女神は告げる
「おせー」
小山田翔吾が小さく愚痴を垂れた。
「申し訳ございません、オヤマダさん」
「女神センパイが美人じゃなかったら、確実にののしってるわ〜」
「あらあら、美しいとお得なのですね〜」
「ま〜、美人だと許せるラインはゆるいっしょ〜」
浅葱グループの女子たちが呟く。
「サイテー」
「うっざ」
「小山田の顔面勝率もせいぜいゲタ履かせて10戦7勝ってとこだろーがよ」
浅葱の思惑。
自グループに桐原グループへの悪感情を持たせる。
巧みな人心操作。
桐原グループへ寝返るのを阻止するためだろう。
「ちょっと待って!? あの人、マジでイケメンじゃない!? 10戦9勝はキてるって!」
女神の後ろを歩く四人組。
男女二人ずつ。
四人には服装に若干の統一感がみられた。
女子が騒いだのはおそらく女神のすぐ後ろを歩く男のことだろう。
ただ、女神の部下という雰囲気ではない。
その四人組の後ろに続くのは一人の大男。
ヒゲを生やしている。
野性味のある風貌。
ただし空気はユルい印象があった。
彫りの深い顔立ち。
海外映画に出てくる俳優みたいだ。
大きな長剣の鞘の先端を、地面に引きずっている。
大男の後ろには八名の男女が続く。
彼らも武装していた。
先の五人とは少し空気が違う。
最後尾には、ニャンタン。
彼らは女神を中心に、ズラッと並び立った。
「皆さんのレベルも驚くほど上がりました。心より嬉しく思っております。まずは、これまでの皆さんのがんばりに感謝を……」
女神が優雅にお辞儀した。
しなやかな一礼。
礼を終えると、女神はスッと顔を上げた。
「……ですが、レベルが上がってもそれはあくまで”基礎能力”が上がっただけです。まだ皆さんには戦闘技術――つまり”技”がありません。あ、とは言いましても……」
女神が言い直す。
「ソゴウさんにはお得意の古武術があるのでしたね。正気を失って私へ暴力を振るおうとした時のこと、今でもちゃんと記憶に刻みつけていますよ? ええ、もちろん忘れてなどいません。そして、行動には責任がつきまといます。自分が忘れていても、相手はけっこう覚えているものですからね。いつどこで自分の行動の影響が出るかわかりませんので、勇者の皆さんも気をつけましょう♪」
「脱線、なげー」
小山田が愚痴った。
哀しげに目もとへ手をやる女神。
「ごめんなさい……私はただ、その……ぐすっ……オヤマダさん、そういうのなのですよ? そういった無自覚な加害行為が、いつか、後悔に繋がる影響を及ぼすのです……うぅ……ひどい……」
「う、うっぜぇ! おい、呼び出したからにはなんかあんだろ!? 場ぁ冷やしてねぇで、さっさと用件済ませろや!」
「翔吾」
桐原が口を開いた。
「あ? んだよ、拓斗?」
「誰彼かまわず噛みついて――あまり、無様を晒すな。その虚しい癖、そろそろ意識しておくべきだぜ」
「けど、拓斗よぉ〜っ」
「ニャンタンの時と同じ流れになっても、オレはフォローできねーからな……」
「……ちっ! 女神センパイ、すぃやせんっした! 許してくだピー! ピー!」
誠意のない謝罪をする小山田。
女神がケロッと元に戻る。
「平常運転ですね、オヤマダさん♪ ではでは、せっかちなオヤマダさんのために、パッパといきましょうかっ♪」
女神が引き連れてきた者たち。
彼らは勇者を鍛えるべく集結したとのことだった。
各地からわざわざ呼び寄せたという。
説明を続けていく女神。
「あの人たち、四恭聖ってゆーんだって! ていうか今、全員きょうだいって言ったよね!? ね!?」
「てことは、一緒にいるおねーさんたちはアギトさんとつき合ってるわけじゃないんだよね!?」
「きゃーっ!」
「で、ぶっちゃけどう!? 桐原クンとどっちがいい!?」
「路線、違うし!」
「わかる!」
女子の一部がコソコソと激しく盛り上がっている。
女神はニコニコしながら説明を続けていた。
控えめであれば私語には意外と寛容らしい。
一方、綾香も気を昂ぶらせていた。
(あの四恭聖っていう人たち――全員、とてつもなく強い。次に紹介された、ベインウルフって人も……)
底知れない何かを感じる。
ただあそこに、立っているだけなのに。
唾をのむ。
(私、まだまだなのかも……)
「――というわけでして、彼らは皆さんを鍛える師となります」
続けて、割り振りを始める女神。
「剣虎団はアサギさんのグループ、竜殺しはヤスさんのグループ、ニャンタンはタカオ姉妹、四恭聖はキリハラさんたちのグループを担当してください。では、よろしくお願いいたしますね〜」
(…………えっ?)
