ミッシング
使用対象を凍結させる【フリーズ】。
こいつは他のスキルと毛色が違う。
対象上限数は【3】。
表示は現在【2/3】。
他のスキルと比べて少ない印象。
非致死型。
他スキルとの重複使用不可。
効果持続時間は300日。
解除不可。
使いどころの難しいスキルと言える。
俺は平らな石の上に凍った虫をのせた。
「イヴ、その大槌でこいつを叩いてみてくれないか?」
「何?」
「氷を砕くつもりで思い切りやってくれ」
「この小さな氷漬けの虫を相手に思い切り、か?」
「そうだ」
「……わかった」
先ほどコステロの大槌をイヴに回収してもらっていた。
イヴがその大槌を振り上げた。
軽々と持ち上げている。
さすがの腕力と言えるだろう。
狙いを定めて、イヴが大槌を振りおろした。
ブンッ!
カキンッ!
「っ!?」
イヴに困惑が走った。
手ごたえに違和感があったのだろう。
「異様に、硬い」
イヴが唸る。
「勢いは申し分なかったはず……衝突の位置も悪くなかった。しかしこの硬さ……ただの氷とは思えぬ」
「その通り。ただの氷じゃない」
氷を指先で拾い上げる。
「生きた相手に付与すると、凍結後、こうして破壊を拒む状態になるらしい。氷が馬鹿げた硬度を持つようになる」
以前【フリーズ】を初めて試用した時のことだ。
実験対象に選んだのは小さな虫だった。
氷漬けになった虫は何をしても砕けなかった。
火で炙っても、氷は溶けなかった。
多分、300日が経過するまでこの氷は溶けないのだろう。
「それじゃあ、お次はこいつをその大槌で叩いてみてほしい」
怪訝そうな反応をするイヴ。
「先ほどと、同じ虫に見えるが……」
石の上に再び俺は氷を置いた。
手で氷を示す。
「やってみてくれ」
「……わかった。そなたのことだ。何か考えがあるのだろう」
もう一度イヴが大槌を振りおろす。
…………。
にしても驚くべき精度だ。
あのサイズの氷を、先ほどとほぼ同じ衝突位置で捉えている。
寸分たがわぬ、と言ってもいい。
ピキッ!
――ボロッ――
「むっ?」
何かにイヴが気づく。
「音も手ごたえも、先ほどと違う……」
大槌をゆっくり上げていくイヴ。
そこには、粉々に散らばった氷があった。
粉々という表現に偽りはない。
まさに粉と思えるほどの細かさである。
「これは……? 先ほどの氷と何か違うのか?」
「他のスキルと【フリーズ】が違う点は”物体”にも使用できる点だ」
「だが、同じ虫だったではないか」
「確かに虫の種類は同じだ。しかし二匹には、決定的な違いがある」
「決定的な違い?」
「ああ、生者と死者という違いがな」
「む?」
「最初の虫は生きたまま【フリーズ】をかけた。そして、二番目の虫は――死骸に【フリーズ】をかけた」
「ふむ、そんな違いがあったのか……」
「どうも死体になると”物体”と判定されるらしい。だから異様な硬度を持つこともなく”破壊可能”な氷となる」
死骸は【フリーズ】において”物体”扱いとなる。
ほぼ粉状になった氷を、俺は指で掬った。
「しかも破壊した際に、こうして普通の氷とは違う特殊な砕け散り方をする――風に乗って消えるくらいの、細かさに」
△
あれは、モンロイの宿に泊まっていた時のことだった。
俺は前から抱いていたある考えを試してみた。
新スキル【フリーズ】による凍結状態は300日解除できない。
解除不可。
では”破壊”はどうなのだろうか……?
最初の実験で凍らせた虫を、試しに小型ハンマーで叩いてみた。
尋常でない硬さだった。
明らかに一般的な氷とは硬さが違った。
セラスの精霊が作り出す氷に近いのかもしれない。
アレコレ試したが、氷の破壊は無理そうだった。
俺はため息をついた。
自分の立てた案が白紙になっていくのを感じた。
俺は窓際に寄って外を眺めた。
今後のことを考えるために。
と、窓枠から剥がれた落ちた木片が目に入った。
そういえば【フリーズ】は確か物体にも効果が及ぶ……。
物体にはまだ試用していない。
こちらも試してみることにした。
対象数の上限は【3】。
あの虫とこの木片で2枠使っても、ひとつは残る。
「一応、違いがあるかどうか確認しとくか……」
木片を凍らせる。
次に、ハンマーで叩いてみた。
砕け散った。
虫の方と比べ物にならない脆さ。
しかも、粉々に砕けた。
小麦粉みたいな細かさ。
「普通なら破片にもっと大小の差が出そうなものだが……つまり、この砕け方は【フリーズ】特有のものなのか?」
仮説を立ててみた。
人間、動物、虫などは”生者”と判定される。
植物、土、石などは”物体”と判定される。
生者は破壊できない。
物体は破壊できる。
「ステータスオープン」
スキル情報を確認。
上限数が【2/3】から【1/3】に戻っていた。
「……破壊されると、上限数も戻るのか」
ほどけかけたものが再びつながった気がした。
これなら、いけるかもしれない。
外へ出て俺は虫の死骸を探した。
たまたま、最初の試用時と同じ種類の虫の死骸を発見した。
死骸を凍結させ、ハンマーで叩いてみた。
▽
「で、その結果――」
「破壊できた、というわけか」
「ああ」
「ううむ」
イヴが渋く唸った。
「使用対象の違いで硬度が変わる話は、わかったのだが……それで、そなたは何をしようとしているのだ?」
「死体処理の方法を、ずっと考えててな」
イヴがハッとした。
「つまりそなたは、死体を凍結させて……」
「そういうことだ」
このスキルを使えば死体を残さず処理できる。
「しかしそれでも、疑問が残るのだが」
イヴはまだ歯にモノが挟まったような顔をしていた。
「そのスキルであえて死体を処理する意味はあるのか? 死体など、そのまま捨て置いていけばよいのではないか?」
「疑問はもっともだな。だが――」
俺はムアジの死体に視線をやった。
「ここに転がってるのは”五竜士を殺した呪術師集団”の死体なんだよ」
「むむ……我には、まだそなたの狙いがわからぬ……」
「五竜士殺しの犯人を、このまま永遠にアシントの連中に押しつけさせてもらおうと思ってな」
アシントの死体が粉々になって消え去る。
ここで死んだアシントは今後、誰にも見つけられない。
そうなれば真相は闇の中となる。
本当に五竜士はアシントの”呪術”で死んだのか?
