ギャップ
さて、まるで青い春のようなやり取りを満喫したところで、移動開始だ。
今回の目的地はまだ堀宮さんには話していない。それは着いてのお楽しみというやつだ。
とりあえず電車に乗らなければ始まらないので、堀宮さんをエスコートする。
その為に駅前を待ち合わせ場所にしたわけだし。
目的地を設定したのは俺なのだから、堀宮さんは嫌が応でも俺に付いてこざるを得ない。
いや、本当に嫌ならここで帰ればいいだけなのだから、そんなぐいぐい行く気はないが。
「すみません、電車に乗るのは数年ぶりだから、なんか少し戸惑ってしまいました」
駅構内から電車の乗り降りする場所まで、親鴨の後ろをついて歩く小鴨のような、そんなぎこちない動きの堀宮さん。
必然的にそれに合わせる俺に、堀宮さんは申し訳なさそうに謝ってきた。
「いえいえ、気にしないでください。・・・普段はあまり電車には乗られないんですか?」
気にするなと言われても、大概の人は気にするものだ。特に日本人は。
なのでさりげなく話題を変える。
「あ、はい。商売柄あまり外に出なくても生活できるので・・・。電車に乗ったのは多分、OLを辞めて以来ですね」
ほら、話題を変えただけで気になるワードが派生した。
やっぱり会話のやり取りは大事だな。
「へえ・・・堀宮さんも会社勤めを経験してたんですね。てっきりずっと喫茶店の店長だとばかり思い込んでました」
「・・・個人的な事情で、少しゴタゴタしたので会社を辞めたんです。それ以降は、家業を手伝うという名の名目で、父の喫茶店で働き始めました」
「看板娘ってやつですか。こんな綺麗な娘さんと一緒に働けるなんて、幸せなお父さんですね」
いつもとは違い、外で会話しているせいなのだろう。普段、喫茶店では聞けないような情報が次から次へとやってくる。喜ばしい事態でもあるが、これは注意するべき事態でもある。
個人的な事情、ゴタゴタして辞めた。
俺はそれらのキーワードを華麗にスルーして、逆に重くなりかけた空気を払拭するようにおどけた。
タブーになりそうなキーワードには食いつかない。食いつけば、ろくな展開にはならないと経験済みだ。
それが功を奏したのだろう、堀宮さんはクスクスと笑っている。うん、やっぱり笑顔が可愛い人だな。
「口がうまいですね、津田さんは。さすが営業マンと褒めるべきですか?」
「営業マン云々というより、本心を口に出しているだけですからねぇ。でも褒められると素直に嬉しいですよ。私は褒められた分だけ増長して、勢いを増す性分ですから」
「なら止めておきます。津田さんがいま以上の勢いを得たら、このまま押し切られそうですから」
「これは手厳しい」
おっと、ここで軽く牽制か。
わかってはいたが、堀宮さんは中々手ごわいな。
こんな軽い駆け引きを繰り返しつつ、電車からバスへと乗り継ぎ、片道およそ一時間半をかけて、本日の目的地へ到着した。
まあ、バスで目的地付近に来た辺りで、堀宮さんはうすうす勘付いてはいたみたいだが。
デートする場所としては定番の一つに数えられる水族館。ここが俺の勝負の場でもあるわけだ。
「わあ~~、この水族館一度は来てみたかったんですよ。連れて来てくれてありがとうございます!」
「喜んでもらえて何よりです」
どうやら手応えは上々のようだ。
堀宮さんは本当に嬉しそうに水族館を見つめている。
しかし・・・・・・本当にデカイな、この水族館。ネットで情報を揃えただけだから、実物は俺も初めて見るんだよなぁ。
バス停に降りる前・・・バスの車内からでも、随分と遠くからでも見えていただけに、圧倒されてしまう。
さすがは国内、いや世界でも有数の巨大水族館。
スケールが半端ない。
朝早く出たにも関わらず、すでに周囲は人、人、人で溢れている。
・・・少しばかり失敗したかな?これでは二人で落ち着いて会話もできそうにない。
ないのだが・・・・・・
「わ、わ、見てください津田さん!ここには、ここでしか見られない海洋生物もいるみたいですよ!それもたくさん!楽しみですね!」
俺が事前に用意した水族館のパンフレットを手渡した直後に、隅々まで網羅せんと読みこむ堀宮さんの反応は上々・・・どころか最高である。
普段が物静かなだけに、子供のようにはしゃぐギャップがすごい。
それがまた、堀宮さんの新たな一面として魅力的に見えるのだからずるい。ずるすぎる。
そうか・・・これが世に言うギャップ差というものか・・・・・・やられたぜ!