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ワンズロット・フェンリル  作者: 巴詩康杜
2/8

狼とチワワ

 午前の授業が終わり昼休みが訪れる。


「響、飯にしようぜ、飯」

 教科書を机にしまっていると柊弥がやってきた。

「飯の前に明日香に謝った方がいいんじゃないか?休み時間の時もガン無視だぞ」

 一時限目の授業が終わり柊弥が明日香に話しかけてみたが「アッ?」という感じで睨まれ、何を話しても相手にされない。試しに、今日の昼飯一緒に食おうぜ柊弥が奢るから、と俺が誘ってみても、「邪魔」と言われ廊下の方へと歩いて行き聞く耳を持とうともしない。俺、悪くないのに・・・・・・


「時が解決してくれるから絶対に謝らない」

「意味が分からない。悪いことをした時は素直に謝りましょうって、涼子先生も言ってただろう」

 涼子先生というのは小学校六年生の時の俺たちの担任だ。妻子ある学年主任の先生と不倫関係にあり、それが匿名希望者からの密告で学校にバレてしまい二人とも依願退職していった。子供の頃はなぜ先生が辞めたのか分からなかったが今となれば「ああ、先生も若くして随分な冒険したんだな」と思えてくる。

 ちなみその時、先生は悪い事をしたので関係各位に謝ったかどうかが非常に気になる・・・・


「えっ、俺、悪いことしたと思ってないよ?何で謝らないといけないの」

 真顔で返してくるこいつの神経が分からない。一度、脳神経外科にでも連れて行こうか・・・・・・

「謝る気がないのは分かった。とりあえず食堂行くぞ」

 何でこんな奴にわざわざ説明しているのだろう。俺は溜息をつきながら昼食を摂る為、食堂へと向かった。


 この学園には購買部の他、学生食堂も用意されている。昼休みになると学生や、教師人などが注文した料理や、購買部で買ったパン、持参した弁当などを持ち込みそれぞれの昼休み過ごしていた。

 

 今日は何にしようかなと券売機を覗き込む。ここの注文システムは食券を券売機で購入し受付で頼むシステムだ。ちなみに今日はカツ丼にした。

 注文が早かったのか既に柊弥が席を取ってこちらに手を振っている。比較的人が少ない通路を通り抜け確保されている席へと向かった。


「お前今日もラーメン?どんだけラーメン好きなんだよ」

「いいじゃねーか、好きなんだから。ここの学園のラーメンはそこらの店より断然美味いんだよ」

 たしかにこの学園のラーメンが美味い事は認める。とはいっても、こいつは週四くらいでラーメンを頼んでいる。いくらなんでも食い過ぎだろう。


 いつもの時間、他愛ないのない会話をしながら食事をしていると、ふと朝のニュースが頭を過ぎった。

「そういえば朝のニュース見たか?また博物館がテロリストに襲われたってやつ。この間、授業で習ったところだよな?しかもテロリストの中にはエレメントが混じってたって」

「あーなんか自分たちはヴァルハラだとか名乗ってる奴らだろ、頭の痛い連中が何言ってんだって感じだぜ。さっさとアヴァロンに捕まっちまえばいーんだ」


 エレメント・・・・・・十数年前に現れた異能力を使える特殊な人間。

 その異能力者達は見た目では普通の人間と変わらないのだが、力を発揮する際に目の色が青く輝きだすと言われている。実際に見た事がないの定かではないが。

 彼等の身体能力は異常で、高さ50メートルものビルを助走もなしで飛び越える事が出来たり、アサルトライフルの弾をその身に受けても、弾丸の方が潰れてしまうような肉体を持っているらしい。中には何もないところから火や雷を発生させる事が出来る者もいると聞いたことがある。


 エレメントと呼ばれる人を超越した存在は、度重なる偶然から生まれた。

 元々は事故などで大怪我した重体者の命を救う目的で、瞬時に傷を回復させる為に考えられた技術だ。 


 その為に、世界各国が莫大な予算を出し合いアルカディア研究機関を設立。

 研究機関では人々を救う目的で、生命に関わる先進的な研究がなされていた。

 そして遂に研究成果が発表されるや世界中が歓喜の声に包まれた。

 「自分を」、「家族を」、「大切な誰かを」治験者として使って欲しいと名乗り出る者が後を絶たなかったのだが・・・・・・・・


 奇跡とも呼べる研究は失敗・・・・・・治験者として名乗り出た者の大多数が命を落した。

 だが、研究はそこで終わらなかった・・・・・・

 治験者という実験材料を得ることにより、研究者達はより過激な実験を行うようになる。

 多数の犠牲者を出すことにより、世界の反応は一転。アルカディア研究機関は悪魔の実験を行っている悪しき組織だと人々の間で囁かれるようになる。

 各国で「アルカディア研究機関の閉鎖を」とのデモが頻繁に行われた。 


 アルカディア研究機関の研究者達は焦った・・・・・・

「動物実験までは問題なかったのだ、それが人間では拒絶反応を起こしてしまうとは」

 結果を出せず研究機関の存続が危ぶまれている。

 そうしたなか一人の研究者が、突如失敗したと思われる研究を成功させたのだ。

 重体者の傷は、忽ち(たちまち)塞がり、傷の深さから死を待つばかりと思われていた人間が治験後、わずか数分で歩けるようになるまで回復したのだ。

 

