プロローグ
朝食を済ませ学園へ向かうための準備をしていた時だった。テレビから大都市で発生したテロの映像が映し出されたのは。
テロリストに襲撃されたと思われる場所は、外国にある歴史的建造部で貴重な文化遺産なども多数展示されている。先日授業で習ったので見覚えがある。
中継先のレポーターが現地の被害状況を伝えるが、人的被害は少なかったとの事だ。
ただ、展示されていた一部の文化遺産が盗難にあっており、テロ組織は文化遺産の窃盗が目的だったのではないかと報じている。
ニュース番組の左上に表示されている時計を見ると、そろそろ家を出ないと遅刻する時間だ。
俺はテレビを消すと学園へ向かうために玄関へと向かった。その時だ・・・・・・
「ひーびーきーくーん、あっそびましょ~~」
小学生が友達の家に遊びに来たような掛け声で俺の名前が大声で呼ばれたのは。
玄関を開けた先には友達、というか悪友の真崎 柊弥が、自転車に座り片足立ちでニヤニヤしながら俺が出てくるのを待っているところだった。
「お前バカなの?毎回その小学生みたいな呼び方」
玄関に鍵を掛けながら嫌味の一言を言ってやる。いつも通りの変わらない日常の始りだ。
金髪にピアスと傍目から見たら「あまり近づきたくない」こいつとの付き合いは小学生の頃からだ。
小説やマンガにありがちな親の仕事の都合で転校してきたのだが、こいつの親には会ったことがない。その代わりといってはなんだが柊弥には一人姉がおり、彼女とは面識があった。
「その言い方はないんでないの響君、親友がこうして迎えに来たのに」
「朝から男に迎えにこられて喜ぶ奴がいるかよ。どうせならミルカさんに迎えに来てほしいとこだ」
ミルカさんというのは柊弥の姉で日本人と外国人のハーフだ。
真崎家の家庭環境は複雑らしく柊弥とミルカさんは異母姉弟で少し年も離れている。
人それぞれ色々な事情があるのだろう。真崎家の家庭事情に関しては詮索しないことにしている。
ともあれミルカさんは凄く綺麗な人だ。
スタイルがよく腰まである流れるようなブラウンの髪が印象的だ。
あと、女教師っぽい眼鏡が堪らない。元は眼鏡をしていなかったそうだが日本の文化に目覚めてしまったが為に目を悪くしてしまったそうだ。
「あいつの何処がいいのかわからない、お前は女の事がわってねーんだよ。夢見すぎ。だから童貞なんだ」
「別に好きって訳じゃねーよ。つーか童貞は関係ねーし。それにお前も童貞だろ」
柊弥の姉のことが好きという訳ではない。野郎と通学するよりは年上のお姉さんと、きゃっはウフフな通学のほうが楽しいと思ったからだ。その際に身近な女性として浮かんだのがミルカさんだ。
面倒臭いのであえて柊弥には説明しないが。
自分の自転車に跨ってペダルを漕ぎ出そうとした時だ-----
「響、お前何言ってんの?俺、童貞じゃねーし」
「・・・・・・・・はあっ??」
じっくり三秒ほど考えたが何を言っているのか理解できない・・・・・・ 俺の自転車の隣に並んだチャラ男が何か言ってる・・・・
「お前、この歳になって童貞とか恥ずかしくて言えねーだろ。童貞が許されるのは中2までだよね、ハハハッ」
今も某掲示板に掲載されていそうな画像の台詞を淡々と話している。
・・・・・・さて、今日も天気がいい、学校へ行くとしよう。あー朝から変な雑音を聞いた、雑音源どっかいかねーかなー、ウザいなー。
そして俺は自慢の愛車を発進させ、雑音源を振り切るため全速力で学校へと向かった。
後方から「おい、ちょっと待てよ」という誰かのものまねが聞こえた気がしたがあえて突っ込まない・・・・
俺たちの住むこの町は、山々に囲まれており世間一般的に言われる典型的な田舎だ。住宅街もあるが学園までは田園風景が広がる道を進む必要があるのだ。
季節は5月、なんだか今年は少し暑い気がする。冬服のブレザーが鬱陶しい。
学園の駐輪場へ自転車を止め、柊弥と話しながら学園正面の玄関へと向かう。
こいつの童貞喪失の話がとても気になるが、それを自分から聞いたらなんだか負けた気持ちになるので絶対に聞かない。
かといって、こいつが嬉々として話し始めてもそれはそれでムカつく。幸いにもこの話は学園に着く頃には綺麗さっぱり無くなっていた。
「やっぱさ、あそこの味噌ラーメンは味濃いと思うのよ。俺は濃いの好きだからいいんだけど」
「俺ならタンメン頼む。俺、どっかの誰かと違って草食系男子だから」
ラーメンの話をしながら教室へ入るといつもの光景が広がっている。
机で寝ている奴や、ゲームをする者。仲良しグループで青春の何たるかを熱く語る連中。
ふと、窓際のグループの中に見知った顔がいる事に気づく。
向こうもこちらに気づいたのか、グループの女子に謝るような仕草をして、こちらへ駆け寄って来た。
途中、グループの一人に冷やかされたのか、振り返り相手に抗議している。いつもの光景だ。
「二人ともおはよー」
そう言って俺たちに挨拶してきたのは幼馴染の宮山 明日香だ。
「お前さー、グループで楽しくお喋りしてるのに俺ら見つけたら寄って来るのやめない?どっちが本命みたいなネタで毎日からかわれてるじゃん」
「えーなんで、別にいいじゃん。皆マジで言ってる訳じゃないって」
