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04

 

 

 

次の日、僕は母を神殿に置いたまま、街の中心部へと向かっていた。

神官さまには事情を説明してあるから、母だけを残して行っても大丈夫とのお墨つきをもらって――。

何しろ、ここから次の街へ行くには五日以上掛かるのだ。

母の負担を考えると、限りなく危ない旅になることが目に見えていた。

ここに来るまでの三日だって、野宿を強いられ母の負担はかなりの物だった。

今だって、神殿に残してきたのも休ませる為。それだけ、酷い顔色をしていたのだ。

この先の、かなり長い時間を旅させるのは危険が伴う。

それを考え、出来ることなら商隊か何かに入り込ませてもらうのが一番だと考えたのだ。

商隊に入れば、寝るのは馬車の中やテントを使うことが出来る。

また食事や飲み水の心配もしなくていい。

そして何よりも――路銀が稼げるのだ。これ以上良い待遇はないだろうと思われる。

どんな小さな商隊でも構わないから参加させてもらえたら――と考え、それを神官さまに言えば、街の中心部まで行けば『ギルド』と呼ばれる、仕事斡旋の店があると教えてくれた。

しかも、神官さまからの紹介状まで貰っているから、割の良い仕事にありつけるだろうと思う。

 

街の中心部までやってくると、神官さまに教えられた道筋を辿りながら『ギルド』兼任の店を探した。

様々な店が建ち並ぶその中の一つ、宿屋と酒場を兼ねているというギルドは一目で判った。

大きな宿屋は、一階が酒場兼食堂をしていて、尚且つその一部にギルドの窓口を設けている。中に入れば、それも一目瞭然な程に――。

壁には、たくさんの仕事案内の紙が所狭しと貼り付けてある。

中には簡単な薬草取りの張り紙まであって……これなら見つかるかも知れないと小さく嘆息した。

けれど、僕の狙う商隊というのは、こういう張り紙での募集はしてないことの方が多い。

そこでギルドの窓口まで行こうとした途端、後ろから僕を呼ぶ声が聞えてきた。

 

「アンジーだろう?」

 

そう言って僕を呼びとめたのは、大きな体で顔にいくつもの傷を持っている人物――。

 

「ハル」

「よう!まさか、また会えるなんてな!」

 

そう気軽に声を掛けてきたのは、以前、同じ商隊で組んだことのあるハルという人だ。

この世界で、最もありがちな容姿に、けれどその体躯は他の誰よりも強そうに見える。

鍛えているのだろう、その太い腕にもかなりの傷があって――だけど、その人懐こい性格が顔に出ていて、恐怖を与えては来ない。

 

「何だ、仕事探しか?」

「うん。今度、ここから東のアールへ行くんだけど、商隊か何かないかな?と思って」

「ほーーー!お前、運がいいぞ!」

「え?」

「俺もさっき、そっち行きの商隊へ入った所だ!」

「あ、そ、そうなの?」

「でもって、だ。後数人ほど募集してるらしいんだが――あ、まだ母親も一緒か?」

「うん、そうなんだ…母の事を考えて…商隊の仕事をと思ってるから…」

「じゃあ、丁度いいぞ!メシ炊きも探してるんだ」

 

って、そのメシ炊きって言い方はどうなんだよ…と、思わず渋い顔をしてみせたけれど、生憎とフードで隠された僕の表情は彼に見えることはなかった。

けれど、実際問題、母が一緒だとそういう仕事をお願いされるのが当然な成り行きな訳で……。

 

「お前となら、また組んでみたいと思ってたしな――商隊長に口利きしてやろうか?」

 

そう言われて、つい思わず頷いてしまっていた。

この人は豪快だし、口が悪い所はあるけれど、実際はとても人当たりの良いオジサンという感じなのだ。

 

「今、どこに居るんだ?」

「ああ、使いの途中だから神殿だよ。母も一緒に、そこで休ませて貰っている」

「そうか、そうか。そんじゃあ、今から聞いてきてやるから、ココで少し待ってな。この上に泊まり込んでるんだ、その人達」

「そうなんだ…それなら、僕も一緒に行った方が良くないかな?」

「うーん、そうだな…その方が早いか…」

 

そうと決まった途端の行動は早かった。

ハルに連れられて二階へ行くと、その中でも中くらいの部屋だという所にいる商隊長の部屋に案内された。

中に入って、ハルが説明をしている間、値踏みするような視線で僕を何度も見つめる商隊長。

けれど、それは自然な事とも言える。

何しろ、僕の体は小さくて頼りなく見えるのに加え、フードを被ったままそれを取ろうともせずに居るのだから、相手も不安に思うのは当然のことだろう。

けれど、かと言ってこのフードを取って相手が驚かせるのは忍びない。

ハルが、そのフードを被っている理由まで話してはくれているけれど、きっと不審には思っていることだろう。

 

