BLINDNESS
先ほどの公爵の号令で気配の変わった連中がいた。
近衛兵ではない。
毛色が違う。
おそらく、
「うぉぉおおおお! あれだけ”後ろで我々の強さを見ていろ”とか威張ってた近衛隊も大したことねぇなぁ! あいつらも近衛隊と戦ってちったぁ疲労してるはずだ! 一気に畳み掛けるぞぉ!」
雇われた傭兵たち。
怒涛の勢いで飛び出してきた。
言動を聞く限り敵たちはまるで連携できていない。
互いに出し抜くことばかり考えている。
「俺たちとしては、ありがたい話だけどな……」
勢いづいた傭兵の何人かがイヴを突破してくる。
「人殺しで金が稼げて、しかも時には名声までついてくんだからよ! まったく、傭兵業は最高だぜ!」
イヴは逃げようとする者の始末を優先している。
突破されるのは仕方ない。
「【バーサク】」
先頭の列にいる傭兵の一人に暴性を付与。
「ぐがぁぁ――」
ザシュッ!
暴性が付与された傭兵を、隣の傭兵が斬り殺した。
「様子が急におかしくなったやつはそのまま殺しちまえ! 見た感じ、原因はあのローブ男だ! ただ、観察してみるとまとめておかしくはできないらしい! まず、あのローブ男を殺すぞ!」
中に目ざといヤツがいるな……。
短い時間でよく分析できている。
迫りくる傭兵部隊。
俺は転がっているアシントと動けない第一陣へ視線を飛ばした。
時間が経って次々と毒でくたばっている……。
「ステータス、オープン」
スキル情報を表示。
表示を見て【パラライズ】の”枠”が空いているのを確認。
手を、突き出す。
「【パラライズ】」
「あ、ぐ、ぅ……っ!」
続けざまに毒を付与していく。
「てめぇら怯むなぁ! 見ろ! やっぱり力を使える相手に数の制限があるらしい! つまりまとめてかかれば処理し切れねぇはずだ! おら! ここできっちり売り込めばズアン公爵の名のもとで好き放題できる未来が待ってるぜ! 行けぇぇええええ!」
隣の者が無力化されていっても傭兵たちは怯まない。
むしろ競争相手が減って好都合だと思っている節すらある。
今回の傭兵たちは命知らずの集まりなのかもしれない。
麻痺、暗闇、暴性付与で俺は敵を掻き回していく。
途中、乗り手を失った馬が錯乱して暴れ始めた。
馬陰から二人、飛び出してくる。
「よっしゃぁ! 取ったぁ!」
「金も地位も名誉も、おれたちがいただきだぁ! ひゃはははっ!」
両手を突き出す。
この距離なら【スリープ】で、眠らせて――
ドスッ! ザシュッ!
「がっ!?」
「ぐ、ぉっ!?」
俺に襲いかかってきた二人の傭兵の頭を、矢が貫いた。
矢は、林の中から飛んできた。
視線を滑らせる。
――セラス。
林の中から援護してくれたようだ。
使用したのは回収したアシントの弓矢か。
エルフは弓矢が得意なイメージがある。
そのイメージに漏れずセラスも得意なのだろうか?
ともかく援護はありがたい。
セラスの援護を受けつつ、俺はイヴを突破してきた連中を片づけた。
俺はそのまま前進した。
落馬した傭兵や近衛兵が倒れている。
通り過ぎざま【ポイズン】を付与していく。
「ぐっ……な、なんなんだよあいつはぁっ!? クソが! あの豹人がブザマに死ぬサマを、特等席で見物できると思ったのによぉ!」
林の中へ逃げ込もうとする近衛兵が目に入った。
「【ダーク】」
「……え? あぁぁ!? 目がぁあああ!?」
馬から転げ落ちる近衛兵。
近衛兵は、四つん這いで逃亡を図った。
「ひぃぃ!」
ザクッ!
