再び、魔群帯を目指して
俺とイヴは先で待っていたセラスたちと合流した。
「お待ちしていました、トーカ殿」
「五竜士殺しの件は、これでしばらく進展しなくなるはずだ」
「では、例の計画は上手くいったのですね」
「本音を言うと、ここまで上手く運ぶとは思ってなかったがな」
リズがイヴに駆け寄った。
「おねえちゃんっ……」
「我を待つ間、問題はなかったか?」
「うん……セラス様にも、とてもよくしていただいて……」
「荷物を運ぶ時、リズは一生懸命手伝ってくれましたよ」
セラスが言った。
「おかげで私も助かりました」
「セラス様……」
リズは薄っすら涙ぐんでいた。
褒められた経験に乏しいのだろう。
手伝いはして当然。
労いの言葉などかけられたことがない。
あの女主人がリズをどのように扱ってきたか。
容易に想像がついた。
リズが俺の方に歩み寄ってきた。
足を綺麗に揃え、深々と頭を下げるリズ。
「ありがとうございます……トーカ様が助けてくださらなければ……おねえちゃんも、わたしも……」
「気にするな」
オドオドと顔を上げるリズ。
失礼がないか心配している感じだった。
「俺に何か聞きたいのか?」
「あの……」
「遠慮しなくていい」
「ピギ丸ちゃんも……無事、ですか?」
思い切った顔でリズが尋ねてきた。
と、俺の首の横からニョロリンと突起が出てくる。
若干、動きが普段よりゆっくりだった。
負荷の影響だろう。
突起が伸びていき、リズの前で止まる。
「ピニ♪」
リズが突起に触れる。
「ピギ丸ちゃんも活躍したと、セラス様から聞いて……」
「プユ!」
「お疲れ、さま」
「プニュゥゥ〜♪」
薄ピンクになるピギ丸。
「……えへへ」
隣に立つセラスが目もとを和らげる。
「ああしてピギ丸殿と触れ合っている時のリズは、特に緊張感から解放されている気がしますね」
リズの表情は確かに弛緩している。
ピギ丸はリズの心の傷すらも癒してしまうのだろうか?
「なんなんだ、あいつの万能感は……」
「ふふ、さすがはピギ丸殿です」
囮に使った馬はどこかへ駆け去ってしまった。
なのでここからは公爵たちの使っていた馬に乗り換えねばならない。
ただ、荷物の方はもうセラスたちが替えの馬に括りつけてくれていた。
「無限収納できる魔法のアイテムでも、あればいいんだけどな」
懐に手をあてる。
あの場から持ち出したものはほんの一部。
金、宝石類、装飾品くらいだ。
運べる重量には限りがある。
荷物の量は、できるだけ抑えたい。
「では、行こうか」
イヴとリズが準備を終えた。
俺も馬に乗って、セラスに後ろから抱き着く。
「悪いな。俺が馬に乗れないせいで、手間をかける」
「どうかお気になさらず。得手不得手は誰にでもありますから。それに……私としてはあなたのお役に立てて嬉しいのですよ?」
イヴたちの馬が歩き出す。
が、俺の乗る馬はまだ動き出さない。
「セラス?」
「すみません、トーカ殿。もう少し……強くしがみついてもらえますか? 緩いと、不安でして」
「……わかった」
ギュゥゥゥ
セラスの身体にガッシリとしがみつく。
「んっ――」
少しセラスが苦しげな声を発した。
「……強すぎたか?」
力加減をミスったのだろうか?
ステータス補正の影響かもしれない。
やや力を緩める。
「これくらいでどうだ?」
「ええ……はい、このくらいでお願いします」
そうして、馬はパカパカと歩き出した。
蹄の音。
独特の揺れ。
正直まだこの馬の乗り心地に慣れたとは言い難い。
「トーカ殿、今回もさすがの読みでしたね」
「どうかな」
俺は続けた。
「本当にすべて読めていれば、ピギ丸の負荷やスキル対象数の上限にも気づけた。おまえやイヴが思うほど俺は先を完璧に読めてるわけじゃない。行き当たりばったりなトコもある」
「ですがあなたは想定外の事態が起こっても、戸惑って動きを止めたりしません。素早く対応もできていましたし……そんなトーカ殿だからこそ、私たちは安心して指示に従えるのですよ?」
指示を出す人間があたふたしていたら不安感を与える。
だから、いかなる時もなるだけドッシリ構えておかねばならない。
俺は冗談めかして言った。
「ま……あるじ扱いしてもらうなら、その扱いに恥じない立ち振る舞いをしないとな」
「ふふ、心強いお言葉です」
「……さっきも言ったように、俺は何もかもを完璧に見通せるわけじゃない。ただ、常に完璧へ近づけたいとは思ってる」
「では私もあなたのために完璧な副官を目指して努力しなくてはですね?」
「今でも十分よくやってくれてるだろ。特にモンロイに着いて以降は、セラスに頼る状況も多くなった」
「あなたに頼っていただけるのは嬉しいことですよ? こうして馬に乗る際も、頼っていただけますし」
「なあ、セラス」
「はい」
「馬ってのは、教えてもらえば簡単に乗れるものなのか?」
「時間に余裕ができたら、今度お教えしましょうか?」
「頼む。二人乗りだと馬の速度も落ちるしな」
「承知しました。トーカ殿が、望むのでしたら」
「それに、馬に乗るたびに一々こうして後ろから抱き着かれるのもアレだろ?」
「いえ、私は問題ありませんが? 他の人間ならともかく、トーカ殿ですし……」
「俺としてはそれは嬉しい話なのかもしれないが……今後の旅を考えたら、一人一人馬に乗れた方がいいのは事実だろう」
しばしセラスは黙り込んだ。
「それはまあ、そうなのですが」
▽
しばらく行くと、ポツポツと雨が降り出した。
雨足は次第にその強さを増していく。
俺たちは途中で小さな洞穴を見つけ、そこで雨宿りすることにした。
「雲行きは怪しげでしたが、急に激しく降ってきましたね……」
セラスとリズが濡れそぼった衣服を絞る。
俺はタオル代わりの乾いた布を二人に渡した。
「髪をよく拭いておけ。風邪を引くかもしれないからな。まあ……ハイエルフとダークエルフも人間と同じように風邪を引くのかどうかは、知らないんだが」
「風邪ですか? ええ、引くには引きますよ?」
水滴を垂らす前髪を丁寧に拭きながら、セラスが続ける。
「ただ、エルフ族は人間族よりも病気にかかりにくいと言われていますね。というより、人間族は他種族と比べると病にかかりやすい種族と認識されています」
セラスが歩み寄って来て、俺の髪を布で拭き始める。
見ると、彼女は少しだけ背伸びをしていた。
同意を求めるように、セラスが微笑みかけてくる。
「あなたこそ、風邪を引かぬよう気をつけねばなりませんよ?」
「……そうだな」
ここで風邪を引いて悪化でもしたら、大変だ。