鶉の賭け
「うちでは無理ですね」
オークに引きちぎられた楓の服を修復するために専門店に来ていた。
「これはかなり珍しい魔法効果を持つ服です」
「普通のドレスとしてなら修復できますが、魔法効果は期待できないでしょう」
「楓、この服どんな魔法効果があるんだ」
「炎によるダメージの無効化、魔法による攻撃のダメージ半減、それに魔法熟練度のアップだったかな」
「もしかして課金アイテム」
「うん」
『ワールド オブ フェアリーテール』では武器や魔法を使うと熟練度が上がり、それによって強い武器や魔法が使えるようになる。
あまり時間をかけれないライトユーザーは熟練度を上けるのが難しい。
ヘビーユーザーとの差を埋めるため、課金アイテムはかなりの効果が付与されている。
「王都へ行けば修復できるところがあるかもしれません」
課金アイテムとしてハットやマントはドレスとセットであった。
ドレス自体の魔法効果が失われてたが、ハットやマントの持つ魔法効果は損なわれていなかった。
ハットやマントの持つ魔法効果を有効にするためにはドレスを着る必要があった。
とりあえず、ドレスとして着れるように修復してもらった。
あとは、魔法効果についての修復を行えばよいということだった。
俐亜武に王都へ向かうことを告げた。
「俺はいかねぇ」
俐亜武は言った。
「また、刺されたらたまんねーからな」
俐亜武はオークとの戦いのとき、刺されたことを根に持っていた。
「ファイヤーソードいつ使うんだよ」
俺は俐亜武には期待してないが、ファイヤーソードを買うために金貨10枚も貸したことを不満に思っていた。
「このファイヤーソード、ファイヤーフレイムできねーし」
「バッタもんだ。これ」
「ちょっと貸してみろ」
俺は俐亜武からファイヤーソードを取り上げた。
金貨10枚もしたものがバッタもんだったのか?
「ファイヤーフレイム」
俺が剣を突き出すと、剣が炎を纏った。
「えっ、なんでだよ」
俐亜武は驚いた。
俺は気が付いたことがあった。
「今日はまだ魔法使ってないよね?」
俺は楓に尋ねた。
「うん」
安全な場所へ移動し、楓にファイヤーボールを使わせた。
「ファイヤーボール」
「あれ?でない」
やはりそうだ。
楓がファイヤーボールを使えたのは、ドレスの魔法熟練度のアップ効果のおかげだ。
俐亜武がファイヤーフレイムを使えなかったのは、剣の熟練度が低いから。
俺がファイヤーフレイムを使えたのは、敵と戦って剣の熟練度が上がったからだ。
どうやらこっちの世界にくるときに熟練度がリセットされたようだ。
楓はあれから仲良くなった佳奈子にも王都へいくことを告げた。
「必ず戻ってきてね」
佳奈子が涙ながらに言う。
王都へ向かう商人に金を払い馬車に乗せてもらうことにした。
夕暮れには王都に着くという。
お昼を食べたりしながらも5時間くらい走ったところで、馬車の車輪が壊れてしまった。
商人の一人が馬車から馬を外し、助けを呼んでくることになった。
「悪いが、今日はここで泊まりだ」
助けを呼びに行った人が王都についても助けが出るのは明日になるという。
「よりによってここか・・」
「なにかあるんですか?」
「この辺りを塒としていた盗賊どもが魔法使いの邪悪な魔法によって殺されゾンビになったそうだ」
「ゾンビは魔法使いを恨み襲うようになったとか」
「ま、あくまでも噂さ」
夜になると荷馬車の幌の中で毛布を借りて寝た。
外から物音がする。
俺はランタンに火をつけた。
外の様子を見る。
何がが蠢いている。
ゾンビだ。しかも大量の。
「楓、メルル、起きろ。逃げるぞ」
俺は外へ飛び出すと、楓の手を取り走り出した。
外は暗い。
わずかな月明りと、ランタンの明かりで少し先が見える程度だ。
メルルは夜目が利くのか先頭を危なげなく走る。
俺と楓はそれに続いた。
ゾンビはそれほど速くはなかった。
それでも走り続けなければ追いつかてしまう。
「だめ。わたしもう走れない」
楓の体力が尽きた。
「メルルまだ走れるか」
「ボクはこのくらい平気だ」
「先に行け。どこかで隠れてろ」
楓を近くの大岩の上に押し上げる。
ゾンビの一体に追いつかた。
俺はゾンビをブラッディソードで切り裂く。
しかし、いつものような力が沸いてこない。
ゾンビに血が通ってないから効果がないようだ。
俺はゾンビ数体の頭を切り飛ばしたが、数がどんどん増えてきた。
ゾンビは楓に引き寄せるかのように岩を取り囲んだ。
ゾンビが岩によじ登ろうとしている。
俺は岩の上へ駆け上った。
這い上がってくるゾンビを必死に蹴り落とす。
「ねぇ、あそこ見て」
楓の指さした先には人が掘った洞窟が見える。
洞窟には扉があるが、開いている。
「よし、あそこに逃げよう」
「ライトニング」
楓の放ったライトニングの周囲一帯のゾンビがばたばたと倒れていく。
俺と楓は洞窟に向かって走った。
洞窟に着くと中から扉を閉めて閂を掛けるた。
しだいにまたゾンビが扉の前に集まってきた。
「ドン、ドン」
ゾンビが石で扉を壊し始めた。
くそっ。道具が使えるのか。
別の出口がないか探すため、奥へ進む。
樽が大量に積まれている。
アルコールの匂いがする。
酒樽か・・・。
それもウイスキーのように度数の高いお酒のようだ。
さらに奥へと進む。
行き止まりだ。
ここで穴を掘っていたのか、ピックアックスやスコップがある。
ゾンビがここまで来るのは時間の問題だ。
「楓、ドレスを脱いでくれ」
「え?」
「俺に考えがある」
楓はドレスを脱いだ。
俺は楓の脱いだドレスを身に着け始めた。
「鶉、何しているの?」
「まさか囮になるつもり?」
「俺が合図したらファイヤーボールを打つんだ」
「ファイヤーボール?でも、わたし・・」
俺はドレスを着終わると、マントを纏い、ハットを被った。
「大丈夫。俺を信じろ」
俺はそういって、飛び出した。
酒樽の積み上げられた場所へ着くとピックアックスで酒樽を壊し始めた。
酒樽から酒が流れ出し、辺りが酒気に包まれる。
ゾンビが扉を壊し中に入ってきた。
ゾンビがドレスを着た鶉に集まってくる。
俺は酒樽に駆け上がると、尚も酒樽を壊し続ける。
ゾンビの群れが俺を完全に取り囲んだ。
「今だ。打てーーー」
「いやーーーーー」
楓は悲痛に叫ぶ。
楓は理解していた。今、ファイヤーボールを打てばどうなるかを。
「打てーーーーー」
俺は喉が裂けんばかりに叫ぶ。
ゾンビが俺の足を掴み、引きずり落とす。ゾンビの群れ中に俺の姿が消えた。
「ファイヤーボール」
どういうわけかファイヤーボールが飛び出す。
辺り一面は炎に包まれた。
「鶉ーーーー」
楓は悲痛に叫ぶ。そして、泣き崩れる。
その時、炎から人が飛び出してきた。
「楓」
飛び出してきたのは鶉だった。
賭けだった。
楓はライトニングでゾンビの群れを倒したのだ。
楓の魔法の熟練度がアップしてもおかしくない。
そして、楓のドレスは完全に壊れてはいなかった。
楓のドレスの炎によるダメージの無効化の効果は残っていたのだ。
「バカ。無茶しないで」