 再び治験者が集まり始めた。

 幾人者の重体者、重傷者を癒した事により、アルカディア研究機関は存続を続けた。

 そんな中、治験者の中から奇妙な力を持った者が現れたのだ。

 人並みはずれた腕力や、跳躍力。手術用メスで切っても傷一つ付かない強靭な肉体。

 その人間達は決まって特殊な能力を発揮する際に、目が青く輝いていた。


 人並み外れた力を手に入れた者たちは、邪な考えを起こした。

 その邪な考えを起こした者達はやがて、ヴァルハラと呼ばれるテロリスト集団を作り上げたのだ。

 だがその反対も然り。「この力は正義の為に」そういった考えを持った集団も現れた。それが治安維持組織アヴァロンだ。

 両組織共に、多数のエレメントが所属しており世界は今や、この二大組織を中心に回っているといっても過言ではない。


 また、副産物としてエレメントを作り出した実験はその技術が世界各国にて、軍兵士などに使用された場合、もっとも脅威的な「兵器」になる事が予想された為、研究の内容はアルカディア研究機関と共に凍結されたのだ。

 現時点でエレメントを使える異能力者の大多数がアヴァロン若しくは、ヴァルハラに所属しているというのが世界の共通認識だ。

 

 ・・・・テロ事件の話を始めたとたん、少しだけ柊弥が不機嫌になった気がする

「お前何か不機嫌になってね?」

「ああっ?別になってねーよ。ラーメンに集中してんだ」

 なんとなく気まずくなり、それ以上の会話もなく昼休みは終了した。


 ホームルームも終わり、放課後が訪れる。

 部活に所属していない俺は、いそいそとカバンを背負い帰る事にした。もちろん教科書は全て机の中だ。


 柊弥は部活に所属している訳でもないのに放課後はすぐにどこかへ行ってしまう。どこへ行っているのか聞いても教えてくれない。

 帰り方向が一緒の友達もいないので、放課後はいつも一人ぼっちで家路に着く、ぐずん・・・・


 「ちょっと、ねぇ」

 下駄箱で靴を履き替えている時、女子の声に呼び止められる。何だ俺に気でもあるのか?

 声の方を振り向くと、そこには明日香が不機嫌そうな顔で立っていた。


 ゲームやマンガの影響のせいか、放課後、幼馴染の女の子と二人っきりで下校するってシチュエーションに凄く憧れてたんだ、エヘヘ。

 なのに、実際一緒に下校してみたものの全然楽しくない・・・・  

 というのも、一緒に帰っている幼馴染は先程から何も言葉を発せず、俺の隣を歩いているだけなのだ。せっかく俺が自転車を押して一緒に歩いてやってるというの。

 いくら家が近くで幼馴染という立場であっても、このお通夜のような状況が続くのであれば一人で帰った方がよっぽど気楽である。


 明日香は、真面目に部活をやっているので。この時間に一緒に帰れることなど試験前の部活禁止期間しかないはずなのだが。

「お前、今日部活どうしたんだよ」

「・・・・・・休んだ」

「なんで」

「なんだっていいじゃん」

 振った話題が失敗だったようだ。またもや会話が続かない。

 俺自転車だし、こいつ置いて帰っちゃおうかなとかマジで思っちゃうよ。何も話さないんなら。


 すると、俺の心中をお察し頂けたのか、急に立ち止まり明日香が喋りだした。

「ねぇ、響ってさぁ・・・・・・なの?」

 はて?何か尋ねられたような気がしたんだが。

「わりぃ、今なんて言った?聞き取れなかった」

「だから・・・・・・・・なの?」

 今ので確証を得た、やはり俺に聞きたいことがあるようだ。段々と声が小さくなっていくので何が聞きたいのかは分からないが。

 てか、何でこいつ顔真っ赤にしてるの?そんなに聞きづらい質問なの?

「だから、したことあるのかって聞いてるのよ」

 おおっと、急にこのお嬢さん声が大きくなりましたよ。ちょっとだけビックリしたじゃねーか。

「ごめん、肝心な部分が抜けてて何を言ってるのか分からない。馬鹿にも分かるように説明して」

 言ったあと明日香の方を見るとプルプル震えている。風邪でも引いたのか?

