E級勇者のユニークアイテム
魔法陣が光り始める。
だめだ。
おそらく助かる術はない。
あの冷酷な女神がこの状況から俺を助けてくれるとは思えない。
魔法陣を囲む兵士たちが弓を構える。
ローブ男たちが腕を突き出す。
俺の方へ。
「魔法陣から出ようとすれば、死にますよ?」
女神が笑顔で警告してきた。
クラスメイトにも俺を助けようとする気配はない。
誰も逆らわない。
女神や兵士が怖いのもあるだろう。
序列上位の桐原がすでに俺を切り捨てる空気なのもあるだろう。
でも、それ以上に――
危険を冒してまで空気モブを助けるやつなんて、いない。
いるはずがない。
モブが一人いなくなっても影響なんかないんだ。
選ばれた勇者たちの物語。
三森灯河はその中にいなくてもいい。
不要な存在。
ポフッ
「え?」
女神が俺の足元に何か、放り投げた。
「皮、袋……?」
「勇者のユニークアイテムです」
ユニークアイテム。
特別な魔法の道具って感じか。
「召喚される際、勇者には特別なアイテムが付与されます。そしてそのチンケな皮袋が、あなたのユニークアイテムだったのです」
へなへなの皮袋を見おろす。
「俺の、ユニークアイテム……」
2−Cの面々がざわつく。
皆”そんなのあったっけ?”みたいな顔をしている。
女神が先回りし、説明を入れた。
「大丈夫ですよ。皆さまがまだ眠っている最中に回収し、今は別室にて大切に保管してあります。後でちゃんとそれぞれにお渡ししますから。本人が使う方が効果も高いですしね」
俺は気づいた。
女神たちはさりげなくエグいことをしている。
もし強力なユニークアイテムが、召喚直後の勇者の手元にあったら。
反抗しようと暴れ出した場合、手こずるかもしれない。
だから目を覚ます前にユニークアイテムを回収した。
女神がフフッと微笑む。
「強力なユニークアイテムが召喚時に付与される点も、勇者召喚がありがたがられる理由の一つですね。さて――」
皮袋を見据える女神。
「試しに魔素を注入してみましたが、あなたのチンケなユニークアイテムは発光するだけみたいですね」
「発光?」
「要は灯りですよ。遺跡内は暗いと思うので、きっとそれなりの灯りにできると思いますよ〜。あと、宝石が一個ついているので……無事に地上へ出られたら、売り払って当面の生活費にできますね! 素晴らしいです!」
女神が両手を広げ、背後の2−Cの面々へ振り返る。
「皆さま、ご覧になりましたね? 私が今ほどトーカ・ミモリに与えた慈悲を……そうです、どんな底辺にも生きるチャンスは与えられるべきなのです。女神は慈悲を与えます……どんな弱き者にも! 廃棄される、E級勇者にさえも!」
なんのアピールだ……。
再び女神がくるっと俺の方を向く。
「ですが今の皆さまに慈悲は必要ありません! なぜなら皆さまは彼より優れているからです! 自分自身に強力な力が、あるからです!」
魔法陣の光が強さを増す中、声を張り上げる女神。
「ここにいる2−Cの生徒の全員が勇者です! そんな勇者の中にも序列は存在します! おそらく等級の違いに不安を感じた方もいるでしょう! もしかすると自分は優れた人間ではないのかもしれない……ですが、安心してください! あなたたちは選ばれたのです! 優秀なのです! ごらんなさい、彼を――トーカ・ミモリを!」
クラスメイトが一斉に俺を注視する。
「彼も紛うことなき勇者! ですが皆さまとは違いがあります! 皆さまはD級以上! 確実に誰かより優れた存在なのです! つまり、持って生まれた側の人間なのです!」
E級勇者にも使い道がある。
ようやく、わかった。
あの言葉の意味。
生贄。
S級勇者やA級勇者。
上級の彼らは”選ばれた感”がある。
逆にB〜D級とされた勇者はモチベーションが低くなるかもしれない。
異世界に来ても自分の序列は低いのだ、と。
だが自分が同じ条件の”誰か”より上なのだと認識できれば、己の存在意義を見い出せる。
自分を、保てる。
あいつよりはマシ。
自分はまだマシな状態。
三森灯河よりは、マシ。
自分は廃棄遺跡とやらに送られなくて本当によかった。
よかったよかった。
自分はまだツイてる。
詐術。
錯覚。
自己暗示。
三森灯河を生贄とし、女神が仕掛けた”儀式”。
B級以下の勇者にも優越感を与え、自信を生み出させる。
生贄は最底辺――E級勇者。
同じ”勇者”という俎上に意味がある。
選別された感が出る。
選ばれた感が出る。
「く、そ――」
そういう、ことかよ。
使い道があるってのは。
廃棄遺跡とやらにはあの三つ目オオカミより恐ろしい化物がいるはずだ。
俺が使えるのは存在価値のない外れスキル。
ステータス補正は、絶望的。
きっと死ぬ。
俺は。
「待ってください!」
ありえないと断じていた言葉。
それがふと、俺の耳に届いた。
顔を上げる。
目にしたのは、毅然とした足取りで女神に歩み寄る十河綾香。
「こんなの間違っています! 三森君はクラスメイトなんですよ!?」
「わーわーっ! な、なに無礼なこと言ってるんだ十河ぉぉおおおお!」
柘榴木が慌てて止めに入る。
「柘榴木先生も担任なんですからしっかりしてください! どんな時でもあずかる生徒を守るのが教師の役目ではないんですか!?」
「じ、状況が違うんだ! 聡明なおまえならわかるだろ!? 仕方ないんだよ! み、三森だって悪い! E級だったんだから!」
「三森君だって望んでE級になったわけじゃないでしょう!? こんなこと許されるはずがありません! 彼を廃棄遺跡とやらに送るのを、今すぐやめさせ――」
「S級のアヤカさんですか。ふぅ、では仕方ありませんね」
女神が腕を降ろした。
すると――
瞬きほどの短い間に、女神が、十河の背後に回り込んだ。
「当て身!」
十河の首の後ろを、女神の手刀がとらえる。
「くっ!?」
咄嗟に身体を捻って振り向く十河。
格闘漫画かと思うほどの反射速度だった。
振り返る勢いを活かし、十河はそのまま女神の手刀を払いのけた。
ピシャッ!
あれも古武術の動きなのだろうか?
凛とした顔つきで、十河が気を吐く。
「悪いですけど、私はそう簡単にやられ――ぐっ、ふっ!?」
重みも速さも段違いな女神のこぶしが、十河の腹にめり込んだ。
「最初の手刀はフェイントです。あんなのが、本命のわけないでしょう」