白い光と異世界召喚
俺たちは修学旅行中だった。
荻十学園2年C組。
今は山間の道をバスで移動している。
寝てるやつ。
スマホいじってるやつ。
乗り物酔いっぽいやつ。
手鏡ばっか見てるやつ。
このクラスで特に目立つのは、後ろの座席に集まってるやつらだ。
いわゆる上位層グループ。
「なぁ拓斗ぉー、今度誰か知り合いのオンナ紹介してくれよー」
「翔吾は女子に対して軽いんだよ。そういう不誠実なの、よくないだろ」
桐原拓斗。
天が二物以上を与えしイケメン。
諸々のスペック高し。
ひと言発するだけで周りの空気を変化させる。
事実、さっきの発言後にはもう空気が変わっていた。
「やっぱり桐原クン、誠実ー」
近くの席の女子数人が黄色いレスポンスを返している。
桐原拓斗は2−Cの主人公。
2−Cは桐原を中心に回っている。
そんな桐原の隣にいつも陣取ってるのは、小山田翔吾。
昔の表現で言うと不良。
桐原の腰巾着ポジ。
桐原の親友(自称)。
強面(そこそこ)。
素行が悪い。
口も悪い。
いいのは体格と喧嘩の腕。
卑劣さも優れているだろうか。
桐原&小山田コンビはクラス内でイケてる系の女子と男子を従えている。
「ていうかアタシらでイーじゃん翔吾ー」
「チャラすぎんだよオメーらは」
「下がるわ〜」
「ギャル系で攻めんならよ、高雄妹は超えてこいや!」
「無理無理無理マジ無理だから! あいつ人間チョーエツしてるし! あいつぜってぇ七つの玉とか集める系の人類だし」
「わけわけんねー! つーか七つのタマとかヤバくねぇ!?」
何が”ヤバい”のだろうか。
修学旅行でテンションが上がっているのか。
はしゃぎまくる小山田。
一方、話題に出た高雄妹は静かなものだった。
高雄姉妹。
変人で有名な双子の姉妹。
いつも二人でいる。
姉の高雄聖がクール系美人。
妹の高雄樹がギャル系美人。
二人ともハイスペック。
姉の学力はクラスで二位。
妹も頭がよく、前のテストでは四位だった。
運動方面も隙がない。
姉妹揃ってスタイルもずば抜けている。
変人以外で覚えておく情報は、それくらいか。
「山の景色は非日常への想像が広がるからいいものよ。あなたもよく見ておきなさい、樹」
「わかったよ、姉貴」
高雄姉妹はやはりよくわからない。
俺には何度見ても平凡な景色としか思えない。
あれのどこに非日常を感じるのか。
いや。
高雄姉にはきっと何かが見えているのだろう。
ちなみに高雄妹が姉に逆らったのを、俺は見たことがない。
「うっわ!? 高雄妹、おれが名前出しても安定のスルーきたわー! やべー! かっけー!」
「もう少し静かにしてもらえるかしら、小山田君」
澄んだ声が、車内の空気を震わせた。
「お?」
「私、読書中なんだけど」
「んだよ十河ー? 今の言い方、マジ冷気じゃん?」
十河綾香。
クラス委員。
他校で話題になるくらいの美人。
実際、無断の盗撮画像がSNSで出回ったほどだ。
黒髪。
カチューシャ。
色白。
黒タイツ。
超お嬢さまと噂されている。
下校の時、高級車とか迎えに来てるし。
文武両道。
高雄姉をおさえ、学力のクラストップは十河である。
部活には所属していない。
ただし体育の時間で運動能力の高さは何度も証明済み。
頼まれてたまに運動部の助っ人もしているとか。
もし男主人公を桐原拓斗だとするなら、女主人公は十河綾香と言えるだろう。
「つーか十河、なに読んでん?」
サッ
小山田が十河の文庫を取り上げた。
「ちょっと、やめてよっ」
あ。
小山田のやつ。
カバーまで外しやがった……。
ちょっとやりすぎだろ、あれ。
が、誰も止めない。
当然か。
2‐Cで小山田に物言いができる生徒など、限られている。
「今どき紙の本とかウケんだけど! 漫画? え、小説じゃん!」
「返してっ」
