タイミング
何事にもタイミングというものがある。
それはとても重要で、大切で、大事なものであると、俺は思っている。
堀宮さんとデートした今日この日・・・それをしみじみと実感した。
本日一度かぎりのデート。
たった一度。それだけで一人の女性を振り向かせるのは容易なことではない。
相手の人間性にもよるが・・・おそらく、まずもって無理だろう。
だが色々な偶然が重なり、事態が急転もしくは好転したら?
人はそれを・・・運命というらしい。
たった一度のデートにまでこぎつけたのは、俺の勢いに堀宮さんが押された結果に過ぎない。
まずこの時点で、堀宮さんが俺に対して好意を抱いているなど期待できない。
・・・少しくらいあったかも、とは個人的には思いたいが。
だがあのままの流れでは、その一度のチャンスすら与えてはもらえなかっただろう。ならば、結果オーライ。
ゼロよりはマシだ。
少しでも振り向いてもらえる可能性があるなら、俺はそれに賭けたい。
正直、分の悪い賭けだと自覚はあったが・・・どうやら、幸運の女神は俺に微笑んでくれたらしい。
状況が、変わる。
それはとても急で、予期しないタイミングで、唐突だった。
出来れば事前に教えてもらいたかったと愚痴りたい程に。
水族館デートを満喫している堀宮さんが先導する流れのまま、俺はそのやや後ろを付いて歩く。
本音は堀宮さんの隣を歩きたかったのだが・・・実際、そうしようとアプローチもしたのだが・・・自然な動きで堀宮さんは歩行速度をアップし、今の状態を維持しようとする。
なので、俺もそれ以上はどうしようもない状況だった。
嫌われてはいない。だが、好かれてもいない。
・・・それをまざまざと見せ付けられたようで、さすがにポジティブ思考をもつ俺でも、若干へこむ。
あぁ、なのに堀宮さんは俺に無邪気に笑いかけてくれる。
好きじゃない。嫌いでもない。けど楽しい。そんな感じかな?・・・・・・残酷な女だ。
これは無理かなと思い始めた矢先、急にテンション高めで先導していた堀宮さんが立ち止まった。
あまりにも不自然な動きだったので、俺は思わず心配になって声を掛けた。
「・・・堀宮さん?」
「・・・・・・・・・」
だが見事なまでに無視されてしまう。
そりゃあ周囲の雑音状況は中々だが、それを考えてやや大きめの声で呼びかけたのだ。
聞こえなかったわけがない。
なのに、無視された。
おいおい、そこまで嫌われたのかと悲観したが・・・堀宮さんの表情を見て、それは違うと思い至る。
だって、堀宮さんはほんの一瞬とも言える時間で、喜怒哀楽、全てが複雑に入り混じる表情を浮かべていたから。
その目尻に、涙を浮かべていたから。
声を掛けた俺に今更気付いて・・・笑いかけようとして、でも無理で・・・泣いて、笑った。
何が彼女をそうさせたのか?
堀宮さんが見ていたであろう視線の先を、俺は些細な事柄でも見逃さないとばかりに注視したが・・・まるでわからない。
視界には、学生のカップル。小さい子供をつれた幸せそうな夫婦。孫と手を繋ぐおばあちゃんなどなど、特に珍しいものなどなかった。
そう、俺にとっては。
少なくない人で溢れる館内を、堀宮さんは何かから逃げるように、不意に走り出した。
細身な女性の体格を活かし、すいすいと人波の間を通り抜ける彼女を、俺は追いかけた。
急に逃げるように走りだした堀宮さんにその場で唖然とする事もなく、俺はそれが自然な事なんだと考え、理由など後回しにして。
ただ、その後を追った。
いま彼女を見失ってはいけない。
そんな理由もない確信に何故か突き動かされて、俺は堀宮さんを探した。
極力、他の客とぶつからないように気を付け、だが気持ち急ぎめで足を速め、探す。探し回る。彼女の・・・堀宮さんの姿を求めて。
あんな不安定な状態の堀宮さんを、このまま放ってはおけない。そんなの論外だ。
・・・俺がこの水族館に連れてきたから、こんな事になってしまったのか?
罪悪感が、不意に胸中にこみ上げてくる。
・・・・・・今はとにかく、堀宮さんを探そう。罪悪感はとりあえず無視して、俺は足を動かし続ける。
広い館内で、堀宮さんの姿を何回か見失いかけては見つけ、後を追い続けること約三十分。
ようやく気持ちが落ち着いたのだろうか?
堀宮さんは館内でも目立たない休憩スペースのベンチで、ひとり項垂れていた。
・・・・・・すごく声を掛けにくいが、このまま突っ立っていても始まらない。
俺は覚悟を決めて、堀宮さんの前に立った。
俺が傍に居ると気付いたのだろう、堀宮さんは項垂れた頭をゆっくりとあげて、笑おうとした。
いつものように。
だが笑いかけようとして・・・失敗。
そこにいつもの・・・俺の好きな笑顔は影も形もなかった。
あえて言うならそれはぎこちない笑顔だ。不器用な笑顔だ。不細工な笑顔だ。
・・・それでも俺は、その笑顔も含めて好きだと断言できる。
どんな笑顔を浮かべようと、それは彼女に違いないのだから。
そんな彼女・・・堀宮さんが好きなのだから。