なにかというと俺たちに混ざろうとする明日香。そのせいでいつも女子から「ねぇねえ、明日香って雪村君と真崎君、どっちと付き合ってるの?」という具合に俺たちも女子から面白おかしくイジられる事がありちょっと面倒臭ぇなーと感じている。
そんな折、味噌ラーメンに関して熱く語っていた見た目ヤンキーが、我が幼馴染に声を掛けた。
「大丈夫、俺は女子に聞かれたら、【明日香と付き合ってるのは俺だ】って皆には言ってるから。響きと比べても断然俺の方がイケメンだろ、って。ついでに君みたいな子が付き合ってくれるなら明日香とはすぐに別れるよ、とも言ってあるから心配しなくていいぞ」
「いやいや、あんたと付き合うとかマジありえないから。響きよりイケメンってところは認めるけど」
「こいつら・・・・」
なんだろう、朝から俺、凄いダメージを受けてる気がする。童貞を馬鹿にされ挙句、柊弥の方がカッコいいとか言われて。なんなのこの人達。
「イケメン云々はいいから。お前のその態度のせいで他の男子からは嫌な目で見られてんだよ。ほら、お前って口を開かなければそこそこ可愛いし。あっ、でも可愛いって言っても芸能界で言ったら、そこそこ有名なアイドルにくっ付いている金魚の糞みたいな感じね。7年後とかに人気が衰えて、田舎に帰っても結婚も出来ずにOLとして働いて、寂しくなって猫飼っちゃう感じ。」
明日香は、それ地毛ですか?って感じの微妙な茶色のセミロングで、少し大人びた顔立ち。肌は白く化粧をせずとも綺麗で、幼馴染贔屓を差引いても十分に可愛い。金魚の糞なんて言ったのは高校生特有のほら、アレだ、ちょっとした照れ隠し。
だけど現実を見てさ、お前はアイドルなんて勘違いせずに真面目に就職して、そこそこイケメンの金持ち男と結婚すればいいんだよ。例えばさっきまで話してた窓際のグループの、あの男子。絶対お前に好意を抱いてるね。こっちめっちゃ睨んでるもん。
「失礼ね、私、同世代に興味ないし。やっぱり男は年上でしょ、頼りがいがあって大人な対応をしてくれる。大学生とか!」
こいつ、聞いてもいないのに自分の好みをベラベラと。今のお前の発言、教室にいるそこそこの連中に聞こえたよ。窓際のあいつなんてほら、この世の終わりみたいな顔してる。
「ちょっ、おま、マジで言ってんの?大学生なんてやめとけって。大学生なんてお前ら乳臭いの真面目に相手にしないから。弄ばれて中古になって終わり。そしてやっぱ手近な男でいいやって幼馴染のところに戻ってきてみろ。処女じゃねーのに幼馴染とくっ付いた。なに?舐めてんの?って一部の方々にネットで叩かれるよ」
両手を左右に広げ、柊弥が「こいつ話しにならない」ってポーズをとる。
「何で大学生に捨てられて、あんた達のどっちかと付き合う事になるのよ。ありえない。そもそも私が今現在、処女かどうかなんてあんたに分かるわけないでしょ」
・・・・・・えっ、なに?もしかしてお前もすでに処女じゃないの?取り残されてるの俺だけ!?
自分だけ刻の流れに取残されてしまった。そう思い明日香の顔を見ると、失言だった事に気づいたのか顔を真っ赤にしていらっしゃる。思いのほか声も大きかったので今の発言に、クラス中が明日香に注目している。本人もそれに気付いたらしく「クゥッウーー」とか声にならない声を漏らしている。
あーあ、こいつ爆弾発言しちゃったよ余計な事言わなければいいのに、と思っていた矢先だ。本当の爆弾が爆発したのは・・・・・・
「よし、分かった。お前が処女かどうか俺が確かめてやる。今晩俺んち来いよ」
・・・・・・瞬間、クラス中が静寂へと包まれる。時間にして5秒程度だったが確実に柊弥は刻を止めた。
誰も声を発するものがいない中、教卓前の席で予習でもしていたであろう、みっちゃん(眼鏡とツインテールが似合う)が手を滑らせ、鉛筆を床へと落した。周りが静寂に包まれていた為か、鉛筆が落下する音がやけに大きく感じられた。
・・・・・・・そして再び刻は動き出した。
会話を聞いていた女子たちがキャーキャー騒ぎ出している。「真崎君も明日香の事好きなんだー」とか、「柊弥君にだったら私の初めてを捧げちゃうのに」とか、「そんな事したら、雪村・真崎のカップリングが破滅するから絶対にダメよ」など、様々な嬌声が教室中を包み込んだ
一方の男子諸君は「はっ?そんな事させるわけねーだろ。いっぺん死なすぞ」といった感じの視線と共に無言の圧力を柊弥へ浴びせかけている。
とんでもない事を平然と言いやがった、そう思い驚愕した表情を柊弥に向けるも先ほどと同じくにニヤニヤした顔で、いや、どちらかと言うと挑発的な目線で明日香の事を眺めている柊弥の姿があった。
が、次の瞬間・・・・・・
「バッ、バカじゃないの!!アンタみたいないい加減な奴に試されるなんてゴメンよ、キモい」
そう言って明日香は先ほどのグループの所へと戻って行った。
明日香が戻っていって間もなく俺の肩が、ポンっと叩かれた。
「あの反応を見る限り、あいつは処女だ。良かったな」
そういって柊弥は満足そうな表情を浮かべ自分の席へと歩いていった。
・・・・・・えっ、何、この感じ。俺の為に聞き出してやったぜ見たいなそのノリ、頼んでないんだけど。てか、朝から処女、童貞の話ばっかりってどうなのよ、おい。
別に興味があった訳ではない明日香の真実を聞かされ、呆然と立ち尽くした俺を他所に予鈴のチャイムが鳴り響いた・・・・