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唐突な人生設計

作者: 明日葉甘楽

 虫の声が夜の闇に溶ける。その空気は僕の周りを包み込むように広がっていく。

 心地のいい、晩夏。初秋というべきかも知れないこの時期は、何かと心が落ち着いていく。流れのない清らかな水の中に身を任せられる様な、そんな自由な気持ちが僕を宥める。

 月明かりが無い今日みたいな夜でも、僕は心地よく過ごすことができる。そんな夜。

 ここに物語は存在しない。ただただ、一秒一秒、意味がなく、それでいてとても大切な時間が過ぎていく。味はしない。だけど、噛み締められる今の時間が、僕は好きだ。

 現実というのは、自然と社会の調和が生み出す道だと僕は思う。自然は、今の様に僕の心を慰め、たまには天災と呼ばれる程の大きな課題を課す。それに並行して、社会は常に僕らに冷たく、暖かい社会なるものが一体どういうものなのか、まだ僕は理解できていない。おそらく、全てが損得に繋がっている道導であり、社会が見せる暖かさは、機械的であって、最終的には冷たい独りきりの結末につながっていくのだと思う。

 まだ全てを自分の思うように動かすことの出来ない僕らは、尽く社会を嫌う。現実から逃げていく。現実逃避―― 夢を煌めかせ、何かが起きると屁理屈を並べ、上手くいかなければ自らを正当化し、自己を危機から遠ざける。そんな自分さえも分かっていない僕らがする精一杯の抵抗は、この時間のためにあるのだと僕は思う。

 僕だって現実逃避をしたことがないとは言えない。今だって、この文字を綴っている間にもやらなければいけないことは溜まっていく。その上で、小説を世の中に出すという目標、夢を掲げて、まだ稚拙と言える文字列を生み出していく。それで良いと僕は思い込んでいる。将来にまとわり付く巨大な不安の影も、今を取り巻く逃避の旗を掲げる誘惑も、心の余裕を食い荒らしていく思春期の恋愛も、全て全てが、逃げる対象なのだ。僕らは結局、出口の無い迷路だったり、時間制限の無い追いかけっこだったり、弾の入っていない射的だったりをやらされているのだ。―― 誰に? 無論、自分に。

 一度、力を抜いて、深呼吸をしてみよう。今目の前にある壁が如何に高かろうと、人間の本気は、壁を乗り越える前に壊す。それだけの力があるのだ。誰にでも、僕にも。そう信じている。今の僕の心を支える、自分の力への信頼が奢りを生み、傲慢という結果を弾き出す。頭は冷静でも、体を実行に移させる機関が働かないのだ。俗に言うやる気スイッチは常に待機モードで充電を減らしている。

 星が出てきた。ずっと昔に輝いた光が、遠い場所から、長い時間をかけて僕の目に飛び込んでくる。僕はそんな光が好きだ。僕もそんな人生を送りたい。生きている間に持て囃されなくてもいい。ただ幸せに、何不自由なく生きていければそれでいい。それだけの功績が上げられればそれでいい。それ以上の事はしない。僕の夢は、世界中の人々が僕の名前を知る時代を作ること。日本語の力を借りて、それを実現したい。いや、世界中は少しハードルが高すぎるかもしれない…。日本中にしておこう。これを読んでいる、現実で戦う人々は、何を阿呆な事を言っているのかと思うだろう。僕自身、実行出来なかったら絶望をするほど重く見ていないから、そう思われたとしても、何もすることはができない。ただ、夢は見たい。何歳になっても、死ぬ間際になっても、いつか僕が世界に対して、誰か一個人に対して、欠けてはいけない一部品となる事を、夢見ていたい。そんな世界がいい。そんな人生がいい。何時になっても構わない。死んだ後で評価されても、僕は生前を恨まない。今の僕の思いは揺るがないだろう。僕の言葉が世界の部品となるのなら、僕は何時消えたって構わない。その光がいつか誰かの目に、世界に降り注ぐのなら、僕はいつ死んだって構わない。だけど、逆もまたそうだ。そうされる様にしなければいけない。そうなる前に死ぬわけにはいかない。妥協はしてはいけない。今の僕がやれることは力を付けることだけだ。世界に伝わる様な言葉を生み出せる、『作者』になる。

 僕の中の時間が大いに矛盾していることは分かっている。だけれど夢というのはそういうものだと思う。誰かの心を照らす光となる物語を作る。いつになろうと構わない。だけど、それが出来るまで死ぬわけにはいかない。そうやって無念を残しながら、未来に希望を抱きながら、一切の後悔を残さずに、終わっていきたい。

 ―― 鈴虫の声を聞きながらそんなことを思う、僕の青春はまだ、始まったばかりだ。


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