のち・・・
事前に一言。
作者はコーヒーの事を全然知りません。なのでコーヒーに関する知識は適当です。間違っていたら優しく指摘して下さい。
厳しく批判されると心が折れます。
小動物と戯れるように、優しく優しく扱ってくださいね(汗)
「あの、本当にすいませんでした」
店内に招かれてカウンター席に座った俺は、深々と頭を下げた。
生きててすんません。
息しててすんません。
むしろ存在してすんません。
負のオーラをまとい、ズーンと落ち込む俺がよほど哀れだったのだろう、薄幸美人ならぬこの店の女主人は微笑を浮かべて
「えっと、ほんと気にしないで下さい。あのまま外で待つよりかは、中で休んでもらった方がいいかなって。春とはいえ、雨が降ったせいで肌寒かったでしょう?」
慰めてくれた。
うぅ、なんか優しさが痛い。
「はい、どうぞ」
「あ、どうも。いただきます」
店内に招かれ、なおかつ間接的・・・いや、あれはもはや直接的に営業妨害した手前、何か注文しなければいけないという強迫観念にかられた俺は、無難にコーヒーを注文した。
季節は春。
とはいえ女主人である彼女・・・堀宮さんの言葉通り、雨のせいかやや肌寒かったのでホットを注文。
それに、やっぱりコーヒーはホットで飲んだほうが美味しいし、においも楽しめる。
俺は早速、出されたコーヒーを一口飲んで・・・・・・少し、いやかなり驚いた。
「うまい」
素直に美味しいコーヒーと称賛できる言葉を、俺は無意識で呟いていた。
「ありがとうございます。一番の褒め言葉で、嬉しいです」
本当に嬉しかったのだろう。
表面上だけの愛想笑いなど一切感じさせない堀宮さんは照れたように、はにかんだ笑顔でお礼を口にした。
・・・・・・・・・・・・なんだ、この可愛い生物は!!?
何なんだ、この可愛い生物はーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
思わず家に持ち帰りたくなる程の可愛さだな、おい!
・・・いかん、落ち着け。落ち着くんだ俺。クールになれ。
ここは営業モードで乗り切ろう。このまま素で対応したらドン引きされちまう。仕事スイッチONだ。
「・・・本当に美味しいですね。私もコーヒーにはこだわりがあって、舌も肥えている方だと自負はあったんですが・・・いや、ほんとにうまいです」
世辞や嘘ではない。
実際、俺は自宅でコーヒー豆を挽いているし、百グラム数千円する豆も冷蔵庫に保存している。
種類も数多く揃えている為、冷蔵庫の中はコーヒー豆が占拠していると言っても過言ではない。
冷蔵庫を開ければコーヒー豆のいいにおいが広がるので、今や完全にコーヒー豆専用冷蔵庫だ。まあ、自炊しないからいいんだけどね。
「そうなんですか?ならお好きなコーヒー豆を聞いておけばよかったですね。ごめんなさい」
「いえいえ、謝っていただくような事でもないですから、お気になさらず」
心底申し訳なさそうに謝られると、こちらが萎縮してしまう。
ここは話題を変えるべきだな。
営業マンは空気を読みますよっと。
「ちなみにこれは貴女が考えたブレンドの配合ですか?」
だとしたらすごい。これほどの絶妙な配合比率・・・どれほど試せばこの境地にたどり着くのだろうか?少なくとも、今の俺にはこんな配合は出来ない。
本職相手に何を張り合っているのか意味不明だが、なんか悔しいぞ。
「いいえ、これは亡き父が考えたオリジナルです。私はそれを忠実に再現しているだけです」
なるほど納得。
これはおそらくその道数十年のベテランが何千回、何万回と試行錯誤した努力の結晶というわけだ。ならばにわかコーヒー好きの俺など、相手になるはずもない。
「気に入って・・・いただけましたか?」
少しばかり物思いにふけっていたせいか、俺は小難しい顔をしていたのだろう。
どこか不安げな表情で堀宮さんが聞いてきた。いかん、マンツーマンで会話しているのにいきなり一方が黙りこくってしまっては、言葉のキャッチボールは途絶えてしまう。
俺は少し暗くなりかけた雰囲気を払拭するように、笑顔を意識して返答する。
「はい、とても。ぜひともこのコーヒーの配合比率を教えてもらいたいくらいです」
むろん、冗談である。
そんな企業秘密に匹敵する事を、客にペラペラ話せるはずもない。
それに教えてもらっても、この味が出せるとは限らないしね。
「すいません、さすがに配合比率だけは・・・」
困り顔で断る堀宮さん・・・こんな表情させて申し訳ない気持ちがこみ上げてくるが、一方でこれもアリだなって思ってしまう俺は馬鹿なのだろう。
美人は困り顔しても様になる。
「あははっ、もちろん冗談ですよ。すいません、返しにくいボケをしてしまって。・・・次はストレート、いただけますか?」
「はい。・・・何かご要望の豆はありますか?」
「店長のおススメでお願いします」
堀宮さんはニコリと笑顔を浮かべて厨房へ向かった。
どの豆を使用するか、秘密というわけかな?
さすがにブレンドの配合比率まではわからないが、ストレート単体なら俺も自信はある。
ここは勝負どころだな。
そして二杯目のコーヒーが出された。
ふむ・・・においだけで何となく数種類に絞り込めた。あとは味だな。
ごくりと一口、探るように味わう。
この味は・・・・・・。
「これはコスタリカ、ですか?」
俺の答えに、堀宮さんはわずかに驚きで目を見開いた・・・と思う。
当たりか?
「正解です。・・・本当にコーヒーがお好きなんですね」
おおっ当たりか。これで外してたら赤面ものだったから良かった。
ひとまず安堵。・・・なんで憩いの場でこんなハラハラドキドキしてるんだ、俺は?
・・・・・・まあ、堀宮さんが嬉しそうに笑っているからそれで良しとしよう。
実にハイリスク・ハイリターンな勝負だったぜ。だがここで勝ち誇るようでは底が知れるというもの。
ここは謙虚に、慎ましやかに。
「たまたまですよ。この弱めの酸味と、コクのある味でそうかなって当たりをつけただけですから」
「普通のお客さんは、ただ美味しいの一言で終わりますよ」
「いやいや、何だが通自慢しているようで・・・お恥ずかしい限りです」
苦笑する俺を、しかし堀宮さんは可憐な笑顔で
「そういうお客さん相手だとこちらもより一層、気合が入りますから」
とさりげないフォローをしてくれた。
やべっ、まじで真剣にほれそう!
外見も中身も、どストライク好みだ。
どうする?この流れから口説くか?幸いというべきか、手ごたえは悪くない。むしろいい方だ。
・・・・・・・・・いやいや、今日が初対面だからいきなりすぎる。相手も戸惑うだろう。
急いては事を仕損じると昔の人も名言を残しているのだ、焦りは禁物。
がっつきすぎても引かれるし、チャラそうな奴だと思われるのも避けたい。誠心誠意、誠実さを武器にしていこう。
ここは慎重に、長期戦覚悟で計画を立てる。
表面上は堀宮さんとにこやかに談笑しつつ、俺は内心でそう結論づけた。
登場人物
堀宮千鶴
今作のヒロイン。
喫茶店の女店長。亡き父から譲り受けた店を切り盛りしている。
今年30歳。独身、彼氏は今のところいない。
性格はほんわか、マイペース。
過去に辛い恋愛を経験した為、新しい恋には及び腰。