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引っ越してきた家族

俺はアパートに住んでいる。

アパートの部屋は大して広くはないが、独り暮らしには十分の広さで、風呂やトイレがある部屋を抜いて数えても寝れるような部屋が二つもある。

唯一の不満というべきか残念ながら風呂は少し狭いが、安い家賃だから何も文句はない。

むしろ贅沢なぐらいだろう。

ただ、最近は都合により仕事をやめてしまい、家賃の心配が出てきた。

幸いにも貯金はかなりあるから問題ないが、早く仕事を見つけないとマズイだろう。


「全く困ったな………」


俺は通帳とにらめっこをしながらぼやいた。

当たり前だが遊ぶ金が一切ないのは辛い。

タバコや酒も高くなってしまっているから買いづらく、いつ仕事できるかも分からないから我慢しないといけない。

でも欲しいという欲求が俺を日夜襲ってくる。


「くそっ」


イライラし始めてきたとき、隣室から物が運ばれる音が聞こえた。

確か隣室には誰も住んでいなかったはずだ。

ってことは誰か引っ越して来たのか。

しかし誰が引っ越して来ようと今の俺には関係ない。


そう思っていたのだが、呼び鈴のチャイムが鳴った。

もしかして隣に引っ越してきた挨拶か?

そうだとしたら随分と律儀なお隣さんだ。

俺は一切そういう付きあいはしたこともない。


「は~い、と」


せっかく挨拶しに来てくれたとしたら無視するにもいかないだろう。

俺は重い腰をあげて玄関に向かい、ためらいもなく扉を開けた。


「うぉっ………」


思わず驚きの声を上げてしまった。

扉を開けると目の前には、顔面蒼白の男性が立っていたのだ。

髪が綺麗に無いことと顔が青白い事を除けば30代後半ぐらいの見た目ではあるのだが……、視線がキョロキョロとしていて落ち着きがないように思えた。


「ど、どう、も………こんにちは…」


男性はおどおどしくも俺に挨拶をしてきた。

何だか見た目も挙動も少し不気味な印象だ。


「えっと、こんにちは」


俺が挨拶を返すと、男性の後ろからひょっこりと女性の人が出てきた。

その女性もまた少しおかしい。

化粧がやたらと濃くて、頭にはパーマをかけている。

しかし変なのは化粧の仕方だ。

単純に異常に化粧が濃いだけじゃなく、色合いや使い方が滅茶苦茶だ。

目の周りにはパンダみたいに丸く紫色で塗っていて、顔は全体的に真っ白に化粧されている。

美しく飾る化粧ってより、まるでふざけた遊びのような化粧だ。

そんな気味の悪い顔をした女性が舌をベロっと出して、男性に話しかけた


「ね?ねぇ?いたでしょ?」


「ぁ、そ……うだな。うん、うん」


男性が生気なく相槌を打つと女性は目を大きく見開いてこちらを見てきた。

それだけで恐怖を覚えるほどに不自然な動きだった。


「どぉうも、引っ越してきたした。分かります?ね?引っ越してたしたの。ね?ねぇ!?ふふふっ」


……呆然とするしかなかった。

このふざけた女性は、顔面蒼白の男性の妻とかなんだと思うけど、言動がおかしい。

何を言っているのか聞き取りづらかったし、それ以上に姿も挙動もおかしかった。女性は勢いよく後ろを振り向いて、玄関の外へ向かって叫んだ。


「さぁ!さぁこっちきて?あなたもも挨拶しなさい、ね?来てきて、ね?挨拶、よよ?」


あなた?

もしかして子供のこと、なんだろうか?

