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絶望という名の最下層


 俺の親はひどい人間だった――らしい。


 虐待は日常茶飯事。

 環境もひどかった。

 俺の性格もねじ曲がった。


『気味の悪い目つきをしやがるガキだ』


 父親はそう吐き捨てると、幼い俺を蹴り飛ばした。

 いつものように。

 母親も同じく暴力を振るった。

 心ない言葉と共に。

 産まなきゃよかった。

 いらないガキ任意で殺せないこの国終わってる、など。


 ある時、暴力的なベールが俺の思考を覆った。


 


 今思えば、あれは生存本能だったのだろうか?

 このままだと俺は殺されてしまう。

 本能がそう悟ったのかもしれない。

 だからそんな思考が発生した。


 しかしある日。

 突然、両親は行方不明になった。

 俺を残して。


 ってやつだそうだ。


 俺は叔父夫婦に引き取られた。

 実親は失踪前、叔父夫婦に電話でこう告げたそうだ。


”ガキを任せる”


 叔父夫婦に引き取られて俺は確信した。

 自分の育った環境はやはり”普通”じゃなかったのだと。

 叔父夫婦は優しい人たちだった。

 俺は問題のない子どもになろうと決めた。

 この人たちのために。

 俺のことでこの人たちに迷惑をかけたくない。

 三森灯河は優しさを知れた。

 叔父夫婦のおかげで。


 問題のない子にならないと。


 そうして気がつくと俺は、


 空気になっていた。


 モブになっていた。

 無害になっていた。

 普通になっていた。


 だけどさっきの転送前に戻ったのかもしれない。


 本来の――”ミモリトウカ”に。



     ▽



 目を開く。


 冷たい地面。

 ゴツゴツしている。

 背中が痛い。

 身体を起こす。


「――ッ、……」


 キョロキョロ


「ここが、廃棄遺跡か……」


 真っ暗だ。

 深すぎる。

 闇が。

 ステータスは……確認できるのか?


「ステータス、オープン」


【視界が確保できないため展開できません】


 頭に無個性な声が響く。


 なるほど。

 視界が確保できていないとだめなのか。

 あ、そうだ……。

 手を動かす。

 近くの地面を探る。

 おっ。


「あった」


 皮製の手ごたえ。

 ユニークアイテム。

 掴んで手に持つ。

 親指で宝石に触れる。

 魔素をこの宝石に流し込めば、光るんだったか……?

 女神に固有スキルを放った時の感覚を思い出す。

 あと、クソ女神の解説も。


 魔素、注入。


 宝石が淡く光り始めた。

 皮袋も連動して、光を発する。

 すごいな。

 いかにも”魔法を使ってる感”がある。


「お?」


 弱々しいけど、視界がマシになった。


 キョロキョロ


 剥き出しの岩肌。

 凹凸の激しい天井。

 地面もなんか、妙にデコボコしてるな……。


「遺跡ってより、洞窟って感じか」


 ん?

 何かあるぞ?

 立ち上がって近寄る。


「――ぅッ!?」


 ド、ドクロ……?

 人骨か?


「げっ」


 しかも頭蓋骨がほぼ半分しかなかった。

 残り半分はどこだ?

 真っ二つにされたのか?

 息を呑む。


 真っ二つに、された。


 


「…………」


 決まっている。

 この遺跡にいる”何か”にだ。

 心臓がバクバクしてきた。

 そうだ。

 ここは生存率ゼロの廃棄遺跡。


 寝惚けていた意識がハッキリしてきたせいだろうか。

 こめかみのあたりがドクドクと脈打ち始める。

 普通に考えれば三森灯河は死ぬ。

 ここで。

 女神に啖呵は切ったが、地上への生還は難しいだろう。

 尋常ではない汗が噴き出し始める。

 死ぬ?

 死ぬのか、俺?

 湧き上がってくる実感的な予測。

 周囲に漂うは、死臭。

 送り込まれた廃棄物たちの放つ、死の香り。


 こいつらの、一部になるのか?


 死の足音。

 この感覚……。

 何かと、重なる。

 なんだ?


