61
地下通路を使う日がやってきた。
着々と準備を続け、剣もこっそりと修理をし手元に戻ってきている。
大神官さまとテオ神官さまも一緒に行く準備を済ませ、もしもの時に備えて大神殿を任せられるだろう信頼ができ、尚且つ力のある神官さまも呼び寄せたと言う。その人は、既に王都に入り、他の神殿で静かに息を潜めているらしい。
けれど、きっともしもの事など起こらないと信じている僕達。
それだけ入念に計画を立てたのだ――ここ数日の間に。
確かに、何年も掛けて計画を立てたのではないし、急に色んな事が判った為、少し甘い部分もあるだろう。
けれど、楽観視してる訳では決してない。
この仲間とでなら、絶対に上手くやれる――そう信じる事で、僕達は結束を固くしているのだ。
王女と正妃さま、侍女さん達にはお留守番をしてもらうことになっている。もちろん、彼女達の身も心配だろうから――と神殿騎士達が、警戒態勢に入ってくれた。
それと同時に――心強い仲間も居る。実は先日、王女の護衛をしていた人達が戻ってきてくれたのだ。
怪我も随分と良くなって、戦えると自信を持って言えるだけの人達が、大神殿の中で守りを固めてくれている。
もちろん、全快した人達は僕達と一緒に王城へ向かうつもりで準備をしてくれた。他の場所で待機をしてくれていた人達も合流し、僕達は本当に強い味方たちを手に入れているのだ。
だからこそ、言える――僕らは大丈夫だ――と。
「では――何があるか判らない地下通路ですが――皆さんの準備が良ければ入りますよ?」
大神官さまの言葉に、皆が頷く。
王女と正妃さまは、入り口までお見送りをしに来てくれている。
「アンジー……兄達を、よろしくお願いします…ガルド、アンジーを守ってくださいね」
王女が言うと、アロウ達は苦笑をし、ガルドは『任せろ』なんて心強い返事をしていた。
僕は小さく頷くだけ。きっと、王女にも伝わっているだろう。
昨日の夜も二人で話をした。
きっと上手くいくはずだから――終わったら、もっと話をしようと……女同士の会話もしてみよう――と。
「アロウ……無茶だけはしないで下さいね――皆に迷惑を掛けないように…」
正妃さまがアロウを抱き締めながら言うと、僕達は漸く出発することになった。
入る前、大神官さまから術を施された僕らは、何も心配なんかしてない。
大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出すと、大きく開かれた空洞へ足を踏み入れたのだった。
地下通路というだけあって、道には明かり一つ差し込む事は無い。
一人一人が持っているランプの明かりだけが頼りで――けれど、人数が居る所為なのか、それ程の暗さはなかった。
二人並んで歩けるほどの通路は、決して圧迫感を感じさせず、けれど異様な空気だけは感じ取れる。
段々と、その異様さが深くなっていく中、先頭を歩くハルとブレアンの足取りも重々しいものへと変わっていった。
入って直ぐの辺りは皆のランプが反射して、割りと先まで見通す事が出来たけれど、通路に入って十分もすると、人が二人分の先くらいまでしか見渡す事が出来なくなっている。
重苦しい感覚と、異様な空気。
それが、僕の体に纏わりついて離れてくれない。
だけど――それなのに不安は感じられなかった。まるで、何か強大なものに守られているかのように……。
段々と道が狭くなり、天井も低くなって行くと、空気が薄くなってる気までしてくる。
実際は、然程変わった事はない。
僕の前にはテオ神官さまが、後ろにはガルドが居てくれるから安心は安心なのだけれど、それでも覚束ない足取りに、何時転ぶかという不安も少々。けれど、大丈夫だという何だか判らないくらいの自信が、僕達の足を前に進ませていた。
そして、そこから数分後、道が三つに分かれているのが見えてきた。
「ここが一つ目の分かれ道ですね……」
神妙に声音で呟いたのは大神官さま。
この地下通路には、この分かれ道を含め、王城までの間に八つの分かれ道があるらしい――と言っても、実際には本当かどうかも判っていない。唯一、大神殿に残されていた書物の中に、そう記すものがあっただけで、今の今まで地下通路がどこにあるのか、誰が確認したのか?とかまでは書かれていなかったのだ。
本当にあるのかさえ、誰一人として調べるものが居なかったというその地下通路の入り口は、大神殿の大神官さましか入ることが出来ないと言われている書庫の奥、今は物置になっていた場所にひっそりとあったのだという。
しかも――本が山積みにされている書棚の後ろに――。
きっと、地下通路を封印する際、故意的に隠されたのだろうと、そう大神官さまは仰っていた。
