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狂気なる家族

外出後、昼食は外で済ませたので、夕方ぐらいになるまでアパートには戻らなかった。

自分の住んでいるアパートだと言うのに、戻りたくない気持ちが強かったせいだ。

でも日が落ちれば薄暗くて寒くなってきたので、さすがに俺はアパートに帰ろうとする。

しかし最早やはりと言うべきなのか、自分の部屋の方へ向かうと扉の前に晴香の母親が立っていた。

無視をしたいが入口の前に立たられたらそうもいかない。

一体何の用だと言うのだろうか。


「すみません、何か用……」


思わず途中で言葉を止めた。

この母親は俺の部屋のチャイムを何度も何度も押し、厳しい口調で呟いていたのだ。

怖くて顔は見れない。

ただその挙動は乱暴で、指が折れるんじゃないかってぐらいにチャイムを力強く押している。

指も変な方向に曲がっているように見えた。


「出ろっ!出ろ…!出ろっ出ろ出ろっ……でてこいぃ……!!出てこいいいいぃいいいぃいぃぃぃぃいぃ!!」


本当に勘弁してくれ……。

俺が何をしたんだ。

なんでこんな事をされないといけないんだ。

ワケが分からない。

完全に晴香の母親の行動が理解できなくて、恐怖とどうしようもない苛立ちが湧いてきた。

頼むから関わらないでくれ!


「おい!」


俺は声を荒げた。

それでも晴香の母親はチャイムを押し続ける。

こんなに近くにいるのだから聞こえないわけがない。


「おい、聞いてるのか!?ふざけるのもいい加減にしてくれ!」


俺は怒声を張り上げて晴香の母親に呼び掛けた。

するとさすがに晴香の母親は振り返ってきた。

相変わらずふざけた化粧だ。

ただ昨日と違って、目に白い部分が無いじゃないかと思うほどに眼球だけが赤い。


「一体何をしてるんだ!?」


更に人間離れしていた顔に面を喰らいそうになったが、俺は怖じ気づかずに再び声を張り上げる。

強気じゃないとおかしくなりそうだったのかもしれない。


「ね?ね?いたいたでしょ……?いひひひ、うひひっ!ね?ねぇ…!いたわねね……!?いたわよね!部屋にぃいぃ!!」


昨日と同じ不愉快なしゃべり方だ。

昨夜の晴香の父親と同じように気色悪い。

それにコイツには嫌でも狂気のようなものを感じる。

もう頭がおかしいの一言では表せない。


「もう俺には関わらないでくれ!迷惑なんだよ!」


「けひひひっ…!ごめんなさいねぇ!?ね?ね?ごめんなさいね?ねぇねぇねぇねぇねぇ?」


「分かったから!分かったからどっかに行ってくれ!!」


俺は晴香の母親を押し退けて、自分の部屋へ急いで入り込んだ。

晴香の母親は床へ倒れたように見えたが、気にしない。

そして拒絶するように鍵を閉めた。

閉めたと言っても安心するわけにはいかなかった。

あの頭のおかしい母親のことだ。

まだいるに違いない。

そう思って俺は扉の覗き穴を覗くと、真っ赤な目がびったりと……!


「うわわぁ!」


俺は思わず情けない声を出してのけ反った。

アイツ、外からだと見えないのに覗き穴を覗いてやがる。


「開けてっ!開けてあけて……!ね?ふひひひっ!ね?ね!?ほらほらほら!!開けなさいよ!開けてぇぇ!ふっひひひひ!」


次は扉をガンガンと叩きながら呼びかけてくる。

扉は揺れて壊れてしまうんじゃないかと錯覚してしまいそうだ。

本当にやめてくれ。

とてもじゃないがこれは俺の手に負えない。

晴香には悪いが警察に電話をかけよう。

俺はそう意を決して、汗でびっしょりと濡れた手で携帯を取り出した。

しかしだ。

最初の番号を押したと同時に、今までとは比にならないぐらいの大きな衝撃が扉から伝わってきた。


「うおっ!?」


驚きで携帯を落とし、さすがに扉は壊れたんじゃないかと思って振り返った。

でも目の前には静かになった扉だけだ。

壊れた様子はない。

それにしても静かになったということはいなくなったのか?

だが油断はできない。

俺は身構えながら扉を見つめる。


ピンポーン。


チャイムが鳴った。

今度は何があっても大丈夫なように、俺は心を落ち着かせて身構えながら覗き穴を覗いた。

するとその穴の先には少し寂しそうな顔をした晴香が立っていて、晴香の母親の姿はない。

だからといって油断はしない。

見渡しながら慎重に扉を開けた。


「どうもすみません」


すぐに晴香は謝ってきた。

母親が迷惑をかけたのを分かっているのだろう。


「えっと、君のお母さんは?」


「……どっかに走っていきました」


走って行ったって…………、最早納得できそうな奇行ぶりだ。


「あの、それで……母親が迷惑をかけたのでお詫びをしたいのですが……」


お詫び?

そんなことよりあの母親を黙らせて欲しい。

それができないなら今すぐ警察に電話をかけるまでだ。

いや、もし黙らせても警察に通報したいぐらいだ。


「それよりあの母親をどうにかしてくれないか?酷く迷惑してるんだ」


「あっ……、本当に……ごめんなさい!ごめんなさい!」


晴香は深くお辞儀をしてきた。

いくら誠意を持って謝られても、原因が無くならない限りどうしようもない。


「そう謝られても困るんだよ。実は警察に通報しようと思ってるしな」


「通報…!?それだけは許して下さい!お願いします!ごめんなさい!」


…………はぁ、困ったな。

俺は露骨に嫌そうな顔をするしかなかった。

恐らくだが、晴香は前から両親に奇行をやめてくれと言ってはいたのだろう。

しかしあの様子だ。

直る気配なんか全くしない。


「分かった。とりあえずだけど通報はしない。でも、また今回のことがあったら通報するからな」


「あ、ありがとうございます!分かりました!」


晴香の顔が一瞬だけ明るくなった。

なんだかこの子には哀れみ感じる。

今みたく両親のせいで余計な苦労しているからな。


「あっ、その………、大変言いづらいのですが、実はそれでお願いが……」


ここにきてお願いだって?

