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07

 

 

 

ルーダンの街を出てから7日目、予定よりも遅くなってしまったけれど無事に目的の街アールへ到着した。

あの後、程なくして商隊に追いついた僕達は、彼ら全員と荷物が無事であったこと、そして僕達のお陰で逃げきれた事を知った。

その後は森の盗賊の他、一度だけ夜盗に襲われたけれど、何も盗まれることなく、また商隊の一人も傷を負うことなく彼らを護衛することが出来た。

そんな彼らからの報酬は予定されていたものよりも多く、母は特別待遇だと言わんばかりに、街へ到着したと同時に宿屋まで用意してくれる程だった。

今までの旅でここまで大事にしてもらったのは初めてかも知れない。

母も長旅だったにも関わらず、体調を崩すようなことはなかったし、皆から慕われて嬉しそうな顔をしている。

 

「あんた達が居てくれて本当に良かったよ」

 

宿屋を出て神殿へと赴く日、商隊長とその息子のシオから嬉しい言葉を貰った。

そればかりか、『また一緒に旅が出来ることを祈ってる』とまで言われた僕達。

ハルは既に他の街へ行くための準備に取り掛かり、後二人居た傭兵は、この商隊と次の街まで一緒に行くとのことだ。

 

「また機会があったら、よろしくお願いします」

 

そう言って別れた僕達は、ルーダンの神殿でお世話になったクシル神官さまから指定された神殿へと足を運んだ。

 

 

 

アールの街には神殿が二つ。

一つは街の中心地に、もう一つは街の外れにあると聞かされていた。

その、街外れにある神殿が僕達の目的地、アスレン神官さまがいらっしゃる神殿だ。

そこへ行くには、1時間ほど歩かなくてはならないのだけれど、商隊長のキトから多くの給金を貰ったため、それで馬を借りる事も出来、母に負担をかけることなく神殿までやってくることが出来た。

 

神殿に入ると神官さまのお弟子さん達が、ちょうど奥から出てきたところだった。

 

「あの、すみません」

 

母がお弟子さんに声を掛けると、彼らは自然に優しい笑みを作り僕達を迎え入れてくれた。

 

「アスレン神官さまをお呼びするまで、こちらでお寛ぎ下さい」

 

母が見せたクシル神官さまからの封を見せると、一人のお弟子さんが神殿の奥にある、神官さまが使っているのだろう書斎に通してくれた。

神官さまがいらっしゃるのを待つ間、僕はその書斎にある書棚を見つめていた。

たくさんの書物――その中には大陸の歴史が書かれたものもある。

僕は子供の頃から村の神官さま、ヴェスリー神官から様々なことを教えられた。その時に使っていた書物と同じものもいくつか見られる。

あれも読んだことがある、あっちのものも読まされた記憶があると、書棚を見ていた僕達が待っていた時間はほんの数分だっただろう。

コトリと音がして扉が開くと、そこには小さな小さな老人と言えるだろう人が入ってきた。

 

「あなた方が、クシル神官殿のお使いかな?」

 

しわがれた、けれど深みのある声に懐かしさを一瞬感じたような気がした。

それは、僕達の村にいた神官さまの声にも似ているな、と。

 

「はい。僕はアンジーと言います。こちらは僕の母です」

 

いつもと同じように挨拶をすると、老人は『私がアスレンですよ』と小さく笑って挨拶をしてくれた。

そうしていつも通り、母が預かっていた書状をアスレン神官さまに手渡し、それを読み終えるのを待っていた。

 

「ローデンの…ヴェスリー神官からのものも読ませて頂いてよろしいか?」

 

クシル神官さまからの書状を読み終えると同時に、アスレン神官さまはそう言い、母ではなく僕を見た。

 

「そして、そのマントを脱いでお前さんの顔を見せてもらえるかね?」

 