「”今年最大の超ド級恋愛小説”ー!? やっべぇぇええええ! マジ中身気になるわー!」
「か、返してってば!」
「うひょー! 今期ナンバーワンの意外性っすわー! へーナニ? 綾香たんって、実は恋愛小説とか読んじゃう系のスイーツなん?」
「わ、悪い!?」
「げっ! マジかよコレ!? 改行少なっ! おれこーゆーの無理! 目が、目が滑るぅ〜! 脳細胞が死ぬ〜!」
「じゃあ、返して」
「えー? どっしよっかなー? あ、じゃあおれとR@IN交換してくれたら返すよん?」
何を隠そう。
小山田は十河のことが好きなのである。
今のはアレだ。
好きな子をイジメたくなるってやつ。
ひと昔前っぽい歪んだ愛情表現。
とはいえ、
「小山田くん、いい加減にして!」
当の十河は小山田の気持ちに気づいていない。
薄々、鈍感のケがあるのは感じていたが。
ちなみにR@INとはいわゆるメッセージアプリだ。
世界でトップシェアを誇る。
R@INは相手に”承認”されないとやり取りできない。
要するに小山田は十河にその承認をしろと迫っているのだ。
俺がここで颯爽と止めに入れたらかっこいいだろう。
しかし俺のような”空気”が出張ってもそよ風が吹くだけだ。
効果ゼロ。
ナッシング。
空疎。
無意味な行動。
いや、むしろ悪化させるかもしれない。
小山田が相手なのも分が悪い。
そもそもクラス序列で最上位の十河が対抗できないのなら、ほとんどのやつが無理なのだ。
それにしても、
なんだか今日の十河はらしくない。
ん?
十河の顔が、ちょっと赤い?
……ああ、なるほど。
恋愛小説ってのがバレて照れてるのか。
だから普段の凛とした強気を百パー出せていない。
「…………」
照れてるせいで、か。
ちょっと普通にかわいいと思ってしまった。
あと、
「小山田さ、返してやれよ」
普通に、かわいそうだろ。
「は?」
「は?」
二つ目の”は?”は俺の声だった。
あれ?
俺……。
どうした?
なんで俺、立ち上がってるんだ?
「三森灯河クン? えっと、さ……何? は? 急にどしたん?」
そりゃ小山田も驚くだろう。
クラスで空気モブの俺――
三森灯河が、いきなり注意してきたのだから。
バス内の空気も変になる。
俺は注目を一斉に浴びた。
嫌な汗が出てくる。
「いやほら……なんか十河さん、ほ、本気で嫌がってるみたいだし……」
「かっ――」
「え?」
小山田がプルプル震える。
皿に降り立ったばかりの新鮮ゼリーかよ。
「か、かかっ――かっけぇぇーっ! かっこよすぎる! かっこメーン! メーン!」
俺をノリノリで指差す小山田。
完全に俺を馬鹿にしくさった態度。
「はぁ? 三森って十河さんLOVEの方向性で活動してんの? そうなん? 三森パイセン……そ、それでついカッコ盛っちゃったんスか!? え? マジ今のナニ? エアーマンの反逆かなんか?」
「三森、くん……?」
十河の顔が視界に入る。
なんとも表現し難い表情だった。
あの表情。
ポジティブに受け取るべきか。
ネガティブに受け取るべきか。
…………。
前者だと願おう。
さて。
この針のムシロ状態。
三森灯河はここでどう動くのが正解なのか。
その時、
「返してやれよ、翔吾」
助け船を出したのは、桐原だった。
さすがの小山田も邪険にできない相手。
「それより拓斗よー? カッコメン化した三森センパイとヒマつぶしに絡もうぜー?」
「別にいいよ。三森とかオレ、微塵も興味ないし」
「うっほぉ!? すげぇ冷気じゃん拓斗! やっべぇ! おれにはこのクールさが欠乏してるんだわ! こーゆートコがおれと拓斗の差なんかなー?」
「けど小山田さ、三森は放置スルーでいいけど十河の本は返してやれよ。そういうのオレ、気分よくねーから」
羨望の眼差しが一斉に桐原へ注がれる。
主に女子から。
桐原クンやっぱ優しーよねー、と囁きが起こる。
