示されし魔女の居場所
モンロイを離れて数日。
今、俺たちは魔群帯の近くまで来ていた。
もう明日には魔群帯に入れるかもしれない。
「おかえりなさい」
水場で衣類を洗っていたセラスが顔を上げる。
さっきまで俺は最寄りの村に買い出しに行っていた。
現在、俺たちは森の中で軽く野営している。
「申し訳ありません、トーカ殿。調達をすべてあなたに任せてしまって」
物資の調達は基本的に俺が担当している。
「俺は顔が割れてないからな。旅人を装えば、怪しまれることもない」
衣類の水気を払いながら苦笑するセラス。
「私は、あなたほど演技も上手くありませんしね」
「空気化して集団に紛れ込むのは得意なんだよ」
豹人とダークエルフは目立つ。
セラスには変化がある。
が、その美人さで目立ちかねない。
変化の力も万能ではない。
顔立ちは大きく変えられない。
年齢や性別もいじれない。
頭部以下の身体的特徴も変えられない。
他を大きく変えられないのは、耳の変化に力の大半を注いでいるのもあるそうだが。
買ってきたものをセラスに渡す。
「魔群帯に入れば、変化の力を使う必要もなくなるだろ。【スリープ】を使わなくてもいずれ普通に眠れるようになる」
今のセラスの対価はあってないようなものだ。
精霊の力を使うとしばらく彼女は眠れなくなる。
が、俺の【スリープ】を使えば睡眠が取れる。
ズルといえばズルだろう。
しかし今のところ精霊側から苦情は出ていない。
「イヴとリズは?」
「二人は、あちらで馬の世話をしていますよ」
俺たちは二人のところへ向かった。
「戻ったか、トーカ」
「トーカ様、おかえりなさいませ」
イヴたちも一段落したところらしい。
「ピニィ〜♪」
今回はピギ丸も留守番だった。
ピギ丸はリズに抱きかかえられていた。
すっかり仲良しになったようだ。
じゃあ、
「食事に、するか」
日も暮れてもう空は暗くなっていた。
このところは天候に恵まれている。
今日も晴れていた。
気温は適度で過ごしやすい。
俺たちは円になって座った。
今日の夕食は以下の通りだ。
炙り肉。
果物。
で、メインは鍋。
日持ちしない食材は今日で使い切ることにした。
味付けは、リズに一任してあった。
「お口に合うと、いいのですが……」
汁をすする。
ウマい。
「今後、調理役はリズに任せてよさそうだな」
「あ……ありがとうございますっ」
「ピムム〜♪」
ピギ丸の口にも合ったらしい。
しかしスープ類を取り込む様子はいつ見ても不思議だ。
色がまじり合うこともなく消えていく。
リズがしゃがみ込んでピギ丸を撫でた。
「ふふ……ありがとう、ピギ丸ちゃん……」
「ピ〜♪」
そそくさと片づけを始めたセラスに声をかける。
「セラス」
「はい」
「片づけは俺がやるから、リズの着替えを手伝ってやってくれ」
今日はリズ用の服とか装具も買ってきた。
サイズの問題で他の者の服を貸せない。
なのでリズは今まで一着を着回していた。
何よりそろそろ魔群帯に入る。
リズも無防備な服というわけにもいかない。
いざという時に身を守れる防具は必要となる。
「といっても……リズの体格に合わせると、こんなのしかなくてな」
子ども用の防具となるとほぼ選択肢がなかった。
ちなみにリズのサイズは道中で軽く測らせてもらっている。
「どこぞの貴族が自分の娘に一度だけ着用させて、そのまま捨ててったものらしい。娘への贈り物だったが、娘はさっぱり気に入らなかったとかでな」
で、その時に立ち寄っていた村に捨てていったそうだ。
セラスが装備を仔細にチェックする。
「装備一式、という感じですね。見映え重視と思われますが、もの自体はいいです」
今の服よりは確実にリズの身を守れる。
リズをチラ見する。
「……こんなんでいいか、リズ?」
「も、もちろんです! ありがとうございます、トーカ様!」
「……嫌だったら無理しなくていいぞ?」
「そ、そんなことありません。むしろ、わたしのためにわざわざトーカ様が買ってくださった服……嬉しいです」
素直すぎる……。
「セラス」
「はい」
「その装備一式だが、おまえの判断で適当にパーツを取ったり、布を当てたりしてもいいからな」
クスッとするセラス。
「かしこまりました」
今の俺としては、趣味の悪い貴族を恨むしかない。
▽
魔群帯までの道のりはかなり順調といえた。
ほぼ人目を避けて移動できたはずだ。
以前、イヴとリズは二人で旅をしていた。
人目を忍びながらの旅だったそうだ。
なのでこういう旅に慣れている。
セラス・アシュレインは逃亡者だった。
彼女も身を隠しながらの旅を続けていた。
かく言う俺も正体を隠しつつ旅をしている。
