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第一話:DAY OF THE DEAD


 何かが聞こえた。


 俺は目を薄らと開けて、辺りを見渡した。図書室は静かで、生徒の姿がない。図書委員までも。俺は不審に思い、壁に掛かった時計を見た。午後二時三十七分。

「ヤバっ!」

 授業とっくに始まってんじゃん!

 俺は急いで図書室を出て、廊下を駆けた。足音が響き渡る。誰もいない廊下を走り、階段を下りた。そこでようやく不審な事に気づいた。


 話し声が聞こえない。


 さっきから廊下を走っているが、何処のクラスからも誰もいないのか話し声が全く聞こえない。俺は近くのクラスを恐る恐る覗いてみた。案の定、誰もいなかった。生徒だけではなく、先生までもいない。

「……今日全校集会なんてあったか?」

 全校集会ならいなくて当然だ。でも、うちの学校は盗難防止に必ずドアに鍵を掛けていく。今はドアが開いたままだ。

 俺は隣のクラスも覗いた。やはり誰もいない。だが机の横や床に置かれた鞄から見て、確実に下校はしてない。ある所は机に教科書が乗ってる。みんな何処に行ったんだよ。

 俺は不気味な廊下を自分の教室に向かった。再び階段を下り、角を右に曲がった。ここを曲がると俺のクラスだ。

 すると、女子が廊下に倒れていた。髪で顔が隠れているせいで誰か分からない。俺は恐る恐る近寄った。

「あ、あの。……大丈夫ですか?」

 俺が声を掛けると、途端にその子が顔を上げた。長く茶色の髪がどかれ、顔があらわとなった。

麻乃あさのさん?」

 その子はクラスの女子、麻乃美輪あさのみわだった。いつもかけている眼鏡はなく、何故か顔を歪めている。いや、それはどうでもいい。何でこんな所で倒れてるんだよ。

 俺は頭が混乱しながらも、麻乃さんに言った。

「なぁ、どうなってんだよ? みんな何処にいんだ?」

 突然、麻乃さんが俺の足を掴んだ。

「に……にげ……て」

 麻乃さんの口から血が大量に吐き出された。俺は驚いて言葉を失った。次第に真っ赤だった血が変色し、黄色が混ざり出す。麻乃さんが俺の肩を掴み、苦しそうな顔で俺を見た。目から血の涙が流れている。

「ご……ごろじ」

 麻乃さんが口を開く度に不気味な液体が吐き出される。すると、急に体を後ろにのけ反らせ、悲鳴を上げた。その悲鳴が廊下に響き渡る。

「あ、麻乃さん?」

 突然顔に生暖かい液体が飛んできた。俺は慌てて後ろに下がり、顔を袖で拭う。袖を見ると真っ赤な血と肉の様な物が付いていた。続いて何かが破裂する音が聞こえ、見ると……。麻乃さんの腹からありの頭の様な物が出ていた。

「あ……がっ……」

 真っ赤な血が噴水の様に飛び散り、真っ白な床や壁を染めていく。見た事もない化け物が麻乃さんを腹を裂いてく。蝉でいう成虫になるかの様に。

 逃げたい。頭で分かっていても、体が全く動いてくれない。ただ麻乃さんの腹から出てくる化け物を眺めるだけ。化け物はゆっくりと抜け殻になった麻乃さんから出てくる。体中ベトベトした液体まみれになりながら。


 何だよ……こいつ。


 化け物の不気味な目が俺を捉えた。化け物がじっと俺を見つめる。俺は目を反らせなかった。思考も止まり、頭の中が真っ白になった。

 すると、化け物が遂に出てきた。ゆうに二メートルはあるだろう長身から俺を見下ろす。化け物は何かを探る様に俺を見ている。殺される。俺は咄嗟にそう思い、目を固く閉じた。

「逃げろ!」

 すぐに声がした方を見ると、ジャージ姿の担任の秋元あきもと先生が金属バットを構えていた。バットには赤と黄色が混ざった液体が付着している。助かった。

「せ、先生……」

 言い終わる前に目の前の化け物が叫び出した。思わず耳を塞いだ。

「早く逃げろ!」

 先生がそう言うとバットを水平にスイングしたと同時に俺は廊下を走り出した。無我夢中で走った。血まみれになった生徒がいる廊下を。何がどうなってんだよ。

 途端に吐き気を催した。俺は我慢出来ず、その場を吐瀉物としゃぶつを撒き散らした。三回吐いてようやく落ち着いた。もう嫌だ。何で俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ。

 俺は廊下の隅でうずくまっていると、

「止まるな! 行け!」

「こっちに来てる!」

 怒号に似た声が階段の上から聞こえてきた。階段を駆け降りる音も聞こえてきた。俺は角から顔を出すと、よく知った顔が何人か連れて駆け降りてきた。

「恫よ……!」

 呼ぼうとしたが、口をつぐんだ。何かが壁に張り付いる。すぐにあの化け物だと分かった。

「逃げろ京介!」

 親友の恫義つよしがそう叫ぶと、まだ七段はある階段を飛んだ。その後ろから化け物が追ってくる。恫義は着地すると同時に横に転がった。そこに化け物が着地した。

「走れ!」

 恫義の言葉にようやく反応した俺は恫義と一緒に走った。俺たちの前には女子が二人と男子が一人いる。後輩なのか、先輩なのか分からない。って今はそんな事考えてる場合じゃない。後ろから化け物が追いかけてくる。