「ガルド――判りますか??」
「ああ、任せろ」
テオ神官さまから声を掛けられ、ガルドが前の方へと足を進める。
僕と入れ替わり、大神官さまよりも前――先頭を歩いているブレアンの隣りへ並ぶと、静かに息を吸い込み、そして手を前方へと翳した。
たったそれだけで――。
「真ん中――で、この先に突き当たりがあるから、判らなねぇ」
そう言うガルドに、皆が頷く。
それは、皆が一つになり、互いを信頼し合っている証拠。
彼の言葉通りに先頭を歩くブレアンとハルが歩き出すと、後ろに居る全ての人達がそれに従い歩き出しす。すると、彼の言った通り、五分も歩かないうちに突き当たりだという場所へ出た。と言っても、本来の突き当りとは違う。
作為的に作られている壁は、左右にある壁とは違う細工がしてあり、大神官さまとテオ神官さまの話ではどうやら術も施されているという入念さ。
それは『封印された』と言われるだけある、突き当たりだったのだ。
「これは、随分と古い術が施されています――我らの知る術の中でも、力ある者にしか使いこなせないという術――」
大神官が壁に手を添えながら呟き、そして感心しているような素振りさえ見せる。
けれど、僕らの心配も余所に、大神官さまは小さく呪文を唱えだすと壁の真ん中に小さな扉が現れたのだった。
一同が小さく歓声をあげた。けれど、その後にもまた呪文を唱えている大神官さま。
どうやら何重にも術が施されているらしい。それを皆が神妙な顔つきをしながら見守っている。
大丈夫――大丈夫――きっと、何もかも上手くいく。
まるで呪文のように、僕は心の中で唱えていた。
皆の心が一つであれば、間違えなく上手くいく。
「開きましたよ」
大神官さまの声に、再び一同が歓声をあげた。そして、まずはハルが一番に扉を潜り抜ける。
ハルが『行けます』と声を掛けてくると、後は皆、それぞれの不安を押し隠し、次々と扉を潜り抜けていった。
どのくらい歩き続けたのだろう。
ガルドの言う分かれ道の正解を辿り、五つ分通り抜けた後、また一つの突き当たりに出会った。そこは石が積み上げられ、そこにもまた術が施されているという。術は簡単なものだったから、すぐに解除できたけれど、石を取り除く作業がある。
けれど――。
「この辺は、王城の手前か?それとも、既に王城の近く?」
ガルドが唸りながら言うと、大神官さまが『まだ手前も手前でしょうね』と、少しだけ気落ちしたかのように言う。
すると、ガルドが徐に手を上げ、その石に向かって差し出した。
「ちと、手荒かもだけど…このくらいなら、きっといけるはず」
と訳の判らないことをくちにした瞬間だった。
ブロック上に積み上げられていた石が、一つだけスコンと抜け落ちたのだ――と、同時に他の石がガラガラと崩れ落ちていく。けれど、それだけの石があったにも関わらず轟音すら起こらなかった。
「ガ、ガルド……今のって……」
「ちろっと力で石を退かしただけ……けど、こういう力は普段使うなって言われてたから…今は普段じゃねぇだろ?」
なんて、自慢げに言うガルド。
それに僕らは、歓声を上げずにはいられなかった。
何て――何て頼もしい仲間なんだろう…と。
「音は?音は何でしなかったの?」
「消した――」
「え?!」
「前に、俺とお前を隠した術あるだろう?覚えてるか?」
「う、うん――それって、あの長い時間続かないって、あれでしょう?」
「そう、あれと同じ原理」
と言われても僕には理解が遠く及ばないみたいだ。どうしても頭の中で疑問が残ってしまう。
彼曰く、そこだけ結界を張っていたんだと教えてくれた。まあ、それならそれで――ってことにした僕。
だって――僕ではあまりにも理解し難いことなのだもの。
ある意味、ガルドの使う術は僕らからしてみたら魔法みたいなもの。そんな風に考えてしまうのは、こういうものを見せ付けられるからだろう。
但し――そうではないということも、本当には理解していないといけない。何しろ、何でも出来るんだと思い込んで、何もかも彼らに頼る訳にはいかないんだから。
僕らには、僕らで出来ることがある。それは大した力ではない事も判っているけれど、それでもガルドのような力を使える者達とは違う、そんなものを持っている筈なのだ。
もちろん、お互いに頼れるところは頼らないと――と図々しく思ってしまう僕なんだけどね。
そう――お互いにお互いの力を使い分ける。そして、お互いを大事に思い遣る。それこそが、僕の理想とする友人関係や仲間なんだと、そう思うのだ。
そうして、僕らはその続きの道を歩き続けることが出来た。
後少しで王城だ――。
僕らの――目的は、後少しだ。