逃亡しようとした近衛兵を、馬上から公爵が槍で突き刺した。
「ぐぇぇっ!?」
「逃亡など許さんぞぉキサマぁ!? それでも我が公爵家の栄誉ある近衛隊の一員か! この愚か者が! 許さん! 豹人も近衛隊も、このワタシから逃亡する恩知らずは許さん! 許さぁぁん!」
公爵は憎悪に呑み込まれていた。
逆上して正気を失っている。
近衛隊には公爵を恐れて逃亡を躊躇っている者が多い。
今の光景も逃亡を躊躇わせる要因となるだろう。
泳がせておいて、やはり正解だったか。
「何をしているのだおまえたち!? あの薄気味悪い黒ローブを殺せぇ! 何をしているのかは知らんが、このおかしな状況は十中八九あの男が元凶……ッ! 殺せ! このズアン公爵をコケにした者は、絶対に許すわけにはいかん! ワタシは公爵だ! 公爵だぞ!? すべてはワタシの思惑通りに運ぶ! 物事はすべて、このワタシの思惑通りに進まねばならぁああん!」
俺が【バーサク】をかけずとも、公爵はもうイカれてるようだった。
「トーカ」
背中越しに、イヴが声をかけてきた。
「なんだ?」
「そなたに礼を言う」
「どうした、急に」
「血闘士になって以来、我は見世物と化した戦いに身を投じてきた。戦士でありながら、我は戦いそのものへの徒労感を覚え始めていた。戦いなどもうごめんだと……そう、思い始めていた」
「……今は何か心境の変化でも?」
「ああ。なぜかは、よくわからぬのだが――」
足もとに落ちていた剣をつま先で器用に跳ね上げるイヴ。
柄をキャッチすると、彼女は剣をそのまま近衛兵めがけて投擲した。
ブンッ!
「ぐあぁ!」
「こうして戦えることを、今は嬉しいと感じている」
直後、イヴが夜闇に吠えた。
猛獣さながらの激しい咆哮。
その咆哮は歓喜を帯びていた。
一瞬、残る近衛隊が怯んで固まる。
近衛隊たちのかたまりへ突撃していくイヴ。
迫る速度はまさに疾風。
懐に飛び込んだイヴが、敵を斬り飛ばす。
ザシュッ!
ズバッ!
夜空に舞い上がる悲鳴。
「…………まいったな」
イヴの戦う姿。
彼女の血闘を俺は一度も見たことがない。
イヴは第一陣やアシントとも戦っていない。
なのでこの第三陣との接触が、初めて目にするイヴの戦姿。
改めて見ると凄まじい戦闘力だ。
さすがにあのシビトには劣るだろう。
それは仕方がない。
あいつは特別だった。
が、他の五竜士とならいい勝負をしたかもしれない。
そう思えるほどには、目を奪われる戦いぶりだった。
そして、気づけば――
「ぐぅぅぅっ! くそっ! くそくそくそぉおお! くそめがぁぁぁああああああっ!」
残るは公爵のみとなっていた。
血管を浮き上がらせてプルプル震える公爵。
ようやく自分の周囲が見えてきたらしい。
公爵以外は壊滅状態。
俺はもう死体の数合わせに移行し始めている。
息のある連中も、次々と毒でくたばっていく。
公爵が馬上でジタバタし始めた。
「ぐ、がっ……ぐぎぃぃぃ! ぎぎぎぎぎぃぃぃいいいいいいっ! な゛んでぇぇぁああ゛!? あぁぁあああああああ゛あ゛――――――――ッ!」
現実が自分の思い通りにいかずブチ切れている子どもにも見える。
馬首を巡らせて、怨嗟を浴びせかけてくる公爵。
「お、覚えておれぇぇええええ! 今回は仕方なく引き下がってやる! だがキサマらのことは絶対に許さん……ッ! 近い将来、必ずやむごたらしい死を――」
「【パラライズ】」
麻痺の枠はもう十分空いている。
「ぐ、ぉ……ぉ……?」
麻痺状態になる公爵と馬。
「馬鹿か、おまえ」
俺は呆れて言った。
「覚えておくもクソもあるか。はいそうですかと、ここで俺たちがおまえを逃がすと思うのか?」
なぜここで自分が逃げられると思えるのか?
俺は推測を巡らせた。
公爵にはおそらく見えていないものがある。
多分、物事はすべて自分の思い通りに運ぶと思い込んでいるのだろう。
一方、思い通りにいかないことには耐えられない。
都合の悪い物事にはこれまですべて蓋をしてきた。
暴力や権力を使って。
要するに、
「もう少し現実を直視できていれば、生き残れたのかもな」