「大丈夫!俺が言うんだ、間違えない」

「だがなあ…」

「こいつ、本当に色んなことで使えるんですよ?剣だって普通に使えるし、時には気候も読む。下手な占い師より使えるんですから」

「けれど、この小さな子供に剣が振るえるのか?」

「もっちろん!俺とやりあったって、まあ互角にはならんにしても、かなり腕には覚えありますって」

「ふむ……」

 

商隊長は、ハルの言葉に随分と悩んでいる様子。

けれど、ハルの方はもう一緒に行く気満々だ。

以前、一緒に商隊へ入った際、確かに盗賊に襲われて僕達はそれを見事に退治したことがあった。

彼は大きな剣を振り回し、人を切ることも恐れない。

僕もまた、この世界で剣を学び、自分を守る事、人を守る事を教えられた。

だから――怖いとは思う気持ちがあっても躊躇することはない。

 

「判った――それでは、明後日の早朝、ここへ来てくれ。時間は明け方だ。遅刻はするなよ?私の名前はキトだ。よろしく頼む」

「はい。僕はアンジーです。よろしくお願いします」

 

そう言った商隊長の顔には、まだ不安が残っているようだったけれど、どうやら僕は合格したようだった。

 

「お前の母親も一緒だと聞いた。馬は扱えるか?」

「はい。馬車を動かすのも出来ます」

「判った――では、お前の母親には馬車と炊事を頼もう」

「ありがとうございます」

「ああ」

 

これで終了とばかりに、商隊長は僕から視線を外して部屋から出るように手で合図を送ってきた。

それに従うように、僕とハルはお礼を述べつつ、部屋を後にしたのだった。

 

 

 

「それにしても、またお前と一緒だと思うと心強い」

「そう?」

「ああ――あの時――俺はお前が居なかったら死んでいただろうからな」

 

宿屋を後にした僕達は、ハルに誘われて街の小さな食堂へと足を踏み入れていた。

本当は急いで神殿に戻り、母や神官さまに旅立ちの話をしないととは思ったのだけれど、ハルのお陰で仕事が決まったと思えば、誘われたのを無下に断れなかったのだ。

そして、彼の言う『死んでいた』というのは、はっきり言えば誇張でしかない。

足元を取られ、危なく盗賊に切りつけられそうになった所を偶々、僕が放った石が相手の頭を直撃しただけのこと。

ついで、その後に逃げる際、僕の必殺技でどうにか難を逃れただけなのだ。

 

「それにしても神殿巡りだなんて、お前達も大変だよな」

「うん…母が一緒だからね――少しでも楽な旅にしてあげたいと思うんだけど、なかなかそうも行かないし」

「ああ…毎回毎回、商隊に入れれば文句なしだが、そういう訳にもいかないしな」

「そうなんだよね」

 

小さく溜め息を付きながら、出された食事を口に運んでのオシャベリは悪いものじゃない。

実のところ、僕は人と話をしたりフザケたりするのは大好きな性分なのだ。

だから、こうして気安い相手を見つけて会話をするのは、とても楽しい。

けれど――今の自分が置かれている立場を考えると、それも許されないような気がしてならないのも本当。

 

「次の街までは、どうしても五日以上は掛かるからなあ……」

「うん…途中の大きな森付近では、盗賊も結構出ると聞いたし…」

「ああ、そこの連中は随分と悪どいやり方をすると聞いてる」

「そんなに?」

「人を殺すことも臆さないと聞いた」

「そう、なんだ……」

「女子供も関係ないと言ってたからな……警備隊も手を焼いているらしいぞ」

「ふーん……僕達で、どうにか出来るんだろうか…」

「逃げる事が前提だな…どう考えても、普通に適う相手じゃないんだろう」

「はあ…先が思いやられそうだね…」

「まあな。けど、お前と俺が一緒だし、後二人、凄い腕前の傭兵が居ると聞いてるから大丈夫さ!」

 

そんな風に言いながら大きく笑い声をあげるハルを、僕は小さく嘆息しながら見つめ返していた。

確かに――案ずるより産むがやすし。

今、不安になって考え込んだり悩んでみても、結局はその場にならないとどうにもならないだろう。

今日は早めに戻って、母達に知らせることにしよう。

明後日には、この街ともお別れだ。

神官さまにも、後少しだけ話を聞かせてもらいたいことだし。

そんなことを考えながら、僕はハルとのヒトトキを過ごし神殿に戻ったのだった。

 

 

 


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