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王都へ着いたのは、森を出てから三日目の昼過ぎだった。

大人数での移動は、それこそ目に付くからとの事で、一応は商隊を装っての移動ではあるものの、傷ついた兵士達を町まで送り届ける部隊と、王都へ向かう部隊、そして賊を装っていたキリク側の衛兵を輸送する部隊三つに分かれての移動となった。

僕達の部隊には、アロウとブレアンはもちろんのこと、ブレアンの兄弟とガルド、王女に侍女――そして、ハルの九人。

それでも、この辺の商隊では珍しいこともないらしく、人目を引くこともなく無事に王都まで辿り着く事が出来た。

もちろん、それぞれが変装をしていたけれど――。

 

ミードラグースの王都は、僕が想像するよりも遥かに大きく、そして賑わい、華やかな街だった。

大きな円を描くように出来ているのだという王都は、中心部に大きなマーケットがあり、そこから大きな道が数本でており、庶民が使う雑貨通り、食品通り、服飾通り等に分かれているらしい。

王城は、街のどの入り口からも遠く、小高い場所にあり、その周りには大きな堀で守られていると聞いた。

王都の中心部にあるマーケットから、王城へ行く道は大通りが一本。

けれど、そこへ行くまでの間には、貴族の屋敷や森などがあるので、決してその道を辿らないといけないというものでもないらしい。

ただ、その辺りには警備兵があちこちに隠れているということらしいけれど……。

 

王城へ入るためその前には、宰相さま達と合流するとのこと。

一旦は、彼らにとって信用のおけるという宿屋に身を置くことにしたらしい。

残念(僕としては幸いだ)ながら、僕は王都へ入ったら直ぐに大神殿へ行く予定だったため、彼らとは途中から別行動を取る事にした。

どちらにせよ、明日までは宰相さまと接触出来ないということだし、明日の午前中にまた集まるという事にしてある。

そして――僕らは大神殿へと向かう最中、遠くに見えるこの国の象徴であるという王城を見ながら、何だか禍々しいものを感じながら歩いていた。

本来、王城といえば、もっと美しいとかそれなりの感想が出来ても良さそうなのに――。

 

 

大神殿へは、ガルドも同行した。というか、彼が勝手に付いて来たというべきだろう。

神殿騎士も居るというその大神殿へは、王都に入ってから数十分ほど歩いた場所にあった。

街に入った時から、その大神殿は遠目にも大きな存在感を示し、僕の前へと立ちはだかっているように思える……そんな大神殿を見て、僕はどうやら随分と緊張しているようだった。

 

「アンジー、大丈夫か?」

 

大神殿の入り口付近で、僕は一旦立ち止まり、大きく息を吐き出した。

ガルドは、そんな僕を見て心配してくれてるのだろうけれど、今は彼の言葉に返事をしてる余裕はないみたい。

それくらい緊張しているのだろう。

意を決して大神殿の入り口へと向かうと、そこには神殿騎士が数名で、その場を守っていた。

その人達に、自分が使いの者だと告げると――。

 

「では、その証明を――」

 

と言われて、仕方なくマントの中に持っていた書状を出した。

すると――。

 

「――これが書状です」

「――では、それを預かりますので、お渡しを――」

 

え?と思った――。

本来、そう言うことは今までになかったこと。

ましてや、お使い物である書状を彼らに預けるなど、聞いた事もない話だ。

 

「申し訳ありませんが――神官さま達から、くれぐれも大神官さまにお渡しするよう、言いつけられてきております。お預けする訳にはいきません」

 

そう言い返せば、彼らは怪訝な顔を隠す事なく、僕達の格好にいちゃもんをつけてきた。

マントを脱ぐわけにはいかない――けれど、フードを少しズラすくらいなら自分の本性を曝す事にはならないと知っていた僕は、仕方なく被っているものをズラして自分の肌に火傷の跡が色濃く残っていることを示した。

