解決してくれる。



 しない。



 あのクソ女神への復讐心はまるで薄まる気配がない。


 俺の知らないどこかで死んでくれればいい?


 いや、知らないところで勝手に終わられても困る。


「大魔帝の軍勢とやらにあっさりクソ女神が殺されても、興ざめだからな……」


 せいぜい桐原たちでも使って生き残っておけばいい。


 こっちの準備が整うまでは”慈悲深いクソ女神”としてのうのうと生きててもらいたいところだ。


「…………」


 復讐など忘れて生きるその姿はスマートに映る。


 寛容な心で相手を許すその姿は実に美しく映る。


 だから俺は、愚かでいい。


 だから俺は、醜悪でいい。



 愚かで醜悪なトーカ・ミモリとして、女神ヴィシスに地獄を見せてやる。



「ま、どーもあのクソ女神がそう簡単に死ぬとは思えねぇんだが……」


 アレは、しぶとく生き残るだろう。


「ん?」


 遠くで鳴き声がした。


 魔群帯の方からだ。


 悲鳴、だろうか?


 耳に障る声。


 あの魂喰いの声を思い出す。


 闇の深さと共に樹海は異様さを増していた。


 金棲魔群帯。


 金眼の魔物。


 人面種。


 凶悪な魔物たち。


 油断は禁物。


 禁物なのは、わかっている。


 なのに、だめだ。


 見える。


 俺には、魔群帯が輝いて見える。




 あそこには莫大な経験値が、ひしめいている。




 俺のステータス補正値は低い。


 これは自覚している。


 が、マイナスではない。


 俺を底上げしてくれている。


 スキルを決めるための一助となっている。


 支えと、なっている。


 アシントや公爵の私兵と戦っている時に感じた。


 スキルを放つ過程においても補正値は役に立っている。


 だから数値は1でも高い方がいい。


 ステータスでS級やA級の勇者に追いつくことはできまい。



 



「つまり――」



 



 将来、縮めたステータスの差が生死をわけるかもしれない。


 魔群帯をジッと見据える。


 だからもし問題なく状態異常スキルが通用するなら、






「殺して、殺して、殺し尽くす」






 復讐達成への次なる足がかりとして――











「魔群帯の魔物どもを蹂躙して、俺の経験値(エサ)にしてやる」














 これにて第三章、完結となります。大変お疲れさまでございました。後半なかなか更新ペースが安定しませんでしたが、三章完結までおつき合いくださった方々に心より感謝申し上げます。


 ご感想、ブックマーク、ご評価をくださった方々にも深くお礼申し上げます。更新後に”面白かった”というお気持ちの伝わるご感想読むと書いてよかったと思えるので、とても嬉しく、ありがたく感じております。また、評価ポイントが増えているのを見た時も、”面白かった”というお気持ちをそっと置いていっていただけた感じがして、大変励みになっております。


 イヴとの出会いからアシント&公爵部隊との戦いを繰り広げた三章、いかがだったでしょうか。黒竜騎士団戦と対照的に三章ではトーカが仲間と連携して戦う色が強かったですね。実を言いますと二章のご好評があったのでプレッシャーもありましたが……三章も楽しんでいただけたのであれば、嬉しく思います。


 四章は8~10日ほどお休みをいただいたあとの開始を予定しております。四章も開始前に間章を挟みますので、四章の正確な開始日はその際に告知いたします。今後の更新間隔も、少し考えてみたいと思います……。


 それと女神は相変わらずひどいですね。まともなことを言っているつもりなのに「大丈夫ですか?」とか言われたら、作者も心が折れてしまうかもしれません……。自分で書いておきながら、自分で心が折れそうです……。果たしてトーカ以外に女神に反逆できる強者は現れるのでしょうか? さらに女神サイドの感じを見る限り、いよいよ大魔帝の軍勢も動き出しそうな気配がありますね。大きな動きがあるかもしれない(?)第四章も、引き続きおつき合いいただけましたら幸いでございます。


 相変わらずの長いあとがきになってしまい、申し訳ございません……。


 それと、このたび今作が書籍化することになりました。こちらにつきましても、皆さまに心より感謝申し上げます。


 それでは、また四章でお会いいたしましょう。ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 段々と話が静かに深く進展してますね 今後も期待して読みます
[一言] なるほど、使命、とかそういうのなのかな?
[良い点] 強化パートが1番好き
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