まだこんな変なのがいるのかよ。

俺が内心勘弁してくれと懇願している間に、隣室の扉からひょっこりと女の子が出てきた。


その女の子は意外にも普通で、綺麗に黒い髪がセミロングぐらいの長さで、顔つきや目つきも整っていて見た目は至って普通だ。

むしろ可愛いぐらいで、妻であろう女性の方はどっぷりと太っているが、この女の子は真逆で容姿端麗である。


「どうも初めまして、今日隣に引っ越してきました!私、天筑(あまつく) 晴香(はるか)と申します。お世話になります!」


この奇妙な両親の娘、晴香は素敵な笑顔で礼儀正しくお辞儀をしてきた。

何とも親に似つかわない子だ。

それ以前の問題な気もするが、この晴香って子のように親もしっかりとするべきだ。


「あぁ、どうも初めまして。そんなに仲良くすることは無いと思うけど、お隣さんとしてよろしくね」


「はい!」


晴香は笑顔で元気良く返事をする。

多分女子高生ぐらいだとおもうが、こんなに素直に好印象を出せる子は珍しい。

好ましい言い方じゃないが、今時の子とは思えないぐらいだ。


「ね?私の娘なんなんですよ。ねぇ?どう?」


「は、はぁ……?」


俺が晴香の母親に対して返答に困っていると、晴香の父親が指の爪を噛みながら口を開いた。


「じゃ、じゃあ………、次の所に挨拶しに………行こ……」


晴香の父親がそう言うと、母親は突然大声で笑いながら叫んだ。


「あっは、はっはははははは!!そうねそうね!ね?行きましょ、ねっ!?ねぇ!?あっはははは!うひひっ、ははっほほほほ!!」


「では、失礼しますね」


晴香は丁寧にお辞儀していったが、母と父の様子で印象は最悪だ。

俺はあまり関わりたくない一心で、頭を軽く下げてから急いで扉を閉めた。

それでも晴香の母親の笑い声が聞こえてくる。

耳を衝く声で、不愉快だ。

近所迷惑にもほどがあるだろ。

あの親は一体どんな環境で育ったんだ。


「気味が悪いのが引っ越してきたな。あー、嫌だ嫌だ」


俺は愚痴を言いながら逃げるように部屋へ引きこもった。

とりあえず今日は家の中でジッとしよう。

外に出て、またあの家族に会うのは嫌だ。

下手したら声を掛けられてしまうかもしれないしな。

さっきは話していて、こっちの気が変になりそうだった。

世の中には変わった家族がいるものだ。

と自分に言い聞かせても、何だか俺は納得いかなかった。


そして、こうして夜になって改めて思う。

あの家族は最悪だ。

何が最悪って、変なだけなら別にそこまで気にしないのだが夜もうるさいのだ。

引っ越しきたばかりだから家具でも置いてるのか分からないが、暴れるような足音が耳障りだ。


「あの家族は静かにできないのかよ」


隣だから余計にうるさくてかなわない。

たまに壁を叩くような音がハッキリと聞こえてくるし、ここは一つ何か言っておくべきだろう。

関わりたくないのだけど、これはちょっとした騒音問題だ。


俺は立ち上がって外に出ようと、扉を開けて顔を覗き込ませた。

やはり外にまで音が聞こえている。

ため息を吐き、一呼吸を整えてから隣室の扉の前に立った。

それから嫌々ながらもチャイムを押す。


「はい」


するとすぐに扉が開いて晴香が出てきた。

良かった、もし母親だったら発狂するところだ。

わざと俺はぶっきらぼうに不満そうに文句をつけた。


「すいません、うるさくて困るんですよ。静かにできませんかね?」


「あっ、ごめんなさい…!迷惑がかかっているとは気づかなくて……、静かにするよう両親に言いつけます」


言いつけるって、まるでこの子が保護者みたいだな。

というより、やっぱりうるさいのは晴香の両親か。

本当にあの親はどうなっているんだ。


「えぇ、そうして下さい。それでは」


「はい、本当に申し訳ありませんでした。お休みなさい」


晴香はそれだけ言って扉を閉めた。

あんな奇行だらけの親を持って、あの子は苦労するな。

そそくさと俺は自分の部屋へ戻り、鍵を閉めた。

