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皆の所へ戻ると、既に食事の用意は出来ていた。
ハルが心配そうな顔つきで僕を見ているのに気付きはしたものの、何も言う事はなかった。
ついでに、僕から何か声を掛ける事もしない。
他の者達は、僕の事をどう思っているのか判らないけれど、遠巻きに見ているだけ。
あんなに必死で助けに入ったのに――何も言ってこない彼らを見ても、心の中ではどんな感情も湧いてこない。
―――ただ、アロウ達は、例外らしい。
「アンジー、ガルド、悪いがこちらへ」
声を掛けてきたのはブレアンの方。
アロウは、今までのように飄々とした態度など取っていなかったし、彼はそれをどこに隠していたんだろうって思うほど、指導者の顔つきとなっている。
呼ばれるまま彼らに付いて行けば、王女さま達の居るテントへと連れて行かれた。
「改めて――ノル王女だ――彼女の愛称なのだが――」
アロウは王女にも僕の事を紹介してくれる。
けれど、僕はマントを脱ぐ事だけは拒否し続けた。
一度、彼らを助けた時に見ているのだから、それだけで充分だろう――なんて思うところ、僕は少し子供っぽいかもしれない。
それでも譲れない気持ちも大きく存在してるのだ、仕方ないじゃないか。
「助けて下さって、本当にありがとうございました」
王女は、そんな僕の事を咎めるでもなく、素直にお礼を口にする。
ガルド以外の誰もが、僕へ抗議するような目をしているというのに――。
穏やかとは、正反対の時間。
それなのに、王女の態度は静かで控えめ、そしてその声は穏やかなものだった。
その隣りに座る、王女の侍女だという人もまた、穏やかにこんな態度の僕を見守っているという感じ。
「貴方が飛び込んで来て下さらなければ、私達は今頃どうなっていたか判りません――本当にありがとうございます」
王女と言う割りには、その頭を平気で下げてくる辺り、出来た人なのだろう。
侍女の方も一緒になってお礼を言い、そして頭を下げる。
納得出来ていないのは、ガルドを除く男達だ。
ムッツリと顔を顰めて、僕の事を見ながら王女の声を聞いている、という感じ。
確かに――礼を尽くすのなら、僕はここでマントを脱ぎ平伏さなければならないところなのだろうけれど――。
だけど、確かに僕はこの大陸に住む人間である事は間違えないとは言え、彼らが知る通りこの世界の人間じゃないのだから、こっちの礼儀に従う理由もないだろうと…ちょっとだけ捻くれた考えもあったりした。
それでも、彼女……王女の態度は僕を信頼してくれているものだと判ったから、それなりの気持ちを態度でも示そうという考えはきちんとある。
周りを取り囲んでいる、その雰囲気になど流されるつもりもないのだけれど……。
「いいえ――当たり前のことをしたまでです」
そう返事をして、僕は頭を下げておいた。
これ以上、彼らの視線を受けながら声を出すのも嫌だったんだけれど……。
すると、ブレアンが小さく溜め息を吐いた後、話し始めた。
「この先の話を取り決める時、アンジー達は居なかったから勝手に決めされてもらった――王都へは明後日に出発する。怪我人は近くの町で治療を改めてしてもらい、一旦そこで休ませることになった。他の――キリクに通じていた者達は、こちらの仲間が引き取りに来てくれる事になっている――少人数ではあるが、明後日、俺達は王都へ向かうからそのつもりでいて欲しい」
「判った――」
「それと、今日からは王女と同室になってもらう」
「……それは――決定事項?」
「――ああ」
「受け入れられない――と言ったら?」
僕の言葉に、彼らは一瞬息を呑むのが判った。
けれど――少しくらいの仕返しは、構わないだろう。
今まで、僕はいつだって彼らと同等であると考えてきたのに、それを今では覆されて、客人扱い、腫れ物扱いだ。
