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夢を見ていた。

遠い昔、まだ本当の家族が居た世界の夢。

母と父が居間でテレビを見ながら話をし、兄が近くで一緒に本を読んでくれている。

穏やかで暖かくて、幸せに溢れていた。

父が何か兄に言っている。

兄が嬉しそうに返事をしながら、それでも本を読む事は止めないでくれた。

今度は母が何かを言って、キッチンへと行くのが見える。

きっと、自分達にオヤツを取って来てくれるんだと期待しながら二人でクスクス笑って待っていた。

本を読み進めながら、兄は時々問い掛けてくる。

『何で君はそんな恰好をしてるのかな?』

何で??

何でって――何でかな…僕には判らないよ。

『じゃあ、何で君はそんなところに居るの?』

どうして??

どうしてなんだろう…僕は、どうしてこんな場所に居るんだろう――。

『ねえ、君は――誰?』

え?

誰って――僕は……僕の名前は……。

 

 

ふっと意識が現実へと引き戻される感覚で、目が覚めた。

 

「あ…目が覚めましたか?」

 

声が聞えた方へと意識を持っていけば、まだ覚醒したばかりの頭でもその人がアスレン神官さまだということが判った。

 

「あ…」

「ああ、いきなり起き上がってはいけませんよ」

 

そう優しく言われて、ゆっくりと顔を声の方へと持っていけば、やはりアスレン神官さまが僕のベッドへと歩いてくるのが見える。

 

「心配しないで下さい。君のお母上は、私の弟子達と一緒に台所仕事を手伝ってくれているので代わりに付いていただけですから」

「…はい…」

「喉が渇いたでしょう?水を飲みますか?」

「あ、お願い、します」

 

言われて気付く、喉の渇きと圧し掛かってくるような疲れ。

 

「まだ体が落ち着いてないから、ゆっくりしていた方がいいですよ」

 

水を運んできたアスレン神官さまに支えられ、どうにか起き上がる事が出来たけれど、水を飲んだ後にはガクリと力が抜けてしまった。

術を施された後に、こんな脱力を感じたのは初めての事。

あまりに酷い倦怠感に、つい何故?と問い掛けたいのに、それすらも難しい状態だ。

 

「カズリー神官さまが施した術は、他の人とは全然違うものなんですよ。だから、そういう状態になってしまったんです」

「え?」

「彼の施した術は――言わば君の奥にある大事なものの封印」

「……」

「今は判らなくていいんです。きっと、判るときが来ますから…今はゆっくり眠りなさい」

 

アスレン神官さまの声を最後に、僕は自分の意思とは関係なく意識を深く暗い場所に落として行った。

それも急激に…まるで…魔法でも掛けられたかのように―――。

 

 

 

僕が動けるようになったのは、それから二日も経ってからの事だった。

既にカズリー神官さまは、自分の神殿へと戻ってしまった後で、僕はあの後話をすることすら出来なかった。

けれど、アスレン神官さまに書状を預けて行ってくれたらしい。

大神官さま宛てと、これから向かう神殿の神官さま宛てに――と。

母からの礼に対し『当たり前のことをしてるだけ』と言って、それ以上に僕のことを心配しながら戻って行ったというカズリー神官さまには、本当に感謝しても足りない気持ちだった。

けれど、彼らから言わせれば僕の使命を考えたら、そんなことで感謝される謂れはないと言われてしまった。

神官さま達と僕の間には、何か少しだけズレがあるようには思うものの、それでも神殿の方達への感謝は限りない。

確かに――僕がこれからやろうとしている事は、僕のためにする事じゃないとは言っても、だ。

本当には、それがどんな事で、どんな意味を持っているのか判らない僕だけれど―――。

 

もう一つ――目が覚めて気付いた事があった。

それは、一番大事なことだ。

今までは、自分の本当の名前――そう、元の世界で両親につけて貰っていた名前が出て来なくなってしまったこと…。

そのせいで、僕は凄く不安で仕方なくなった。

けれど、アスレン神官さまは『カズリー神官さまの術です……今は、貴方のその名前を知られるのは危険だから――と術を施しました…確認せずにすみません』と教えてくれた。

確かに――この世界で、本名を使うことはない。

この『アンジー』という名は、今の両親がつけてくれたもの。

そして、その名前で生きている。

今後、自分の本名を使う事があるのかさえ判らない今、その名前を封印されたところで困った事はないだろう。

だけど……それでも不安だった僕にアスレン神官さまが言った言葉は――。

 

『この世界で、本名を誰かに知られるということは、自分の命を取られたも同然――何時か、自分と共に生きる友人や仲間、そして愛する者が出来た時、その時には自然に出てくることでしょう……ですから、それまでは、どうぞ、その大切な名を封印しておいて下さい』

 

