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雨のち・・・  作者: カナメ
3/8

笑顔?

楽しい時間というやつは、あっという間に過ぎるものだ。

この一時も、それに該当した。

あれから俺の好きなコーヒー豆も挽いてもらって二杯おかわりしたのだが、何気なく腕時計をチラッと見たら一七時を既にまわっていた。

さすがに一旦、会社に戻らないとまずい時間だ。

非常に・・・非常に気が進まないが席を立つ。



「すいません、どうやら一旦会社に戻らないといけない時間なんで・・・今日はこれで失礼しますね」



あくまで『今日は』という所をさりげなく強調しておく。

いや、実際まだここに居たいのが本心だし、間違ってはいない。



「いえ、こちらこそ引き止める形になってしまって・・・よければまた来てください。次も美味しいコーヒー豆をご用意しておきますから」



リップサービス。

常連確保の口上。

一瞬、その言葉が脳裏をよぎるが、堀宮さんの顔に打算やよこしまな感情は一切ない・・・と思う。

ただ本心から、ごくごく自然にそう思っているのだろう。

天然か?

計算だったらどんだけ魔性だよ。

社会人になって三年目、海千山千とまではいかないまでも、少しは人間の本音と建前とやらの見分けがつくと自負している自分の感性が、この人は本心からそう思っているのだと囁く。

いや、まぁ誘われてなくてもまた来てただろうから主観が入りすぎてる。あてにはならんか。

しかし、断る理由がないのもまた事実。



「はい、また近々よらせてもらいます」



合計三杯分のコーヒー代金を清算し、俺は笑顔で店を後にする。

・・・・・・と思ったのだが、まだ雨は止んでなかった。

少し、ほんの少し、気持ち程度は雨足が弱まってはいるけど・・・会社に戻るまでにずぶ濡れは確定だな。

一時間経過してもこれなら諦めもつく。

しょうがない、走るか。

そう決心して足を踏み出そうとした矢先である。



「傘、御貸ししますよ」



堀宮さんの言葉に、俺はその場で即座に回れ右した。

そんな俺の行動が少しおかしかったのだろう。

堀宮さんがクスクスッと笑っていた。うむ、美人の笑顔はやっぱりいいね。



「図々しい客ですいません」



痒くもないのに、気恥ずかしくて頭をポリポリとかく俺に、堀宮さんは傘を手渡してくれる。



「いえいえ、これでお店のリピーターが増えてくれるならお安いものです」



商売人のような事を言ってはいるが、俺が二度とこの店に来なくても堀宮さんは気にもしないんだろうなぁ・・・・・・いや、絶対また来るけどね!



「必ずお返しに来ます」



「はい、その傘は私のお気に入りですからお願いしますね」



これまたリップサービス。

けど何故だろう?

嫌な気はしない。人徳か?ますますホレるわ。



「じゃあ、また」



「はい、お待ちしてます」



傘をさして、俺は今度こそ喫茶店を後にした。

・・・うん、いい気分だ。

ルンルン気分で会社へ向かう俺を、通り過ぎる人々がクスクス笑っているような気がするが、気にもならない。

笑いたくば笑え。

恋する男にはそんなもの、気にもならんのだよ。



「とう~ちゃく!」



徒歩でおよそ十分、ようやく会社前に到着した。ちなみに雨はまだ止まない。このまま夜通し降り続きそうな空模様だ。



「お疲れさま津田くん。今帰ってきたのね」



「お疲れ、井上さん。そういう井上さんは定時あがり?」



会社の出入り口でばったり出くわしたのは、同期で経理課の井上冴子。

眼鏡が似合う、クール系の美人さんだ。・・・俺の好みではないけど。おそらく、向こうもそうだろう。だからこそ、友人感覚で気軽に会話できるわけなんだが。



「そうよ、珍しくね。・・・突然の雨だったのに濡れてないわね。どこかでサボってたの?」



「失礼な。ちゃんとやる事やってからサボってたよ」



「会社の出入り口付近で威張れる内容じゃないわね」



相変わらず切り返しもクールだな、井上さん。



「・・・少し機嫌が良さそうだったけど、いい事でもあったの?」



そして妙に鋭い。

俺ってそんなにわかりやすいのかな?



「ああ、あったよ。大口の取引がまとまった」



「あら、おめでとう。これでまた一歩、出世するチャンスがアップしたわね」



あはははっと愛想笑いしておく。

正直、出世にはそこまで興味はないのだが、貰えるものは貰っておくさ。



「それにしても・・・随分と可愛い傘をさしてるわね」



井上さんの視線が、やや上で固定化している。

ん?可愛い?傘が?

何の事だかわからず、疑問符を浮かべる俺の様子に、井上さんが底意地の悪そうな笑みを浮かべた。

うわっ、むっちゃ悪そうな顔してますよこの人!



「大の大人がその傘をさしてオフィス街を歩く姿・・・私もじっくり見たかったわ」



そう言い残し、井上さんは颯爽と去っていく。

・・・この傘をさして歩く事が、そんなに愉快なことなのか?

井上さんの指摘が無性に気になった俺は、足早に会社の中へと入り、開いたままの傘の外側を見て固まった。

そこには・・・子供が大好き、ポケットなモンスターの人気キャラクターがこれでもかと言わんばかりにプリントされていたのだ。



・・・・・・・・・・・・・・・まじか?

この傘を広げて、俺は喫茶店から会社まで歩いてきたのか?

なら、すれちがう人達が笑っているような気がしたのは、気のせいではなかったということか?

俺はそれと知らずに、上機嫌に鼻歌まじりでこの傘をさして歩いていた?

恥ずかしさのあまり全身硬直している俺を、会社の出入り口付近ですれちがう人々が少し笑っている。

会社の顔とも言える、受付嬢もまたしかり。

・・・今の俺は、憤死できる。

穴があったら入りたい。殺せ、誰か俺を殺してくれ!



そんな最高か最低な週明けの一日。

雨は未だ止まず。だが俺の周りだけ笑いが溢れていた。




登場人物


井上冴子

主人公の同期。サバサバした姉御気質で異性、同性問わず好かれるタイプ。眼鏡が似合うクール美女。

性格は几帳面だが、豪快な一面性もある。

面倒見がいいのでよく同期や後輩の相談相手になっている。

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