もちろん、それはガルドも一緒だ。

すると、彼らは一瞬だけ戸惑い、そして大神官さまへお伝えしてくるから、とその場で待たされることになってしまった。

それもまた初めてのこと――今まで、こんな対応を受けた事の無かった僕にしてみれば驚きしかないのだけれど、考えてみればここは今まで立ち寄ってきた神殿とは違い、王都の、しかも神殿を代表する大神殿なのだ――このくらい厳重でも当然なのかも知れない。

そう思ったら、彼らに対する反感みたいなものがスゥっと抜けていき、ガルドが唸るのを止めその場で待機することにした。

そう――考えてみれば、ここは神官さま達が多く集まり、そして祈りを捧げる場所。

僕達のような一般人は、街にある神殿へ出向くのが普通なのだ。

 

そうして待つこと数分。

中から神殿騎士が戻ってくると、もう一人、神官さまなのだろう人が一緒にいらして僕達を招き入れて下さった。

 

 

「遠くからようこそ、大神殿までいらして下さいました――神殿騎士が失礼をしたようで申し訳ありません」

「いいえ――」

 

大神殿の中へと招き入れてくれた神官さまが、歩きながらお詫びを言ってくるのに、僕は返事をするので精一杯だった。

それは――この大神殿に圧倒されていたから。

あまりにも大きくて、そして厳かで――今まで行った事のある神殿とは雲泥の差だ。

そして何よりも――神聖さが違う。

高い天井から落ちてくる光は、もう既に夕刻だというのに温かく降り注ぎ、大きく開かれた広間の先には、この世界で神の使いだと崇められている大きな竜の石像が出迎えてくれている。

煌びやかなものは何一つとしてないのに、中にあるもの一つ一つが繊細且つ計算し尽くされて作られているみたいだ。

 

「ここ数十年――我らには、いつも危険がありましたので、皆が神経質になっているのです」

「え……?」

 

唐突な話題に、僕は一瞬怯んでしまった。

それでなくても、この大神殿に圧倒されているというのに、神官さまの言葉は予想していなかったもので……しかも、それを大広間で言うものだから、その声が反響して余計に僕を萎縮させる。

 

「色々とあるものです、この王都では――後は、大神官さまよりお話を伺うと宜しいかと思いますが……」

 

そう言った神官さまは、僕達の進行方向へ手を伸ばした。

その先を見てみれば、そこには――他の神官さまとは少し違う服を来た男性が一人…。

 

「あの方が、この大陸で現在大神官さまを仰せつかっていらっしゃる方でございます」

 

そう後ろに回った神官さまに言われて、僕は硬直してしまっていたと思う。

ううん、それはきっとガルドも一緒だったことだろう。

何しろ、僕らは二人して大神官さまを目の前にした途端、石にでもされたかのようにカチリと止まってしまったのだから――。

 

「ようこそ、大神殿へ――遠い彼方よりいらしたお客人よ」

 

その声は、広間のせいで反響してるだけじゃない何かを感じさせるものがあった。

包み込むような――まるで、僕自身を丸ごと小さなカプセルに閉じ込めてしまいそうな、そんな声。

優しいのとは違う。かと言って、冷たいのでもない。

怖いのとも違うけれど、少し畏怖すら感じさせるその声は――今まで会って来た神官さまには無いものだとしか表現出来そうにない。

まだ年齢的にも若そうに見える容姿とは裏腹に、その声は頭の中にまで浸透してくるような、そんな声だ。

 

「さあ、こちらへ」

 

そう言って差し出された手が、僕達を招く。

だけど――それに反応する事すら、もう出来なかった。

心の中で、何か音が鳴っている。

軽やかな音なのに、まるで僕を捕まえようとしてるかのような、そんな音。

行きたくない――とも思うのに、どうしても彼の手に触れたいとすら思えた。

一体、僕はどうしてしまったんだろう―――。

 

「貴方達をお待ちしておりましたよ」

 

大神官さまの声が頭の中に響いてきて、僕とガルドは何時の間にか、彼の傍まで歩み寄っていた。

 

 

 


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