RPGの世界にやってきた。
弾むように明るく爽やかな音楽が聞こえる。
丸みのある電子音。どうやら俺は誰かに起こされているらしい。
「タカタ!タカタ!いつまでねているのアーニャがむかえにきているわよ」
気が付くと、俺はベッドで寝ていた。
俺を起こすのはどうやら母親役……だが、声は無い。
「おはようタカタきょうはやくそうつみにでかけるやくそくをしていたのにいつまでねているの」
なんだこれは!!
音楽は本格的なオーケストラ調なのに対して、人物のセリフは文字だ。
決して不快ではないものの、ボタンを長押しした際に聞いた覚えのある電子音に合わせて目の前に文字が浮かぶ。目を閉じているのに容赦はない。
しかも漢字が全く使われていない! 読み辛い! 読み辛過ぎるっ!
せめて何処かに句読点かスペースを入れてくれ!
「おはようタカタきょうはやくそうつみにでかけるやくそくをしていたのにいつまでねているの」
タカタって俺の事か? そう言えば小野妹子の奴が最後に言ってたな。
『お名前は高田様ですね……確かに承りました』
俺は“たかだ”だ、タカタじゃない!
もしかしてこの世界の勇者の名前って三文字までしか登録できないレベルなのか!? その上濁点も一文字にカウントされるって?
嫌な予感しかない。
不安と不安と不安で胸が高鳴る。
目を開けると全てが終わるかもしれない。
とは言ってもこのままって訳には行かない。
俺は恐々右目だけ開けた。
予感的中。化け物だ……。
二頭身の“アーニャ”とやらが立っている。
俺は急いで目を閉じた、が、時すでに遅し。
見てしまったものは忘れられない。
「おはようタカタきょうはやくそうつみにでかけるやくそくをしていたのにいつまでねているの」
こいつはこれしか言えんのか?
いったいどれだけ古い世界なんだ、異世界と言うよりも異様な世界だろこれ。
しかもアップのせいなのかドットが粗すぎて、どんな容姿なのか判別できない。
それ以前に怖いけど。
と、言う事は……。俺も?
〈容姿端麗〉分の保険料、いくらなんだよ!
大きな町に行けば「チート保険の窓口」があるって言ってたから、早くたどり着いて契約の見直しをしなければなるまい! 怖がってる場合じゃない!
「アーニャ! ここから一番近い大都市はどこだ!」
「おはようタカタ! きょうはやくそうつみにでかけるやくそくをしていたのにいつまでねているの!」
くそぅ……このイベントをクリアしないと絶対に先へは進ませないという事か!
自由度皆無じゃないか!
なんなんだこれは!
こうなったら一刻も早くラスボスを倒して家に帰ってやる!
「アーニャ行くぞ!」
俺がベッドから跳ね起きると、アーニャは影のように俺の後ろにピッタリと付き従った。かなり怖い。
起き抜けだというのにフル装備……と言っても初期装備だが、靴まで履いているのは気持ち悪い。
部屋を出るとすぐにリビング、造りは大雑把なログハウス風。
「タカタおべんとうをもっておいき」
母親の手にはでかいサンドイッチ(多分)が一つ乗っている。
ラップは無いとしても、せめて弁当箱的な物は無いのか。これを直に持って歩くのか?
俺がグズグズしていると二頭身の母親が無表情(多分)で、また言った。
「タカタおべんとうをもっておいき」
もう、何でもいいから従った方がよさそうだ。そうしないとちっとも話が進まない。
それに、これ以上タカタ、タカタとしつこく呼ばれるのも不愉快だ。
甲高い声で商品を紹介して欲しいとでも言うのか!
俺は諦めて母親の手にあるサンドイッチに手を伸ばす。が、掴んだと思った瞬間、それは消えた。
と思ったら、持ち物一覧が表示され“サンドイッチ”と記された。
これってどうやって使うんだ? なんて聞いたところでどうせ教えてはくれないのだろう。取り敢えずさっさと薬草を採りに出掛ける事にした。
ドアノブを掴むと“ぴろぴろん”と音がして瞬間移動。我が家の外観を背にした俺が村に登場した。
次は、その辺を不自然に右往左往する村人たちに話し掛ける。これが重要な情報収集……と言うか聞かないうちは村から一歩も外には出られないのだ。
一通り話を聞いたことを総合すると、俺の幼馴染のアーニャには親が無く、おじいさんと二人暮らし。
おじいさんは三日前から病気で寝込んでおり、治療には西の森に自生する薬草が必要だと言う。
めんどくさいから他人の家のツボの中にあった金を全額つぎ込み、よろず屋で薬草を買ってみたが事態は全く変化なし。どこのどいつが診断を下したのかは分からないが、どうやら森に行くしかないらしい。
余談だが情報収集の際、数人の女性と思われる二頭身に好きだと言われた。
それも、取って付けた様に。
「やくそうのはえているもりはここからにしにいったところにあるわあなたがすき」
などと言う、明らかに後付けなセリフ。読み難くしただけの効果しかない。
いや、どちらかというとセクハラまがいだ。
その気になれない相手などチョロインですらない。
「すこしくらいかおがいいからっていいきになるなよ!」と叫んだ少年もいた所をみると〈容姿端麗〉効果が出ているらしいが、鏡を見たら正気ではいられそうにないので確認する気にはなれない。
それにしてもこの村はかなり貧しいのか、ツボや樽といったお決まりの場所から出て来る金が極端に少ない気がする。村中回って薬草一つ分なんて……。
もしかして、もう引き落としは始まってるのか!?