嫌な予感しかない。

晴香は本当に申し訳なさそうにしながらも、俺には人生で一番最悪なお願いをしてきた。


「貴方からも両親に言ってくれないでしょうか?私だけでは話をきいてくれなくて……」


おいおい、この子は本気で言ってるのか?

この際、きっちりと話をつけるのはいいだろう。

しかしあの両親は明らかに俺の言葉も聞かないのは明白だ、考えるまでもない。

それ以前にこれ以上関わりたくない。


「やっぱり、駄目でしょうか……?」


晴香は泣きそうな顔で俺に懇願している。

この子の境遇を考えれば誰だって同情とかはする。

しかし内容が内容なだけに考えるまでもなく断りたかった。


「……あぁ、もう。分かった、分かったよ。本当にこれが最後だ。言って駄目だったとしても、俺のせいにするなよ」


「はい、それは大丈夫です!ありがとうございます!」


さっきとは一転して明るくなった表情と声で、晴香はまた深くお辞儀をする。

いくら頼まれたとはいえ人が良すぎるだろ、自分。


「今、部屋に父親がいるはずですので早速お願いできますか?もちろん私も一緒に言いますので」


「そうか。それは好都合だな。一人ずつ説得する方が俺は気楽だ」


そもそも、あの父親と母親が二人揃ったら俺の頭は完全におかしくなるからな。

というより今、晴香の母親を見たら殴りかかるかもしれない。

さっきまでの晴香の母親の行動にはまだ腹立たしく思っている。


「一応言っておくけど、君の両親に関わるのはこれっきりだ。だからもう君からいくら両親のことで頼まれても許しを乞われても、俺は話すら聞かない。そしてまだ迷惑をかけるなら通報だ」


「分かり……ました」


晴香の言葉が一瞬詰まった。

追い詰めるように言って悪いが、俺はわずか丸一日でもう十分に嫌な思いをしたんだ。

もしあの両親が物騒な宗教や何かの病気のせいで言っても直らないようでも、俺の意思は揺るがない。


「では、私の部屋へ来てください」


「分かった」


俺は素直に晴香の言うことを聞いた。

早くいかないと晴香の母親が乱入して来そうで恐いからだ。

それにさっさと縁を切っておきたい。

俺と晴香は、俺の隣室である晴香の住んでいる部屋へ行く。

中に人がいるとはいえ無用心にも鍵はかかってないらしく、晴香は鍵を使わないで扉を開けた。

そしてついに、一歩…………、俺は隣室に足を踏み入れてしまう。


意外にも、玄関は綺麗だった。

靴は丁寧に整頓されているし、別に変な臭いとかはしない。

引っ越してきたばかりだからというより、きっと晴香が部屋の管理をしてるからだろう。


「どうぞ」


「お邪魔します」


晴香に促されて俺は靴を脱いで部屋の中に入る。

するとそこにはうつ向いて座った晴香の父親が目についた。

一体何をしてるんだか。


それにしても部屋が綺麗だ。

家具も本当に最低限なものしか置いてないし、予想に反して妙な像も置いてはいない。

部屋の状況だけなら普通だ。

ただ、晴香の父親が奇妙に…………。


「再………………満……」


……呟いていた。

多分昨夜と同じ呪文のようなもの。

やはり気味が悪い。


「なぁ……、君のお父さんは一体何を唱えているんだ?お経か?」


「気にしないで下さい」


俺の質問に晴香はニッコリとした笑顔で淡白に答えた。


「え?」


「気にしないで下さい」


俺が少し不思議そうな反応したら、晴香はさっきと同じことを言う。

何だか突然、この笑顔が不気味に感じてきた。

朝では良い笑顔だと思えてたのにだ。

気にしても仕方ないので、俺は晴香の父親の正面に座る。

一方晴香は鍵を閉めにでも行ったのか、一度玄関に向かっていった。


「いきなりお邪魔してすみません。実は話があって来たんですが」


この様子だと晴香の父親から話すわけがないので、俺から話を切り出した。

果たして俺の言葉が晴香の父親の耳に届いているだろうか、怪しいものだ。


「率直に言わせてもらうと、あなた方の行動に俺は迷惑してるのですよ。夜は騒ぐし、人の扉の前で妙なことをしますし、はっきり言って不愉快です。ですからやめて貰えませんかね?」


できるだけ手短に俺は言いたいことを伝えた。

しかし晴香の父親は俺の聞いてないのか、まだブツブツと言ってやがる。


「おい、あんた人の話を聞いてるのか!いい加減にしないと怒るぞ!」


晴香の父親の態度苛立ち、俺は声を荒げた。

すると俺の怒りに合わせたように晴香の父親は突然立ち上がって大声であの奇妙な言葉を唱える。


「再厄肉天満憎地道昇魂堕行生!!再厄肉天満憎地道昇魂堕行生!!再厄肉天満憎地道昇魂堕行生!!!」


言葉の意味はまるで分からないがおぞましかった。

最初に会ったときのように目はキョロキョロと(うごめ)いていて顔は青白いのに、歯がぼろぼろの口だけがはっきりと動いている。

でも表情は変わらない。

だからまるで目の前の人が死人なんじゃないかと思えた。

確かに生きている人のはずなのに。


おかしいおかしい!

こんなの絶対におかしい!


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