要は、全員こういう人目を避けての旅に心得がある。
音を鋭く察知するイヴの耳。
闇の中でも視界を得られるイヴの夜目。
旅の順調さにはこれらもひと役買ってくれている。
「やや遠回りになったが、どうにか魔群帯の手前まで到着したようだ」
なだらかな丘の上からイヴが遠くを眺めた。
丘から下へと続いている道を行けば魔群帯に入れる。
やや遠回りになったのは城や点在する砦を避けたためだ。
城や砦の者は魔群帯から出てきた魔物を狩る。
数は多くないが、まれに魔物が飛び出してくるのだ。
とはいえ全域はカバーできない。
手薄な場所はたくさんある。
ゆえに、魔物の取りこぼしもある。
実際、俺たちもここへ来るまでに何匹か金眼の魔物と遭遇している。
まあ、相手にはならなかったが。
ちなみに魔群帯の手前の森で馬は放してある。
魔群帯で連れては歩けない。
それがイヴの判断だった。
今、荷物は最低限にしてある。
俺はイヴの隣に立った。
「樹海、って感じだな」
丘の上から望む風景。
広がっているのは黒々とした森だ。
森林の向こう側は見えない。
遠くの森に靄がかかっているのもあるだろうが……。
ここから見える範囲だと、今の魔群帯は静かに映った。
「あれは?」
一本の巨大な木が見えた。
明らかに一本だけ異様なでかさだ。
「あれは汚染樹だ」
イヴが答えた。
「汚染樹?」
「元々は聖なる樹だったとも言われているがな。今では魔群帯の象徴といえば、そうなのかもしれぬ」
「金棲魔群帯の別名は”大遺跡帯”だったよな?」
「うむ」
かつては文明があったのか。
各地の遺跡といい……。
一度、この世界は滅びでもしたのだろうか?
▽
魔群帯入り前に休息を取ることにした。
出発は明日の朝。
やはり万全の体勢でのぞみたい。
野営の準備を終えると、俺たちはひと息ついた。
「ところでイヴ、魔女の居所は頭に入ってるのか?」
「入っておらぬ」
「ん? ああ、なら地図を持ってるわけか」
「いや、持っておらぬ」
ちょっと待て。
「――――――――」
いや、大丈夫だ。
イヴは魔女の居場所は知っている。
セラスのウソ発見器でそれは確認済みである。
「案ずるな、トーカ」
イヴが立ち上がった。
俺を見おろし、手を差し出してくる。
「そなたも立つのだ。そして、我に注いでくれ」
俺も立ち上がる。
「何を、注げって?」
「魔素だ」
「おまえの腕にか?」
「正しくは、我のこの右手にだ」
「……わかった」
イヴの声には確信が灯っていた。
何か特別な方法で魔女の居所を示すのだろう。
俺はイヴの手を掴んだ。
爪は少し獣寄りに感じる。
が、手は普通の皮膚っぽい感触だ。
「おまえの手に魔素を注げばいいんだな?」
「うむ。我ら豹人族も、エルフ族と同じく魔素を練り込むのは不得意なのでな。時間がかかる。だが魔術の心得がある人間のそなたなら、すぐであろう」
いや、魔術の心得はないのだが。
しかしなるほど。
カラクリは読めてきた。
「いくぞ」
「うむ」
俺は、魔素を注いだ。
あれを思い出す。
魔素の注入で開閉する廃棄遺跡の扉。
俺の手が、青白く光った。
淡い光がイヴのてのひらへ移動していく。
「んっ……む……魔素を注がれる感覚とは、奇妙なものだ……」
「お?」
イヴの掌から紋章らしきものが宙に浮かび上がった。
高さは俺の目の位置くらい。
ホログラフィックのイメージだ。
あれだ。
ステータス表示の感じに似ている……。
セラスとリズも口を開けている。
ピギ丸もなんだか感心したみたいに、
「プミ〜……」
と声を発している。
紋章が形を変えた。
「これは、簡易的な地図って感じか?」
そんな風に見える。
「うむ。ここの緑色に光っている点が、我々の位置であろう」
もう一つ別の光る点が確認できる。
緑の点より北の位置。
「つまり、この北の赤い点が――」
「禁忌の魔女がいる場所であろう。父からは、そう説明を受けている」
「なるほど、こういうカラクリか」
「魔群帯の地図など作成のしようがない。しかしこれなら、この光る二点が近づいていくように移動すればよい」
「その紋章の地図は、魔女が仕込んだのか?」
「と、聞いている」
「ん? イヴは、魔女に会ったことはないのか?」
「ない」
聞けばこの紋章を受け継ぐ者は限られているという。
部族長とその子どもにのみ受け継がれる。
イヴはそう説明した。
じゃあイヴは、部族長の娘なのか。
「…………」
ま、今あえてそこには触れない。
禁忌の魔女の居所。
辿り着くための手段が明確となった。
今はこれで十分。
ゆっくりとではあるが、禁呪には着実に近づいている。
「よし、今日はもう休むぞ」
魔群帯に背を向ける。
「いよいよ明日は、魔群帯入りだ」