そう懇願されては、僕もそれ以上のことを口には出来なかった。

命を取られる…その意味は、今の僕には判らないみたいだ。

ただ、この世界の掟のようなものらしく、本名を教えるということは、その相手に自分の命を預ける事を意味するのだということは、今の会話でも判った。

だから――僕は、素直にそれを受け入れるしかないらしい。

けれど、そんな術を使うなら、一言で良いから教えておいて欲しかったと、少しだけ愚痴った僕。

それをアスレン神官さまは苦笑しながらも、『あの方は何時でもそうなのです』と謝ってくれていた。

だから、僕は―――そんなアスレン神官さまの言葉を受け入れる事にしたのだ。

本当なら、もっと文句を言いたかったし、本人にも文句を言ってやりたかったけれど……。

 

そうして数日――僕は、この神殿で体を休めて生活していたのだった。

 

 

 

 

 

「神官さま、少しお時間、宜しいでしょうか?」

 

もう夜も更けてからの事、僕はどうしても不安に思っていることを聞いてもらいたくて神官さまの部屋へと足を運んでしまっていた。

それは、今後のこと。

これから大国ミードラグースへ向かうに当たり、今まで以上に長旅をしなくてはならない。

その間に小さな町らしいものはあるものの、その町の全てに宿屋があるとは限らないということと、その途中には神殿がないことで悩んでいたのだ。

 

「どうぞ――そろそろお出でになると思ってましたよ」

 

そう言って快く迎え入れてくれたアスレン神官さまは、僕が訪問することを予測してくれていたらしい。

 

「これからの事、ですね?」

「はい――どうしても不安なんです」

「そうでしょうね」

 

部屋に入ると、彼は自分の使っている椅子とは別に大き目の椅子を持ってきて僕に勧めてくれた。

 

「母のことなんです」

「いいですよ、聞きましょう」

「…ありがとうございます」

 

そうして話し始めたのは、これからの旅に母を連れていく不安と恐怖。

これ以上、彼女の体に負担が増えると判っている旅へ、僕の我侭から連れて行って良いのかどうか答えが出ないのだ。

 

「それで、お母上はそれを受け入れてくれそうなのですか?」

「いいえ――母の事だから、必ず否と言うと思います。村を出てから四ヶ月余りですが、その間にも何度となく母の体調が悪くなる事がありました。それでも彼女は僕から離れる事を嫌がります」

「そうでしょうね――私にも、それは判りますよ」

「ですが――これからは今まで以上に過酷な旅になると……」

「ええ。この先には神殿のある街へ行くだけでも、かなり長い旅になるでしょう。その上、途中の町でも休める場所があるかどうか――という不安もあるでしょうしね」

「はい」

 

そう返した後、僕は言葉を紡ぐ事が出来なくなってしまった。

彼女を失うかも知れない――そう思えてならなくて――。

 

「けれど、お母上は決して君から離れることはないでしょうね」

「……」

「だって――君がこれから受けるだろう試練を考えたら一人で旅をさせるなど、出来る筈がない…例え血が繋がって居なくとも…例え生まれた時から育てていなくとも、彼女は君の母親なのですから」

 

判ってるつもりだ――そんなことは――。

だから…だからこそ、僕は恐れているのだ。

彼女が永久に失われてしまうことを――。

村を出る二年前に、父を失った。もう二度と会うことが叶わない。

そんな思いをまたしなくてはならないのかと思うと、どうしようもなく恐怖を感じてしまう。

 

「君は、これから先の事を考えれば、お母上を連れていくのが怖いかも知れない。けれど、これは彼女にとっても試練なのです」

「え?」

「彼女自身が選んだ試練―と言った方が良いでしょうね。きっと、彼女もまた、君を失ってしまうかもしれないという恐怖があるのじゃないでしょうか?」

 

そう言われて、僕はハッと顔を上げた。

母もまた――僕を失う恐怖を抱えている?

 

「もう駄目だと思えば彼女も諦めることでしょうが、今はまだ一緒に旅が出来ると信じて居ます。そんな彼女を心配してしまう気持ちは判りますが、その間だけでも一緒に旅を続ける事が私には間違いだとは思えませんよ?」

 

アスレン神官さまの言葉に、僕は心が痛くなった。

母も、僕と離れるということを、失うということを恐れている――?

だからこそ、今は離れるべきではない?

でも――それでは、もしもの時にはどうしたら良いと言うのだろう。

 

「大丈夫です。君達はまだ一緒に居られる。後もう少し、君もお母上に甘えて、またお母上を甘えさせて差し上げてはいかがですか?」

 

そう言われてしまったら何を返せるだろうか。

まだ一緒に――僕だって、出来ることならそうしたい。

だけど――。

 

「先日、ギルドの方からお話を貰いました。四日後に出立する小さな商隊があるそうです。きっと君達には良い旅仲間になるかと思いますよ?」

 

え?と神官さまを仰ぎ見れば、優しく包むような笑みを見せて僕を見つめていた。

 

 

 


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