綾香たちのグループが、呼ばれていない。
場にいる者の割り振りはもう終わっている。
いるとすれば……あとは女神自身だろうか?
しかし女神はもうひと仕事終えた空気になっている。
綾香は挙手して、疑問を投げ――
「十河綾香さんのグループの担当割り振りが、まだ終わっていないようですけれど」
綾香に先んじて、疑問を投げた者がいた。
ニコッと女神が首を傾げる。
「ん〜?」
疑問を発したのは、高雄聖だった。
澄ました表情で挙手している。
女神に劣らない綺麗な立ち姿だった。
恐れを抱いている感じはない。
とても毅然としている。
困った笑みを浮かべる女神。
「…………えぇ、そうでしたね。そうでした。申し訳ございません。あぁ、私としたことが……本当に、説明不足でした……」
謝罪しつつ女神が回答した。
「本当は黒竜騎士団の五竜士がキリハラさんたちを担当するはずだったのです。ですが、死んでしまいましたので……勇者の師が足りなくなってしまったのですね。それで、私も困っていたのですが……」
白い頬に手をやる女神。
「その、ソゴウさんには神をも恐れぬ古武術がありますので……それを自分のグループの方々に教えていただければ、十分なのかもしれないと……そんな淡い期待を、抱いてしまったのです。あの、それではだめですか?」
「だめでしょう」
キッパリと聖が、否定で返した。
「ん〜? どうしてでしょう? 個人的な感情論ではなく、論理的な回答を求めてもいいでしょうか?」
「では私も、十河さんのグループにだけ師をつけない理由を、個人的な感情論ではなく、論理的な回答として求めてもいいでしょうか?」
「え〜? い、今……まさか質問に質問で返したのですか? 普通の人はそんな幼稚なことなかなかできませんよね? 大丈夫ですか?」
「女神さまこそ、大丈夫なのでしょうか?」
「え〜?」
「本心がどうあれ……S級とA級である私たち姉妹に不信感を与えかねない行動を取るのは、大丈夫と言えるのかしら?」
「……………………あ、ヒジリさんの言う通りですね。すみません、ソゴウさんの能力を心から信頼しての措置だったのですが……言葉足らずでしたね。あの、悪意があると勘違いしないでくださいね? う〜ん、ですが困りました……これ以上、他国からヴィシスの徒を呼び寄せるわけにもいきませんし……」
女神の視線が動く。
「報酬は据え置きで、労力は倍になるのですが……どなたかソゴウさんたちの面倒を見てくださる殊勝な方はいますか? やはり、いませんか」
「じゃあ、おれが見ようか?」
「あら?」
名乗りを上げたのは、ベインウルフという男だった。
(確か異名は、竜殺し……)
安グループ担当の男である。
「ベインさん、大丈夫なんですか?」
「彼女たちも将来有望な勇者なんだろ? なら、生存率を上げる方策は打てるだけ打っておくべきだと思うがねぇ」
「なるほど〜」
ベインウルフがヒゲを撫でる。
「ん〜……それとも、彼らにだけあえて師をつけなかったのには何か狙いでも?」
「え? なんですって?」
「……いや、なんでもないさ。そうそう、彼女たちの面倒も見る代わりに、せめて上質な酒を追加報酬として弾んでもらいたいんだが……」
「困った方ですねぇ。ですがそのくらいであればお安い御用ですっ♪ では、最高級の酒を用意させましょう」
「ふふふ、そいつはどーも……」
「あ、狙いはそれだったのですね?」
「まあ、判断はお任せするよ」
竜殺しはのらりくらりとしている。
本心がいまいち読めない。
「ですが、質を落とさず鍛えられますか?」
「できうる限りの努力はするつもりさ。ただ、ものぐさで名高いこの竜殺しが率先して請け負おうってんだ。ここは乗っとくのが吉かと思うがね……」
「……………………かしこまりました。では、どうぞよろしくお願いいたします」
頭をかくベインウルフ。
「やれやれ……どーも沈黙してる間が怖いんだよなぁ、この女神さま……」
▽
「このところ大魔帝の陣営に大きな動きが確認されています」
場が一段落すると、女神は次の話へ移った。
「過去の戦いと比べても、大誓壁付近に集結している魔物の数は圧倒的のようです。ですので、大魔帝軍との次の一戦は当初の想定を遥かに上回る大規模な戦いとなるでしょう。そして――」
女神が慈悲深く微笑む。
彼女は両手を広げると、朗々と告げた。
「次のその一戦には我がアライオンが誇る勇者――つまり、皆さんも参戦します。ですので皆さん、どうか次の一戦へ向けてより気を引き締めていただくよう、お願い申し上げます」
 




