プロローグ
この作品は絶大の人気誇るNAO先生に捧げる
「……ちゃん。お兄ちゃん」
誰かが呼んでいる。でも俺は無視して布団に潜り込んだ。もう少し寝かせろよ。
「もう七時半だよ!」
うるさいなぁ〜。……え!?
「マジかよ!」
それを聞いて俺はベッドから跳び起きた。目の前にはセーラー服を着た妹の深花が腰に手を置いて立っていた。俺は着ていたスエットを脱ぎ、学ランに着替える。
「なんで起こしてくれないんだよ!」
俺は背を向けた深花に怒鳴った。
「起きないお兄ちゃんが悪い」
深花は淡々に言った。俺は鞄を持って深花の横を通り過ぎた。
「あ! 置いて行くな!」
俺は無視して部屋を出た。そのまま玄関に向かおうとしたが、せめてパンだけでも食べておこうと思いリビングに向かった。
「母さん、パン……」
俺はソファーでのんきに新聞を読んでいる父さんを見て言葉を失った。なんでいるんだよ。……って事は今、七時?
「あら、京介。早起きじゃない。今日は雪でも降るのかしら?」
エプロン姿の母さんはご飯を装いながら微笑んでいた。俺は振り返った。
「お前! 騙したな!」
そう言うと、深花は舌を出した。
「何朝から吠えてるのよ。ご飯出来たわよ」
母さんはリモコンでテレビをつけながら言うと、深花は俺の横を通り椅子に座った。俺も渋々と椅子に座り、ご飯を食べる事にした。そういえば朝ちゃんと食べるの久しぶりだな。
「いただきま〜す」
そう言って豆腐の入った味噌汁を啜る。
「あなた。ご飯ですよ」
母さんが椅子を引くと、ソファーに座っている父さんを呼んだ。父さんは軽く頷くと、新聞を畳んで席についた。
俺はご飯を掻き込みながらテレビを見ると、バスがクレーンによって引き上げられてる映像が映し出されていた。
『……昨日、露目露山の崖の下で観光バスが発見されたました。警察によると、生存者はいないとの事です。現場には……』
アナウンサーはそう言っていた。
「……酷いわねぇ」
母さんはそう呟いた。俺は視線をテレビから反らし、目玉焼きが乗った皿に目を向ける。確かに可哀相だが、別に俺には関係のない事だ。
俺はさっさと朝ご飯を済ませ、家を出る事にした。
「ごちそうさま」
そう言って食器をシンクに入れ、リビングを出ようとドアを開けた。すると、
「京介、今日バイトあるんでしょ? ご飯どうするの?」
母さんが弁当箱を差し出しながら言った。俺はそれを受け取り、今日バイトがある日だという事を思い出した。
「……いや、今日はいいや」
そう言って、弁当箱を鞄に詰め込んだ。母さんは微笑み、頷いた。だけどなんだか悲しそうに見えた。俺の気のせいだろうか。
「じゃ、行ってくるよ」
鞄を肩にかけ、玄関に向かった。
「気をつけてね」
後ろから母さんの声と慌ただしい足音が聞こえてきた。
「行ってきま〜す!」
深花が玄関に駆けてきた。母さんが慌てて深花に弁当箱を渡す。俺は深花を置いて外に出た。第一、兄妹一緒に登校するは嫌いだ。俺はお前のお守りじゃないんだぞ。
外に出ると雀の可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。空気がまだ冷たいが、新鮮に思えた。こんなに清々しいの久しぶりだ。すると、奇麗な声が聞こえてきた。
「お、お早うございます」
俺は聞き慣れない声に、多少困惑しながら振り返った。そこには黒く奇麗なショートカット――とは言っても耳は隠れている――の女の子が立っていた。誰だ? この子。
「あ、春菜!」
深花が玄関から出てきた。春菜と呼ばれた女の子は笑顔で深花に手を振った。
「ちょっと、お兄ちゃん。何ジロジロ見てるのよ」
「み、見てねぇよ」
俺は慌てて春菜から視線を外し、深花たちに背を向けた。そのまま逃げる様に歩いた。
「こら〜。逃げるなぁ〜」
後ろから深花の声が聞こえてくるが、無視して歩を進める。なんか今日は深花に遊ばれてる気がするな。腹立つなぁ〜。でも、たまにはいいか。
今日は良い一日になりそうだ。