だとしたら余計急いでモンスター討伐だ。〈十倍型〉の効果、試してやる。
せめて防具くらいは欲しいところだが、あいにく1ゴールドもないので寝起き装備で出発する事となった。
村から一歩出ると音楽が変わった。
鳥肌が立つ。
気分的には意気揚々と冒険に出たわけでもないのに、どうした事かわくわくする。
考えようによっては、この状況VRRPGって事だよな。
まぁ、かなりチープで大雑把な雰囲気は思ってたのとはだいぶ違うけど、異世界召喚だもんなこれ。
村人も遠くから見れば老若男女の区別くらいは付くようになったし、慣れれば二頭身も可愛いもんだ。頭のバランスがおかしいとかは気にするまい。声を出さないなんて静かでいい。
アーニャの顔だけは近すぎてよく分からないけど。
少し歩くと早速モンスターに出逢った。
見るからに弱そうなスライム一体、何故だか不気味に笑っている。
戦闘はとんでもなく厳正なる交互攻撃によって行われ、アーニャが先制攻撃だ。
どうしてかは知らないがアーニャの素早さは半端ない。
しかも二対一、勝てる気しかしない!
アーニャの攻撃! 素手で一撃! ダメージは無し……。
どうやら、アーニャは逃げることが得意らしい。
次はスライムの番だ。そして、その一撃でアーニャは戦闘不能に陥った。
弱い……。攻守共に弱すぎる……。
次はいよいよ俺の番、実はこっそり台所から麺棒を持ってきたのだ。
俺、グッジョブ!
装備できるところを見ると持ってくるべきアイテムともいえるが、細かいことはいいだろう。
麺棒はそこそこ使えた。
慣れない戦いのために少し手こずったが10ゴールド手に入った。
だが、問題はアーニャだ。
バトルが終わると棺桶になってしまったのだ、相当に気色悪い。
これは教会に行って金で解決と言うパターンだろう。
俺は渋々、村に戻る事にした。
アーニャの復活にかかった費用は12ゴールド。
2ゴールドは薬草を売って作った。これでまた無一文……じゃなくて無一ゴールドだ。
声も出さず、影のように行動し、誰よりも素早い女アーニャ。
くノ一のような君なら、きっと西の森までエンカウントせずに行って薬草を採って来る事も可能だろう。
俺の事は気にせずに行けばいいのに……。
取り敢えず家からとってきた“おなべのふた”をアーニャに装備させて出掛ける。
フィールドのテーマ曲にわくわくした事が遠い昔のように思える。
こうなったら一刻も早くアーニャを切り離さねばならない。そのためには西の森の薬草だ。バトルは避けて突っ走れ!
かくして、じいさんに薬草を届けるまでアーニャは十四回棺桶に変身した。
人間は慣れる生き物である、段々面倒になって最後の方は棺桶を引き摺って歩いたが特に抵抗は無かった。
全滅は二回、そのたびに持っている金は半額没収される。このショックに慣れは無い。
この不毛なイベントを経て、俺のレベルは12Lvになった……が、無一ゴールド。
俺は勇者として招かれたんじゃなかったか?
思えば、五日くらい薬草摘みのイベントしてた気がする。この一見簡単そうで中々クリア出来ない事に、どっぷり浸かってうっかり忘れるところだったが俺はこの世界の勇者になるべくしてやって来たはずだ。
じいさんに薬草を届けるとアーニャは、いともあっさり俺から離れた。
その際、この過酷なミッションをやり遂げた俺に対して一言の礼も無かったが、背後霊が退散したと思えば心は軽やかというものだ。
さて、いよいよこれで“旅立ちの王国”の王様に会いに行ける。
城はフィールド上では村から東へ五歩。西の森よりも遥かに近いにもかかわらず、今までは絶対にそちらへは行かせまいとする呪いをかけられていた。
一歩でも東へ進もうとしようものなら「そっちはもりじゃないわ」と言って監視する、魔法の使えない魔女アーニャの呪縛から俺は解き放たれたのだ!
まぁ、バトルだけは数こなしたお陰で12Lvになった現状の戦闘力はスライムなど麺棒無しでも一撃だが、そろそろ金を稼げるモンスターに会いたい。
ホントに十倍の報酬が入っているのか、そこからいったい何ゴールド引かれているのか……。元々が低報酬のスライムとばかり戦っていたのでは見当もつかないし何の装備も整えられない。
この村の宝箱は殆ど『なにもはいっていない』という空箱ばかりだという事も俺を不安にさせる。
早く、この<春の勇者召喚まつり>とやらの共同主催者である王様に会ってラスボスの情報を聞き、状況を打破せねば!
俺はアーニャの家を後にし“俺のベッド”で休むと“母親”にも話し掛けず逃げるように村を出た。いや、正確には出ようと思ったら……村の出口で見知らぬ男に捉まった。
これって何? 嫌な予感しかない……。




