お静かに
空間の真ん中にいるアレスは顔を上げた。無表情で虚ろな瞳をしている。
「さて、アレス君、君に質問だ」
それにしてもアレスはどうやって
「どうやって自分の階層まで来たのかな?」
どうやって第9階層まで来たんだ?
僕もそう考えていたことをアレスに問いかける。
「……」
アレスは黙ったまま、懐から何かを取りだしそれをこちらに投げてきた。それは調度僕の足元に滑り込んできた。それを拾い上げ良く見ると
「鍵?」
それは第8階層で雨宮がグレンに投げた鍵と同じ、金の鍵だった。
「時空間転移の鍵……僕達幹部と最高権力者君にしか使えない鍵だ。ちなみにグレン君を逃がすために僕が投げたのは旧式の鍵を僕がちょちょいっと改良したものだよ⭐」
雨宮は僕に「ちょっと、貸して」と鍵を要求してきたので、渡すとアレスの方へ向けた。
「君は「あそこからここまで来るのにこれを使ってここまで来ました。」ってのは誰でも分かるとして」
そうなのか!
「囚人君……君には期待してなかったけど……それはともかく、もしかしてだけどアレス君、君……」
雨宮の表情から笑顔が消え、相手を睨み付ける表情に変わった。
「過去に戻って歴史を変えたりしていないかい?」
アレスの瞳に光が宿る。
「自分の理想や勝手な都合で時空を越えるのは違反だって君が一番知っているだろう?」
その言葉はアレスの心に突き刺さる。
「黙れ!」
刺さり
「でも君はそれを破った!」
「黙れ!」
深く刺さり
「それが許されるとでも思って!」
「黙れ!!!」
心の奥底に突き刺さり、アレスは獣のような叫び声を上げた。
「っん?!」
驚いたのか雨宮は少し後ずさりをした。
「黙れよ……黙れよ……黙れよ! 黙れよ! 黙れ! 黙れ!」
アレスは頭を両手で抱え叫んでいる。
「アレス君……」
「なあ雨宮……お前は考えた事があるか? ありえたかもしれない可能性を……」
「それは……」
一瞬、ほんの一瞬の出来事なのに、その静かさは今まで起きた沈黙より長く感じた。
「人が何を思っているのかが分からない」
アレスはそう言った。
「竜人には兎人の気持ちが分からない……俺には彼女の気持ち……感情? 表情? 何が分からない? 何故彼女は! 彼女は! 俺は? 俺は? 一体……」
錯乱している? 隣の雨宮を見ると、雨宮の表情に焦りが見える。
「俺なんか産まれてこなかったらよかったんだ!!」
獣の咆哮のような叫び声。その叫びに応じるかのようにアレスの足元から真っ黒い泥が沸き始めた。
「でもそれは、君の問題じゃ……」
「黙れ!!!」
雨宮の発言をさせまいとアレスは叫ぶ。その間に黒い泥はアレスの体に侵食を始める。
「黙れ!! お前だって! 中途半端者のくせに! お前に何が分かる!!」
話を全く聞こうとしない……こう言うの「聞く耳持たず」って言うんだっけ?
「……こりゃやばい」
「ですね」
「話を聴いてくれそうに無いよね」
「ですね」
雨宮はやはり焦っているようだ。
「さて……囚人君、君はとりあえず階段目指して走ってくれる? 僕も足止めしつつ向かうから」
「はい」
とりあえず階段を見つけて逃げないと……ん? 階段? 今までの階層は、階段のある場所を囲っていたりしたのにこの階層……もしかして?
「雨宮さん」
「なんだい?」
「気のせいだと良いのですが……
階段らしきものが見えません」
「は?」