何だか、気分が悪くなる――。
けれど、それに怒りを隠しながらアロウが言った。
「アンジー……出来たら王女の警護も兼ねて――同室で頼む」
「―――判った」
納得はしていなかったけれど、かと言って、何時までも駄々っ子のような態度を続けるつもりもなかった僕は、その後一瞬の躊躇いはあったものの、了承の意を示した。
どうせ――彼らにとって、僕という存在は必要な者ではないのだ。
ただ、神殿で聞かせられた古の言葉にある、予言めいた存在が僕だろうと、そう思っているだけ。
別段、それが来たからと言っても、彼らを救う訳じゃない。
ある種、邪魔な存在でしかないのかも知れない――というと、言い過ぎかも知れないけれど。
「せっかくだから、食事もここで摂ってくれ――俺達は自分達のテントに戻る――ガルド、お前もこっちで――」
「いや、俺はこのテントの前で警護してる」
「はあ?」
思わず――というように、ガルドの返事でアロウが間抜けな声を出す。
と同時に、クスクスと笑う小さくて可愛らしい声。
「ノル王女――」
「ごめんなさい…」
「ガルド――何でだ?」
「だって――アンジーが心配だからな――俺はアンジーの護衛として一緒に旅をしてるんだ」
そう豪語するガルドに、皆は口を閉ざした。
僕は――確かに、僕と一緒の旅をする上で、彼が母と約束したのは『守る』ということ。
だから、その言葉に嘘は無いし、間違えもない。
だけど、今は―――。
「あのな――お前らの態度のせいで、アンジーがどんだけ嫌な思いしてるとか考えた事ないだろう?だから、俺が守るために傍で待機すんの。出来たら、お前達がアンジーに近づくのも阻止したいくらいなんだからな」
なんてムスッとしたままで言うガルドは、確かにいつもの彼だと思う。
なのに――僕の心は、どうしてしまったんだろうな。
前なら、そんな風に言われたら嬉しくて仕方なかった筈なのに――。
「判った――ガルド、それじゃ、テントの警護を頼む――このテントの前には火も用意するから――」
「ああ。けどな――メシはここで食うぞ!」
と言ったガルドに、僕はやっぱりガルドだな――と思う。
たぶんだけど、上の人と居れば他の人と違う美味しいものが食べられるって信じてるんだろう。
まったく――と小さく嘆息して、皆の返事を待った。
すると――。
「それなら、食事は皆で、このテントに持ってきて食べれば良いですね」
そう言ったのは、ブレアンの弟というヤズだった。
一瞬、誰かが反論するんだろうか?と思えば――。
「そうですね――ノルさまも、その方が食も進みますわ」
と侍女までが賛同をする。
そして、結局のところ、皆で食事をすることになってしまったのだけれど……一番に喜んだのは、言うまでもなくガルドだっただろう。
夜――王女を眠らせるための仮設ベッドが用意されると、僕は自分の荷物から寝袋を出した。
もちろん、さすがの寒さにマントを脱ぐ訳もなく…確かにストーブは炊かれているんだけれど、それでもやはり地面で眠るには辛いのだ。
「アンジーさまにも、ベッドをご用意できれば良かったのですけれど――」
「いいんだ、気にしないで――それと敬称を付けられるような身分じゃないから、それは要らない」
「――ですが……」
「さあ、寒いから、王女も侍女さんも、ベッドに入って眠るといい。明日もまた寒いよ――空気が澄んでるから天気は良い筈だけれどね」
僕がそう言うと、彼女達は少しだけ躊躇いはしたものの礼を言い、ベッドの中に潜り込んだ。
それを確認した上で、僕はゆっくりと体を寝袋の中に押し込め、眠る態勢を取った。
ただ――疲れている筈なのに、どうしても眠りがやってくることはなく――ずっと、小さな頃のことを思い出していた。
まだ、本当の家族と共に居た頃の事を――。