そこで隣から聞こえた音はピタッと止まり、さっきの騒音が嘘のように静まった。

このアパートは壁が薄いわけじゃないから普通は今みたく音は聞こえない。

一体何をしたらあんなにうるさくなるのか不思議だ。


「さてと、飯でも食うかな」


俺は夕食を取ろうと、冷蔵庫を開けて食材を適当に手にとった。

俺の飯は基本的に白米と炒め物だ。

料理は苦手だからな。


ゴトン。


食材をキッチンに置いたとき、玄関から何かがのし掛かるような音が聞こえてきた。


「今度は何だよ」


ため息まじりながら呟いて俺は玄関に行き、覗き穴から様子を伺う。

すると晴香の父親が一段と青白い顔をして扉の前に立っていた。

気味が悪い。

しかも何かブツブツと言ってやがる。

なんだコイツは、気持ち悪いな。


「再厄…天……憎地……魂堕……、再……肉…満………」


「…っ!?」


何言ってるか分からないが、まるでお経のように呟いている。

気持ち悪い気持ち悪い!

何言ってるんだ?あまりにも不愉快だ!

俺は怒りに身を任せて扉を思いっきり蹴り、短く怒声をあげて部屋の奥へ逃げていった。


それから朝、目覚めは最悪だ。

良いわけがないか。

あの後にもう一度覗いてみたら晴香の父親は居なくなっていたが、気持ち悪さが体から抜けない。

本当にあれは何だったのだろうか。

思い出すだけで鳥肌がたちそうだ。


「はぁ………」


とりあえず俺はゴミを出そうと、部屋に置いていたゴミ袋を手にした。

ゴミステーションはこのアパートの裏に設置してあり、便利なことにすぐに着く。


「よいしょ、っと」


ゴミ袋を持ち上げて俺はアパートの外に出る。

昨日の奇行のせいで、通り過ぎる時に隣室の扉がおぞましく感じた。

逃げるように急ぎ足でアパートの裏へ周ると、そこには両手に大きなゴミ袋をちょうど出していた晴香がいた。。

おいおい、引っ越して次の日にはゴミ出しかよ。

昨日の騒ぎは部屋でお祭りでもしてたのか?


「あ、おはようございます!」


晴香はやって来た俺に気がついたようで、ニッコリと朝から清々しい笑顔で挨拶をしてきた。

朝の日より眩しい。

これだけは隣の家族については悪い気はしない。


「あぁ、おはよう」


「昨夜は本当にすみませんでした」


「すぐに静かになったし、そんなに騒がないなら多少の音は気にしないよ。それにしても、一体昨日の騒ぎは何だったんだ?」


あまり人のことを訊くのは馴れ馴れしいかもしれないが、晴香が親しみやすくて訊いてしまう。

すると俺の質問に、晴香は視線を泳がせて戸惑いを見せた。


「え、えぇっと……」


さすがに失礼だったか?

あの両親のことだ。

きっと晴香は変に思われたくなくて言いづらいだろう。

すでに奇妙という印象はついてしまっているが。


「その、両親が落ち着きなくて……」


やっと口に出した答えはそんな曖昧なものだった。

気を煩わせてしまったかな。


「そっか、大変だね…」


つい晴香に同情してしまう。

俺の両親があんなのだったら間違いなくグレる。

それなのにこの子は随分と良識をわきまえていた。

両親を反面教師として、自分だけはしっかりとしようとする意識があるのかもしれない。

正直、褒めてやりたいほどだ。


「では失礼しますね」


晴香は全てのゴミ袋を置くと、早足でゴミステーションから去っていった。

朝から時間を使わせてしまったか。

そういえば今日は仕事を探さないとな。

あまりアパートにはいたくないし、歩き回って探すしかない。

俺は今日の予定をそう決めて、ゴミステーションにゴミ袋を置く。


……………なんだ?

今更気づいたが、晴香の置いたゴミ袋が真っ赤だった。

しかもその赤さは料理とかでできそうな色じゃないほどに、一色の純粋な赤。

気色悪くて中は確かめる気になれないけど、見るからにおかしいのは分かる。

やっぱり隣の家族は変だ。



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