死人に口なし。
今後、誰もアシントに真偽の確認は取れない。
五竜士の死を目撃した生存者は俺とセラスのみ。
真相を知る者は他にいない。
「自分たちが五竜士を殺したと触れ回っていた呪術師集団……そいつらがある日、忽然と姿を消す」
五竜士殺しの犯人。
世間はアシント”かもしれない”と思い続けるだろう。
アシント自身が否定しない限り”かもしれない”は残り続ける。
他に犯人の目処がつかなければなおさらだ。
永遠に続く未確定な状態。
「五竜士の死の謎を解明したがるヤツは、存在しない容疑者を捜し続けることになる……」
元々デコイ役のアシントが長持ちするとは思っていなかった。
いつか化けの皮は剥がれる。
そう思っていた。
だが上手く運べば、これで連中が永遠のデコイ役になってくれるかもしれない。
五竜士殺しの犯人として。
「”消えたアシント”には、引き続き俺の目くらましになってもらう」
現場に残る死体の種類は二つ。
ズアン公爵の私兵。
雇われた傭兵たち。
これもアシントの仕業にされるかもしれない。
彼らは逃亡中のイヴ・スピードに加担したのか?
あるいは内輪揉めでも発生したのか?
何が起こったかは、誰にもわからない。
俺はイヴにその考えを話した。
「とはいえ、アシントの連中がイヴに寝返る理由なんざ見当がつかないはずだ。なんらかの内輪揉めや、裏切りで処理される可能性はある――となると、イヴからも目を逸らすことができるかもしれない」
「そうか……その策を成立させるために、そなたは一人も逃したくなかったのだな」
「ああ」
「確かに……目撃者が一人でも逃げてしまえば、その策の成立は難しくなる」
「ま、逃がしたら逃がしたらで仕方ないとは思ってたんだがな……正直なところ、この策の達成は難しいと考えてた。けど、おまえたちのおかげで本当に一人も逃さずやれた」
仮に失敗しても、主戦力さえ潰しておけばその後は障害なく魔群帯へ辿り着けるだろう。
追いつかれた時点でどの道、主戦力は潰しておく算段だった。
「イヴ、少し待っててくれ」
俺はセラスに頼んでおいた例のアレを取りに行った。
長い中型のハンマー。
コステロの武器が大槌なのは想定していなかった。
元はこのハンマーでイヴに砕いてもらうつもりだったのだ。
が、俺も手伝えそうだ。
俺は、中型ハンマーを手に取った。
「コステロとかいうやつのおかげで作業用のハンマーが二つになった。アシントの死体は、手分けして砕いていこう。正直言って気持ちのいい作業じゃないが……やれそうか?」
セラスやリズにやらせるものではあるまい。
見せるものでもない。
が、イヴの腕力には頼りたいところだった。
「ふん」
イヴが鼻を鳴らす。
「残虐な光景など血闘場で飽くほど見てきた。我の手もすでに数え切れぬ血で穢れている……ゆえに、我へのそのような配慮は無用」
「心強い言葉だな。イヴ――」
俺はゆったりとハンマーを担いだ。
「もしどこかでセラスたち以外の者の気配を察知したら、すぐ教えてくれ。氷を砕いているところを目撃されるのを避けたい。おまえがそういった気配を察知した時点で、作業を打ち切ってここを離れる……第四陣が来る可能性もないわけじゃないしな。まあ、死体を消すのは最悪ムアジと中心メンバーだけでもいいさ」
他のアシントは公爵の私兵や傭兵と相討ちになった。
そういうシナリオでもいい。
毒死して傷のない死体には、その辺の毒矢や剣でも刺しておけばいい。
イヴが頷く。
「承知した」
俺たちはハンマーを手に歩き出す。
「それじゃあ、取りかかるとしようか」
▽
場所が都市や村と離れているからなのか。
夜の深い時間帯だからなのか。
結局、イヴのセンサーに邪魔者の気配が引っかかることはなかった。
こうしてアシントの死体を砕き終えた俺たちは、セラスたちと合流すべくその場を離れた。
死体砕きの過程で得た情報を整理する。
死体の硬度は木片の時と違った。
対象によって硬度が変わるらしい。
となると、元々硬いものなんかは破壊が困難かもしれない。
凍らせてなんでも粉々に、というわけにはいかないか。
「…………」
先ほどから、雲がゴロゴロと鳴っていた。
このまま雨でも降ってくれれば、散らばった”粉”も綺麗に洗い流されるだろうか……?
途中、背後を振り返る。
もうあそこに”アシント”はいない。
『呪いの不存在など誰も証明できない』
セラスによると、ムアジはそう得意げに語ったらしい。
「そうだな」
俺は呟いた。
「もはやおまえたちの存在も、誰も証明できない」