FROZEN
俺は公爵に背を向けた。
「イヴ」
「うむ」
「公爵の命乞いを聞きたいかもしれないが、始末は手短に頼む」
イヴはすぐ返事をしなかった。
死体を数えるのを中断して、俺は言った。
「気が進まないなら、俺が――」
「いや」
イヴが口を開いた。
「我に、ケリをつけさせてくれ」
「わかった。終わったら、俺のところへ来てくれ」
一つ頷くと、イヴは公爵の前に立った。
その手には剣を握りしめている。
俺は死体の数合わせを再開する。
「ぬ、ぉ……ぐ、ぎぎ……っ、ひ……ひ、ぃぃ……っ」
いよいよ公爵は現実から逃げられなくなった。
背後から伝わってくる。
公爵の恐怖が。
「喋れない状態はむしろよいのかもしれぬ。言葉で惑わされる心配もない……我は、単純だからな」
イヴの声は凍りついていた。
氷のような冷たさだった。
「我を陥れただけなら、まだどこかに許す気持ちが湧いたのかもしれぬ。だが……あの子にまで手を出そうとしたのは、悪手だったな」
「ぎ、ぐ……ぐ、ぅ、ぅ……」
「涙を流そうとも、もう騙されん」
「ぎ、ぎ、ぎ、ぃぃ……ッ」
「さらばだ」
ごく小さな短い悲鳴が聞こえた。
最後にイヴが口にしたひと言。
普通に考えれば公爵へ向けたものだろう。
しかし見方によっては、甘さのあった過去の自分へ向けた言葉だったのかもしれない。
▽
足音が一つ、背後で止まった。
「トーカ」
「……ケリは、つけられたか?」
「うむ」
思ったよりイヴは晴れ晴れとした感じだった。
「トーカ殿」
セラスがリズの手を引いて林から出てきた。
今は変化を解いている。
精霊の力は対価が必要となる。
本来、変化の力も使用しないに越したことはない。
まあ、今は変化の力も必要あるまい。
セラスが辺りを見渡す。
「終わった、ようですね」
リズはセラスの服の裾を握っていた。
セラスの腰あたりに身を寄せている。
俺は言った。
「リズ、もし死体を見たくないなら――」
「だ、大丈夫ですっ……」
「本当に?」
「おねえちゃんと旅をしていた頃にたくさん見てきました……わたしたちを、襲ってきた人たちの……」
死体を目にするのは初めてじゃない、か。
しかし小刻みに震えているのは確かである。
まあ一概に見慣れて得するものとは言えないだろう。
「セラス、俺はこれからイヴと少しやることがある。おまえは、リズを連れて先に出発の準備をしててくれるか?」
「承知しました。では、置いてきた荷物を回収してから、まだその辺りをうろついている馬を捕まえておきましょう」
「頼む。ああ、それと」
「何か?」
「あの弓矢での援護、助かった」
自信なさげな顔をするセラス。
「あれも、指示にない自己判断だったのですが――」
「前も言っただろ。おまえの自己判断は、信用してる」
言葉を噛み締めるようにして目を閉じるセラス。
彼女はそのまま、胸に手をあてた。
「はい、ありがとうございます……」
「もうおまえはこの”傭兵団”の副団長の位置だ。おれが指示できない時の判断はおまえに一任する。イヴとリズも、それでいいな?」
「うむ」
「は、はいっ」
イヴとリズが答えた。
微笑むセラス。
「今後ともよろしくお願いいたしますね、二人とも」
「それと、セラス」
「はい」
「出発の準備をする前に、荷物の中から例のアレを取ってきてくれるか? あとで使うことになると思う。そうだな……その辺りに、置いておいてくれ」
セラスはすぐピンときた顔をした。
「はい、かしこまりました」
大体の合流位置を決め終えると、セラスは林の中へ向き直った。
「あの、セラス様」
気後れした様子で、リズが立ち止まった。
「どうしました、リズ?」
「わ、わたしにも……手伝わせてください」
リズの声は震えていた。
「先ほどトーカ様は、傭兵団の一員にわたしも含めてくださいました……」
「リズ?」
リズの目尻には、涙が溜まっていた。
「わたしも何か、お役に立ちたいです……」
自分は悪いことをしている。
なぜかリズにはそう思っている感じがある。
セラスが、リズの頭を撫でた。
「わかりました。では、あなたには荷物運びの手伝いをお願いします。いいですか?」
「は、はいっ……感謝します、セラス様っ……」
二人はそうして、林の中へ消えて行った。
リズは自分の意思を口にするのを怖がっている。
それがいけないことだと思っているのだ。
あの女主人との生活による影響だろう。
ヤツらは否定する。
子どもが自分の意思を持つことを。
自分の考えを持つな。
ただ言われたことに従えばいい。
そうやって頭ごなしにおさえつけてくる。
すると子どもは、自分の考えに自信が持てなくなっていく。
やることなすこと、間違っているように思えてくる。
次第に感情も凍りついていく……。
リズが受けた心の傷は、深そうだ。
「イヴ」
「なんだ?」
「あの子が負った傷は、おまえが時間をかけて癒してやるんだな」
「あの子のことは、鈍感であった我にも責任がある……当然、そのつもりだ」
俺はリズの消えた林を見た。
「一緒に旅をする間は、俺とセラスも協力するさ」
「ああ……礼を言う、トーカ」
▽
「それでトーカよ、我とそなたで何をするのだ?」
辺りに散らばっている死体。
俺たちは先ほどまで死体を数えていた。
討ち漏らしはゼロ。
全滅。
毒状態だった連中も、今は物言わぬ死体になっている。
「…………」
イヴにも説明しておくか。
俺は懐に手を入れた。
「こいつを見てくれ、イヴ」
「これは氷、か……?」
俺の指先が摘まんでいるもの。
小さな氷のかたまり。
イヴが目を細めてそれを観察する。
「ふむ? 氷漬けになった虫に見えるが……」
「そうだ。これは生きている虫を【フリーズ】のスキルで、凍結させたものだ」