「恫義! あ……」

「何も言うな! 俺だって知らないんだ!」

 恫義はそう言うとチラリと後ろを振り返る。すると突然、恫義にタックルされ、バランス崩しながら壁にぶつかった。

 すると目の前に化け物が飛んできた。すぐに俺を見つけ、刃の様な爪を立てて襲ってくる。

 俺は首を曲げて何とかかわすと、爪が壁に突き刺さった。化け物が爪を引き抜くと、突然横に吹き飛んだ。恫義が蹴り飛ばしたのだ。

 化け物はすぐに大勢を直し、恫義に飛び掛かった。恫義はあまりの早さに反応しきれず、化け物は恫義を覆い被さる様に飛びついた。

「恫義!」

 叫んだ。親友が殺されそうになっている。助けないと。

 肘に何かがぶつかった。見ると消火器が箱に入れられている。俺はすぐに箱から消火器を取り出し、バルブの部分を持って振り上げる。

 離れろ!

 爆ぜる様な音と共に化け物が吹き飛ぶ。化け物の頭目掛けて、そのまま振り下ろす。卵を割る様な音と共に化け物の頭が潰れた。赤と黄色の液体が辺りに飛び散り、脳みその様なものが破裂した頭から出てきている。

 俺は消火器を放り投げ、恫義に駆け寄った。

「大丈夫か?」

 恫義は息を切らしながらも頷いた。俺は恫義を起こし、再び走った。

 恫義の先導で体育館に向かった。その間、化け物と出くわす事もなく楽に行けた。俺はその間、ずっと考えていた。

 俺が寝ている間なにが起こったのか。あの化け物は何処から出てきたのか。みんな死んでしまったのか。外はどうなっているのか。……ダメだ。考えれば考えるほど頭が混乱してくる。

 体育館の入口に着くと三人が座り込んでいた。

「生きてたか」

 先輩と思われる男が落ち着いた口調で言ったが、何処か苛立っている様に思えた。

「生憎ね」

 恫義が笑顔でそう言うと男は舌打ちをして視線を外した。俺は恫義のこういう所が好きだ。年上であろうがチンピラであろうが絶対に屈しない。悪いと思ったら隠さずはっきり言う。そのお陰であまり好かれてはいないが。

藤山ふじやま……先輩?」

 何処かで聞いた声だと思いながら、声がした方に振り返る。そこに朝に会った深花の友達、春菜がいた。

「良かった。無事だったんですね」

 今にも泣き出しそうな顔をしながら春菜が言った。その顔に思わずドキッとしてしまった。だけど同時に、重大な事に気づいた。


 深花がいない。


「深花は? 深花はどうした?」

 俺は春菜な肩を掴み、言った。春菜は驚いて体を強張らせたが、首を横に振った。春菜の横にいる女子に目を向けるが、すぐに首を横に振る。

 俺はすぐにポケットから携帯電話を取り出し、深花に電話してみた。電子音が鳴り出す。しばらくすると留守番センターに繋がった。俺は舌打ちをしながらもうかけ直してみる。だが結果は同じだった。

「何で出ないんだよ!」

 苛立ちと不安が俺を襲い出す。すると、男の口が開いた。

「きっとそいつも死んだのさ」

 言い終わると同時に体が勝手に動いていた。俺は固く握った拳を放つ。男の左頬に拳をめり込むと、男は派手に吹き飛び、壁に突っ込んだ。

 それでも怒りは収まる気がしない。俺は既に次の攻撃に移っていた。男に無我夢中で殴り続けた。不思議と痛みは感じなかった。肉と肉がぶつかる感触だけ。

 すると突然、後ろから羽交い締めにされ男から離された。

「落ち着け!」

 恫義の声が聞こえてくる。そこでようやく男が血まみれになってるいるのが分かった。男の口と鼻から奇麗な血が溢れ出ている。

「落ち着け、京介」

 恫義がもう一度言い、俺はゆっくりと深呼吸した。

「分かったから、離せよ」

 すると恫義は顔をしかめながらも、ゆっくりと俺を解放した。俺は制服を整えて、黙って体育館への扉を開けた。

 体育館に人の気配はなかった。もしかしたら誰も来ていないのかもしれない。俺は体育館の隅にいき、座り込んだ。深花は生きてる。絶対に。

 もう一度携帯電話を出し、深花に電話してみた。結果は同じ。俺は溜め息をつきながら、メッセージを残す事にした。

「これを聞いたらすぐに連絡くれ」

 そう吹き込み、生きてる事を信じながら電話を切った。でも、もし何処かに隠れていて、携帯電話を持っていなかったら。もし……死んでいたら。そんな事が頭の中をぎる。

 俺は頭を振って、その考えを振り払った。深花は必ず生きてる。絶対に生きてる。そう自分に言い聞かせた。今の俺にはそれしか出来ない。

 ふと顔を上げると春菜が目の前に立っていた。

「あの……手、大丈夫ですか?」

 そう言われ、自分の手を見てみる。所々、皮が剥けていたり、血――多分あの男の――が付いていた。少し痛むけど、骨は折れていない様だ。

「大丈夫だ」

 そう言うと春菜は安心したのかほっと息を漏らした。すると突然、携帯電話が震え出す。慌てて携帯電話を開き、画面を確認する。そこにはこの世でたった一人の妹、深花の名前が映っていた。

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