 そうだ。


 実の親と生活していた頃の感覚。


 


 心臓が、鳴動しているのは。

 脈動が、激しくなったのは。


 ここは


 本能が、そう告げている。

 俺に。

 三森灯河に。

 生きろと。

 生きてくれと。


 警告の理由はすぐに判明する。


 不意に――明るさが増した。

 ドクロの表面が突然オレンジに染まる。

 頭蓋骨が、何かの光を反射している……?


「――――――――」


 


 俺の、

 背後に、


 何か、


 いる。


 オレンジの光を放つ、


「フしュぅ……ゥぅグるルぅゥぅ〜……シゅゥぅゥ……」


 獣気。

 獣臭。

 すえた臭い。


 ビチャッ、

 ドチャッ、

 シュワシュワシュワ……


 何かが、地面に落ちて。

 何かが、溶ける音。


 溶けているのは地面か?

 さっき目にした凹凸が微妙に激しかった地面。

 あれはあのシュワシュワのせい、なのか?


 なんだ?

 背後に、何がいる?

 確認したい。

 でも、振り向きたくない。

 理由は決まっている。


 動いた瞬間、られる。


 理性のブレーキがかかる。

 告げている。

 動くなと。


 ブレーキを破壊したのは――本能。


 俺は、走り出した。


 が、


 駆け出した瞬間、転びかけた。


 しかしこれが僥倖と化した。


 頭上スレスレを通り抜けた――高質量の


 風圧。

 体勢を立て直しつつ、駆け直す。

 風圧に弾き出されるように。


 今、何かが――


 俺を、殴ろうとした?

 捕まえようと、した?


 いずれにせよ、

 俺の頭部を、

 何かがどうにか、

 しようとした。


 全力疾走。


 振り向く余裕など皆無。

 絶対的、皆無。

 ゾワゾワした感覚が駆け抜ける。

 全身を。

 細胞すべてが怯えている。

 歯の根が噛み合わない。


 ガチガチ、

 ガチガチ……


 小刻みに、鳴っている。


 わかる。

 わかった。

 わかって、しまった。


 違う。

 レベルが。

 格が。

 それと、


 殺気。


 ゾワゾワ、きた。


 ああいうのなんだ。


 本物の殺意って。


 女神が放ったのと違った。

 女神のあれは威圧だったのだ。

 今、後ろの”何か”が放ったのが――



 殺気。



 走りながら、ハッとする。

 慌てて皮袋を制服の中に隠す。

 これだと光が目印になってしまう。

 そうだ。

 闇に紛れて、やり過ごすんだ。

 …………。

 頼む。

 やり過ごせてくれ。


「はっはっはっはっ……っ、――ッ!」


 呼吸音を小さくしたい。

 息が、苦しい。

 足の感覚が、頼りない。


 細切れになる思考。


 違う――思考も、捨てないと。

 逃げろ。

 ひたすら、逃亡しろ。

 本能に従って。


 死にたくない。

 今、俺の司令塔は本能だった。

 あらゆるすべてが本能任せになっていた。


 また、溢れてきた。

 涙が。


 悲しくも、ないのに。

 嬉しくも、ないのに。


 ただ、怖くて。


「はぁっ――はぁっ! はぁっ……はぁっ――っ!」


 …………。

 あれ?

 違う。

 怖いんじゃない。

 怖いのは、あるけど……。


 涙の理由は、別の感情。


 最近、味わった感情。

 その時、


 ガッ!


 でっぱりか何かで、躓いた。


 そもそもである。

 この暗闇の中を今まで走り抜けられていたのが、幸運だったのだ。


「がっ……ぐっ!? はぁ、はぁっ! ぜぇ、ぜぇ……っ!」


 ああ、そうか。

 わかった。

 怖くて涙が、出たんじゃない。


 背後に気配。

 振り向く。


 そうだ。

 怖いんじゃない。

 俺は――



「ちく、しょう」




 悔しいんだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] 悔しいんだのところ、何回見ても好き
[一言] 「走りながら、ハッとする。慌てて皮袋を制服の中に隠す。 これだと光が目印になってしまう。」 凄い、真っ暗闇の中を走っている。とても難しそう。
[気になる点] 今のところキンキンキンと変わらない文章力 [一言] 文章力の向上に期待。
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