いつも以上に温かみのある声に、けれど僕は少しだけ躊躇してしまっていた。

何故なら――彼の目が今まで出会ってきた神官さまのものとは違うように思えたから。

今までの神官さまの目は、いつだって温かい、人を決して疑わない目で受け入れてくれていた。

けれど、このアスレン神官さまの目には、まるで僕を値踏みするかのような色がにじみ出ているのだ。

母は、何の躊躇いもなくヴェスリー神官さまから預かっていた書状を彼に手渡した。

それを受け取った彼は、その封を開けることなく、僕の事を見つめている。

その目が『早くしろ』と言っていた。

恐怖、とは思わない。けれど、不快なその視線が僕に『駄目だ』と言っている。

何故か信用がおけない、その視線。

何故なのだろう――彼がアスレン神官じゃないとでも言うのだろうか…自分でも判らない程に警戒心が働いていく。

母は、彼の事を信用しているのにも関わらず――だ。

母も僕の態度が不自然だと気付いたのだろう、どうしたの?と言うように僕へ視線を向けてくる。

けれど、やはり僕の警戒心が解かれることはなく、またマントへ手をもっていくことも出来なかった。

ただ、フードの中で神官さまから視線を外すことなく見返しているだけ。

危ない――とは思わないまでも、この人はアスレン神官さまじゃないのかも知れないと――そう思えてならないのだ。

 

「あなたは…アスレン神官さまで、間違いないのですか?」

 

つい、そんな言葉が出てしまったのは、それから一分ほど彼を観察した後のこと。

母が隣で慌てていたけれど、僕は決して揺るぎなく、彼を見据えていた。

すると、彼はいきなり大きな声で笑い始めた。

 

「やはり、お判りになるようだよ、アスレン神官殿。私では駄目だそうだ」

 

一頻り笑っていた彼は、書棚の先にある小さな扉を見ながらそう言った。

そして今度こそ、アスレン神官さまなのだろう方が、そこから罰の悪そうな顔を出して現れた。

 

「失礼をした――」

 

そう言った彼は、今まで会ってきた神官さまよりもずっと若く、まだ三十代には達していないだろう程の人に見える。

そして何よりも、その顔にはまだ悪戯っ子のような悪びれない、どこか可愛らしい雰囲気すら見て取れた。

 

「別に――試した訳でも意地悪をした訳でもないのだ…ただ、彼が――」

 

そう言って、年老いた偽者の神官さまを目線だけで示し、そして口を噤む。その仕草さえ、本当に可愛らしく見える。

 

「失礼したね。私は隣り町の神殿で神官を勤めるカズリーと言う」

「私の師でもある方です」

 

そう言ったアスレン神官は、苦笑しながらも二人揃って僕達に詫びを入れてくれた。

 

 

実のところ、カズリー神官さまがここに居たのは偶然なのだそうだ。

何となく――と笑ってはいるけれど、何やらそれなりの思いがあってここへやってきた事は間違いなさそうな雰囲気だと思えたけれど――。

改めて――と挨拶を交わし、僕達が持ってきた書状を読んだアスレン神官さまは、やはり少しだけ不安そうな顔つきをし、僕にマントを脱ぐよう口にした。

僕は、素直にマントへと手を掛け――けれど、その二人の神官さまの目が少しだけ怖いなと感じていた。

というのも、彼らの目は、どこか遠くを見ているようで……確かに、僕を見つめているはずなのに、そう思えてならなかったのだ。

それでも、勇気を奮い立たせ、マントを脱ぐと―――。

 

「嗚呼…」

 

そう漏らしたのは二人の神官さま。

僕の顔を、姿を、そして全身を見て、声を上げた。

それはまるで、何かを感じ取ったかのように――そして悲しむかのように――。

そうして、ゆっくりと大きく息を吐き出した二人の神官さま。

一瞬だけ、僕から視線を外し、母へと向けたその目が、何だか辛いものを見ているかのように感じられた。

けれど、それも一瞬のことで――その後、彼らは小さく二人で会話をした後、母に向かって声を掛けた。

 

「まずは…お母上を他の部屋に案内しましょう。その後に、術を施します」

 

そう言ったアスレン神官さまは、扉の向こうにいるだろうお弟子さんを呼び、母を別室へと連れ出した。

今回の術は、どうやらアスレン神官だけでなくカズリー神官さまも手を施すようだ。

 

「少しだけ、お話をしてから術を施しましょう」

 

そう言ったアスレン神官の顔は、もう何かを決心してるかのように見えた。

 

 

 


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