小山田が文庫の背表紙で十河の肩を叩いた。
ペシペシッ
「悪ぃーな十河っ♪ おれ、ちょっと調子くれてたわ。悪ぃ! 許してちょ?」
ひったくるように文庫を回収する十河。
キッと小山田を睨みつける。
小山田は降参のポーズを取った。
「わ、悪かったって……」
ツンと黙したまま文庫本をポーチにしまう十河。
もう読む気が失せたようだ。
十河綾香は成績優秀、容姿端麗なだけではない。
古武術(確か古武術)を使える。
で、小山田はその古武術によって以前あっさりのされている。
小山田はあれ以来、少し十河を恐れている節があった。
と、同時に惚れたらしい。
桐原は耳にイヤホンをつけて、音楽を聴き始めた。
小山田が自分の席にドカッと戻る。
すると、
「うぉらぁっ!」
小山田が突然、斜め前の座席の背に蹴りを放った。
急の出来事にほとんどの生徒がビクッとなる。
添乗員さんの肩もビクッと上がっていた。
俺もびっくりした。
平然としてたのは四人だけ。
桐原拓斗。
十河綾香。
高雄姉妹。
というか双子に関しては、まったく反応していなかった。
「安ぅぅ〜?」
蹴られた席に座っていたのは気弱げな男子生徒。
小山田がその生徒に近寄り肩に組みつく。
「な、なんですか小山田さん……?」
安智弘。
いわゆるイジメられっ子。
今は小山田から完全にイジメの標的にされている。
あれは2年に上がった初日のことだった。
安が不注意で小山田のジュースをこぼした。
悪いことに、そのジュースが小山田のスマホにかかって故障した。
しかしその時の安は自分は悪くないと噛みついた。
噛みついた相手が誰なのかも知らずに。
以来、安は小山田にロックオンされている。
「さっきは、び、びっくりしたじゃないですかぁ……」
「空気の読めない三森センパイが身の丈以上のがんばりイベント起こしてんのに、テメェが自分は関係ありませんみてぇな冷えた空気出してっからムカついたんだろーが! おい文句あんのかよ!? オラァ! ちゃんと目ぇ見ろや!」
「あ、ありませんよぅ……」
「ざけんな! 2‐Cの産廃が一丁前に口きいてんじゃねぇぞ! 黙れオラァ!」
「…………」
「返事しろ!」
「は、はいぃ……」
黙らせたいのか。
返事をさせたいのか。
どっちなんだよ。
小山田はやっぱりおかしい。
「おーい小山田ぁ? その変にしとけよー? 今のご時世、やりすぎて勝手に自殺とかされても困るからなー。安も頼むぞー? 自殺するなら、ぼくが担任じゃない時にしてくれよなー」
担任の柘榴木保。
体育教師。
女子に優しく男子に厳しい。
いや、微妙に訂正。
可愛い女子限定で優しい。
柘榴木が興味のある男子はクラスカースト上位陣のみ。
要するにクラスをまとめるのに使える駒が欲しいわけだ。
逆に言えば使える駒にしか興味がない。
だから生徒によって扱いには雲泥の差がある。
平等。
このクラスにいると、すごく虚しく響く言葉だ。
序列は存在する。
いつでも。
どこにでも。
どうしようもなく。
「うーっす、自重しまーすっ。サーセン、っすぅ~」
おとなしく座席に腰をおろす小山田。
小山田は教師や大人たちに取り入るのが得意だった。
標的にした相手以外には好かれようと努力するのだ。
彼はエグい包囲網を敷く。
標的の逃げ場を、徹底して塞ぐために。
露骨にからかうトーンで、ごめんねポーズをする小山田。
「ゴメンヨー安クーンッ! おれ、1分くらいだけ心を入れ替えるナリー!」
悪びれず手足を広げ、再び小山田がドカッとシートに座り直す。
「あーあーあー! 自分が主人公だと勘違いしちゃった三森センパイのおかげで、楽しい修学旅行のきらめきワンシーンがマジモンの冷気だわーっ! 今回おれ、完全にとばっち――」
その時、だった。
なんの前触れもなく――
ほとばしる白い光が、バス内を満たした。