 次の瞬間・・・・

「童貞かって聞いてんのよ」

 周囲に響き渡る音量で、馬鹿でも分かるように説明してくれた。

 念のため、周りを見渡してみる。田舎なのが幸いして誰もいなかった。

 

「・・・・年頃の娘がなに恥ずかしいこと聞いてんの」

「答えなさいよ」

 今日はどうしてか童貞話ばかりが話題になる。童話ではない、童貞話だ。

 男としてのプライドがそうさせるのか、例え童貞だとしても「そうです」とは素直に答えられない。ましてやこっちは青春真っ最中、思秋期真っ最中の高校二年生だ。

 だから、俺が出した答えは。


「俺の前にお前の方こそどうなんだよ。柊弥に聞かれて滅茶苦茶怒ってたじゃん、真っ赤になって」

 質問に対して質問で返す。

 その瞬間俺は勝利を確認した。昼間の反応を見る限りこいつが処女であることは間違いない。その事実をもってすればこいつは押し黙るはず。・・・・その後は話をしてくれない可能性はあるが。

「・・・・・・・・確かめてみればいいじゃない。あんたの家、暫く両親いないんでしょ」

「えっ?」

 何でこいつ、家に両親いないこと知ってんの?いやいや、そういうことじゃねーよ。今こいつなんて言ったの?それはつまり・・・・


「お前マジで言ってるの?つまり確認していいって事?」

 これはあれですか、朝起きるとスズメがチュンチュンしている奴ですか?

「何?もしかしてビビってるの?情けなー、もう童貞確定じゃん」

 明日香は勝ち誇った余裕の笑みを浮かべている。もはや童貞という言葉に抵抗はないらしい。

 額からダラダラと油汗が流れる。これは挑発だ、奴は俺の事をそこいらのチワワかにかだと思っているに違いない。馬鹿め、俺も男だ。しかも思春期真っ盛り、ヤリたい盛りの高二男子だ。ヤッてやる。今こそ「狼」になる時がきたのだ・・・・


 あっ、でも、あれは何処で買えばいいんだ?コンビニ?いやダメだろ、こんな田舎のコンビニで買ってるのを誰かに見られでもしたら、直ぐご近所に広まってしまう。じゃあ薬局。いや、薬局もダメだ。今の時間は綺麗な人妻がレジをしているはず。レジの際、旦那とご無沙汰な人妻が俺に欲情して誘ってでも来た日には、俺はそっちに付いて行ってしまうかも知れない。

 何しろ初めてなもので、どちらかというと年上に優しくリードされたいお年頃である。

 あっ、でも、未経験な年上だったらそれはそれで萌える・・・・・・


 そんなどうでもいい事に考えを巡らせている時、何処からともなく気の抜けた声が聞こえてきた。

「あれーー?響ちゃーん」

 この声の主は。--------俺の名前を呼んでいた人物が自転車で近づいてくる。

「あっあれ、ミルカさん。珍しいねこんなところで会うの」

 ライムグリーンのブラウスに薄いクリーム色のロングスカート、今日は外出の為か眼鏡は掛けていない、コンタクトだろうか。

 見知った顔を認識した途端、孤高の狼だった俺はチワワへと変貌を遂げた。


「今帰り?珍しいね、明日香ちゃんと一緒なんて」

「あっいえ、今日はたまたま部活が休みだったので」

 先程までの威勢は何処へ行ったのか、明日香もチワワになっていた。

 っていうか、堂々と嘘をつくな、嘘を。


「ミルカさんこそ、こっちの方に来るなんて珍しいじゃん。どうかしたの?」

「うん、ちょっとあの神社に用があってね」

 そういうとミルカさんは少し離れた丘の方を指差した。

 あの丘に行くには何十段という石段を登らなければならない。

 丘の奥にはこの町に古くからある神明社じんみょうしゃと呼ばれる神社がある。

 普段はあまり人気がないのだが、夏祭りや正月などはそれなりに人も集るのだ。


「今の時期なんかあったっけ?あの神社」

 あの石段を登って行かなければならないのだ。イベントも予定されていないこの時期にあんなところまで行くのは、元気なガキんちょ連中くらいしか見たことがない。


「うーん、ちょっとねー。そんな事より二人で下校なんて仲良いわね」

 ミルカさんはこれは面白いものを見つけたぞ、といわんばかりの目で交互に俺たちの顔を見てくる。

「それは、まあ、幼馴染だし」

「まぁ、腐れ縁って奴ですね、響とは」

 お互いそう答えた物の、先程の会話が聞かれていたのではないかとハラハラしている。明日香なんて今でも顔が赤い。


「いいなー、羨ましいな。幼馴染と下校するなんて。日本の文化っていうか、思春期の一大イベントじゃない。私もそんな経験したかったわー」

 真崎家がこの町に引っ越して来た時には、ミルカさんは学生ではなく社会人として働いていた。詳しくは知らないが、在宅ライターをやっているらしい。

 そういえばミルカさんの学生時代って聞いた事なかったな、今度聞いてみよう。

 またもや個人の考えに浸っていると、ミルカさんが神社へ向かうため動き出した。

「さて、それじゃあ、そろそろ行くわね」

「うん、じゃあまた」

「さようなら」

 各々が別れを告げ、ミルカさんを見送る。すると10メートル程進んだだろうか、ミルカさんが急に自転車を止めると--------

「仲良しなのはいいけど、この後エッチな事しちゃダメよー。あっ、でも若いんだから無理か。だったらちゃんと避妊するよーに。じゃーねー」

 そういい残すと今度こそミルカさんは去って行った・・・・・・


 後に残された俺たち・・・・なんとも気まずい。

「・・・・・・えっと、とりあえず帰るか」

「・・・・うん・・・・」

 残りの帰り道、二人は一言も話さず家路を急いだ・・・・・・

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